第二十一話 聴衆に届け蝶集ライブ!
ついに始まる協会企むイベントよ
ヤデトの作ったドーリア絶賛ソング
それはそれで気になるけれど、いやよいやよのアドルちゃん
ムリヤリなんてかわいそうだね、彼女の夢と共に
救い出してあげようね
それいけホツカよ、ヤードと仲間よ、変装バッチリ決まってる?
スタコラ逃げろ、仲間の元に向かうのさ!
ホツカに手を引かれ、ハァハァと息を切らしながらもアドルは走る。
「大丈夫、もうすぐロデューさんに会えるから」
ホツカの声はアドルを案じてのもの。全力疾走しているが、すぐ後ろからガシャガシャとおっかない機械の足が動く音が近づいてくる。もし追いつかれても、ホツカが魔法で撃退できるだろうが、こういった無機質な狭い通路では、ホツカが得意とする精霊の魔法はあまりあてにならない。それよりも、カツミやフィアの物理攻撃のほうが兵には効果的だろう。
「怖いわけじゃないよ、ホツカ君。こういうドキドキって…悪い意味のじゃない気がする」
「ちょっと待って、君…頭に蝶々が…」
くるっと振り返ったホツカが足を止めて、アドルの頭部に注目する。「へ、なに?」きょとんとするアドルだが、反してホツカは引きつった顔になる。
「さっきから、蝶々が…君目掛けて飛んできているんだけど…」
一羽二羽…どころではない。どこからやってきたのか、わらわらと蝶がアドルの頭に集っていたのだ。頭に何かついているのか?ついているといえば髪飾りをつけているが、それにしても異常な光景だ。魔法使いのホツカですら、引くレベルだ。
「あ、本当だ。あでもね、よくあることだから気にしないで。アド、虫さんに好かれやすい体質みたいなんだ」
ハァハァと息を切らしながらも、蝶に集られていることは不快でも特殊でもないらしく、照れたように頬を染めながら「あはは」とアドルは笑う。虫に好かれる特殊なフェロモンでも出ているのだろうか。当の本人は当然のことのように振舞う。しかしどこから紛れ込んできたのだろうこの蝶は。
「たしかに君の属性からして、虫に好まれる体質ってのは不思議ではないけど、さすがにここまでのは初めて見たよ」
「へーそうなの? ホツカ君でも驚くことってあるんだね。あ、でもこの蝶…たぶんロデューさんが用意したのだと思うよ」
「ロデューさんが?」
のん気に話している間に、機械の兵士たちは間近に迫ってきていた。ホツカはアドルの背中を押しながら、進むように促し、しんがりへとまわる。がアドルが向かうその先からも、ガシャガシャと機械の靴音が響いてくる。
はっとして足を止めるアドルに、ホツカは「走ってアドル!」と伝える。敵ではない、ホツカにはわかっていた。
「ホツカ君、無事かい?」「アドル! こっちだ」
ヤードとロデューの声だ。その二人を追い越して、こちらへと向かってくる大きな影が、そのままホツカたちを通り過ぎて機械の群れへと向かい、豪快に破壊していく。岩のような拳で、もちろんカツミだ。走りながらカツミの制服はほとんどやぶれてしまって、上半身裸も同然だ。
「らぁっ、ザコどもがっ」
砕け散っていく魔動兵士たちは冷たい壁へとめり込んだり、当たって粉々になったりと、どんどん潰されていく。もうカツミ一人で十分だ。
「ここはカツミにまかせよう。ホツカ君、アドル君を連れて早くステージへ向かうんだ。今シャニィ君が時間をかせいでくれているが」
「…心配ですね。パニックにならないうちに急がないと」
『客席は満席じゃ。早くいかぬと幕が上がってしまうぞ。あの娘っこの薬弾が上手くいくかも怪しいぞ。ホツカ早く行ってやれ』
バサバサと白い羽をばたつかせて、師匠がホツカの元に飛んでくる。
「わぁ〜、その子がホツカ君が話してた【師匠】なんだね。すごーい、真っ白なカラスさんだー」
