船に乗り、島を離れたサカミマ、チュウビ、ゼンビの三人は、海を渡った先の大きな島にいた。
大きなとはいっても、比べるのは彼らのいた島とであって
大陸と比べたら、比べ物にならないくらいの、小島であったろう。
ただ、彼らは大陸を知らないし、この先も見る事がない世界だろう。
だから、そこは彼らにとって、大きな大きな世界だった。
その地は、多くの村や民がいて、昔から村同士、国同士の争いが絶えなかった。
特に島の中心に位置する心臓部では、力を持つ四つの勢力が激しく火花を散らしていた。
その中のひとつが金酉(こがねどり)であり、その中心となるのが武者王と呼ばれる絶対権力者だ。
主に中心部から東方面を領土としている。
中心部の北部を領土としているのが、鷲将(おおとりしょう)と呼ばれる智の将と言われる男をリーダーとする
赤鳥(せきちょう)。
中心部の南方面を領地とするのは、精霊女(せいれいじょ)と呼ばれる不思議な力を持つと言われる女性を主と崇める紺龍(こんりゅう)。
中心部の西部は、狼座(ろうざ)という男をリーダーとする黒狼(こくろう)という組織。黒狼は山賊や盗賊といった賊ばかりのならず者で出来上がった集団だ。狼座を始めとし、血も涙もない下郎ばかりで、特に卑怯を許さない赤鳥や、神聖なものを尊ぶ紺龍からは、蔑み嫌われている。
サカミマたちと行動を共にするのは、サカミマたちの島へと逃れてきた元金酉の男達だ。
民を戦の駒にしか思わぬ武者王のやりかたに我慢ができず、彼らは逃れてきた。
戦のない、遠い遠い地を目指して、逃げ延びてきたのだ。
だが、逃げ延びたその地にも、金酉はやってきた。
逃げるだけでは終わらない、争いは終わらない。
終わらせる事はできるのだろうか?そんな疑問はあった、だが、それを払いのける勇気を彼らは手に入れたのだ。
自分たちとは関係ないサカミマたちが、金酉の兵士達と戦い、それを撃退したこと。
自分たちの同士でもあったビキの父が、再び武器を手に戦ったことを。
彼らを奮い立たせるきっかけとなった。
自分たちの同士は今もまだ、戦いの中にいるだろう。
今も傷つき、倒れている者もいるだろう。
終わらせなければ、この戦いの日常を、混沌とした世界を。
自分たちのために、自分たちの仲間のために、この先の子供達のために。
本当の楽園を、この地に築こう。
そんな想いを胸に、彼らの目は輝いていた。
サカミマたちの船がついたのは、港ともいえない小さな船着場だった。
見渡す限り、なにもない、荒れ果てた場所だった。
「なんじゃ?なんにもないぞ」
きょろきょろとして、残念そうな顔のチュウビに、元金酉の男が答える。
「戦場はもっとさきになるだろうな。焦る気持ちはわかるが、すぐに連中と戦うのはよそう」
「そうですね、いくらなんでも無謀すぎる。こちらはほとんど武装してませんし、それに人数も・・・一つの国と戦うには心許無さすぎる」
男の言葉にサカミマは同意する。それにつまらなさそうにチュウビは口を尖らせた。
「まずは同志を募ろう。金酉だけに限らないが、争いで貧しい思いを抱いている者は各地にいるだろうし。
彼らに呼びかけて、力を貸してもらおう」
「同志ですか、あてはあるのですか?」
訊ねるサカミマに、男は眉を寄せる。
「いや・・・あてはないが・・・」
男達も勢いのみでやってきたので、あまり考えてなかったようだ。
サカミマもこの地のことはほとんどわからなかったので、元金酉の彼らをあてにしていた。
ついて早速、肩を落とすはめになった。
「あいつじゃあ!あの桃太郎いうやつ、あいつとなら天下も取れそうじゃ」
声を上げたチュウビにみなが注目する。
「桃太郎?あいつほんとに泳いで渡れたのかな?途中でサメに襲われたりしてお腹の中だったりして」
笑うゼンビに、チュウビは熱い目で話す。
「あやつなら、きっとやり遂げ取る!そんな気がするわぃ、魂がそう感じとっとる!
よっしゃー、ワシは桃太郎を探しにいくぞ!」
そう言ってチュウビは海沿いに駆け出した。それに続くように「おもしろそ」とつぶやいて、ゼンビが後に走る。
「ちょっ、二人とも・・・。桃太郎か」
サカミマも思い出す、あの獣のような不思議な少年を。
サカミマもまた、彼に会いたいと感じていた。チュウビの魂が感じとるそれと同類かどうかは定かではなかったが。
「桃太郎、あの兵士たちを倒した少年のことか?
