馬 駆ける
第十三話 【ここへ繋がる、君の故郷】
その日のレース、会場の人たちにとってもだけど、あたしにとっても、衝撃の光景。
中央東の真打登場。テンカワさんの後に代打が現れたけど、あくまでその人は繋ぎでしかなかった。
満を持して現れた真打は、テンカワさんと同じあの鋼鉄の足を装着していた…あたしにとってははじめて見る顔じゃない。もうわかっていると思うけど、…彼だ。
アマツカ君その人に違いなかった。
対戦者を圧倒的に引き離してゴール。テンカワさんの再来…、いや記録はテンカワさんを超えていた。
「おい、カケリ! 落ち着け」
身を乗り出していたあたしの腕をマケンドーが引いた。無意識のうちに、あたしは身を乗り出していた。アマツカ君へと、ずっと目が釘付けになっていた。
想像していた事なのに、想像以上にショックみたいだ。
本当のショックはそのことじゃなくて、このあとの出来事。想像もしなかった言葉を、彼の口から聞くことになったからだ。
「カケリ」
トイレから戻りの通路で、あたしの名を呼んだのは、まぎれもなくアマツカ君の声だった。
「アマツカ君…」
以前と変わりなく、アマツカ君は天使のように微笑むけど、あたしの態度はぎこちなくなる。
「少し話したいけど、いいかな?」
なんだろう、話って、いいのかな、マケンドーに内緒でアマツカ君と話したりして、だけど、拒む事ができなくて、あたしは「うん」と頷いた。
「カケリは…、好きで馬になったわけじゃないんだよね」
「え、まあ…そうだけど」
親との約束で、その時まで教えてくれなかったけど、まあある意味マケンドーにはめられてあたしは馬になったんだ。すっかりその生活慣れてきてしまっているけど。
「ねぇカケリ、ボクのところへ来てくれる?」
「へ?」
アマツカ君の言った意味が一瞬わかんなくて、変な声で思わず聞き返す。
「警戒しなくても大丈夫だよ。カケリの住む場所もちゃんと用意できるし。あの人…中央東の区長も許可してくれてる。ちゃんと面倒見るよ。学校に行きたいのなら手配もするし、仕事だって時給よくて待遇のいい仕事、何件かピックアップしてる。環境も悪くないよ」
「待って待って、ちょっと…言ってる意味よくわかんないんだけど」
おいしい話には裏があるって言うじゃない。いくら天使みたいな笑顔でも、なにかあるんじゃないかって。いや平常ならころっと話に乗りそうなんだけど、アマツカ君と今の立場考えたら、やっぱり…探らないわけにはいかない。
「正直つらいんだ…。カケリと戦わなきゃいけないこと」
アマツカ君の優しい顔が曇る。そんな…辛そうな顔されたら胸が痛むよ。
「あ…あたしだって辛いよ、アマツカ君との関係…」
お互い、こんな立場じゃなかったら、あたしとアマツカ君どうなっていたのかな。…そもそも出会えなかったかもしれないけど。こんなこと考えたってしかたないのかな。
「変えられるよ、関係なんて簡単に」
「え…?」
「カケリが動けば、簡単に変えられるよ。だから、勇気を出して、ボクと一緒に来てくれないかな?」
で、でもそれは…。すんなりうんと頷いてはいけないような、なんだか罠の臭いがするような…。
「良心が痛む? でもカケリはなにも悪くないんだよ。ムリに馬をやらされて、かわいそうだよね。やりたいことたくさんあるよね。ボクならその手伝いだって、してあげられるよ」
「アマツカ君は? アマツカ君だって、好きで馬になったわけじゃ…」
「違うよ。ボクは自分でこの道を選んだ。カケリもテンカワも、誤解している。かわいそうだなんて思っているなら、とんだ思い違いだよ」
でもカケリは違うよね、そう言って手を伸ばすアマツカ君の、その手を取る事に戸惑う。
そんなあたしの態度に、アマツカ君が切なく笑う。
「ごめんね、困らせて。でも…下心あってのことじゃないよ。純粋に…心配なんだカケリのことが。こんなこと言っても信じてくれないかもしれないけれど、カケリ、君が好きだから」
「えっ、アマツカ君…」
悲しげに笑って、じゃあと手を振ってアマツカ君が背を向ける。アマツカ君の真意を探れないままに、あたしはマケンドーのもとに帰った。
あれからあたしは上の空で、マケンドーやカツさんに変に思われたけど、心配かけても探られても困るしと、平常を装った。それでもマケンドーは怪訝な態度を止めなかった。アマツカ君があんな登場して、無理もないことだけど。
「年末年始の休み?」
「そっ」
