馬 駆ける
第十二話 【揺らぐ気持ち、予想外の告白】
「ふん、目障りなのがまた一人増えて。しかも介護が必要とか、余計な仕事増やさないで欲しいんだけど」
とまあ、例のごとく愚痴っているのはヒヨコさんで。それはさておいて、カクバヤシ家別邸に新しい顔が増えた。
それが、ついこないだまでは、敵としてレースで戦っていた相手…。
「身の回りのことは問題なく一人でできるから、あなたたちに迷惑はかけないわ」
ヒヨコさんのこれみよがしな悪口にも、動じなく返すなんて、さすがだ、テンカワさん。
「ふーん、よく言うわ。ここにきた時点で十分迷惑かけていると思うんですけどー」
「仕事もちゃんとやると区長と約束したわ。自分で言った事は実行する」
車椅子を器用に扱いながら、テンカワさんは邸内を移動する。足が不自由なんだってこと忘れそうなほど、機敏に動く。テンカワさんは、カトウさんから仕事の指示を受けていた。ここで、雑務を手伝っているらしい。
ここに来たってこと、驚いたけど。どうしてなのか、その理由を彼女に訊ねてみた。
「そうね、他に行くあてがなかったから、…ってこともあるけれど。あの人の側にいられたらいいなって思ったから。ちゃんとお礼も、できてないままだから」
「え、…もしかして、テンカワさん、好きなの?」
さらりと衝撃発言が聞こえた気がしたんだけど?
「ええ、そう、だけど…。そんなに驚かれるなんて」
「うっ驚くよ! だって、あたしてっきり、テンカワさんアマツカ君が好きなんだと」
はたから見ても、そんな感じにお似合いぽかったのに。
「それは、もちろん好きよ。アマツカは、家族だもの。…でも恋愛感情ではないわ」
そういうものなのかな。たとえ兄でも、血が繋がってないなら問題なさげだし。なにより、あんな美少年身近にいたら、他の男の子なんて目に入らなくなりそうなんだけど。
「やっぱりカケリは、アマツカのこと好きなの?」
さらりと、テンカワさんあたしの心読めるんですか?
「そ、それは、まあ…、好きだけど…」
「そう、よかった。それなら、好きが被らないわ」
「ええっと、それはああうん。えっ」
いやいやテンカワさん? そんなの問題じゃなくて、いいの? 好きな相手がマケンドーって。あんなドS相手なんて、もう大変だよ、そういろいろ大変だと思うよ。
だってほら、マケンドーの恋人ってなるとさ、アイツドSだしさ、ほら…。
っって、なに想像してんのあたし。なんでそこでマケンドーと付き合うシミュレーションしてるわけ? おかしいし。…でも、テンカワさんとマケンドーって、ちょっと想像つかない組み合わせだし。
「変な顔をしてなにを考えているんだ、お前は」
「うばあぁぁっっっ!!」
想像からいきなり実体化して目の前に現れたら、驚くわ!
「全くお前は、些細な事でいちいち驚くな。ここに俺がいることは意外でもなかろうが。少しは平常心を保つ努力をしておけ」
うるさいな、だったらいきなり現れるな。ちょっとずつ現れろ!
「そうだ、カケリ。テンカワはどんな様子だ?」
「へ? テンカワさんなら、…ここでの仕事がんばっているみたいだけど」
「そうか。…お前と何か話したりしたのか?」
「え…、別にまあ、ちょっとした挨拶程度なら…」
さすがに、テンカワさんとだれそれが好きなんて内容は、こいつに言えるわけがないし。
ん? でもなんでそんなこと聞いてくるんだろ? 実はマケンドーも結構テンカワさんのこと気になっているんじゃ。
それなら、テンカワさんをここに連れてきた理由だって納得できる。
え、え、それじゃあ…、マケンドーとテンカワさんって両想い?! いやそれどころか、実はもうすでに?
いや、じゃあなんで、あたしのこと抱きしめたりしたんだ?
ま、まてよ、マケンドーのやつ、こんななりして、実はすっっごい女好きなんじゃあ?