キラキラと目を輝かせて師匠を見つめるアドル。今はのんびりと師匠を紹介している場合ではない。
『…あの娘が例の歌い手の娘か。…しかしずいぶんと蝶が頭に集っているな。なるほど、あの娘の属性は木のようだな。ホツカよ、せっかくだ。あの娘の力を借りればいい。ちょうどここの会場には虫や花もあるようだし』
「そうですね。アドル、よかったら君の力を借りたいんだ」
「え? アドの力を?」
きょとんとするアドルにホツカがこくりと頷く。作戦が大きく変わるわけではないが、場内の観客を静まらせるために、シャニィの特殊弾を使うつもりでいたのだが、師匠の提案で、ホツカはシンクロ魔法でやろうとひらめいた。すぐにロデューやヤードに作戦内容を知らせる。
「シャニィ、フィアさん、爆弾は投げ込まないで」
ホツカの指示に、舞台にいたシャニィとフィアが止まる。
「安全策で行くよ。僕の魔法でこの会場内の人間を眠りの魔法にかける。アドルの力を借りた木のシンクロ魔法なら、その規模の魔法も可能になるんだ」
作戦実行直前でいたシャニィは不服そうな顔をしたが、すぐに爆弾をしまった。
「もう時間ないぞ、早くしろよ」「そうね、さっきまもなく開演ってアナウンスあったものね。あーん、でもホツカ君が間に合ってよかったわー。シャニィちゃんガチガチだったものねー」「う、うるせーよ。ホツカ任せたぞ!」
バタバタと慌しく、ヤードたちのいる舞台袖へとフィアたちが移動する。
照明が落とされ、薄暗い会場内に、さらさらと蝶たちが飛んでいく。アドルの頭部に集っていた蝶たちも、ホツカの合図で散っていく。蝶に付着していた花粉には眠気を引き起こす成分が微量に含まれている。ホツカの魔法でその効果を増大させる。ぱらぱらと降り注ぐ目に見えぬソレは、場内の観客の鼻や目や口に付着する。
すやすやと、静かに、観客たちは眠りに落ちた。時間通りに幕が上がる。
静まり返った会場は、異常な光景だ。プログラムどおり、舞台の上の照明が点灯し、イベント開始のアナウンスが流れる。兵士たちはカツミが今頃とっくに倒しきっているだろうし、ヤデトも魔法で眠りに落ちているはずだ。
幸いにもドーリアは現れていない。
「さあアドル、君のステージだ。存分に歌ってくるんだ」
ぐっとガッツポーズしながらロデューがアドルを促す。こくり、とアドルは頷くが、観客は誰一人として起きていない。眠りに落ちた観客相手に、歌うことに意味はあるのだろうか?アドルの不安を察して、ホツカが声をかける。「大丈夫だよ」と。
「夢の中で君の歌は届くよ」
「うん、わかった」
少し緊張をにじませた顔ながら、アドルはホツカの励ましで勇気を得る。ロデューの横を通り過ぎ、舞台へと立つ。薄っすらとした照明の中、観客の顔はぼんやりと見えてくるが、皆眠ったままだ。アドルが登場したところでなんのリアクションもないし、拍手も起こらない。静かすぎるこんな大舞台で歌うのは初めてだ。緊張する。だけども、怖いわけじゃない。夢の中で、聴いてほしい。自分の歌を、唄いたい、届けたい。その想いが勝る。
「オレンジ色の花が咲くー 暖かい風が吹くー 今日こそはと決意する
風に背中押され、明るい太陽道しるべに、勇気を荷物に走り出すよ」
アドルの口から紡ぎだされる歌が、マイクを通じて場内に響き渡る。少女の高らかで、明るい歌声に、舞台袖にいるロデューが手拍子で後押しをする。自分の足でリズムを刻みながら、心地よい緊張の中、アドルは歌う。
「たどり着いたこの場所で、時に迷い立ち止まるけど
ここに来た事間違いじゃない、信じ見上げた景色
だいだいオレンジ花の色ー、キラピカ輝く夢の色ー
聞こえてくるよ君の声、きっと叶える夢だから
あきらめないでって走り続けてって」