と言って、モリオカさんがにかりと笑った。いつものトレーニングルームでのトレーニング。今日がモリオカさんトレーナーの今年最後のトレーニングになるとのこと。そっか、もうすぐクリスマスだし、モリオカさんも休みになるそう。レースのこととか、それ以外のことで頭いっぱいで、世間の流れに疎くなっていたわ。
「君はどうするの? 実家のほうに帰るのかい?」
「え? いや、帰るというか、帰れないというか」
レース終わるまでは、あたしはマケンドーの元から離れられないんですよ、モリオカさん。
「年末年始くらい帰らせてもらえるだろう。君も今日までちゃんとがんばってきたし、区長だってそこんとこちゃんとわかってくれているんじゃないかい?」
「まっさかー、まああきらめてますけど」
あと別に帰れなくてもいいし。…うちの親だから、帰ったところでなんだかんだ言いそうだし、うんざりしそうだ。
当然そのつもりでいたから、だからあたしはこのあとの、マケンドーの言葉に我が耳を疑うはめになるわけで。
「…へ? 今、なんて?」
聞き返すあたしに、マケンドーははぁーと深いため息ついて、答える。
「だから、年末年始は親元に戻ってもいいと言っている」
「どういうこと? え、だって契約では…」
「レースはこの前ので今年は終了と話しただろう。仕事始めまでレースはやらない決まりでな。つまり長期休暇に入るわけだ。まあトレーニングは続けてもらうが、年末年始くらい帰らせてやってもいい」
休みがもらえるっていうのは、嬉しいけど。でも、なんで…なんか素直に喜べないぞ、というか絶対裏があるんじゃないのか?
「それから、契約の事だが、白紙にしてやってもいいと思っている」
「へ?」
なんのことだか、さっぱりで、目を丸くするあたしに、マケンドーはさらにあたしを驚かせる。
「カケリ、お前を馬とする契約のことだ。来年の春までの話だったが、考え直そうかと思う」
「ど、どういうこと?」
「状況が変わったからだ。長期休暇はいい機会だろう。お前も考えてくれ」
あたしを馬として必要なくなったってこと? あんなに鬼のように、馬であることをやめさせてくれなかったマケンドーが、どうして?
「カケリ、待って! 本当に出て行くつもり?」
玄関を抜けたあたしを、後ろから呼び止めた声は、彼女だ。
「うん、もうここに、必要とされてないって事だし、ちょうどいい機会だし行くよ」
別にヤケになっているわけじゃない、そうヤケじゃないんだから。
なんて言い聞かせているけど、なんか、体の奥がずっと苦しい。なんでかわかんないけど、せいせいするはずなんだけど。あ、そうか…
「せっかく仲良くなれたのに、ワタルと離れるのは寂しいもんね」
友達と離れるのは、寂しい。だからだ。アイツのことなんてどうでもよくって。
「カケリ、あなたきっと誤解している。区長は、あなたのこと必要じゃなくなったわけじゃないと思う。なにか、理由があるんじゃない? ちゃんと、聞いたほうがいいと思う」
「聞くことなんてない! アイツに媚びなくても、あたしは生きていけるし、居場所だって…あるし」
強がりじゃないけど、ワタルにはきっと強がりだって思われてそう。
「そうね、自分のことは自分で決めるしかないものね。だけど、カケリ、区長はあなたの味方だって思う。区長があなたのこと見捨てるはずがない。だって、あなたは…」
ワタルの言おうとしている事はわかる。あたしだってそう思う、思うけど、思えない、思いたくない。
「若草の区民だから…」
あたしは振り返らないで、そのままカクバヤシ別邸を出た。
「カツ、区長は?」
カケリを見送ってすぐ、テンカワは1階にいたカツのもとへと向かった。
マケンドーを探すテンカワを、カツが制止する。
「今処務室ですが、ご用なら後にしていただけますか?」
「いいの? カケリは区長の事、誤解しているわ? 見捨てられたと思い込んでいる。でも違うのでしょう?」
カツはテンカワの発言を肯定するように、目で頷いた。
「なら本当のことを話すべきだと思う。このままではカケリ、戻ってこれない…。
まさか、…オオガワラがなにかしてきた?」
ハッとして、カツを見上げるテンカワに、今度は否定を伝えるように、カツは目を伏せ軽く首を横に振る。
「いいえ、そうではありませんが、警戒にこしたことはないと」
「やっぱり、カケリのために…。でも本当に、これでよかったの? それこそオオガワラの企みどおりになるんじゃ?」
だって若草には、一人の馬しかいない。カケリを手放す事は、レースをはなから諦めたも同然だ。
それとも…?
