Bエリアよりずっと南・・・海を越えたその先にあるその島にて
海岸に立つ一人の老いた男がいた。
男は海の先にある本土へと、懐かしく、そしてどこか切なげな顔をして見つめていた。
手には古びてろくに動作しなくなったラジカセを持っていた。
しわを帯びた手でそれをさすりながら、なにかを思い出すようにぽつりとつぶやく。
ラジカセはかなり古く、手垢にまみれているその体を撫でるように触った。
再び海へと目をやり、男は目を細めながらある二人のことを思っていた。
この島で、時を同じくしていた二人のことを・・・
今より十年前、この島を去り本土へと渡ったその二人のことを・・・
「ビケ・・・」
男はなにか恐ろしいものを感じているように、かすかに体を震わせていた。
それを押さえるように、ラジカセを握る手にぐっと力をこめる。
そこははるか南の小さな島。
終わりを意味するZ島という名の静かな島。
老いた男の名は鬼門鬼太郎・・・・かつての鬼王であった男。
そして、十二年前、この島で出会った二人の男を知る人物。
あたしはただ立ち尽くしていた。
あたしの視線の先にいるのは、向かい合うように立つテンとビケさんの姿。
その間にはただならぬなにかを感じる。
テンとビケさんは知り合った関係なの?!
Cエリアで顔を合わせたのが初めてじゃなかった?!
一体・・・テンとビケさんはどういう関係なの?!
どうして、あたしはなにも知らないの?!
熱さでぼぅとしてくる頭のまま、あたしは二人のやりとりを見ていた。
「疑われるなんて気分悪いわね。
タカネはこのDエリアにもCエリアにもいないわ。
もしかしたら、あそこじゃないの?Z島」
「!なっ」
驚いた顔を見せたテンを見てビケさんはくくっと笑った。
「鬼が島からはなんの情報もないけど、今でもたまにあの島に罪人は送られているみたいだから。
私も長いことあの島を訪れていなから、確認してないわ。
父王がなに考えているか私にはわからないけど、あなたが鬼が島を疑うのなら、調べて損はないと思うけど」
「Z島・・・」
つぶやくように噛み締めるようにそういうテン。
て、Z島って?! どこなの? そんな場所におばあちゃんがいるっていうの?
耳を突き破るような激しく爆発音がすぐ近くまで迫ってきていた。
それに思わず悲鳴を上げてしまったあたしに気づいたテンがあたしのほうへと走ってきた。
ビケさんは逆のほうへと消えていったみたい、とにかくすごい煙と炎で視界が最悪なことになってる。
「なにをしているバカがっ、死にたいのか?!」
そう耳元で叫ぶテンの声が聞こえた。涙目でろくに声も出せなかったあたしの手を掴んでテンは走った。
「けほけほっ、はぁはぁ・・・・」
汗と煙で服も体もぼろぼろに汚れていた。鏡が今手元に無いから確認はできないけど、きっと顔もすごいことになってるんだろう。
テンに引っ張られるように、コロッシアムの会場から脱出したあたしは、なぜかテンとBエリアにいた。
Dエリアの会場周辺はかなりのパニック状態だった。
混乱とともに暴れ狂う連中を相手にしながら、テンは「めちゃくちゃな奴らがっ」とか吐いていたけど、
めちゃくちゃなのはアンタでしょーがっ、と心の中でつっこみながら、テンと一緒に混乱の地から逃げた。
あの後ビケさんの姿を確認して無いから、ビケさんの身が心配になってそのことを口にしたら、テンは
「あいつがこの程度で死ぬはずない」
とかめちゃくちゃなこと言うし。
ただちょっと今は疲れてて、いろいろ反論する元気もないわけなのだが
「リンネ、Z島にいくぞ」
「へ?Z島って?!」
そういえばビケさんが言ってた、おばあちゃんはZ島にいるかもしれないって。
だから、そこに行くっていうわけ?テンは
でも、ビケさんのこと嘘つき野郎とか悪口言ってませんでした?・・・ほんと勝手な男だな。
テンに急かされながらやってきたのは、たぶんBエリアの南の端。
海の見えるそこは小さな港だった。
そこに停泊している一隻の小型船に乗り込んだ。ん、もしかして・・・
