「先生ーー」
木々に囲まれた一軒家に、にぎやかな明るい声がいくつも響く。
本を手に、学を楽しむ子供達。子供達に先生と呼び慕われるのは、ワシだった。
鳥神を倒し、光の翼が世界を浄化してから七年の月日が経過していた。
ワシはここテエンシャンの膝元で、小さな学校を開いていた。彼の元で学ぶのは、あれから生まれてきた新世界の子供達。
光の翼によって浄化された世界は、少しずつ緑が増え始め、人々の心にも変化をもたらした。
争いは収まり、差別もなくなった。だけど、すべてが上手くいっているわけではない。サイチョウやライチョウといった彼らに代わる指導者というのはいまだに現れていない。だからこそだろうか、人々の心にも変化があった。
光の翼や聖人にすがることはもうできない。みなが、力はなくとも力をあわせて支えあう事で、大きな力を生もうと考える。想いあうこと、それが新世界での原動力となっている。
ワシはライチョウやサイチョウのことを子供達に教えている。だがなかなか、彼らを知らない子供達には完全に理解してもらうには、まだまだ時間が必要だ。
苦労も多いが、ワシは今の生活に満足していた。
これからの世界を作っていく幼い命たちに、未来を夢見られるのは幸せな事だと実感する。
外に出ていた一人の生徒が、慌てた様子でワシのもとへと走ってきた。
「せんせーー、今フクロウお姉ちゃんがかえってきたよ」
「なに? フクロウが?」
報告を聞いて数秒もしない間に、子供たちに負けない元気な声でその声の主は現れた。
「たっだいまーだよ、みんな」
すっかり成長して大きくなったフクロウ、彼女の周りを子供達が囲む。
「おかえりーフクロウねえちゃん」
「ねぇねぇ、旅のお話いっぱい聞かせて」
フクロウは子供達に人気のようだ。みんなフクロウの帰還を嬉しそうに出迎えた。相変わらずだとワシは溜息をついた。このフクロウは、あの頃も今も変わらずに、マイペースに生きている。
「それで、今度こそ果たせたのか? 君の目的は」
ワシが訊ねるフクロウの目的。それはあの頃からの変わらぬ目的だった。フクロウはずっと、あるもののために旅を続けていたのだ。
「お花畑は、まだだよ。でもね、夢に見たんだ。そこにはね、お花畑があって、でねでね」
「少し、落ち着かないか…」
興奮しまくりで話すフクロウ。いったいどんな夢のお告げがあったというのか。キラキラと目を輝かせて、フクロウが答える。
「スズメちゃんとカラスが、フクロウのこと呼んでたの」
「え?」
「だから、もう今から行って来るからね。じゃあワシさん、みんなのことよろしくね」
じゃと手を振って、慌しくフクロウはリュック背負いつつ出かけていった。
「光の翼を夢に見るとは、まるでライチョウ様のような、いや、そんなことはあるまい」
さて授業だ。と言ってワシは子どもたちを席につかせる。



フクロウは走った。翼を失った体だけど、不便だとは特別思わない。吸い込む空気がおいしくて、大地のぬくもりが心地良くて、この世界を以前よりも愛しいと思うようになったからだ。いくらでも、何度でも駆けて行ける。
「お花畑…」
ふわりと漂う暖かい風に混じる不思議な香り。それが花の香りなのだとフクロウは知る。
目前に見える白や黄色のじゅうたんは風に揺れながら広がっている。
「お花畑だー、やったーーたどりついたんだ」
一目でそれが花畑だとわかる。夢の中でみた幻の花畑。今はもう幻ではない。
そして、もう一つ、夢に見たもの……。花畑にたつ二つの影。懐かしい、その姿にフクロウの顔いっぱいに笑顔があふれる。
「スズメちゃん! カラス!」



ウィングウィング終  2010/2/25UP
最終話  目次  あとがき