「区長には、考えがあるってこと?」
「俺に考えが? ふ、テンカワがそんなことを言ったのか」
カツからさきほどのテンカワとのやりとりを聞いたマケンドーは、ふ、と小さく笑った。
「考えなど、…ただ俺はアイツを信じているだけだ」
カケリのことを信じている。そのマケンドーの言葉に、カツも同意するように「はい」と頷く。
「私も信じております。マケンドー様を信じておりますから」
以心伝心しあえる関係、カツはマケンドーを深く信じている。だからこそ、マケンドーの行いに迷いなくついていける。
それはマケンドーとて同じ事だ。
だが、実際、マケンドーが信じるように、カケリがマケンドーを信じているとは限らない。が、彼はそのことに不安など微塵もなかった。
「だからといって、若草に不利になるようなことはできんからな。念には念だ。ちゃんと準備はできている」
にやり、とマケンドーが笑った。
商店街のゲートをくぐる。
リズミカルな鈴の音と、この時期特有のこの空気。いやでも盛り上がれって言う…。
クリスマス一直線なこの空気…。
いつもなら、この空気をわくわくしながら楽しめると言うのに…。今のあたしのこの心境じゃ、楽しむどころか、なんかに追い込まれそうな感覚になるよ。
「つぶされそう…」
クリスマスの空気に…。
サンタクロースが現れたなら、あたしはなにを願うだろう。
お金がほしい? それとも自由? あ、今は自由なのかどうなのか。そもそも自由ってなんなのか? 好きにしていいぞって解き放たれて、どこに行けばいい、なにをすればいい?
自由って実はすごく寂しいことなのかな?
あたしが望んでいた自由は、こういうことだった?
必要だって思われていると思ってた。でもそれは思いあがりだった?
なんでこんなに、悔しいんだろう。
「メリークリスマス!」
ぼーっと歩いていたら、突然目の前にサンタが現れた。白い髭は、みるからにつけたもので。商店街のバイトだろうか。二十代くらいの若い男の人。
「どうも」
愛想笑いで素通りする。
「ちょっと待ったー。もう忘れたの?」
「へ? えっちょっ、なにするんですか?」
後ろから、がっと肩を掴まれて、あたしはそれを振り払う。なにこの店員ちょっと、しつこいんじゃないの? 警察呼ぶか?
…あれ?
「どこかで、会ったような…」
「ボクだよボク」
「…と思ったけど、やっぱ知らないや」
くるりと進行方向へ向き直って、あたしは進む。なんか変な人っぽいし、無視しよう。
「あーもう絶対わざとだろ? まあね、ボクが美しすぎて、直視できない気持ちはわかるけどね」
きらーんとかうざい効果音が聞こえたわ。
「思い出した、あの時の…不審者!」
「ひっどいなぁ。不審者だなんて。まあこんなに美しければ、不審にも映るのかな? 皮肉な事に」
意味わからんし。
そうだ、この不審な女みたいな顔した気持ち悪い男は、カクバヤシ別邸であたしの部屋に侵入していた謎の不審者!
「自己紹介しとくかな、ボクはモリ・ビルって言うんだ、よろしくね」
「森ビルさん…」
「ちょっとそれじゃあ建物の名前みたいじゃん。森でいいよ、仲間からはそう呼ばれているし」
「モリさん。…名前はともかく名字は普通なんですね、不審者なのに」
「だから、不審者じゃないって。ボクはただの、一悪魔」
悪魔とか、もっとたち悪いんじゃない?