もし、彼がいるのなら、ぜひとも力を貸して欲しいな」
「さてこれからどうする?」
「別行動にしようか?多人数での行動は目立つし、怪しまれる。
少人数で、各地を巡り、同志を集めよう、そして、再び集まろう。場所はここでいいだろう」
男達は話し合い、それで納得する。サカミマも同意した。
サカミマは彼らと別れ、チュウビたちを追った。
サカミマたちの上陸から遅れること数日の後、桃太郎はこの陸地にと上陸を果たした。
途中、小屋程度の小さな島に上陸して身を休めたりもしたが、ほとんど飲まず喰わずで泳ぎきった。
海流に助けられた理由もあるが、体一つで海を渡った体力と精神力は並大抵のものではない。
人間離れしているこの少年だが、彼にとってはまだだった。
あの老女はこんなものではなかった。
少年の知る限りの、地上最強の生命体、それがあの老女だったから。
しばらく海辺で横たわり、乱れた息を必死に整えようとした、だがまだ簡単には整いそうになかった。
海を泳いだ疲労は相当のものだったから、すぐに動ける状態ではなかった。
重くなる瞼を、必死で止めていた桃太郎を影が覆った。
その影は、二人の小汚い格好の男たちだった。
男達は、真上から桃太郎を見下ろし、にやりと怪しげに笑った。
そして、その手は桃太郎の体の下へと伸びてきた。
「くっ、俺様に触るんじゃねぇ」
切れる息で主張する桃太郎だったが、男達は聞き入れてはくれない。
桃太郎の体はふわりと宙に浮かんだ。
抵抗したい桃太郎だったが、疲労のせいでまだ体の自由が利かなかった。
(くそっ)
男達の手によって、体が浮いたのはわかる。抵抗したくても動けない。武器であるビキからもらった刀は背中にしょったまま。意識までが遠く運ばれていく。重たい瞼は、いつのまにか閉じてしまった。
「!」
目を覚ました桃太郎は反射的に飛び起きた。
そこは屋内で、数人いるだけで温度がかなり上がりそうなほどの狭さだった。
桃太郎のすぐ脇には、男が二人いた。男達は、桃太郎を運んだ者達だった。
獣の眼差しを向け、男達に飛び掛りかけた桃太郎へと、何かが投げつけられた。それを反射的に桃太郎は受け取った。拳大のそれは、よく焼けたいい匂いのする肉の塊だった。
「腹減ってるだろ?喰え」
男はそう言って、自分も肉の塊を口に運んでいた。
桃太郎は言葉を発せもせず、むさぼるように喰らった。
その獣のようなすさまじい食べっぷりに、男達は呆然と眺めていた。
思わず手が止まったほどだった。
すぐに手持ちの肉を食い終えた桃太郎の目は、男たちの食いかけの肉へと目がいった。血走るような目に男達はたじろぎながら
「まだほしいのか、ほら」
伸ばされた手から、食いかけの肉を奪い取り、桃太郎は瞬く間に食い尽くしてしまった。
広い海を泳ぎ渡った桃太郎の体は相当量のエネルギーを消耗していた。
だが回復も驚くほど早かった、人間離れしているほどだ。
男達は目を点にしていたが、すぐにお互い顔を見合わせあい、うんうんと頷いた。
「もうないのか?」
初めて桃太郎が口を開いた。
ギンと鋭く睨みつける桃太郎に一瞬たじろぎながらも、落ち着いた様子で答えた。
「ああ、残念だが、今の肉はもう終いだ」
それを聞いた桃太郎の顔は、さらにギンと鋭くなり、男に飛び掛り、床にと仰向けになった男の腹の上に馬乗りに跨った桃太郎は、男の首をしめにかかった。
もう一人が慌てて、背後から桃太郎を止めにかかる。
「おいおい、落ち着け。今はもうないが、ほしいなら一緒に来い」
鋭い攻撃性を見せた桃太郎だが、男の言葉を聞くと、素直に男から離れた。
馬乗りされた男の首元にはくっきりと赤い手形がついていた。男は涙を滲ませながら、むせながら起き上がった。「やれやれ」といった様子で。
大人しくなった桃太郎を見て、男達も息をついて、さてと、と話し始めた。
「坊主、お前どこから来たんだ?」
桃太郎は男たちを不審な目で見ながらも、男達の問いに答える。
「俺様は、海の向こうからやってきた。あいつらをぶっ倒す為に。
お前らも仲間か?!」
ギンと睨みつける桃太郎に、慌てて男達はいやいや違うと首を横に振った。
