馬 駆ける
第十話 【飛び交う想い、君との関係】

ギゾウ邸内、テンカワは白衣の男から検査を受け終え、投薬を受けていた。テンカワの体から薬の針が抜かれ、白衣の男はテンカワに検査の終了を伝える。
「正直、君の体は限界を超えている。次のレースで踏ん張れるかどうかの瀬戸際だが」
「平気、まだ…走れる。薬、もう少し打っても…」
「いや、これ以上はムダになる。区長もそろそろ君を下ろそうと考えているようだ。引退して自由に生きたらいいんじゃないか? 君はまだ若い。馬なんて奴隷やらなくても、他に生きる道はあるだろう? テンカワ家の財産だって君一人生きていくには十分じゃないか」
そう言って白衣の男はテンカワの検査を終わらせ、彼女を退室させた。納得しないままのテンカワをそのままに。
すでにギゾウの心はテンカワには向いてない。馬として限界のテンカワには。
「他に生きる道なんて…」
わからない、見つからない。なにかしたいことなんてあっただろうか。絶望したあの日から、願った事は失った最愛の人たちが戻ってくる事しかなかった。自分の幸せなんて考えられなかった。いや、自分の幸せは最愛の人たちがいなければ成り立たなかった。突き放されて一人にされて、どうやって生きればいいのだろう。


「次のレースが正念場だって、万全な状態で挑まないとね」
テンカワに宛がわれたプライベートルームで、アマツカがテンカワに語りかける。アマツカもわかっているはずだ。次のレースがテンカワが馬として能力を発揮できる最後のレースであると。薬を打って誤魔化しても、テンカワの体は鋼鉄の足に耐えられそうもなかった。ギゾウはテンカワを諦めている。馬として身を削ってきた彼女を、この足から早く解放してやりたい。アマツカはそう願う。
「テンカワ…、次のレースで君は引退するんだ」
「! いやよ! 私はまだ走れる」
ふるふるとアマツカが首を横に振る。
「もうムリだってこと、自分でもわかってるはず」
「! …違う、まだ私は…」
否定の言葉を吐いても、アマツカの前では誤魔化せない。テンカワは悔しく唇を噛みながら顔を落とす。
「テンカワには逃げ道がある。もうこれ以上ムリしなくてもいいって、あの人も言ってた。だから、ここが引きどきなんだ。君を、テツオのようにするわけにはいかない」
「! テツオ兄さんの事知ってたの?! やっぱり、テツオ兄さんはこの足のせいで」
テンカワの表情が一変した。テツオ、その名前は二人にとってよく知る相手だった。天使園で一緒だった男の子だ。テンカワの前の中央東の馬、鋼鉄の足の装着者だった【鋼鉄のカモシカ】。ギゾウのもとに来てから顔をあわせる機会はなかったが、馬をしていた事、天使病をすでに発病し両足を失い義足だったこと、二十歳そこらの若さで急死したこと。テツオの死は気がかりだったが、その理由をテンカワは知らなかった。だが使い捨てにされてきた中央東の馬、そして自らがこの足の装着者になって気がついた。テツオはこの鋼鉄の足によって、オオガワラ・ギゾウのせいで死んでしまったのだと。テツオの死はどこのメディアにも取り上げられる事がなかった。葬儀もひっそりとしたものだった。不幸にもテツオの養父母は、テツオが亡くなる二年前に事故で死亡していた。つまり天涯孤独のまま彼は亡くなったのだ。彼の人生を、テンカワはまるでなぞっているようでもあった。
偶然というには不気味すぎる。同じ天使園の出身で、天使病患者で、養父母を事故で失っている。そしてオオガワラ・ギゾウの保護を受け、鋼鉄の足の装着者となり、中央東の馬となる。
テンカワはギゾウに対して不信感があった。あの男に保護された時、他に頼る当てもなく、すがるしかなかったが。だが日が経つにつれ、ギゾウがどんな男か知るにしたがい不信感ばかりが増していった。欲望の塊のような男。権力に執着し、すべてが思い通りに行くと思っている。情欲の眼差しを向けられた事も多々あった。幸いにもテンカワはそうした被害を受けることはなかったが、それもアマツカが上手く立ち回ってくれたおかげだ。その影で彼が犠牲になってくれていたことを、テンカワも薄々感じとっていた。大切な人が傷つく事は、自分が傷つくよりずっと辛い。だからと言ってその役目を買って出ては、彼の想いに反してしまう。
だからテンカワは別の道で傷つく事を選んだ。それはアマツカが望んだことではない、自己満足と言ってしまえばそのとおりだ。それでも、ただ守られているだけは辛かった。共に傷つけるほうがいい。病も進行していたこともあり、踏ん切りがついた。両足切断。そして、鋼鉄の足の継承者になること。アマツカのために、テンカワは鋼鉄の足の装着者となり、馬になる道を選んだ。
馬として走り続けることは、テンカワにとって自分のすべてである。だから、意地でも、この道を諦めるわけにはいかなかった。
「その足は、君には重すぎる。だから、次で最後にしよう」
「いや!」
聞き入れたくない。聞き入れるわけにはいかない。テンカワにとって、その願いは。
「君にも味方になってくれる人はいる。…あの人なら、頼ってもいいと思う。悪い人じゃないから…」
あの人? 訪ねるテンカワに、アマツカはその名を告げた。



