「ショウのやつヤル気なくしてふて腐れとる」

「困ったわねー、決勝前にヤル気なくされると。

・・・・ねぇリンネ。ショウちゃんの説得お願いしていいかしら」

ずっとビケさんの好きな人事件で頭真っ白だったあたしは、ショウのことなんて気にしている余裕などないわけだが、ビケさんの頼みは断れないので、二つ返事で引き受けることに。

はぁ、なんてかやっぱり、惚れた者負けってやつなんだな。

「ありがとうリンネ。頼りにしてるわ」

きゅうん、ダメだー。ビケさんにそう言われると、もう犬だろうが忠犬にでもなれますよ!


キンの力で道を空けてもらいながら、ショウのいる控え室へと向かった。
部屋の中央の四角い机の上にヤル気なさマックスなオーラを放っているショウがうつぶせるようにいた。
はーー、なんであたしがこいつのヤル気を起こさせなければならないのか・・・・・
ああ、うんそうね、あたしの為でもあるのね。悲しいけど。

「ショウ、なにふて腐れてんのよ。ここまできたっていうのに。

今まで楽に勝ってたじゃない? ビケさん困ってたわよ」

あたしが声をかけると、ショウはちらっとこちらに顔を傾けながら、無愛想な口ぶりで
「そこのバナナとってくれる」

「へ? バナナ?」
あたしの左側のほうを指しながら手をひらひらしているショウ。
そこを見ると籠の中にバナナが一房あった。

はー、たくっそんくらい自分でとりにこいっての。しかしなんでバナナが。
あ、そういえばキンかだれかに聞いたけど、参加選手にはドリンクとバナナが支給されるとか言ってた気がする。バナナより柑橘類のほうがいいんじゃないかと思われるが、深いことは考えまい。

軽くムカツきながらも、バナナを取ってもっていってやる。
ゴロンと向きを変えてショウはバナナを取ると、いい音させてシュルシュルと黄色い皮を剥きながら
その白い実に練乳をにゅるにゅるとかけていく。なんでこんなとこに練乳があるのか。さておき

「なぜバナナに練乳なの?!」あたし的にはかなりの疑問なんですが!

頭の上に?マーク飛ばせたあたしに、ショウはなに言ってんの?と

「バナナといえば練乳に決まってるじゃん」
と言って白いにるにるかかったバナナの上部をもりっとかじる。

「いや、バナナと言えばチョコバナナでしょ。」

「練乳バナナ!」

「いや邪道だって、チョコバナナが定番なの!」
無意味なバナナ論争を繰り広げるあたしとショウ、実に無意味だ。
バナナで熱くなるなんてバカバカしいけど、でもなにかに気をそらしていたかったのかも。
アレは夢であったと思いたい気持ちがあったし。ビケさんに好きな人がって・・・・
自分から聞いといて、なんなんだけど・・・・・・
バナナのことは置いといて、本題に戻らねば

「なんでヤル気ないの? 調子でも悪いわけ?」
あたしの目には、特に不調には見えなかったし、それにショウは何戦か戦ってきたけど、怪我はどこも負ってないみたいだし。そういう理由ではないと思うから。

「なんか・・・・ムカツいてきたから」

「へ? 誰によ?」

なにに? あたしにか? それとも対戦相手とか観客とか?
その後ショウは聞き取れないほどの声でなにかぼそりとつぶやいて

「別に・・・・」
長い前髪に隠れて顔はよく見えなかったけど、どこかつらそうな顔をしていた気がして
ショウがなにを思っているかなんてあたしは知るはずもないけど

「だいたいバナナだけで、がんばるってのもバカバカしいし、汚物とやり合って、その結果がリンネってのも割に合わないし」
はーとムカツクため息を吐きながら、グチるショウ。

「それどういう意味よ、燃えないってこと?」

じろっとあたしを横目で睨みながらショウは
「あとさぁ、ボクがほっぺちゅー程度で命懸けるようなバカ安い男だって思われるのもごめんだし」

ほっぺちゅー程度ってなんだ?! 乙女の必死を程度とか言うな。

「靴の裏も汚い野郎の汚物がついて気持ち悪すぎだし」

てショウのやついきなりあたしのスカート太もも部分に擦り付けるように足裏を押し付けてきやがった。
なんかねちょーとした汚い汁が、跡がシミみたいなのがスカートについた。

「ぎゃああああ!!!なにすんの―――」
ショウの行動に驚きとショックと自分の反射神経の悪さにもショックを受け、軽くよろけるあたしの足を縺れさせるようにショウが足を引っ掛ける。

!?
そのままの勢いで、あたしはショウのほうへとバランスを失くして倒れこむ、その直前にショウの顔からあのムカツクやな笑みが見えたと思ったら、嫌な予感など感じる前に、あたしは悪魔に捕まってしまった。

ショウへと倒れこんだあたしが痛っと声を上げるのと同じに、ガッと頭を掴まれたと思ったら、あたしを襲ったのは呼吸困難・・・・・じゃなくて

あたしの口とショウの口が当たっている、というかおもいっきりマウストゥーマウス!
ほっぺにちゅーとは明らかにレベルの違うソレは、地獄への序曲なのか?

