第四話 最凶最悪現る

最強人類カツミの強きこと強きこと
その拳鋼のごとく、すべてを打ち砕く肉体兵器
魔動兵士を木っ端微塵! さらに戦車まで大破壊!
まったく怖いもの知らずにもほどあるぜー
あらあらホツカよ、出番なし?
だけどそんなことはなかったんだぜ〜
さあさあ迫り来る最大の恐怖、どうするホツカ?
見よ!キチガイどもの夢の跡!四番は、いきなり最強の敵が現れたよ、逃げないで聴いてくれよ?





風に揺らされるように長く美しい銀色の髪が揺れているが、その姿は現実のものではないように、薄く透けている。
細くしなやかな体に、柔らかい繊維の白いドレスを身にまとい、胸元には彼女の瞳によく似た漆黒の宝石が光る。儚げに細められる瞳、薄紅の唇がゆっくりと弧を描く。

救世士ドーリア。
協会のトップであり、不老不死、あらゆる魔法を駆使すると噂されている、この世界で頂点に立つ存在。本来ならこんな辺境の町にいるはずがない。いや、いないのだ現実に。


『あれは思念体じゃ。本体は遠く離れた本部にいるはず。だが油断するなホツカ、遠方でもこれほどの魔力じゃ。アレでも魔法を使えば…』

師匠のいうとおりだ。ホツカも感じる。目の前のドーリアは遠方より意識を飛ばしている幽体のドーリアだ。本物の十分の一にも満たない能力だろう、それでも気圧されるほどの存在感。本能が警告を発している。早く逃げろと。ひたすらに死の警告を放つ。


『ふふっ』


ノイズ交じりの異質な声が聞こえた。それは岩山の上に立つ半透明のドーリアから。


『アレの切り札というのも、たいしたことがないようね。それに、伝説の魔法使いの哀れな姿。
ねえ、聞こえている? ドーリア』


半透明のドーリアはそう言って、どこを見ているのかしれないが一人笑う。

「なに言ってるんだ? あの女」

怪訝な顔してシャニィがつっこむ。シャニィからすればドーリアの言葉が誰に向けての言葉なのか意味不明だ。ドーリアという同名の別人でもいるというのか?単なるキチガイにしか映らない。
ドーリアの言葉を理解していたのは、ここにいるものではホツカと師匠だけだった。

ごくり。
つばを飲み込み、ホツカは汗ばむ手の中、ぎゅっと強く杖を強く握りなおす。目はずっと岩山のドーリアを捉えたまま。


『久しぶりね、元気だった? ホツカ』

にこりと微笑むドーリア。だが、優しい女性のものとは違う。得体の知れない嫌悪感が走るような笑顔だ。美しいのに恐ろしい、それがドーリアという女性。

「へ? なにあの女、アンタの知り合いなのか?」

シャニィの問いかけに、ホツカはドーリアのほうを見たまま答える。

「ちょっとね。…って君こそドーリアを知らないの?」

「ドーリア? アレが噂の協会トップ? こんなとこまで来てなにやってんのさ? 暇人かよ」

まったくのんきなのはどっちだよ、とホツカが心で突っ込み、だけども、こんな状況だからこそシャニィのノー天気っぷりに救われる。すぅとホツカが息を吸い込む。

「すぐ逃げて、死にたくなかったらね」

「なに言ってんだよ。なんで逃げる必要があるんだよ。カツミがいるんだし。
ねえ、カツミならあんな女だって一発で倒せるよね」

カツミは先ほどから黙したままドーリアを睨んでいた。シャニィの問いかけにコクリと頷きも返事もしない。戦車たち相手のように突っ込んでいくこともしない。カツミもそこまでバカではない。強いからこそ、相手の力量もわかる。不用意にぶっこんでいきはしない。

「カツミさん、アナタも。彼女と一緒に逃げてください」

ホツカがカツミに向かって叫ぶ。「なに言ってんだよお前」と横でシャニィが叫んでいるが無視する。

「なに? 貴様獲物を独り占めする気か?」

ギロリと鋭い目つきで睨んできながらのカツミ。『おいおいあの男はこの状況でも戦闘狂いなのか』と師匠が後ろのほうでがくっとうな垂れた。

「カツミさん、アナタならわかるでしょう? アレがとんでもない相手だってことは」

生きるか死ぬかの瀬戸際。独り占めどうこうくだらない争いをしている状況じゃないのに。
だが、カツミは「それがどうした」とにやりと笑う。ドーリアを(劣化版とはいえ)前にして、ここまで不敵でいられるのも普通じゃない。とんだキチガイ野郎だ。