「はぁー」
「お? どうしたんだ? 意味深に溜息ついて。なにか悩んでいるのかい?」
いつもどおりのトレーニングルームでのモリオカさんのトレーニング中。つい集中乱れて溜息ついてしまったけど、モリオカさんは怒るどころか、心配してくれた。優しいマッチョなお兄さんだよ。
「ええ、まあ、悩み深きこの頃でして」
「ははーん、ダイエットかな?」
図星だろ!とばかりにモリオカさん。
「違いますよ!」
「おっとこいつは失敬。んー、じゃあ好きな男子のことでお悩みかな?」
「ぶっ! わかります? なんというか、やっかいな人を好きになっちゃって」
アマツカ君…、中央東のテンカワさんの味方。つまり、敵側なんだよね。ここに侵入していたのも、たびたびあたしと会っていたのも、…スパイ活動だったってことなんだろうか…。
「はははなるほど。うんしかし悲観するのはよくないぞ。なかなかお似合いだと思うんだがな。それに区長は独身だから、全然望みはあるほうじゃないか? 年の差もそんなにないだろ?」
へ?
「ちょっっっ、モリオカさんなに勘違いしてるんですか? 違いますよ! マケンドーじゃないですから! それに年の差五歳はありますよ! マケンドー立派にロリコンですよ!ロリコン犯罪!」
「ろ…ロリコンは言いすぎじゃないかな」
はははとモリオカさん苦笑う。