桃太郎の言うあいつらがだれのことかはわからなかったが、今にも飛び掛ってきそうな形相に慌てて否定したのだ。男達の否定を見て、ギンギンの敵意はすぐに治まった。その様子を見て、男達はほっとすると同時にあることを確信した。
「なあ兄貴、この坊主、意外と使えそうだな」
「ああ、危うく殺されるかと思ったほどだ。たいした修羅だぞ、最初の予定は変更するか」
「おい!何モンだお前ら」
こそこそとひそひそ話をしている男たちに桃太郎が声を上げる。
それにびくぅっとしながら、にこりと不器用な笑みを浮かべて、男達は桃太郎へと振り返った。
「坊主、腹減ってるんだろう?なら俺たちと一緒に来ないか?上手い肉をたらふく食いたいだろう?」
桃太郎は、自力で食を満たす能力はあった。だからだれかに恵んでもらう必要はなかったが。
さきほど喰らった肉は美味かった。今までに食べた事のない肉だった。また食べたいと強く欲していた桃太郎は、男たちの言葉に頷いた。
桃太郎は男たちについて、その小屋を後にした。
桃太郎は金酉と戦うためにここへと渡ってきたのだが、その目的よりも目先の食欲を満たすほうが先決だった。
男達に連れられて、桃太郎が着いた場所は小さな集落だった。数件家が立ち、小さな小屋から鶏の鳴く声が聞こえた。
林の中から、集落を見渡しながら、「ここだ」と男が合図する。
まだ日も落ちていないというのに、あまり人の気配を感じなかった。ろくに人もいないようにも感じたが・・・
「ここにあるのか?どこだ?」
ギンと鋭い目で、睨みながら桃太郎は急かす。
「まあまて」
男二人は、桃太郎を落ち着かせ、きょろきょろと周囲の人影のなさを確認すると、ゆっくりと獣小屋に近づいた。
小屋は指二本分の隙間が等間隔に縦に走り、その隙間から小屋の中がよく見えた。
中には鶏が三羽いた。
「よし」
男は腰元に持っていた木の筒を口まで運び、筒の中にフッと強く息を吹きかけた。
その先端から、ぴゅっと走った何かが小屋の中の鶏に刺さり、鶏は瞬間激しくばたついて、気を失ったように大人しく倒れた。
吹き矢によってもう一羽仕留めた男は、小屋の鍵を空け、大人しくなった鶏を抱え、桃太郎のいる林のほうへと走ってきた。
ほれ。と自慢げに鶏を掲げて見せる男に、桃太郎は鋭い目のまま噛み付いた。
「それじゃねぇ!!」
男たちは肩をすくめる。
「これで我慢してくれよ。牛はめったに手に入らねぇんだよ」
「うし?」
桃太郎が食したあの肉は牛の肉だったらしい。桃太郎のいた島には牛はいなかったので、桃太郎は牛の味を今まで知らなかった。
男が持ってきたのは鶏。桃太郎が欲した肉とは全然違いすぎる。
「と、とりあえず今日はこれで我慢だ、戻るぞ」
背後から人影を感じた男たちは慌てて林の奥へと走った。チッと舌打ちしながら不満つつも、桃太郎も後に続いた。
小屋へと走る三人の行く手を遮る影が立ちはだかった。
それに気づいた先頭の男はざっと立ち止まった。あとに続いていた男と桃太郎も必然的に走りを止める。
行く手を遮るのは、イカツイ顔つきの男連中三人で、その手には物騒な得物を光らせていた。
不気味にぎらつく目で、彼らの動きを遮るように手を振り上げながら口を開く。
「おい、盗人ども、それは返してもらおうか」
先頭男の手の中の鶏を指差しながら、男の低い声が届く。
男達はあの集落の者なのか?それにしては雰囲気がどこか違う、男達はそう感じていた。
慣れた手つきで得物を振り上げてみせるイカツイ男たち。まともに働いている風貌には見えない。
むしろ、自分たちと同じ側にいるものではないかと思う。
「兄貴、あいつら賊だ」
すぐ後ろの男が前の男(兄)に囁くように伝えた。
「ああ、違いない。横取りするつもりだこいつら」
「どうする?」
「勘違いしてるみてぇだな?あの村は俺らのモノなんだ。つまり、その鶏も俺の所有物になるわけだ。
本来なら盗人は、その場で殺してやるのが普通だが、てめぇらの気持ちもわからないわけでもない。
広い心で、見逃してやろうって言うんだ。さあ、早くそいつを置いてとっとと失せろ!」
