「おっ、お嬢ご機嫌っすねー」
ミントの元を訪れたのはカイミだ。カイミはミントになついているし、ミントもずいぶんとカイミをかわいがっている。それはいいことなのだが、…もう少し公私の境界はハッキリさせるべきだろう。
学生が領主館に来るのは、特別な場合のみで許可証も必要なのだが、…カイミは雷門の権威を振るって不必要に許可をもらってきているらしい。…伯父上も周囲もカイミに甘いのだから。
「カイミ、用もないのにここに来てはいけませんよ」
「あっ、キョウ兄〜、用事ならちゃんとあるんだもん」
と言ってカイミが嬉しそうに私たちに見せたのは、二枚のチケット。
「これは…チケットですか…、なんのイベント……、コロッシアム?!」
「そうだもん! キン兄主催のDエリアの殺し合い祭りなんだもん! その観戦チケットゲットしたんだもん!」
Dエリアの殺し合い祭り? また、悪趣味な祭りを開催するなんて、キン兄さん……。
「わかりました。…それの観戦のために許可をとりにきた、というわけですね」
殺し合い祭り…とはいえ観戦なら、許可しないわけにもいかないだろうし、頭を押さえつつ許可証の用意をする私に、カイミが「それだけじゃなくて」とさらに言いたげに近寄ってきた。
「キョウ兄、一緒に来てほしいんだもん」
「は、えっ!?」
殺し合い祭り…など見たくもないが、…カイミの保護者として付き添いなら仕方ない。が、いや私には休暇をとっている暇などない。領主の仕事もけして少なくないのだから。楽しみにしているカイミには悪いが、あきらめてもらうしかないだろう。
「すみません、カイミ、私は仕事があるので、一緒にはいけません」
「あー、それなら大丈夫っすよ、若旦那」
「?どういうことですか?」
「Bエリアの領主様から連絡入って、若旦那イベントの日特別休暇にしてもらったからって」
「はあ? 初耳ですが」
「あれ、連絡いってなかったすかね? まあ確認とってみたらどうすか? Bエリアの領主さまいわく、Cエリアの領主様が鬼が島にかけあってくれたらしいっす。結構力入ったイベントらしいっすからね。いいじゃないすか、たまには息ぬきしたら」
「そうだもん、キョウ兄もイベント楽しんだらいいんだもん」
どうして殺し合い祭りなんかで瞳を輝かせるんですか、カイミは…。とても楽しめそうなイベントではなさそうな。
にしても、私のためにわざわざビケ兄さんが鬼が島にかけあってくれるなんて。…そんなにイベントに来てほしいのだろうか…。
「しかし、仕事は…」
「それなら心配ないっすよ。オレっちたちの仕事が…増えるだけなんで。いやー、楽しそうだなぁ〜コロッシアムー。そんなわけでオレっちの分も楽しんできてくださいよ!」
はぁー、…気が重い…。


殺し合い祭りのことだけではない。気が重くなるのは、他にも原因がある。
前世の夢。…相変わらず前世の夢には悩まされ続けている。私の分身であるサカミマは、故郷を離れ、キン兄さんの前世である人物チュウビと、ショウの前世である人物のゼンビらとともに、戦乱の世に身を投じた。
戦乱の地で、太蔵という男と共にいた桃太郎と再会し、桃太郎をリーダーとした組織に私たちも加わることになったのだ。
そう、元々私は温羅の宿敵である桃太郎の側にいたのだった。