ったく、ヒヨコさんといい、モリオカさんといい、なんであたしが好きな相手がマケンドーだと勘違いされるんだろ。そりゃ傍にいる異性をそういう関係と勘違いして見てしまうのも、わからなくもないけど。でも大半が勘違いだったりするよね。マスコミなんて特にそうじゃん。男と女ってだけで、そういう目で見られて誤解されて。ウミコさんとか…。だいたいウミコさんみたいなキレイな人があんなオッサンの愛人なんてやるわけないじゃん。ウミコさんだったら、他に似合いそうな大人のカッコイイ恋人とかいそう。いや本人言うにはいないらしいけど。…ウミコさんレベルの人ですら恋人いないってことは、あたしなんて…一生恋人なんてできない予感?! 現に今好きな人が超美少年で、しかも敵対する勢力で、傍にいる相手はチャンピオンの美少女で。…なにがなんでもモテちゃう少女漫画のラブコメの主人公でもない限り、成就する気がしないレベルだ。
だいたいあたしはマケンドーみたいなタイプ好きじゃないしね。ドSなんてまともに付き合える気がしないよ。まああの見た目で、優しい性格だったら、好きになったかもしれないけど…。…優しいマケンドーとか想像ムリというか、偽者だよそれもう!まあでも、いいところもあるけどね。…ウミコさんのこと助けてくれたし。
でもそのこと、マケンドーはあまり言われたくない感じだったな。カクバヤシの名前で動かした事だから、自分の力じゃないって。マケンドー、自分に対してもドSっぽいもんね。結構自分を追い詰めるタイプだったりするのかな。
『俺を勇気づけるのはいつもお前なんだな』
あれはどういう意味で言ったんだろ。結局…ちゃんと答えてくれなかったし。マケンドーがあたしのことどう思っているかなんて、やっぱりわかんないよ。
「やっほー、カケリちゃん」
「ひぎゃーー!?」
いきなりだれかから背後から抱きしめられて、あたしは変な悲鳴を上げてしまった。って今の声は…。あたしの悲鳴でその主はすぐに解放してくれた。
「あはは、驚きすぎだよカケリちゃん。それに真っ赤になっちゃってかわいいなぁ〜」
けらけらと明るく笑うショーリン君。まったく、心臓に悪いっつーの。
「もう驚くでしょ。それに女の子に許可なく抱きつくのは、セクハラだよ」
とショーリン君に忠告、して思い出す。てことは、マケンドーのアレもセクハラ…だよな。
「ごめんごめん。じゃ今度から宣言してから抱きつけばいいんだよね」
「いやいやそんなこと誰も言ってないってば」
ところでショーリン君なにしにきたんだろう? こないだマケンドーとケンカしていたしな。きっとまた顔あわせたら悶着ありそうな二人なんだよなー。
「それにしてもカケリちゃんの反応おもしろいなぁ。抱きしめられるの慣れてない感じ」
「な、慣れてるわけないでしょ。慣れてたら怖いよ、自分で」
「ねぇカケリちゃん」
ショーリン君が問いかけてくる。
「兄上の都合でさ、ここに連れてこられて、閉じ込められて、辛くない? 攫われたり危険な目にも合ったりしたしさ」
ショーリン君、あたしのこと心配してくれているのかな。…たしかに、いきなりマケンドーに連れてこられて、若草の馬をさせられて、交友関係も制限されて、自由に遊びにもいけない。あたしはかなり不便な状況にいるのかもしれないけど、衣食住には困っていないし、トレーニングはさせられているけど、それも慣れてきたし、そこまで酷い状況でもないような気がする。それに、ウミコさんとか、今までの生活じゃ縁のなかった人と出会えたこととか、いい面もあるし。…それに、アマツカ君にも出会えなかった。
「心配してくれてありがとう。でも全然平気だよ。マケンドーも約束してくれたし」
「え? 約束って?」
「あ、ううん、心配するような事じゃないよ」
マケンドーとの約束…、今期レースで優勝すれば、自由の身にしてくれるっていう。アイツは約束破るような奴じゃないと思うからね。

でも優勝って、そう簡単になれるものじゃない気がする。現に、チャンピオンのテンカワさん…にボロ負けしちゃったもんなー。…テンカワさんに限らず、まだ強敵はいそうだし。今までが好調すぎただけな気もする。



「テンカワが…、そうか」
カツから話を聞き、マケンドーは渋い顔つきで顎に手を寄せる。
先日、テンカワがカツを通してマケンドーに救いを求めて来た。彼女が助けて欲しいと言ったのは、自分自身のことではなく、アマツカのことだった。
「ええ、テンカワさんはどうかアマツカさんのされたことを許してほしいと。それから、彼を救い出してほしいと」
「アマツカか。…奴はテンカワ・ツバサで違いないんだな」
「はい。戸籍上では死亡となってますが、間違いないでしょう。テンカワ・ワタルさんの義理の兄になります。彼女の傍にいる理由はそれで十分でしょう」
「偽名を使って別人に成りすましているというわけか? オオガワラに利用されて、奴の言いなりに?」
「はい。おそらくオオガワラに逆らえないのは、テンカワさんの存在があるからでしょう」
施設からテンカワ家に入ってからもずっと一緒だったテンカワとアマツカ。互いの存在がどれだけ大切かは考えるに難くない。
「テンカワのために…か。一度直接話してみたいものだな。…アイツと」