「といっても今はただの一サンタだけどね」
コスプレじゃないか。
「早く戻ったほうがいいんじゃないですか? 仕事に」
こんなところでふらいている女の子ナンパしてていいのか? 上司に見られたらしかられるぞ。あ、しかられればいいんじゃない?心で毒づくあたしとは裏腹に、モリさんはにまりと笑って答える。
「だから仕事してんじゃん。悪魔の仕事」
変な勧誘かもしれない。逃げよう。
「あ、ちょっとー」
声が遠ざかる。走りながら靴を脱いで、スピードを上げる。あたしの横を通り過ぎる景色は、どんどん見えなくなって。
商店街をとおに過ぎ、住宅街を抜け、段々と上り坂になっていく。負荷がかかっていくけど、それに負けまいと、あたしは加速していく。小さな公園を抜け、薄暗い山の上。人のいない場所へと来ていた。
そこであたしはやっと足を止め、まともに目を働かせた。結構走ってきた。さすがに、あの人も追いかけてこないだろう。ふっと後ろを振り返るけど、そこには人の気配すらない。だれもいないなと思って、前へと向き変えったあたしは、ひっくり返りそうになった。
「速いね、君」
「っっっわぁっ?!」
キラリと漫画的な効果音が聞こえてきそうな、そんな笑顔であたしの目の前に現れたのは、さっきの不審者サンタの…
「モリさん?! ど、どうして?」
後を追いかけてきた形跡はなかったし、途中で抜かれたとも思えない。もしかしたらどこかに抜け道があるのかもしれないけれど、それでも異常なスピードだ。息もまったく乱れていない。もしかしたら自転車やバイクで?とも思ったけど、近くにそれも見当たらない。まるで、手品…、というか魔法だ。
「まあそんなところかな。どう? これで理解した?」
「どうって、なにを言ってるのやら?」
「とぼけちゃって、これでボクが人でないってわかったでしょ」
わからない、わかるのは、この人…モリさんがとにかく怪しくて変なお兄さんってことだ。
「そんな怪しまないでよ。まあそう思う気持はわからなくもないよ、こんな美しすぎる存在、むしろ怪しく感じちゃうよね」
あとすごく、ナルシストだ。たしかに、すごく…美形さんだ。ただ黙って立っていれば、アーティストならモデルにしたくなるだろう。女の子は、いや女の子じゃなくても黄色い悲鳴をあげるかもしれない。でもそれを上回る変質っぷりなんだ。なんて残念な。
「君、これからどうするの? 捨てられちゃったんでしょ? マケンドーにさ」
「!? なんでそのこと。あなた、何者?」
「だから、悪魔なんだって」
なんかもうめんどくさい。
「そう、なんで悪魔があたしみたいな、なんにもない女の子に?」
「仕事だから」
!? やっぱり、怪しい勧誘系か。これは深く関わらないほうが…。いや、どうせ、あたしにはなにも…。
そう自覚したら、別にこの人から逃げなくてもいいような気がした。
「悪魔にも色々いてさ。ボクは、人の観察が仕事なんだ。人の世界に来るのは何度か目だけど、あれはもうこっちの時間では十年は前になるのかな、オカヤマってところでさー」
「そう、それであたしの監視をしてるんだ」
「いや、ターゲットは別なんだけどね」
それって、まさか?
「で、そのターゲットの中に深く関わっているのが君、カケリちゃんなんだよね。でも君はそいつのことちっともわかってなくってさ。だから、いろいろとかき回したくなっちゃうよね、楽しいから」
マケンドー? それとも…
あたしの頭の中でぐるぐるする人物、それはマケンドーともう一人。もしかして、モリさんの言うターゲットってその人のことなの?
「特別に、教えてあげるよ。それが君のためになるかはわかんないけどね。せっかくだし、記念日にしようか?」
どうせ、いくあてなんてない。
「行こうか」
誘われるまま、あたしはモリさんへついて行った。
「悪魔ってちゃちゃいと瞬間移動とかできないんですか?」
移動が、普通にバスとか…。そんな庶民的な移動するのが悪魔っていうんか?