「んんんんむむむっう」
パニクりながらも早く離れなければと本能から立ち上がろうとしたけど、机の上に、机とあたしでショウをサンドするように倒れたあたしは、足は空振り、じたばたと動かした腕は机の上で肘を殴打し、情けなく泳いでいた。
そんな数秒の間、悪魔の悪行は止まらない。

ひぎゃあああ、なんか変な物が入ってきたぁ、恐怖のあまり解説は勘弁させてください。
バナナと練乳の匂いが気もち悪さを倍増させる。
頭がクラクラする、ありえない現実に、あたしの意識はふっとびそうだ。
コロッシアム、今まさにあたしの中でコロッシアムだよ。
激しくなる頭の中の音が、必死の自己防衛なのか現実逃避なのかわからないけど。
きっと冷静になったとき、あたしが感じる気もちはきっとひとつでしかないと思う。

神様許されるならこいつをぶっっっ殺してもいいですか?
いえ許されなくてもかまいませんがっ

わずか数秒の、あたしにとっては千年の地獄と言っても過言じゃないそれから、解放された。
ショウの手が離れて、顔を起こした瞬間こいつの口からの第一声が

「マズっっ」
としかめっ面。コイツは・・・・・、ものすごい殺意が芽生え、怒りの第一声を発すると共に拳を握り締めたその瞬間、それを邪魔するようなガラスのようなものが激しく割れる音がした。

それは控え室の入り口のほうからで、首だけ動かしたあたしが見たのは、もう一人の悪魔だった。

割れたビンからは水溜りのように広がるジュース。そのすぐ側に立つのは、そのジュースを蒸発しかねない、すさまじいオーラを放ちながら、あたしを睨む、いや、睨むなんて言葉じゃたりないくらいの、もう鬼のような形相の
カイミ!!!

ブルブルと震えているその体は、怒りからのものだとわかる。そしてその原因が
悪魔の悪行のせいであることも

「なにやっってるもん!!! この女、疲れたショウに卑猥なことをするのが目的だったもん!!!」

ま、まて、なぜそう受け止める!?
と否定しようと思ったけど、端から見たらあたしがショウを押し倒したように見えるし
てかこの子に何言ってもムダっぽいのは今更なんだ。

「ちょっっ誤解っ」
あたしが弁解しようと言葉を発した時、ショウのほうからはくすっと笑い声が聞こえた。

そうか、こいつやっぱりワザと! カイミがいるの気づいてワザとあんなことをしやがったのか!・・ぉのれぇーー!!!

「マジぶっっ殺してやるもん!!!」

「いっっっ」
カイミの激しい蹴りによって真っ二つに大破する机。なんか世界がスローモーションなんですけど
ああ、あれですか、ピンチの時の人間の限界超えた力ってやつですか・・・・




げそりーーー。
席にといつのまにか戻っていたあたしは、きっと死んだ魚みたいな目をしていたのだろう。
周りの騒音も遠い世界の音みたいに聞こえる。
世界はなんて汚れているのだろう、そして、あたしの唇も汚れてしまったのですね。
・・・・・ああっ
また消したい記憶が増えてしまった。どうしよう、どうすればいいのか。
!だめだ、考えても気分悪くなるだけ、うん、忘れよう、犬に舐められたと思って忘れよう、記憶変換だ。
変な汗を知らないうちにかきまくっていたみたいで、今のどの奥が酷く乾いていることに気づいた。
! 口の中にバナナの塊らしき物があるっ。バナナと練乳とあたしの唾液以外のものがからみついたソレを今すぐ吐き出したい。ほんとは口内洗浄したかったけど、カイミから逃げることに全神経を注いでいたみたいで、そんな余裕なかった。しかたなしに、こっそりと手の中にそれを吐き出した。確認するのもイヤなので、見ないで床へと擦り付けた。ささっとね。

はぁ、コロッシアム。災難だらけ、もうほんとにあたしは今こうして普通に考えることができるなんてこと自体がすごいことだと自分でも思う。

「リンネどうかしたの? 
死んだカワハギみたいな顔をして」
ビケさん、カワハギなんてあんまりです。てそんな酷い顔していたのかあたし、ヤバイ。慌ててキッと顔を整える。整っていたかは不明ですが