リーダー格と思われる一番大柄な男が、得物を振り上げ、すぐ横の木へと激しくぶつけて威嚇した。
口は笑っているが目は笑っていない。
桃太郎と共にいる兄弟は、武器を携帯してはいたが、相手のほうが戦いなれていると本能で察知し、武器を抜いて抵抗するか、なんとか逃げる事が可能か、ここは諦めて見逃してもらうか、その選択に迷った時のこと
二人の後ろから否定の声が響いた。
「いやだ。こいつは俺様のものだ、だれにも渡さねぇ」
「うぇっちょっ」
兄弟が振り向いた瞬間、二人の上空を風のように桃太郎は駆けた。
まるで鳥のように、しなやかで、激しい獣のように、弧を描きながら、木を走るように足蹴にして、桃太郎は背中の刀を瞬時に抜き去り、リーダー格の男へと襲い掛かった。
男は桃太郎の素早い動きに一瞬驚きの顔を見せながらも、すぐにそれに対応し、自分の得物で、桃太郎の不意打ちを防いだ。
「な、こいつ・・・」
第一手が防がれた事に、チッと悔しそうに舌打ちをして、桃太郎はすぐさま背後に飛び、再び男に攻撃を始める。
「でぇさん!」
「おれたちが」
連れの二人がリーダー格の男を庇うように、武器を手に走った。が、でぇさんと呼ばれた男は「まて」と二人を手で制止、桃太郎へと集中したまま武器を構える。
「くっ」
桃太郎の第二撃に、武器でそれを受け止めはしたが、かなりの衝撃を受けたらしい男の額には汗が滲んでいた。桃太郎の人間離れした動きに戸惑いながらも、でぇさんという男は冷静にそれを見ていた。連続して襲い掛かってくる桃太郎の攻撃に防戦一方だったが、戦いなれている感じがみてとれた。
桃太郎とともにいた兄弟は、それに呆気にとられながら、どうする?と自分たちの行動に戸惑っていた。
「くそっ」
でぇさんという男は、何度目かの防御の後、初めて攻撃を試みた。太い腕から振り下ろされる攻撃は、通常のものならただではすまない結果になるだろう、が、桃太郎はそれを人並はずれた動体視力で見切り、風を起こしながらかわした。
桃太郎の鋭い目が、射抜くようにでぇさんを見据えた。「しまった」でぇさんがそう心で叫んだ時、連れの二人が桃太郎へと飛び掛った。
「やらせるかー」
「小僧ー」
桃太郎の目はすぐに別のターゲットへと移った。兄弟達は不思議なものを見ているようだった。でぇさんにしてもそうだった。
桃太郎に飛び掛った二人はほぼ同時に、一瞬にして飛ばされた。真横に走った光の線が、二人の動きを遮り、その体を動きとは逆方向へと飛ばしたのだ。少しして、彼らの腹から横一線の赤い線が浮かび上がった。
彼らの飛ばされたその方向の落ち葉や草の葉に落ちた赤い雫。横たわった男達の腹に描かれた赤い線は美しいほどまっすぐで、桃太郎の持つ得物の鋭さがうかがえる。
獣のような少年と、その得物は最強の組み合わせのように思えた。
すぐにターゲットをリーダー格のでぇさんへと戻した桃太郎が、飛び掛った瞬間、男のストップをかける声が響いた。
「待て降参だ!そいつはてめぇにやる」
「!」
桃太郎の動きは彼の目の前でぴたっと止まった。一瞬びくりとしてみせたでぇさんだったが、戦意が止まったのを感じると、ほぅと息を吐いた。
「俺様がほしいのはこいつじゃねぇ。うしってのはどこだ?」
じろっと鋭い目で睨みながら桃太郎は降参した男にそう問いかけた。
男の目は一瞬丸くなった。桃太郎のうしろにいた兄弟も、鶏を抱えたまま目を丸くしていた。
桃太郎たち三人は先ほどの集落にいた。
彼らを招待したのは、先ほど一戦交えたばかりのでぇさんと呼ばれた男と、彼の連れの二人だ。
桃太郎に斬られて倒れたその二人だが、見た目の激しい出血のわりには軽症であった為、すぐに起き上がり自力で歩いてその集落に戻りすぐに治療を終えた。
でぇさんと呼ばれた男は名を太蔵と名乗り、この集落の長だと主張した。
年は三十くらいに見えたが、どこか貫禄のようなものを感じさせた。イカツイ人相とは裏腹に、面倒見がよく、周りから慕われている印象を受けた。
太蔵は三人にメシを用意し、もてなした。その理由がよくわからず困惑する兄弟とは反対に、桃太郎は馳走が差し出されると同時に喰らいついた。考えるよりも欲望が優先するらしい。