「テンカワさんやっぱりやめたほうがいいと思う!!」
「え…、突然なんの話なの?」
夕食後テンカワさんの部屋へと押しかけたあたしの態度に、テンカワさんはきょとんとした顔で対応した。
「だから、…そのテンカワさんには悪いけど、好きな相手はよーく考えたほうがいいと思うんだ。勢いのままに行動したら、後悔するかもしれないよ」
「…やっぱりそう思う? 私も一方的な想いだからあきらめたほうがいいかもって、思っていたけど」
ふっとテンカワさんの目が切なく細まる。
「まだ伝えてすらいないし、向こうも…きっと気づいていないだろうけど」
「テンカワさんの好きな人のこと、悪く言いたかないけど、でもこのままじゃ傷つくかもしれないし。相手のことはよーく見たほうがいいよ。アイツ外面いいけど、すっっごいドSだしね」
「ドS?…って」
あたしはいったいどうしたらいいんだ。テンカワさんの目を覚まさせてあげるべきだよね。だって、絶対…アイツの本性知ったらショック受けるはずだし。ううう、しかし本当に両想いだったら、それはそれで、余計なお世話…なことのような。あうう、でもでも、やっぱりこのままではムズムズする。
「ねぇカケリちゃん、兄上いる?」
「! ショーリン君、こんな時間にどうしたの?」
ロビーからこそっと突然現れたのはショーリン君だった。出入り禁止なのに、結構来まくっているよね。またマケンドーに会ったら悶着ありそうなんだけど。
「今は部屋のほうにいるみたいだけど…。なにか用?」
「んー、ちょっとね…」
ショーリン君の視線からして、あたしへの用ではないことは明らかなんだけど、まさかマケンドーに会いに?
「ねぇ、兄上さ、また別の女の子連れてきたって聞いたけど、どこにいるの?」
「へ? そ、それって…」
テンカワさんのことだよね? ショーリン君知ってたの?
「カケリちゃんも会ってるんだ? どんな子」
「どんなって…、かわいくて大人しい感じかな。同年代だけど、しっかりしているというか。気になるの?」
「まあね、だって兄上が連れてきたんだよ? きっとなにか弱みを握られて、ムリヤリ言う事を聞かされているんじゃ…」
ショーリン君って…、なんだかんだとマケンドーのこと意識しすぎなんじゃ。
「大丈夫、そんなことはないはず。テンカワさん自分の意思で来たって言ってたし」
「テンカワって言うんだ、そのこ」
「あっ…」
つい名前言ってしまったけど、いいのかな。
「テンカワ…どこかで聞いたような名前だけど…」
「騒がしいと思えば、また貴様か、ショーリン」
「ゲッ、兄上」
で、でた。鉢合わせたよ、またこの険悪な兄弟が。ゴゴゴゴと黒いオーラが二人の間から湧き上がって来ている様に見えるんだけど。
「ほんと地獄耳だよね、特におれとカケリちゃんが一緒だとさ。もはやストーカーの域だよね、気持ち悪いんだけど」
ショーリン君も十分ストーカーの域のような…、マケンドーの。
「フン、コイツの管理も俺の責務だからな。お前こそいい加減に付きまとうのを止めて、とっとと帰れ」
管理って…、他に言い方はないのかよ。
「聞いた話だと、新しい女の子連れてきたっていうじゃないか。カケリちゃんを束縛するだけでは飽き足らず、二股とかさ、最悪すぎんだろ」
「…お前にだけは言われたくないが。短絡過ぎるな。そういう考えしかできんのか、馬鹿馬鹿しい」
二股って…、ショーリン君目線ではそんな風に見えているのか。というか、単に理由つけてマケンドーを非難したいだけのような…。
「そうだよ、だいたい二股なんかじゃないよ、ショーリン君の勘違い。だってマケンドーはテンカワさんが好きなんだから!」
「えっっ?」
「なっ、なんだと?!」
「ん?」
なんでマケンドーが一番驚いてるの?
「だれがそんなこと言った?!」
「は、だれがって、図星なの? そんな取り乱すなんて」
「どういうこと兄上、カケリちゃんは二番ってこと?」
「うるさいショーリン、ややこしいから黙ってろ!」
「なんだと? 誤魔化すなよ、最低だぞ!」
「いったい何事ですか? 声が外まで響きますよ」
喧騒の空気がぴたりとやむ。騒動を止めた声はカツさんだった。
「なんでもない。コイツが下らん事で騒いだだけだ」
「くだらないってどういうことだよ? 逃げるなよ!」
片手で頭を抱えながら、マケンドーが後騒動をカツさんにまかせて部屋へと戻っていく。
「ショーリン様、時間も時間ですし、今日はお戻りください」
「…ちぇっ、わかったよ。カケリちゃん、なにかあったらいつでも呼んでね」
「え、あ、うん。じゃあ…」
なんだあの二人、ショーリン君見送ってどっと疲れる。
「お騒がせしましたね」
カツさん、やっぱり慣れてるんだな、あの二人のやりとりに。
にしても、マケンドーが珍しく動揺していた気がするんだけど。…やっぱり、図星だったってことなのかな。テンカワさんのこと。…そうだよね、テンカワさんかわいいし、好きになってもおかしくない。
ん、待てよ。マケンドーってアマツカ君のこと信じられない扱いしていたし。それってテンカワさんのことがあるからって思えば、納得いく気がする。そっか、やっぱり八つ当たりだ。
む、なんかむかつく。やっぱり勝手な奴じゃん、マケンドー。
「カケリ様? どうかされましたか」
むむむと唸っているあたしを気にして、カツさんが声をかける。
「マケンドーの勝手さに腹が立ってきて」
「え? どういうことですか?」
「マケンドーの奴、テンカワさんのことが好きだから、アマツカ君のこと信じられないんじゃないですか?」
「え…、それはマケンドー様がそう話されたのですか?」
「そうだ、カツさんどうしたらいいですか? テンカワさん、マケンドーのこと好きみたいで…」
「テンカワさんが? カケリ様に相談されたのですか?」
「ううう、相談というか、ああもうあたしはどうしたらいいんですか?」
半パニックでカツさんに泣きついたけど、カツさんもちょっと首をかしげていたし、わけわかんないコイツ状態かもしれない。
ああもう、わけわかんないのはあたしだし。
「わかりました。カケリ様、マケンドー様と話されてはいかがですか?」
「…へ、え?」
カツさん、本当わかってくれたんだろうか。…なんで、あたしとマケンドーが話すってことになるんだ?