歌はアドルそのものだ。故郷を飛び出して、見知らぬ町で歌唄い、夢見ることを諦めないで、この先もずっと、自分の歌を作り唄い続けたい。その想いで今もここにいる。ロデューと出会い、ホツカたちと出会い、ひょんなことでこんな大舞台で歌う日が来た。舞台の規模とかライブの形とか、アドルにとってこだわりがないが、多くの人に自分の歌を聴いてほしい。そんな強い欲求こそが夢といえるのだろう。
「(お母さん、アドね、すごく幸せだよ。こんなたくさんの人の中、大好きな歌を唄わせてもらってるんだもの。ロデューさんのいうアイドルにはまだまだなれていないと思うけど、目指してみたいんだ。もっともっとたくさん歌唄いたい、そして聴いてほしいよ)」
ロデューの手拍子のほかにリズミカルなギターの音も聞こえてきた。ヤードが即興でギターで伴奏をしていた。ノリノリで弾いている。シャニィやフィアも体を揺らしながら、ロデューに続いて手拍子だ。彼らに聴いてもらえているだけで、嬉しかった。ますますアドルのテンションは上がる。ヤードの演奏にあわせて、ぴょんぴょん飛び跳ねたり、くるくる踊りながら、「らーらーらー」と唄う。
「そういえば、あの蝶たちってロデューさんが手配したんですよね」
手拍子しているロデューの脇で、ホツカが訊ねる。「うんそうなんだ。アドルの体質を利用した演出に使う手はずでね、ほら」とロデューが目で指す先に蝶たちがひらひらとアドルのほうへと向かって舞っていた。
「あー、だけど数が増えてるね。外から入ってきたのだろうか」
「たぶん僕が魔法を使ったときに、多くの蝶が集まったんだと思います。でも、大丈夫です。僕の魔法でコントロールできますから」
それっとホツカが魔法を蝶にかける。ホツカの命じたとおりの動きで、ひらひらくるくるとアドルの周りを踊り子のように蝶たちが舞う。その中の数羽が、アドルの髪に髪飾りのように止まる。
「(蝶たちが、ロデューさん? 違うこれは…)」
踊りながら、アドルが舞台袖のほうへと視線を向ける。ロデューのとなりでこちらを見ているホツカと目が合う。
「(やっぱり、ホツカ君なんだね)」
そう思うと嬉しく胸が躍った。ポカポカと胸の奥が熱くなる。唄うことの喜びと興奮と、それだけじゃない、初めて知るその感情にアドルは答えを見出した。そういうことなんだ、と。
「だいだいオレンジ花の色ー、キラピカ輝く夢の色ー
唄っていくよ僕は今、もっと叶えたい夢だから
止まれないよ飛んでいきたいよ
夢色オレンジ世界ーー」
夢の世界、歌いながら夢の中の幻想世界にいるような錯覚、キラキラと輝く眩しい夢の世界の中に、アドルはホツカの姿を見た。新しい世界が開けていくみたいに、現実へと戻されるのは…、無数の拍手の音と歓声だった。
思わず目をしばたかせる。場内で魔法で眠りに落ちていた観客たちが目を覚まし、アドルへ拍手を送っていたのだった。一気に羞恥がアドルの顔面を真っ赤にしていく。だけどそれは嬉しい恥ずかしさだ。うるっと目の奥が熱くなる。
「ブラボーお嬢ちゃん、いい歌だったよー」
「もっと聴かせてくれよー」
パチパチとたくさん鳴り響く拍手の中、頬を赤らめながら、アドルは
「ありがとうございます!夢色オレンジ世界お届けしました!アドルでした!」
ぺこっと深くお辞儀をして、アドルは一目散にロデューたちのいる舞台袖へと走り去る。なおもパチパチと鳴り止まない拍手の音が恥ずかしくて嬉しくて、とても幸せな気持ちで、アドルはホツカの元に走る。
「ホツカ君!」
「おつかれ、ロデューさんも大成功だって喜んでるよ」
二人を見守るロデューは満足げにうんうんと頷いている。すでに兵士たちを倒し終えたカツミもヤードの側に立っていた。「おつかれさまよかったわよー」「コイツが横で鼻歌ふんふんうるさかったしな」「あらー、シャニィちゃんだってノリノリで歌ってたじゃない」「なっ、うるせーよ」とやんやするフィアとシャニィ。
