馬 駆ける
第二話 マケンドー、嫌な奴


若草区長マケンドー宅へとつれてこられて一日が経った。その間、あたしのお世話をしてくれるっていうメイドのヒヨコさんが、いろいろと教えてくれた。
マケンドー様のかっこよさ伝説について、とか、マケンドー様とその右腕カツ様の素晴らしすぎる絆物語だの、カクバヤシ家のすごさとか…、まあいろいろとというか主に区長のマケンドーについてだった。
ヒヨコさんはよっぽど区長にお熱らしい。…たしかにイケメンだけどさ、どうもちょっとあたしは不信感を抱いてしまっている。まあ悪いのはうちの守銭奴両親なわけだけど。もっとちゃんとあたしに説明する義務ってあるんじゃない?いきなり連れてこられて、親は金金って目の色輝かせていたし、…売られたんだあたし間違いなく。
なにさせられるんだろう? もしかして、ここで住み込みで働かされるとか? ヒヨコさんみたいなメイドとして?
…それならあたしなんてわざわざ連れてかなくても、他にいい働き手なんていくらでもいそうなものなのに。…やっぱりわからない。ヒヨコさんも知らないってすごい勢いでぶちきれるし。
…はーーー、なんかもうすごい、疲れてます。

「あのー、区長ってまだ帰ってないんだよね?」
「はあ? 何言ってんのあんたバカ? マケンドー様は区長なのよ! すっごく忙しいに決まっているじゃない! アンタがクソして寝ている間に、どれだけ働かれているか想像もつかないでしょうけどね!」
いちいちけんか腰なのが腹立つけど、まともに反論していてもHP削られるだけと昨日で十分わかったので、軽く流しつつ返事する。
「ですよねー、区長だし忙しいよねー」
「フン、ガッカリさんのようね。フフフ、アンタ、マケンドー様とラブラブドキドキな同棲ラブコメ展開期待していたんでしょうけど、おあいにく様、マケンドー様は超多忙なのよ! ざーんねーんでしたーー」
どうしよう、もうすでにこの人の脳内透けて見えているあたしってエスパーかって。このやりとりにも疲れてきたよ、そろそろ区長かカツさん戻ってこないかな?
のタイミングで、あたしを呼ぶ声がした。
「!マケンドー様が帰られたわ! さあそこのクズっこ、失礼のないようにお迎えするのよ!」
やっと、先に進めそうだよ…。


あたしを待っていたのは、区長とともにいる、浅黒い肌のいかにもアスリートって肉体のお兄さんだった。…見た感じ使用人さんにも見えないけど、何者か。訊ねる前にそのお兄さんが爽やかに挨拶してきた。
「やあ君がカケリ君だね? 僕は君のトレーナーをすることになるモリオカだ。モリモリ鍛えような」
キラーンと白い歯光らせて爽やかに笑うこのモリオカさんと、はぁ…と握手を交わしながら、あたしは区長へと視線を向ける。
「区長! 一体あたしはなにさせられるんだ? ここで働かされるの?」
「話の前に確かめる事がある。ちょっとついて来い」
「は? え、ちょっ」
話くらい、すぐにできることじゃないのか?
説明もなく区長はついて来いと命令した。くそっ、ちょいと苛立ちながらもあたしはついていくしかなかった。向かった先は邸内の中庭…というか軽いグラウンドだ。ちょっとサッカーくらい遊べそうな広さがある。さすが、金持ちの家は違うね!(嫌味たっぷりに)
あたしと区長とトレーナーのモリオカさんがそこに揃った。…確かめるって一体、なにを確かめるのだろうか?…なんか嫌な予感しかしない。
「脱げ」
「は?」
なんだ、今この区長なんて言った? あたしの耳が聞き違えただけか?
「聞こえなかったのか? 今すぐ脱げ、その窮屈なものを」
「は、はぁ? な、なんだと、そんなことできるわけ」
真顔でこの男なに言ってくれる? 脱げだと? 裸になれってこと?
冗談じゃない、そんな変態に付き合えるわけがない。くるりと向きを変え、逃げる!
が、そうはいかなかった。足を引っ掛けられ、その変態男に捕まる。
「ぎゃーーー、いやーーだーーはなせーー」
「ちっじたばたするな、大人しくしろ」
「いやーーー」
靴と靴下が、無惨に脱がされ素足にされた。
「よし、走ってみろ」
「く、ううう、え?なに?」
「二度聞きばかりするな、そのまま走れといった。全力で走ってみろ」
「ぎゃっ」
バシーンて、区長が地面を木刀で叩いた。お前そんな物騒なものでいたいけな女の子を脅すのか?こいつ、区長どころじゃないぞ、とんでもない男じゃないか!?
「うがーーー」
やけっぱちで走った後、とんでも野郎とモリオカさんが話し合っていた。どうもタイムを計っていたらしい。
一体、なんの実験?
「ふむ、タイムは悪くないが、鍛えなければ話にならないレベルですな」
「だろうな、…レースまで一月か、それまでにアレを使えるレベルにまで引き上げてくれ」
「ちょっちょっとなんの話?」
なに勝手にそこの二人だけで話を進めている。
びゅっと風切る音させて、木刀があたしの足元に向けられる。
「お前はモリオカ氏のトレーニングに励め。音を上げることは許さん、いいな」
威圧する目、この男、やっぱり…。わなわなと体が震えてくる。
「なっ何様のつもりだ!」
「マケンドー様だ」
くっ、こいつの本性やっぱり、とんでもない畜生野郎だ。
「反抗的な目だな。…無駄な足掻きでしかないぞ。お前には選択の自由などないのだからな」