「はぁ…なんとか勝った…」
本日のレース、無事勝利し、終了した。はー、帰ってゆっくり休んで、次に備えないと。
控え室へ向かう途中、呼び止められた。
「おい、カケリちょっと来い。お前に聞きたいことがある」
「え?」
呼び止めたのはマケンドーだ。な、なんだろ聞きたいことって、変なことじゃないよな。
「なに? 聞きたいことって」
「アマツカのことだ」
「!? アマツカ君の?」
思わず声が大きくなったから、マケンドーが静かにしろとジロリと睨んできた。周囲に人がいないとはいえ…、アマツカ君もいないよね。
「お前はアイツのことをどこまで知ってる?」
「し、知らないよ。名前くらいしか…」
自分で答えて凹んでくる。たしかにあたし、アマツカ君のことなにも知らない。
最近知ったのが、中央東の人間だって…こと。
「なにか話したことでもいい。覚えている限りの事を教えてくれ」
「話って…」
「今までに何度か二人きりで会ってるんだろ?」
ぎくっ。
ば、ばれていたのか。…今更、誤魔化しても仕方ないのかもしれない。アマツカ君がスパイだって判明した今は、もう二人だけの秘密なんてレベル終わってるし。
話か…、別にマズイような話なんて…たぶんしてないような気がするんだけど。アマツカ君があたしに聞いてきたことって…。
「あたしのこと、知りたいって言ってた」
「そうか、…それでお前は奴に自分の弱点をベラベラとしゃべったというのだな」
「違う違う! ろくに話なんてしてないよ実際。ただ…走っているときどんな気持ちなのか、とか。あたしのこと会う前から知ってたって言ってたし」
「お前に覚えがないのなら、レースで見ていたってことだろうな」
「うん、そうだと思うけど。実際この会場でも会ってるし。…それから、マケンドーが行方不明になってたとき、屋敷で会ったんだ。カツさんのこと知ってたから、てっきりカクバヤシ家の関係者かなと思っていたんだけど」
こうして思い出してみると、アマツカ君はやっぱりスパイだったんだって思うと納得がいく。運命の出会いとか偶然とかなかったんだ。…そんな夢みたいな話、あるわけなかったんだな。
「…そうか。…カケリ、お前には話しておこう。アマツカが何者なのか」
え? アマツカ君のこと?

――あたしはマケンドーから聞かされた。アマツカ君の正体を。アマツカ君はテンカワさんの義理の兄妹で、二人とも五年前に中央東に吸収合併された天使区にあった天使園という施設の出身の孤児だったこと。義理の両親を事故で失っている事。そして現在、中央東の区長のもと身を寄せているということ。
それから……

「テンカワさんが、マケンドーに救いを求めてきた?」
「ああ、カツに要請してきたらしい。自分ではなく、アマツカを助けて欲しいとな」
「テンカワさんが、アマツカ君を助けて欲しいって…。アマツカ君、やっぱり好きであんなことしていたわけじゃなかったんだ」
それを知ってほっとしたけど、アマツカ君が心を痛めていたんだと知って、余計きゅうって苦しくなった。
「…で、マケンドーどうするの? アマツカ君のこと助けてあげるの?」
「いや、テンカワの要望を鵜呑みにするのは危うい。それに、アイツ…アマツカがなにを考えているのか、きちんと知りたい」
アマツカ君を知りたい、マケンドーはそう言った。その言葉に、あたしは希望を持てた。アマツカ君の気持ちしだいで、マケンドーは動いてくれるんじゃないかって、思ったから。
「あたしも、アマツカ君のこと知りたい…。もし救いを求めているのなら、助けてあげたいよ」
「だからといって、アイツに容易に近づく事はさけろ。どんな事情があるにせよ、アマツカはオオガワラの犬だ。スキを見せてはならん」
マケンドーが厳しい表情で釘を刺す。
「わ、わかってるってば」
アマツカ君が敵であることには違いない、けど、悪い人じゃないのなら、あたしはまだアマツカ君を好きでいてもいいんだよね?