あたしのツッコミも想定内なのか、モリさんはチチチと愉快に答える。
「そういうことやたらめったとやったら、人間界がパニクっちゃうでしょ」
単に言い訳にしか聞こえない。というか、そんな力あるわけないんじゃ、自称悪魔ってだけでかなり痛い人だ。
「ボクは観察が仕事の悪魔って言ったじゃん。だから、人の生活をしながら、人の側で観察をするんだ」
何度か乗換えをして、着いた場所は…。
『次ぎは希望霊園前、希望霊園前』
「おっと次で降りるよ」
ピンポーンをモリさんが押す。次の停留所で降りるらしい。
「ここって……」
バス停から少し丘を上がる。希望霊園、名前の通りここは霊園だ。なぜこんなところに? 誰かのお墓参り?
でも花とかお供え物とか、なにも持ってきてないみたいだけど?
モリさんに導かれるままに、墓石へと向う。あたしにはこの場所も覚えがなければ、墓石に刻まれた名前にも覚えがなかった。身内の墓じゃないことはたしかだ。でもこの名前、どこかで聞いた覚えが……。
「天川…、テンカワ?!」
テンカワってことは、ワタルの亡くなった義理の両親のお墓?!
「そうだよ、テンカワ・ワタルちゃんのご両親のお墓さ」
一体、モリさんがあたしに教えたい事って…、!? もしかして。
「カケリ?」
反対の方向からあたしを呼ぶこの声は。
「アマツカ君!」
「どうして、君がここに…」
「えっと、それは、あっ、あれ? モリさん?」
振り返るとさっきまで一緒にいたはずのモリさんがいなくなっているし、どこかに隠れたな?
まあいいや。
「テンカワから聞いた?」
「えっ、あ、その…」
自称悪魔の怪しげな男からってのは、ちょっと言えないな。…そっか、ワタルから聞いたってアマツカ君は思ってるんだ。そっちのほうが自然だよね。
「ここに眠っているのがボクの両親…、育ての親なんだ」
アマツカ君はあたしからお墓のほうへと向きかえり、手にしていた花束を供える。亡くなったご両親のお墓参りに来てたんだ。
「忘れもしない、六年前のあの日…、クリスマスのプレゼントを買う予定だった。ワタルには内緒にして、喜ばせるはずだった」
事故で二人とも亡くなったって聞いた。子供にとって一番楽しいはずの時期に、きっとその辛さはあたしには想像できないほどなんだ。
「あんな音や衝撃、今まで体験したことなかったな。なにが起こったのかすぐに理解できなくて、臨死体験っていうのかな? ボクがボクを見下ろしてて、あの残酷な光景をまるで夢の世界のように見てるんだ。
今でも夢に見るけどね」
淡々と語るアマツカ君。だけどそれは、あたしでもどれだけ酷い光景かってわかる。他人事なのに、胸が切り裂かれるように痛い。それが自分の身内とか、想像だってしたくない。それが、大好きな人たちなら、悪夢だって思いたくなる。大人でも辛いのに、その時まだ幼かったアマツカ君がそんな想いをしたなんて。
「あの日、ボクは死んだけれど、命は失わずにすんだ。その意味を考えて、わかったんだ。どうしてボクが生かされたのか」
アマツカ君?
「だから、ボクはあの人の側にいる。中央東の馬として、走らなきゃいけないんだ。これは自分で選んだ事だから、ボクの本心はマケンドーもテンカワも知らないだろうね」
アマツカ君の本心、あたしにもわからないけど、どうして。
「テンカワさんたちに、本心を打ち明けないの?」
エスパーでもなければたとえ身内でも、本当の気持ちなんてわかりあえっこないんじゃないの?
マケンドーはアマツカ君のこと、わかりたいって言ってた。だけどアマツカ君は、自分の本当の想いを伝えたいとは思ってないみたいだよ。
「…あたしは、あたしには…教えてくれないの?」
自惚れとかじゃなくて。アマツカ君をわかってあげられるのは、あたししかいないのだとしたら?
「カケリが、ボクのもとに来てくれるのなら…」
差し出される手、それは救いを求める手なのか、それとも…。かすかな迷いがその手をとることをためらわせる。だけど……
「うん、わかった」
アマツカ君の手を掴む。行くあてのないあたしは、その選択をとるしかなかった。
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