桃太郎、どうしても付きまとうその存在。
鬼が島から最重要人物とマークされている桃太郎の末裔【テン】と【桃山リンネ】。テンの出生については、Dエリアの出で姓などないが、桃太郎の血筋だという事は違いないという。リンネについては、彼女は本人が主張していた通り元々Aエリアの住民だった。両親と縁を切ってからは祖母の姓「桃山」を名乗るようになったそうだ。その桃山一族が桃太郎の末裔であるというのも確からしい。Bエリアの騒動以降、雷門も「桃山リンネ」が桃太郎の一族だと知り、警戒するようになった。が先にリンネの正体に気づいたのは、金門のようだった。
リンネはDエリアからCエリアへと渡った。おそらく鬼が島からの指令だろう。リンネの身はCエリアに置かれた。Cエリアはビケ兄さんの管轄、とはいえ金門の支配下にあるエリア。誇り高い金門は桃太郎の末裔であるリンネを認めるはずがないだろう。それどころか、リンネを桃太郎の生まれ変わりだと言いふらし、暗殺者をけしかけ始末させようとしたらしい。ショウに見張らせているから大丈夫だとのん気に言っていたが、…あのショウだからまともに見張っているか怪しいものだが。
桃山リンネは桃太郎の生まれ変わり、金門の風評だとあしらえないのは、鬼が島がその事実を認めているからだ。

「でも桃太郎はリンネ。鬼が島もそう認めている通り、桃太郎の生まれ変わりは桃山リンネなのよ。」
先日、Dエリアで四領主が顔を揃えた時の、ビケ兄さんの言葉だ。
ビケ兄さんは、鬼が島の認めたとおり、リンネが桃太郎の生まれ変わりだと思っている。
私は、まだどこか信じられない気持ちでいた。あの弱々しい少女が、私の夢の中でも荒々しさを放ち続ける凶暴な桃太郎と、なかなか結びつかなかった。彼女よりも、…あの男テンのほうがよほど、桃太郎に近く感じた。


「カイミ、約束どおり大人しくしてくださいよ」
「わかってるんだもん。カイミちゃんといいこにしてるもん」
…さきほど暴れていたじゃないか…。まあキン兄さんとのじゃれあいであるから、いいとして。
ついに始まったビケ兄さんとキン兄さん主催のDエリアの祭りコロッシアム。気は乗らないが、カイミの付き添いでここに来た。
ついさきほど、兄さん達とそこに一緒にいたショウとリンネに会った。あの二人も兄さんから招待を受けたのだろう。ショウはともかく、Aエリアの住人だったリンネにはここの空気は居心地のいいものじゃないだろう。
兄さん達が側にいるから大丈夫だとは思うが、招待客の中には金門も大勢いた。金門から憎き桃太郎として敵視されているリンネをこんな場に招いてよいのだろうか?
「あっっ!」
パラパラとパンフレットをめくっていたカイミが突然声を上げる。なにがあったのかと隣を見るが、カイミの目線はパンフの一点に集中している。
「ショウがエントリーしてるもん!」
ショウは招待客でなく、参加者として兄さんに呼ばれたわけか。
「うううあの女桃山リンネ、いまだにショウの側をちょろちょろしてウザイもん。キン兄まであいつかばって、ほんとにうっとおしいもん」
たしかにキン兄さんの態度は気になったが、…リンネはゲストとして招かれただけとは思えないような…、その予感は的中する。
リンネはコロッシアムの優勝賞品として紹介された。この殺し合いイベントは、ショウとリンネのために催されたものだった。その理由をキン兄さんの口から聞かされることになる。

先日、ここDエリアで顔をあわせた際、キン兄さんと前世の夢のことについて話した。キン兄さんも私と同じように、前世の夢を見るようになったらしい。私の夢の通り、キン兄さんはチュウビの記憶があると言っていた。キン兄さんの記憶でもショウがゼンビで間違いないらしい。
信じられないが、キン兄さんまで前世を夢に見るなんて、前世の記憶が私の中でさらに色濃くなってきた。
まだハッキリしない部分も多いが、サカミマの記憶のだいたいはキン兄さんのチュウビの記憶と一致していた。

キン兄さんもビケ兄さんも、リンネは桃太郎の生まれ変わりだと言う。二人の話や金門の噂、鬼が島が認めたにしても、私はそれを鵜呑みにできない。きちんと自分の目で確かめていないうちは、それを認めるわけにはいかない。せめてリンネ自身がその自覚があることを口にすれば…、己の迷いも晴れるかもしれない。