「ありがとうございます。みなさんのおかげでアド、こんなステキなステージで歌うことができて、すごく嬉しくて…。それにあんなにたくさんの人に聴いてもらえて、ホツカ君の魔法のおかげだよね!」
「いや、僕はみんなを眠らせただけだよ、アドルの力を借りて木術を使っただけさ。みんなを感動させたのは、アドル、君の歌の力だよ」
ホツカは否定するけれど、そうじゃないことはアドルにわかる。みんなを感動させられたのは、アドルの才能だけではないのだと、その力を与えてくれたのは、ホツカなのだとアドルは思う。ホツカが与えてくれた、アドルが初めて感じる特別な気持ち…、それを改めて実感する。キラキラとした瞳でホツカを見つめるアドルに、ホツカの側にいる師匠は『ほほう…』と察する。
「ううん、そんなことない。あ、あのね、以前ロデューさんが言ってたんだけど、アドの歌はね、恋をしたらもっとよくなるんだって。今までよくわからなかったけど、けど、きっと今日感じた気持ちがもしかしたらそうなのかもって、ホツカ君と一緒に走っているときとか、唄ってる時もずっと…ホツカ君のことばかり考えて、ドキドキが止まらなくて…」
鳴り止まない拍手の音、「アンコール!」観客のアンコールだ。ヤードもノリノリでアンコールをギターで奏でる。
初恋のドキドキと、夢を応援してくれるアンコールの音がアドルを包む。
出会ったばかりなのに、興奮と勢いで、止まらない気持ちを伝えたい衝動を抑えられなかった。
「あの、ホツカ君、アド…君の事好きになっても…いいかな?」
「ダメ!」
愛の告白とも言えるアドルの要求を、ホツカはあっさりと…拒否した。一瞬きょとんとするアドルだったが、すぐにハッと我に返り、恥ずかしそうに笑う。
「あ、ははそうだよね、急に変なこと聞いて、ごめんね?」
「アドル!アンコールいけるかい?」
舞台のほうからロデューがアドルに問いかける。もちろんとアドルは手を振って返事をする。
「じゃあ、唄ってくるね」「うん、ここで聴いてるよ。師匠と一緒に」
「うん! 聴いててね」
笑顔でアドルはホツカに手を振り舞台へと駆けていく。アドルが「アンコールありがとうございまーす」としゃべると、場内も「わー」と歓声が響き渡る。少し前の静けさとうって変わって、熱気に包まれていた。
『やれやれ、お前も野暮な奴よのぅ』
師匠のあきれたような声に、ホツカはいたって真面目に答える。
「僕は魔法使いですから、人と同じように老いていくことはできません。彼女が望むようなことは、してあげることはできないでしょう。
僕への想いなど、早々にあきらめたほうが、彼女のためでもあるんです」
『…やれやれ、お前もずいぶんとうぬぼれておるな。あの娘がこの先もお前を好いてくれるとは限らんだろう。なにしろ、女心は移ろいやすいのだ。後悔してもしらんぞ』
師匠のそれに、ホツカは苦笑いしながら「しませんよ」とつぶやく。
「今このキラキラした幸せな気持ち、みんなに一緒に感じてもらえたら嬉しいです。
それではもう一度聴いてください!
夢色オレンジ世界」
アドル救出作戦無事成功ー♪
そしてコンサートもやりとげたよ、ヤデトも夢心地で聴いていたかもしれないね
蝶々と花と夢いっぱい
アドルの歌は幸せとキラキラな夢の世界だね
うんうん歌唄いのオイラも負けてられないぜぃ〜
手拍子コーラスどんとこーい
ナーオのお話はまだまだ続くみたいだよー
なにか楽しいお祭りの予感?シーユー♪
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