乙女の唇に触れていいのは好きな人だけなのに、つまりは、あたしにとってはビケさんオンリーなのに
いや、もう考えちゃダメだ。犬に舐められたダケデスカラ!ハイ

て考えるのもな、あたしはまだ気持ちさえ伝えてないというのに、ビケさんに好きな人が・・・・。実はあれは冗談だった、なら嬉しいけど。でもそれを確かめる勇気もない。ホントだったら、ますます凹みそうだし。
と、またダークオーラ放ちかけたあたしにビケさんが優しい声をかけてくれた。

「リンネ、だるいのなら遠慮なくもたれかかってもいいのよ」

へっ?! ビ、ビケさん、そ、それは本当ですか?! ビケさんの体にもたれてもいいなんて、ええもう服越しでもあたしの精神はマックスで回復します!
どきどきともたれかかってもいいんですねー、うふふ、と口から変な汁がでそうになっていると

「キンにv」

キンに、ですか?!   へへへ、だから妄想するだけムダなのさ、マイ脳みそ。

「おおそうじゃ、遠慮なくもたれかかっとけ」

「ほわっ」ぐきっ、と変な音が首からしたんですが!
キンにムリヤリおでこを押されて、首が変なほうに向いてしまった気がする。

「はっ」乾いた情けない声を漏らしながら、抵抗する力も無く脱力するあたしは後頭部をキンの胸に当てながら、祭りが過ぎるのを待っていた。

太鼓の音と、熱い激しい声や震えとともにコロッシアム最後の闘いが始まる。
というか、もう周囲興奮のあまり、試合そっちのけで場外乱闘が勃発中。
お前らなにがしたいんだ? 疑問に思うだけ時間の無駄。それがDエリアの人間なのだから。

いろんな感情ぐるぐるで、熱くなる目頭を指でぐりぐりと押さえる。
今にも意識ぶっとびそうな程、あたしの体も精神も限界ギリギリのとこにいる。
でも意識があるってことは、あたしがんばってるんだな、偉い偉い。

心底試合には興味ないし、今はかなり、ショウのことを応援できない状態だし、いやむしろ
ぶっ殺してくれ!と軽く祈るほどなのだ。ああん、忘れようとすればするほど、口の中にあの感覚が蘇ってきて、怒り止まることなしなので。あ、また目頭が熱い、なんか出てくるーー。

ああ、見たくないけど、見てしまった。
ショウの相手は・・・・・えっと、また同じようなこと言うかもしれませんが、はぁ、また人間越えた風貌のーって普通に人に見える選手はいないのですか?!もう宇宙人とかゴリラとか恐竜とか
DNAどうなってんのか一から調べてほしい奴らばかりでしたね、コロッシアム。
金門の連中は人体実験とかしてんですかね?だってもう、あんな、ショウが豆っつぶにしか見えないくらいの・・・・、軽く三メートルは越えている? たぶんあれと並んだらキンもかわいく見えるんじゃないですか?
そして、すさまじい筋肉、それは人を殺すためだけにあるといわんばかりの筋肉で、気持ち悪く波打っている。白目の多い細く伸びた目は、狂人のごとく赤く充血していて、まともな精神状態には見えない。
男が巨大すぎる両腕を激しく振るい、ショウ目掛けて振りおとす。
筋肉と重力と勢いで、すさまじいエネルギーとなったそれはあたしの耳にも直に届くくらい、空気を抉る音がしていた。
男の腕が振り下ろされたそこには、爆弾でも落ちたように、地面が抉れていた。
直に攻撃を受けることはなかったショウは、それでもその激しい風圧によって体を飛ばされていた。
体を打ちつけたショウは瞬間苦しそうな顔を見せていた。
そのスキを見逃さない大男の次の攻撃がくる。
あたしの目には間に合わないと映った。思わず声が出そうになったあたしの横のビケさんが言葉を発したから

「ショウちゃんは負けないわよ。

あのこはなにより弱い者を嫌っているからね。」

「え、ビケさん」
そういうビケさんは真っ直ぐにショウを見ている。まばたきさえしてないんじゃないかって思えるほど。
ビケさんはやっぱりショウを信じているんだ。あたしにみたいにビクビクハラハラしてない、当然だけど。
なんだか、ショウのやつが羨ましいと思った。これがジェラシーってやつなのか、メラメラ。

「それに兄者が見とるからのう。」

あたしの上からキンの声。

「ショウは兄者が来てから変わったからのう。

兄者と会うまでは、とんでもなく暗いガキんちょじゃったからな。笑うこともなければうんともすんとも言わんで。
兄者が来てから目の色が、というか人間そのものが変わったように、そして弱いものをより嫌うようになった気がするのう。」

え? ビケさんが来てから、とか、どういうことなんだろ?
ビケさんとショウたちは生き別れていたことがあったっていうのかしら?
そういえばCエリアに来たばかりの時に、ショウがビケさんは雷門の人間じゃないって言ってたことあったっけ。やっぱり腹違いの兄弟で、複雑な事情で離れ離れになっていたとでも?

