回想 少年魔法使いが生まれた日


協会相手に影ながら人々を助ける少年魔法使い
その名はホツカ
ホツカ白カラスの師匠と二人旅してたけど
ヤードたちと出会い、ホツカは彼らと共にすることになったのさ
ホツカが戦うのはなんのため?
ドーリアとの因縁は、ドーリアに両親を殺されたこと?!
ホツカとドーリア、二人の関係ただならない?
いったいなにがあったのか?
やっとやっとさ語られるよ
思い出すよ、ホツカの記憶〜
二年前の悲しい日の記憶、それはホツカが魔法使いになった日
今日はちょいと昔のお話だよ♪








少年ホツカ十歳。
同じ年頃の男の子たちと比べると、性格は大人しく、みんなでわいわい騒いでやんちゃをするような子供ではなく、その真逆。いつも一人で静かに本を読み、家では自室に引きこもる。特別問題のある少年ではない、ただ彼の興味が他の大多数の少年たちとは異なっていたこと。大多数と異なるということは、世間からは変わっていると見られるわけだが。

ホツカの日課は町にある図書館、本屋をめぐること。目当ての書物を見つけたら、それを自室でじっくりと読みふける。

「あった、これだ」

目当ての本を見つけて、ホツカの顔に笑みが広がる。早速家に戻り自室で読もう。うきうきと跳ねる心を表には出さず、家の玄関をくぐる。

「ただいま」

小さくそう声にして、ホツカはいつもどおり自室のある二階へ続く階段へと向かおうとしたときだ、母親に呼び止められた。

「待ちなさいホツカ、お客様が見えられているのよ。きちんと挨拶しなさい」

面倒だな、と思いながらもホツカは渋々従い、居間にいるお客様に挨拶に向かう。

「こんにちはホツカ。しばらくこちらで滞在させていただくことになってるの。ドーリアよ、よろしくね」

銀色の長髪を三つ編みで一括りに束ね、色白の美しい女性がそこにいた。歳は十代後半くらいだろうか、雰囲気から大人びて見えるが、ホツカからすれば彼女はずっと大人に見えるが。一瞬言葉を失い固まるホツカだが、「どうも」と無愛想に小さく会釈をしてくるりと背を向け、二階へと駆けていった。

「ごめんなさいドーリアさん。無愛想な子で、あまり活発に他人と会話のできる子じゃないのよ」

息子の失礼な態度を謝るホツカの母だが、ドーリアは気にするわけではなく、

「いいえ、お気になさらないで。あのころの男の子ってああいう感じじゃないかしら。私の弟も反抗期みたいで、保護者の叔父をよく困らせてるんです」

「まあ、そうなんですの」

ドーリアのフォローにホツカの母もほっとしたようだ。元々愛想のいい子ではないが、幼いころは普通に母親に甘えるなどしてきた。子供はホツカが最初の子で一人っ子だから、自分の育児に不安がないわけではない。思春期に突入して、子供…とは違う態度や顔を見せ始めた息子にとまどいを感じている。子供のため厳しくしつけなければと思う反面、嫌われ跳ね除けられるのは辛い。

とまどいを感じているのは母親だけではなかった。ホツカもまた、親に対してどう接したらいいのかもどかしい想いを抱える。子供のように接するのは嫌だ。だからと言って大人扱いをされたいわけでもない。苛立ち気恥ずかしさ。元々内向的な性格でもあるし、素直に気持ちを伝えることなんてできっこない。もっとしっかりしなさいと言われれば、子供のくせにとしかられる理不尽さ。

いつしか両親を「父さん」「母さん」と呼ぶことが恥ずかしく思えて、最近は呼んだ記憶がない。きっと母は、他の子供たちのように快活な子になってほしいと思っているのだろう。父は、ホツカの好きなことを好きにすればいいと言っているが、放任ということだろうか。
もやもやするが、どうしようもない、とホツカは思う。きっとこのまま大人になって、もやもやはいつしか消えてしまうものなのだろう、なんとなくそんなのん気なことを思いながら、好きな本の世界に没頭する。

「やっぱりロマンだなぁ。魔法使い…」

ホツカが読むのは魔法使いに関する書物。魔法使いは、太古から存在していたといわれている。最初の魔法使いは神の分身だったという説などがある。魔法使いは一見人とは変わらぬ容姿をしている。だが彼らは人ではない、まったく別の存在。精霊を感知し、その力を使うことができる。不老不死でもあり、半永久的に生きるが、精霊の力で命を終えることはできる。生殖能力はなく、魔法使いは子を成せない。ならば、魔法使いはどうやってこの世に生まれるのかと言うと…