「そうだよカツミ逃げることないからな! おい小僧アタシも逃げないぞ!
町から祭りを奪った協会のやつら、トップをぶったおしてぎゃふんと言わせてやんだ!」

カツミに感化されるように、シャニィは爆弾を取り出して好戦的ににししっと笑い、挑戦的にドーリアを指差しながら宣言する。怖いもの知らずのキチガイばかりだ。


『一緒に死んでくれる仲間がいてよかったわね。ふふふ、アレも一緒に消滅してくれるでしょう。ますます寂しくないでしょう? それに、会いたい家族にも会えるのよ。
太陽があんなに眩く光り輝いて、死の光があなたたちを包んでくれる。

さあ、お逝きなさい』

半透明の白い手が天へと掲げられる。間接的に太陽を持ち上げているように錯覚する。次の瞬間強力で凶悪な魔力が今のこの空間を締め付けるように集まる。

『ぐうっ、いかん、ホツカよ』

「二人とも! ちょっとの間目が見えなくなるけど我慢してよ。
僕が絶対に、守ってみせるから」

「は? え、アンタなにを」


太陽が膨張し、凶悪な光の塊がホツカたちを襲う。ドーリアが放った光の攻撃魔法だ。目を閉じても凶悪な光は網膜を破壊し、失明させる。細胞にも多大なダメージを与える。五体満足ではいられない。
死を招く、恐ろしい光の魔法。
光に対抗するには闇の魔法だ。
ただでさえ日中は闇魔法は精霊たちの力が弱まり不利だ。しかし、一番有効な手段。

「闇よ、すべての光を遮断しろ!」

今集められるだけの闇の精霊を集める。光の巨大球が闇のシールドにぶち当たる。
ホツカの防御魔法も、ドーリアの光魔法を防ぎきれそうにない、が。

「なにこれ、真っ暗でなにも見えねーよ!」

シャニィの声が暗闇で響く。ホツカの闇魔法がシャニィから視力を完全に奪い去っている。太陽の下突然真っ暗になれば、パニックにもなる。シャニィだけではなく、術者のホツカも視力0だが、シャニィたちの位置など把握済みだ。

「大丈夫だよ、少しの間だけだから、我慢して動かないでいて」

汗で滑り落ちそうな杖をさらに持ち直して、ホツカは集中するように呼吸を整え、魔法を唱え続ける。

『無駄なあがきよ、観念なさい』

ゆらり、と半透明なドーリアが揺れながら光魔法を唱える。白い眩い光の玉は黒い半円の壁にめり込むように攻撃を続ける。ホツカの魔法が切れた瞬間、ホツカたちは光に殺されるだろう。いやホツカは不老不死だから死にはしないが、それでも相当なダメージを受けるはず。
ドーリアの目的はホツカを消し去ることなのか? それとも他に?
じわじわといたぶるように、ドーリアは呪いの呪文を唱え続ける。日中は絶える事がない光の精霊たちが次々とドーリアのもとに集う。まるで、協会の言いなりになる悲しき民衆のごとく。

ブブン、と不安定にドーリアの体がぶれる。『そろそろ限界かしら。さて、これで終わりよ。さようなら』ドーリアの漆黒の瞳が細まり、口端が釣りあがる。

「くっ…。無駄なあがきなんかじゃない。ドリーア、僕はアナタを…倒してみせるっっ」

ホツカの闘気に呼応するように、さらに闇の精霊たちが集まり、その力が爆発的に高まる。

「こ、これは…うわぁっ」

闇の力が増幅され、ドーリアの光魔法を拡散させる。ドーリアの体も同時に消え去り、ホツカたちの周辺は暗闇に包まれた。

「今の力はいったい…。カツミさん?」

どっと汗が噴出す。ゆっくりと晴れていく闇の視界の中、ホツカの目はカツミを捉えていた。なぜかほっとしたように、そのまま地面に倒れこんだ。







いきなりきたよ協会トップ救世士ドーリア
本物ではないとはいえ、カツミですら敵わないって?
しょうがないよね、ラスボスだもの、ここで勝ったらあとがうんぬん〜
いやはや、ピンチもなんとか脱し、ラッキーの風ふきけり?
まさかまさかのホツカパワーアップなのかい?
そんな都合のいいことあるもんかい?あってもいいよね、時にはね
それとももしや、カツミがなにかしちゃってたっていうオチかい?
気になるねぃ?なんだろねぃ?
さてさて続きは五番と行きたいところだが、ちょっと小唄を挟むよぃ。シーユー…バイチャッ!



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