「マケンドー様がテンカワさんをここへ呼ばれたわけ。きちんと説明してもらってきてはいかがでしょう。自分勝手かどうか、それはカケリ様自身で判断していただけたらと思います」
カツさんに勧められたまま、あたしはマケンドーがいる一階の処務室へときていた。
テンカワさんをここへ呼んだわけ。理由というかいいわけを、アイツはなんて言うんだろうか。というか、あたし、余計な事まで聞きにきたんじゃなかろうか。
「ショーリンの奴は帰ったか。まったく出入り禁止の意味がないな。お前もアイツの言う事など鵜呑みにするなよ」
なんて涼やかな顔で言っているけど、テンカワさんのことで動揺してたし。明らかに怪しいんだよ。
「なんださっきから、すごい形相で睨みつけるな」
「別に睨んでなんかないけど。…ちょっと軽蔑しているだけだから」
はぁー、とマケンドーがためいきをつく。ムカツク態度だぞ、おい。
「お前も誤解しているみたいだが、テンカワのほうから頼んできたんだぞ」
たしかにテンカワさんそう言っていたけど。
「でも、テンカワさんは中央東の馬だったんだよ。もう走れなくなったとはいえ、敵だったのに。まさか、テンカワさんから、敵のこと探るつもりで?」
「あまり期待はしていないが、テンカワが知る限りのことは聞き出したいとは思っている。…まあテンカワに弱点はないだろうな。でなければ、オオガワラが簡単に手放しはしないだろう」
「それが理由じゃないってことは、やっぱり…マケンドー、テンカワさんのことが好きってことなんでしょう?」
「…あのな、ショーリンの言葉を鵜呑みにするなと言っただろう。俺はテンカワに個人的な感情などない。だからといって良心がないわけではないが…」
「じゃあ…」
「カケリ、お前のためだ」
「へ?」
意味がわからないんだけど?
あたしのため? なにが?
「テンカワとは歳も近いし、互いに似たような立場にいただろう。気持ちも通じ合いやすいんじゃないか?」
…それって、つまり。
「男の俺やカツでは、メンタル面のフォローが難しいこともあるだろうからな。テンカワもずっと心許せる相手もいなかったみたいだし。お互いにいいんじゃないか?」
「あたしとテンカワさんに、友達になれってこと?!」
「契約上、お前は外と交流が持てないからな。少しでも気晴らしになればいいだろ。それに、アマツカに一番近かった存在だ。アイツのことを知るためにも、テンカワには協力してほしいからな。
カケリ、お前だって知りたいんだろう? アイツのことを」
アマツカ君。…そうだ、テンカワさんなら、あたしたちが知らないアマツカ君のこと、いろいろ知っているはず。
「マケンドーはアマツカ君のこと、信じてないんでしょ?」
「ああ、信じられんな。だからこそ、探らねばな」
やっぱりマケンドーはマケンドーだ。
テンカワさんのこと、そんな風に想っていたんじゃなかったんだ。…というかあたしのためってことは…。
「ん? なんだ」
つい考え込んでたあたし、マケンドーの声でハッとする。
「別に、なんでも!」
マケンドーが好きなのって、あたしなんじゃ? なんて、自惚れた考えがよぎった。い、いやいや、やっぱないわそれ、うん、ない!