「あら、そうかしら?」

「おおそうじゃ。ショウのやつ、兄者に会ってからは兄者のことばかりじゃった。

兄者が自分のヒーローじゃとか言っておったしな」

ビケさん、あたしビケさんのことほとんど知らない。
ビケさんの過去も、そして、好きな人のことも・・・・。

知らない、知りたい、知りたいよビケさんのこともっと、怖いけど知りたい。
ああ、でもそんなこと聞くのヤな女って思われそうだし、あたしがビケさんならイヤかもいろいろ知りたい女は。


闘いのほうにふっと目をやると、大男が優勢に見えて、でもショウはギリギリのとこで男の攻撃をかわしている。まるで飛ぶように、口元には笑みを見せながら、戦いを楽しんでいるようにも見える。

『あの動き、懐かしいな。あのガキ、ゼンビとかいったか』

「へっ、えっ?」

「なんじゃリンネ、なにをきょろきょろしとんじゃ?」

今、変な声が聞こえた。ん、声というのも違うかも。それは耳から聞こえてくる音とは少し違ったかんじで。
でもたしかに何者かの意思が聞こえたのだ。

「どうしたの?リンネ。なにかあった?」
ビケさんまで気にしてくれて、は、嬉しいじゃないや、あたし変なやつって思われちゃう。
そう、今のは何でもない、気のせい、あたし疲れているしいろいろあって精神参っているからきっと。

『おい温羅、いいかげんぬるいぜ』

だから気のせい気のせいなんだってば。とブンブン首を振った時、その首がもげそうなすごい衝撃音が西のほうの観客席からあった。
それが爆発音だとすぐにわかった。それは一度ではなく連続して、次々と会場を襲った。
観客席から爆発とともに飛び散る人間は、闘っている最中のショウたちの近くにも振り注いできた。

鼓膜を破るような爆発の音と、煙と炎が激しく上がっていた。
それはもうコロッシアムを続けられる状況ではなくなってて、人々は爆発から逃げようと、人の波はどっと一気に流れ出した。
それは狂気と凶器。
あたしも波に飲まれて、会場を押し出されるように、踏まれないように必死で体を動かしていた。

通路へと出て、ものすごい人の圧から逃げることにいっぱいいっぱいで、何度も押しつぶされそうになりながら、人のいない空間を求めて、なんとか人の波を逃れた。
パニックになると人は皆同じほうへと向かっていくらしい。
ただその時のあたしは、その人の凶器である圧から逃れることが最重要だった。
気がつくと、周りにはだれもいない。

でも、アレは・・・・
あんなことをするのは、テン!

あたしはテンのことを思い出した。そうだテンのやつ企んでた。コロッシアムをぶち壊すと言ってたし。
これはテンの仕業でほぼ100%間違いないと思った。

「!?」
また後ろのほうで爆発の音がした。すごい煙がのぼってきている。
逃げないと!
とにかくこのままの方向に、煙に襲われないように、あたしは走った。無人の通路を。
なんだかもやもやとしたものが胸にあった。
それは一人なのが心細いというのとは違って、なにか、なにか不安なものを感じ取っていた。

もやっとしたその先に見える場所に、あたしはそいつの姿を見つけた。

「テ・・・」
あたしがテンを見つけて、テンの名を叫びそうになったが、思わず言葉を飲み込んでしまった。
煙でぼやけるそこにもう一人の影が・・・・
それはビケさんだった。
あたしの先にいるのは向かい合って立つテンとビケさん。
二人は、なにか話していた。

「やっぱりあなただったのね。やってくれたわ、コロッシアム台無しにしてくれて」
そう言いながらビケさんは笑っていた。まるでテンのしてくれたことにありがとうとでも言っているようにも見える。そんな顔で。

「殺しアムなどどうでもいい、タカネはどこだ?!」

「怖い顔、昔はそうじゃなかったのに。

Cエリアであった時も、すぐに私だと気付いたくせに、酷い男。私は会えて嬉しかったのに」

どういうこと? ビケさんとテンは・・・・?

「ふざけるな、タカネを返せ!ビケ!!!」

鬼のような形相で、ビケさんの名を叫ぶテン。
どうして、どういうこと?
まるで二人は、知ってる仲みたい・・・・どういうこと?

迫り来る炎の中、睨み合うテンとビケさん。二人の間に空間が歪みそうなほどの強いなにかを感じていたあたしは、二人の側に近寄ることも出来ず、固まったように立ち尽くしていた。



バックしなきゃ炎がっ      第6幕二人の記憶1話に進む。