バサバサ…

窓の外で突然羽音が聞こえ、ホツカは読書を中断し顔を上げた。白い残像が窓の外に見えて、気になり窓を開ける。

「白い羽…」

ホツカの部屋の外に立つ木の枝に、一羽の白いカラスが止まっていた。アルビノのカラスは珍しい。しかし、珍しいのはその姿などではなかった。

『ふむ、ドーリア…大丈夫だろうか…』

「えっ、ええっ?!」

ホツカは驚き、思わず声を上げてしまった。あんぐりと口を開けたまま、のけぞる。白カラスはホツカに気づき、つぶらな目をぱちぱちさせている。なぜホツカがこんなに驚いているのか、不思議に思うようなしぐさで。

「今、しゃべった…カラスが…」

どすん。腰を抜かし尻をつく。ホツカの反応に白カラスは驚いて、羽をばたつかせホツカの側に飛んできた。

『坊主、ワシの声が聞こえるのか?』

こくこく。とホツカは驚いて固まった顔のまま無言で頷く。『…そうか』白カラスは小さくつぶやき、なにか思い悩むような目をしてしばらく後

『ドーリアの力になってくれぬか? お主しかいないのだ』

白カラスはホツカにそう伝えると窓から空へと飛び立っていった。

「どういうことだろう。ドーリアって、あの人…」

先ほど挨拶をした客人の女性だ。今の白カラスはドーリアの知り合いなのだろうか。しかしカラスがしゃべるなんて、しゃべる鳥もいるらしいが、その類とは違う。先ほどの白カラスははっきりと意識を持って話してかけていた。鳥がしゃべっているのではなく、直接脳内に語りかけてくるような、不思議な感覚だった。魔法科学が発達し、様々な機械やカラクリが生まれたが、あれは魔法科学で生まれた発明の類ではないということはわかる。

空耳だったのかもしれない。だが、はっきりと聞こえてきた。ドーリアの力になってほしいと。
力になるとはどういうことだろうか? どうしてホツカしかいないのだろうか。ドーリアが客人としてやってきたのはおそらく父へ用があってのことだろう。ホツカを訊ねてくるなどありえないし、彼女が何者なのかホツカは知らない。ろくに友達もいないのに、誰かが自分を頼りにしてくることなんて絶対にないことだ。

「おーい待てよー」「早くいこうぜー」

窓の外から元気そうな少年たちの声がする。ホツカと同じ年頃のやんちゃそうな少年たちだ。楽しそうに笑いながらふざけあいながら走り回っている。きっと母はあんな風に元気な男の子になってほしいのだろうと思う。いつも一人で部屋にこもって本を読んでるだけの少年なんて、母や世間からすれば不健全な少年なのだろう。だからといって、他の少年たちと一緒にはしゃいでいる自分なんて想像もつかないしありえない。

別にずっとひとりでもかまわないと思う。
趣味に没頭する、それだけでホツカは幸せだ。今はそう思う。
窓を閉め、本の続きを読む。魔法使いに関する書物。魔法使いは俗世界とは関わりを持たない。だから魔法使いが本を記すことはしないので、著者はすべて人間だ。だが、魔法使いと関わりを持った人間はいる。有名なのが魔法科学の祖である【イメツハ博士】だ。

イメツハは伝説の魔法使い【ツセンデ】と出会い、ツセンデが作り出した【Mストーン】によって画期的な発明を行う。魔動製品と呼ばれる数々の発明は文明に進化をもたらした。遠方にいる者とリアルタイムにやりとりができる通信機器はじめ、義足や義手の発明は体の一部を失った者に希望を与えた。人に似せたからくりの魔動兵士の登場により危険な任務を負う者がなくなり、銃器といった武器も性能はよくなったが、戦いの道具というより狩猟用としてなど用途も変わった。自然災害によって太古から文明の危機が幾度か合ったが、その自然災害にも抗う発明もした。それが【天候制御装置】である。

イメツハとツセンデ、その二人が出会ったから今の世があるといっていい。人と関わりを持たなかった魔法使いが人の手助けをしたというのも歴史に残る特別な出来事だ。とはいえツセンデも元人間であったと言われている。彼の正式な年齢はわからないが、人の命を預かる仕事をしていたとも言われるが、当時の彼を知る人間などすでにいるはずもなく、憶測でしかないが。


夕方になると父が帰宅し、リビングでドーリアとの会話が聞こえてきた。

「いや最初どこの娘さんかと思ったが、キューセイ協会のドーリアさんか。それにしても、あのころとはずいぶんと変わって見えるね」

「あなたったら、女性に対して失礼よ」

「いいえそうおっしゃられるのも無理はありません。髪の色が変わっただけでも見た目の印象って違って見えるものですから」

父の知るドーリアは今のドリーアとは違った姿らしい。銀色の長髪のドーリアは以前はどんな髪色だったというのだろうか。ちらっと横目でドーリアの後姿を見て、ホツカはダイニングの食事を取りに行く。会話の邪魔にならないようにと静かに部屋に戻ろうとしたが、母に気づかれ注意される。父もドーリアとの会話を中断し