首をぶんぶこ横に振るあたしの行動に、マケンドーが怪訝な顔になる。
「どうかしたのか?」
「え、だから別になんでも。…って本当にテンカワさんのこと好きってわけじゃないんだよね?」
「お前もしつこいな。何度も言わせるな、そんな感情はない!」
あたしやショーリン君の思い違いでよかった。…あ、よく、ないのか。だってそれじゃあテンカワさんがかわいそう。
「なんだ? まだなにか言いたいことでも」
「だって、好きなんだよ?」
「えっ?!」
「テンカワさんは、マケンドーのこと好きなんだよ」
「な? …またお前の早とちりじゃないのか」
「違うよ! テンカワさんがそう言ってたの!」
「なに? 本当なのか? テンカワが?」
「そうだよ! そっちがどう思ってようが、テンカワさんの気持ちもちゃんと考えたら? 気持たせた責任ってもんがあるでしょーが!!」
ビシッと勢いでマケンドーに言い放って、あたしは部屋を出たんだけど。数分経過して、熱が落ち着いてきてから、自分のしでかしたことに気づいて、変な汗が噴いてきた。
ど、どうしよう。あたし、すっごく余計な事、言っちゃった…かも。
「え?」
あたしのごめんなさいの第一声に、テンカワさんはきょとんとした目で「なんのこと?」と訊ねてきた。
「そのあたし、勢いで言っちゃったの、マケンドーにテンカワさんの気持ち…」
「私の気持ちって…、どういうこと?」
「…ううう、その…、テンカワさんが好きだって言ってたことを…」
「そう、区長に…、私がカツを好きだってことを…」
「うん。ごめ…、え? 今なんて…、カツさんが好き?」
今度はあたしが目を見開いてテンカワさんを見た。え、ちょっと待って、どういうことで??
固まる両者、先にフリーズが解けたのはテンカワさんのほうだった。
「もしかして、カケリ、私の好きな相手を区長だと思っていたの?」
ど、どうしよう、汗がぶわりと吹いてきた。
「ご、ごめんなさい、テンカワさん、あたしてっきりそうだと思い込んで、マケンドーに責任とれって言っちゃった。しかも、カツさんにも、テンカワさんがマケンドーのこと好きって…」
「そうだったの。…ハッキリ言わなかった私のせいね」
「いやいや、勘違いしたあたしのせいだよ。ほんとにごめん。すぐに、マケンドーたちに訂正してくる」
「待って! いいわ、あとで自分から伝えに行くわ。そのほうが、きっと誤解が解けるの早いでしょ」
気にしないでとテンカワさんは言った。ごめん、あたしはひたすら彼女に謝るしかなかった。別にテンカワさんは怒っても困ってもないようだったけど、あたしが自分で落ち込むわ。もう、最低だ。
この後、テンカワさんの口から、あたしの言った事は勘違いだとマケンドーたちに伝えてもらった。カツさんへの告白は特にしなかったみたいで、二人の関係が進展したとか、そんなこともなかったらしい。
だけど、この件がきっかけで、あたしとテンカワさんは親しくなれて、友達になった。お互いのことをいろいろ知っていけたらいいな、…アマツカ君のことも含めて…。
テンカワさんが来てからも、あたしは変わらずレースで走り続けた。一つ気になっているのは、やっぱり中央東の動向だ。テンカワさんの心配では、アマツカ君が馬として出てくるんじゃないかってことだったけど、テンカワさんの代理の馬は別の、あたしの知らない人だった。ただその人はテンカワさんが着けていた鋼鉄の義足ではなかったし、そもそも義足でもなかった。そのことに関して、レースの関係者が特別つっこむ事もなく、前馬のテンカワさんに諸事情があったため、急遽引退したとだけアナウンスがあった。
しかしその代理の人は、テンカワさんみたく、特別速いでもなく、成績も上の中…といった程度で。チャンピオンの成績は少しずつ下がっていってた。マケンドーに聞いてみたけど、今のところ中央東サイドで怪しい動きってないらしいけど。あの市長のことだからな、と怪訝な顔でぼやいていた。ということは、市長がなにか企んでて、中央東がこのままのはずはないだろうって気はしている。
そんな予感が的中するのは、テンカワさんが来てから二月は経つ、そろそろ冬支度を始めなきゃいけない、十二月…。
ぼーーっとした頭のまま、あたしは会場の通路を一人歩いていた。信じられないって、気持ちで、ずっと思考が止まりそうで。
どうしてかっていうと、それは、…予測していた事なのに、やっぱり信じたくない事だったから。
鋼鉄の足を再びレースで目にすることになった。それを装着していたのは、テンカワさんではなくて、…中央東の馬としてあたしたちの前に現れた、アマツカ君。
「カケリ…」
びくんと心臓が飛び跳ねる。向かう先で、こちらに向かってくるその相手。カチンカチンと金属音が響く靴音が、少しずつあたしのほうへと寄って来る。
アマツカ君…。
まだ動揺したままで、あたしは第一声さえ放つ事すらできなくて、ただ目の前のその人を見ているだけ。
そんなあたしの心情を察してか知らずか、アマツカ君が呼びかける。
「君に、話があるんだ…」
なんのことか見当もつかず、あたしはただ彼の言葉を聞いている。
「ボクのところに、来てくれる?」
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