君の事を知らないうちに好きになった。
好きになったから、知りたいと思った。
君の事をわかりたいと、救いたいと、願うんだ。

「今日はテンカワもレースに出る。…アマツカもこの会場のどこかにいるだろう」
「! そうなんだ。…じゃあいる可能性は高いね」
あたしとマケンドーは観覧席へ向かった。時期にテンカワさんのレースが始まる。
アマツカ君も、この会場のどこかにいるんだ。さすがに、場内は広くて、どこにいるのか検討もつかないけど。できるだけ、目を凝らしてアマツカ君らしい存在を探してみる。
レースが始まり、会場が沸く。モニターにテンカワさんが映る。クールな雰囲気の女の子だけど、真剣な眼差し、静かな強さを感じるような。
テンカワさんは走っているとき、どんな気持ちなんだろう。アマツカ君を救いたい、その想いで走っているんだろうか。
ぐんぐんとスピードを上げて駆けていく。あの鋼鉄の足は、最速だ。やっぱり、敵う気がしない。
「様子が、おかしい」
隣のマケンドーがぽつりとつぶやいた。テンカワさんの走りを見ながら。
聞いて、あたしも注目する。おかしい? どこが?
気にして見ていた。言われて見れば、テンカワさんの走り、どこか違和感を感じるような。でもそれは些細な動作で、普通に見ていれば気にならないレベルの。
『ゴール!! 中央東! 本日も余裕の勝利ー!』
半絶叫のアナウンスの中、ゴールしたテンカワさんは会場から去る。その後姿、歩き方がやっぱりぎこちなかった。
「!アマツカ」
「へ?」
席からマケンドーが立ち上がって、アマツカ君を見つけたみたいだ。
「いくぞ」
「あっ、待って」
あたしはマケンドーの後を追う。観覧席を出て、走者控え室へと向かう。
テンカワさんを支えながら歩いてくるアマツカ君がいた。
「アマツカ君!」
「救急車、呼んで」
「え?」
緊迫したアマツカ君の表情にどきってなった。テンカワさん、気を失っている? さっきまで走っていたのに。


マケンドーが呼んだ救急車で、テンカワさんは病院へ運ばれた。身体疲労がたまっていたらしい。大事にいたらなくてみんなほっとした。テンカワさんの体に負担を与えていたのが、鋼鉄の義足だった。テンカワさんの体から外されて、アマツカ君がそれを受け取っていた。
病室で眠りにつくテンカワさんはカツさんにまかせて、あたしとマケンドーはアマツカ君の元に向かった。病院の入り口出てすぐ脇にアマツカ君がいた。
「アマツカ!」
マケンドーの呼びかけで、アマツカ君がこちらを向く。テンカワさんが倒れたのに、アマツカ君はずっと冷静なままだ。
「安心して、テンカワはもう走れない。中央東の馬を下ろされたよ」
「え? じゃあどうなるの? テンカワさんは」
「そういうことか、オオガワラに使い捨てにされたのだな、テンカワ・ワタルも」
「違うよ。テンカワは使命をまっとうした。そして、自由になったんだ」
マケンドーの言葉を、アマツカ君は否定するようにそう言い放った。
「テンカワにはテンカワ家の遺産がある。医療費も生活していくにも、十分やっていけるよ」
じゃあ、と言ってアマツカ君は去ろうとする。
「待て! テンカワは俺に救いを求めてきた。アマツカ、お前を助けて欲しいと。オオガワラに利用されるがままのお前が哀れだと嘆いてな」
背を向けたままのアマツカ君が、小さく「ふっ」と笑った。
「そうなんだ。…でも、余計なお世話だよ」
「え? アマツカ君?」
「ボクは君に救いなど、求めていない。それから、利用されるがままでも、哀れでもないよ。
ボクはボクの意思で、あの人の元にいるんだ。ほおっておいて、くれるかな」
少しだけ振り向いた眼差しは、弱さなんて欠片も感じない瞳で。
あたしは、やっぱりまだ、アマツカ君のことろくにわからないままだ。


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