そんな桃太郎を見てあんぐりする兄弟だったが、太蔵は笑ってみていた。
桃太郎を見る彼の目から桃太郎を特別視している様子だった。
桃太郎はめしを平らげて、その中に牛がなかったことに若干不満そうな目をしていたが、満たされた腹に少し満足していた。とりあえずは目の前の欲望だ。
食べ終えた瞬間を見計らって、太蔵が口を開いた。
「たいした食欲だな、そんなにうまかったか?」
「おい、うしはどこだ?」
食事を終えた挨拶など一切せずに、桃太郎の第一声はそれだ。その言葉に太蔵は眉寄せるどころか愉快そうに笑った。
「お前牛を喰う為に盗みをしていたのか?そんな立派な得物かついで、やっていることがちんけだな」
桃太郎の背の刀を目で指しながら、太蔵が言う。
「なんだと?俺様はあいつらをぶっ倒す為にここにきた!てめぇもあいつらの仲間か?!」
ギンと鋭い目を太蔵へと向ける桃太郎、太蔵はその目をじっと見た。
「あいつらってのはどいつらのことだ?」
興味津々のその目を太蔵は桃太郎へと向けていた。
サカミマたちから一週間遅れて到着した船の中にいたビキ。
島を離れて初めて上陸するその場所。上陸して海岸をふらふらしている間に他の船に乗っていた者達とははぐれてしまった。
が、その事実に慌てる事はなく、彼女は彼女で落ち着いていた。
「桃様の力になりたい」
その想いひとつでやってきたビキは、きっと桃太郎に会えるという根拠のない自信で動いていた。
桃太郎が実際無事に海を越えられたかどうかすら確認できていないのだが、彼女は信じていた、単なる思い込みでしかないのだろうが・・・。桃太郎は生きていると、無事海を越えて、想いを果たすのだろうと
ビキは強くそう思えてならなかった。
特に親しくされたわけでもなければ、出会って間もないし、お互いをよく知らな過ぎる関係でありながらも、ビキは強く桃太郎を想っていた。それはビキにとって生まれて初めての感情、初恋というのかもしれないその感情に突き動かされていた。
ただ、その想いひとつで無事この陸地へついたはいいが、探すあてなどどこにあろうか。
早速一緒に渡った者たちともはぐれてしまい、どうしようかと海岸ぞいを歩いていたビキのぼんやりする視界に、なにか気になるものが映った。
「あれは、なにかしら?なにかの塊のようなー」
ただでさえ視力の弱いビキの目では、遠目からそれがなにかを確認できるはずはなく、近くに行って確かめようとそれへと近づいた。
その塊はかなりの大きさで、まるで横たわるような形にとらえられた。
ビキは首をかしげながらそれに近づいた。
一メートルほど近づいたところで、それが人のようだと気がつく。
いったりきたりする波が、その者が纏う衣や、長い髪と思われる繊維を揺らしている。
まさかほんとに人とは思わず、ビキはさらに確かめるように近づき、触れられる距離までくると膝を突いてそれを確認する。
顔を近づけ、そっと指を伸ばす。
ひんやりと冷たいながらも、弾力を感じるそれは、人間だとわかった。
「大変だわ、だれか・・・」
それが海で溺れた人であるとビキも察した。すぐに助けを求めようとしたが、今周囲には人気を感じられない。
そこに倒れているのがビキの捜し求める桃太郎でないことはたしかだが、このままにしてはおけない。
胸元に耳を寄せてみた。心臓の音は幸いにも途切れてなかったことに、ビキは安堵した。
「しっかり、しっかりしてください」
ビキは声をかけたが、気を失っているその者は返事どころか、目すら開かない。
「どうしよう、・・・このままにしておけないわ、だれか助けを呼んでこないと」
ここについたばかりのビキ、当然ここらの地理など知るはずもない。
それでも今自分が動かなければ、この人間はこのまま死んでしまうかもしれない。
「まっててください、すぐに助けを呼んできますから」
ビキは海岸を離れ、見知らぬ土地を走った。
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