「テン、ちょっとどこに行くつもり? というか、船なんて持ってたの?」
「Z島に行くといっただろう」
あたしのもう一つの質問には答えず(おそらくはテンのものじゃないんでしょうね)船のエンジンを動かす。
「えっちょっ」
あたしの声はエンジンの音と、激しい波飛沫によってかき消される。
船は港を離れて、大海原へと走り出す。
「うわぁっ」
テンの運転が乱暴なのか、海そのものが激しすぎのかしらないが、激しく上下に揺すられるあたしは、恐怖と気持ち悪さに耐えながら、そこから放り出されないように、必死に船にしがみついていた。
後ろを振り返ってみると、もうあんなにBエリアが遠くになっている。
強引なテンの言うがままについてきたけど、おばあちゃんがそこにいるのなら、そりゃ会いに行きたいけど。
でも陸を離れたのも、海の上も生まれて初めてのことなのよ。
どこまでも続いているみたいに広い海は、キレイなイメージを持っていたけど、いざそこに放り出されてみて実感する。
なんて痛いのだ。
終わりない波の上下は、激しくあたしの体を内部から振り動かし、叩きつけている。
「あっ、うっ、ふぉー!」
波のたびに変な声を上げているあたしに、いちいちテンが「うるさいぞ!リンネ興奮するな!」と言ってくる。
うるさい、好きでこんなあーとかうっとかふぉーとか言ってんじゃないやい「うぉうっ」
潮が激しく体中に降り注ぐ、もうびしょびしょだ。でもそんなこと気にしている余裕はなくて、必死に船体にしがみついて、その地獄が終わるのを待つ。
「リンネ!おいリンネ起きろ!!」
「んっ」
肩を揺すられてはっとなる。目の前にはテンがいた。
波の上下のあの痛いやつは今はない、緩やかな波の上下を感じている。
どうやらあたしは軽く気を失っていたらしい、が幸いにも船から振り落とされることはなかったらしい。
テンに揺すられて体を起こすと、船は止まっていて、その先に海岸が見えた。
それは初めて見る景色・・・・だけど、だけど、どこか懐かしいような気もしたり・・・
「降りるぞ」
バシャン。と浅瀬に飛び降りたテン。
「ここは・・・」「Z島だ」
Z島?ここがおばあちゃんがいるっていうZ島なの?
きょろきょろしているあたしにテンが怒り顔で早く降りろと急かす。
テンのようにかっこよく飛び降りられなかったあたしは前のめりになり、もう少しでヤドカリとキスをするところだった。
もう潮で全身びしょびしょだけど、コロッシアムでのことを考えたら、全然マシだと思った。
水分でぐしゅぐしゅいうブーツを脱いで、裸足で歩いた。足の裏に気持ちいい感覚。
なんだか気持ちいい、海っていいなぁ、なんてのん気なこと思ってるんじゃなくて。
「Z島ってどこなの?」
あたしの前を行くテンに訪ねる。テンは歩きながら振り返り
「Z島といえばZ島だろうが!」
「だから、そうじゃなくって、場所はどこにあるのかって聞いてんの!
Z島なんてあたし知らないわよ。地図にも載ってないんじゃないの?!」
「地図に載ってないのもたしかじゃな。なぜなら鬼王はこの島を忌み嫌っておるからな。」
あたしのそれに答えたのはテンの声ではなくて、海岸のほうから動いてくる一人のおじいさんだった。
年は六十代くらいだろうか、白い髪を後ろで縛っている。口元には短い白い髭が見える。
細く横に伸びるその目は、じっとこちらを・・・テンを見ている。
このおじいさんは、だれ?
「まだ生きていたのか、ジジイ」
口を開いたのはテン。テンにジジイと呼ばれたおじいさんは声を上げて笑いながら
「十年経ってもかわらずか、その口の悪さはテン!」
えっ? テンの知り合いなの?このおじいさん。十年って・・・
そのおじいさんは懐かしそうな目で、テンのことを見ていた。
このおじいさんが、かつての鬼王で、つまりはビケさん達のおじいさんだということをあたしが知るのはこの直後なのだった。
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