トイレ休憩に行ったカイミを待っている間に、リンネと二人きりで会うことができた。今がチャンスだろう。
もし、リンネに桃太郎の生まれ変わりの自覚があれば、…前世の記憶に関する夢を見ているはずだろうと、私はそれを確かめるべく彼女に問う。
「リンネ・・・・」
「へ・・・」
「あなた、変な夢を見たりしませんか?
自分でない、だれかの記憶が自分の記憶のようにあったりとか・・・・・」
「へ、え?なに、それ・・・・?」
…どうやらないみたいだ。本当に彼女が桃太郎でその記憶が目覚める時がくるのだろうか?
私はそれ以上話さずに、カイミを連れて観覧席へと戻った。コロッシアムの試合、殺し合いを見るのは気分のいいものじゃない。隣で目を輝かせているカイミが信じられないくらいだ。気分は悪いが、ショウの試合は見ておかねば。ショウはまだ前世の記憶に目覚めていない。そのショウの前世の記憶のためにこのコロッシアムは開かれたのだとキン兄さんから聞かされる。

「じゃあやはりこの祭りは、ショウのためのものなんですか?!」
「鬼が島の指令らしいからのう。ショウの中のゼンビの記憶を目覚めさせるのが目的らしい」
ゼンビ…彼も戦乱の世を戦い生きてきた同士。闘いの中で記憶が蘇るかもしれないのか。
それから桃太郎との関係。リンネが桃太郎なら、桃太郎へ敵対心を抱いていたゼンビの心にも刺激になるだろう。リンネが本当に桃太郎ならばだ。彼女が桃太郎である証を私は確かめていない。
キン兄さんの話では、桃太郎はDエリアで、キン兄さんの前に現れたそうだが。一瞬の出来事で、それもテンと戦っている最中での事らしい。キン兄さんを倒したのはリンネではなくテンだったのではとも思ったのだが、別の証人ショウがそれは事実だと認めた。
ショウを疑うわけではないが、私はリンネは桃太郎だと認められない。否定したいのは、テンこそ桃太郎に近いイメージを持っているからだろう。つまり私の願望だ。
「なんじゃお前まだ信じられん顔じゃな」
「彼女、Dエリアにいたことがあったにしては、ここの空気に不慣れすぎます。さきほども青い顔してましたし」
「リンネは苦手かもしれんがな、あいつの中の桃太郎はどうじゃろうか? キョウ、桃太郎はAエリアでは現れておらん。思い出してみぃ。桃太郎は戦いが好きじゃった。あいつはDエリアとか、闘気に満ちた場所に強く惹かれるんじゃ。必ずコロッシアムで引っ張り出してやるわ」

コロッシアムの中で桃太郎に会う?、リンネが桃太郎の生まれかわりとして目覚め、その現場に立ち会えば信じるしかないだろう。が私の興味はテンのほうにあった。桃太郎ならコロッシアムに興味引かれるだろう。テンが桃太郎なら、ここに来るのでは?もしかしたら、リンネはおとりでテンこそ本命なのではと、そう感じた矢先、カイミがテンを見たと騒ぎ出した。
私が実際にテンを見たのは、コロッシアムの最後のときだ。
コロッシアムの決勝戦の最中、場内で爆発騒ぎがあった。Aエリアでの出来事を思い起こさせる。これはテンの仕業だろうか。カイミの安全を最優先し、彼女を逃がす。この騒動の中、パニックから外れた場で、テンの姿を見つけた。そこにはテンと対峙するビケ兄さんもいた。二人の間に流れるただならぬ気を感じ、私は逃げる事を忘れて二人のやりとりを眺めていた。会話から聞き取れた気になるキーワード、それが【Z島】…。
私は後日、そのZ島に向かう事になる。その島での出来事が、私の考えを変えるきっかけになるとは……。


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