それからあたしの地獄の日々が始まった。
早朝から、トレーニングルームでモリオカさんのトレーニングが始まる。筋トレ、走りこみ、呼吸法などなど。まともにスポーツやってこなかったあたしには、最初から体力がついていかなくて、もう疲労ハンパない。
まあでも、トレはキツイけど、それにはなんとか耐えられた。ただ…、時折様子を見に来るマケンドー。木刀もって鬼の形相で叱咤をかけるもんだから、たまったもんじゃない。ストレスだ。そんなこんなで、あたしがここへ連れてこられて一月が経った。


「一体…、あたしになにをさせるつもりだ」
「顔を上げろカケリ、明日がお前の晴れ舞台だ」
「へ…?」
「そして俺の晴れ舞台でもある」
「だから、なに?」
「レースだ」
「レースゥ?」
レース、ひらひらのほうじゃなくて、…あっちの意味の?
ただ俗的な表現で、それがどんなものなのか、ハッキリしない。なんなのレースって。晴れ舞台ってなに?
「今日はゆっくり休めて疲れを癒せ。わかったな」
背中を向けるマケンドー。待て、ちゃんと説明してから行け!
「ちゃんと説明してよ!なんだレースって?」
「お前は余計な事など考えなくていい。ただ明日は走りぬけばいい」
説明になどなってない。結局、あたしはわからないまま、寝床に向かった。
その途中で、カツさんがあたしに優しく言った。
「ご心配はいりません。マケンドー様は、カケリ様を悪いようにはいたしません。この私が保証します」
カツさんはいい人そうだから、あたしも信じたくなってしまう。まあこんな状況だし、人を疑ってばかりじゃ居心地悪くてやってられないよ。わかったと頷いて「でも説明は絶対にしてもらいますよ。あたしだって知る権利はあるはずです」
にこりと優しい笑顔でカツさんは頷いてくれた。マケンドーに伝えてくれるだろうか。




「お前は何も考えるな、ただゴールだけを目指せばいい」
区長マケンドーはそう言った。
今あたしは、市庁の敷地内にあるドーム施設の中にいた。
レース、それは…
「お前の足に若草区民の生活がかかっている」
「なんだとー」
市が行っているらしい、公な催し。青原市の伝統らしいのだが。各区が、馬と称する走者によって、レースを行っているのだとか。
それってただのイベントじゃなかった。レースの勝敗によって、市の予算分けが決まるらしい。ようするに、上位にいけばいくほど、市から回される予算が増えるってことらしい。
それはつまり、若草区の各区民の生活にも影響するってこと?それって…
あたしの肩、じゃない足にみんなの生活がかかっていることなの?
「気負うな。考えるなと言っただろう」
「そんなこと聞かされて、考えないわけにいかんだろう」
プレッシャーだ、しかも、これがあたしの、そして若草区長マケンドーのデビュー戦。いやでも緊張するわ。
だからマケンドーは説明をしぶった?カツさんはマケンドーを信じろと言った。あたしは…
「走れ、それがお前の仕事だ。他の事に気は回させん。そのために俺がいるのだからな」
レースには走者だけじゃない。コース内には様々なトラップが仕掛けられているらしい。それを解除し、走者をサポートし、導くパートナーとのコンビによってレースを勝たなきゃいけない。
ただ走れと言った。どうせあたしに選択権なんてない。
靴を脱いで裸足になる。背を向けあったあたしとマケンドー、それぞれの場所へと向かう。