「ホツカ、こちらはドーリアさんだ。私の知り合いで、ボランティア活動をされてるんだ。しばらくこちらに滞在されるそうだ。いろいろと教えてもらいなさい」

挨拶なら先にしたのに。心の中で愚痴りながら「どうも」と頭を下げるホツカ。にこり、と親しげに微笑むドーリアと目が合い、思わずどきりとなる。そして先ほどの不思議な体験のしゃべる白カラスのことを思い出し、訊ねようかと思ったが、父や母のいる手前聞くことができず、そのまま部屋へと戻った。

「(やっぱりあの人、父さんの知り合いだったのか。用ってなんだろう。ボランティア活動のことかな?)…なんにせよ、僕には関係ない」

デスクに食事を載せたトレイを置いて、ホツカはつぶやく。関係ないし、関わることなんてない。言い聞かせるように心でそう思いながら、だが優しく微笑むドーリアの顔を思い出して、顔の奥が熱くなって妙な緊張感が襲う。考えまいと振り払うように夕食を食らう。食べ終えて、読みかけの読書を再開するが、中断させられる、突然の来訪者によって。

『坊主、ちょっと来てくれ』

くちばしでコンコンと窓を叩きながらホツカを呼ぶのは、あの白カラスだ。驚きながらも、ホツカは「なんの用なの?」と呼びかけにこたえる。

『外に出てくれんか?案内する。ドーリアを助けてほしいのだ』

「ドーリア?! わかったすぐ行く」

ホツカは外に出た。すでに夜がふけ、暗闇の中ほのかな光のように白カラスの姿が浮かぶ。『こっちだ』白カラスの後をホツカは追いかける。町外れの丘へと続く坂道を駆け抜け、丘の上に出る。ハーハーと息をきらすホツカを『早くきてくれ、こっちだ』と白カラスが急かす。鬼気迫る感じで、ホツカも不安を感じながら息をあげる体をなんとか走らせる。ひらけた丘の上に立つ大きな木の下、木にもたれかかってぐったりとするドーリアがいた。

「大変だ、父さんを呼んでこないと」

助けを呼びに引き返そうとするホツカを、「待って」と呼び止めたのはドーリアだった。木にもたれたまま顔だけを上げてホツカを見ている。

「お願いホツカ、私の側に来てくれる?」

側に行ったところでホツカはドーリアを助けられるとは思わなかった。だが、ホツカは言われるままドーリアの側へと歩み寄り、彼女の横で膝をつく。

「ごめんね、わざわざ呼びつけて」

つらそうに目を細めながらも、ホツカを気遣うように優しい声色で微笑むドーリアに、ホツカは首を横に振る。

「具合悪いの?」

「ええ、つらいわ。だからあなたの力を借りたくて…」

「僕の力って?」

ドーリアがホツカの手を包み込むように握る。突然手を握られてホツカは驚いたが、優しく微笑むドーリアになぜか穏やかな気持ちになっていく。「ありがとう、ホツカ」微笑むドーリアの銀色の髪が風に揺らされるように揺れる。ホツカとドーリアを暖かい風が撫でていく。ドーリアのつむぐ不思議な歌に風が踊っているみたいに。「(温かい…)」心の中から暖まるような、不思議な体験をホツカはした。どこか別世界のようにも感じた。

『大丈夫か? ドーリアよ』

白カラスが心配して問いかけるが、ドーリアの顔色はすっかりよくなり「ええ、もう大丈夫です。ホツカのおかげで風の精霊たちに癒してもらいましたから」と答えていた。

「風の精霊?」

すっくと立ち上がってすっかり元気な様子のドーリアを見上げながら、ホツカはドーリアの話すことがわけがわからずぽかんと見上げる。それに、おかげもなにもホツカはなにもしていない。ただドーリアに手を握られただけだ。

「あっそうだ、なんでカラスと?」

ドーリアに聞きたかったことを思い出し、ホツカの口からその疑問が飛び出した。しゃべる白カラス、そしてドーリアとの関係。ホツカにはわからないことだらけだ。

『坊主よ、さきほどドーリアがなにをしたか、わかっておるか?』

白カラスの問いかけにホツカはやはりわからず、きょとんとしたままだ。なにをしたかって、手を握られて、なにか歌のような祝詞のような言葉をつむいで…?

「まさか!?」

精霊、精霊を行使する者、ホツカが興味を持つあの存在に他ならない。まさかという驚きの感情でドーリアを見上げる。

「私は魔法使いなの。私がこの町へ来たのは、近々誕生する予定の新たな魔法使いの力を借りるためよ」


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