走者のゲートへと向かう。そこにはもう一人スタート準備をする人がいた。デカイ男の人だ。いかにも絵にかいたようなマッチョマン…、もしやこの人が?
「よっ、アンタがオレの対戦相手か? オレの名はコーン・ジャイアントだ。小湖区代表になる。お互いデビュー戦になるわけだが、まあ…アンタみたいな小娘相手とは、オレもついてるな」
なんだとそれは、簡単に勝てる相手とバカにしているのか?図体だけがでかくて速く走れるものか。
「おてやわらかにー」
愛想笑いで流して。燃える闘志を抱いてゲートの前につく。
負けられるか、こちとらあの鬼区長の仕打ちに耐えてきたんだ。こんなデカブツに負けられるわけない。
ゲート内の斜め上のスピーカーからアナウンスが聞こえてくる。
『皆様おまたせしました。本日の第一レース、小湖区と若草区の新人デビュー戦と相成りますー。我らが市長の目に止まるのはどちらの新人か!? まもなくスタートとなります!』
アナウンスのあと、スタートへのカウントダウンが始まる。あたしも、対戦者のコーン・ジャイアントって人もスタートの位置に付く。
『――3…2…1、スタート!』
ゲートが開き、同時に駆け出す。ひらけた場所、歓声が降り注ぐ中、ただ己の前の進むべき道をひた走る。
スタートダッシュであたしが有利だったけど、すぐにジャイアントが横に並んだ。
「!?えっ」
目の前に突如落とし穴が現れる。行く先に黒いブラックホールが、つか止まれない。このまま走るしかない。
ダダダダ…。機械音が鳴り響いて。穴の上を渡れるように橋がかかった。
『若草トラップ解除成功ーー』
そっか、今のはマケンドーがトラップの解除に成功したんだ。そのままのスピードであたしは橋を駆け渡る。
『続いて小湖もトラップ解除だー』
すぐ後ろから追随してくる音が聞こえてくる。…とそんなことに気を配るより、あたしは目の前のことだけに集中するか。
ドーン!
すさまじい音と土煙が上がる。今度のトラップは、地面から伸び上がってきた巨大な壁。確実にぶつかるぞ。それでも、あたしの足はスピードを緩めない。
『若草第二のトラップも解除だー、速い、速いぞ若草ーー』
壁は前方へと音を立てて倒れていく。倒れていくその壁へと駆け上がって、進む。壁を越えたその先は、今度はぬかめり出した地面。
「(マケンドー!)」
心の中でアイツの名前を呼んで、あたしは突っ込んだ。あれ、ちょっ、まさか、間に合わない?
『ギリギリセーフ! 若草第三のトラップも解除だー! さあ残すところトラップも次で最後だ! このまま若草ぶっちぎりでゴールするのかー?!』
バシュッバシュッ
上空でなにかが放たれる音がしたけど、そのままあたしはゴールへと走る。
『おおっ、見事なタイミングだー! 若草最後のトラップも難なく解除だー。そしてゴーーール!』
ズシャッ
「いってて。…ふぅ」
ゴールと同時に滑り込んでいた。いたた。
やっと、あたしの足止まった。その数秒後に、自分のゴールと勝利のファンファーレを耳にしたのだった。
「勝った…」
会場のほうへと振り返ると。コースの途中で網にかかってじたばたしているコーン・ジャイアントがいた。
あれか、最後のトラップって…。
『本日の第一レース、デビューに勝利の花を咲かせたのは若草だーー』
「よっしゃー」
ん?なんか反射的にガッツポーズとっちゃってた自分。



「お疲れ様です、カケリ様。見事な走りでした」
走者控え室へと向かう通路でカツさんがあたしを出迎えてくれて、タオルとドリンクを手渡してくれた。
「ありがとうカツさん、…マケンドー区長は…?」
「俺ならここだ」
カツカツと階段を降りてくる靴音。見上げると降りてきたのはマケンドーだ。どこにいたのかって? トラップ解除者のみの別室にいたんだろう。そこにいる間は外との通信は禁止となるらしいから、カツさんとも連絡がとれないらしい。まあレースの間だけのことだけど。
「よくやったとはいわん。驕る者は真の勝者にはなれんからな。この程度で満足してもらっては困る」
この男は、カツさんとは正反対だな。
「今日がスタート地点だ。これから先はより高みを目指さぬことには、勝利はできんと思え」
「…なんだその言い方。いたいけな女の子が、若草のために走ったんだぞ?」
「勘違いするな。お前に区民への責任などない。責任は区長である俺がすべて背負う。軽々しく若草のためになど口走るな。責任とは立場ある身でなければ背負う資格はない。
お前はただ、なにも考えずに走ればいい、馬としてな」

マケンドー、マケンドー、やっぱりこいつはすっっごく嫌な奴だ。



「今日のレース楽しませてもらったよ、マケンドー君」
市庁内の市長の間にて、市長が声を弾ませる相手は、若草区長マケンドーだった。
笑いながらも、その目の奥には侮りがたい不気味な輝きがあった。市長が見た目どおりの楽観主義者ではないことはマケンドーもよく知っている。
ハッキリと表に出さないが、互いにピリピリとした気を放つ。
わずかに目を細めて「ありがとうございます」とマケンドーは答える。
満足などしていない、それは互いにだった。たかがデビュー戦、籠手試しといったところだ。
「這い上がってみせますよ。市長、市が若草を軽視できぬほどに」
頂点をとると、マケンドーは誓った。
「たいした自信だねマケンドー君。しかし意外であったよ。君の馬、期待していたんだが、…まさかあの女の子だけなのかい? 君であればもっといい馬が用意できただろう?」
市長が納得してない一要素がそれだった。カケリレベルの馬、それで本当にこの先勝ち進んでいくつもりなのかと。素人目にも、カケリはすごい馬には見えなかった。
「市長、私の馬はアレだけです。期待はずれとおっしゃるなら、とことんその期待に背いてみせましょう。あの馬で頂点をとることで」
にやり、不敵にマケンドーは笑う。それに応えるように、市長もまたにまりと笑った。


馬がカケリでなくてはならない理由がマケンドーの中にはあった。だが、それを公表する気は彼にはないだろう。もちろん当の本人であるカケリ自身にも。


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