馬 駆ける
第一話 敗北、そこから始まる物語


敗北…、それは悔しき二文字。人生においてできることなら味わいたくない、それが敗北。
様々な敗北がこの世にはあることだろう。個人にもよるが。勝負事だったり、夢だったり、恋だったり、大きなことから些細な事まで、敗北、できることなら…経験したくないものだ。
彼女、マドウ・カケリ十五歳もまた、人生の敗北者となってしまった。
進学をかけての受験と言う名の戦争に、おもいっきり負けたのだ。人生、しかし失敗から立ち直れる、這い上がれることだって不可能じゃない。あきらめることも嘆く事も、けして悔しいだけで終るわけじゃない。
が、…彼女カケリは両親と賭けをしていたのだ。受験と言う進路をかけて、それは彼女の自由をかけての一世一代の勝負であった。…わけだが。


「うっぐわーーーー、なんたることだーーー」
不合格の悲痛な三文字。ああもう終った、あたしの人生ここで試合終了した。うぐわーーー。
うち、マドウ家は自慢じゃないが豊かではない家だ。しかも両親が揃いも揃って亡者がつくほどの守銭奴だったりする。唯一の子供である、いわば宝でしょ?宝。たった一人の娘だよ!多感なお年頃だよ!そいでもっていろいろ夢見たり憧れたり、人生これからが楽しくなるって言う、そんな年頃だよ?
一年前の進路相談の時に、あたしは迷わず進学希望だったわけ。さすがに天下の国立学校なんぞむりだけど、若草区立の高等学校には通いたい。将来の為、なんていうと夢をしっかり持っている子だって思われそうだけど、…実のところ夢に憧れるレベルっ子だったりして。…そこをね、ついてきたわけよ、うちの親は。
「ふーん、あんたさー、学校出て?なに?しっかりとなにをしたいか決めてもいないんだろ?」
「ううう」
「だいたい、勉強もスポーツだってなにかに秀でているわけでもなし。我が子ながら、…ねぇ、早いうちにけじめつけたほうがいいと思うんだよ」
「なななな、なんですと?」
酷いでしょ? 我が子にはなんの才能もないんだと、お前の人生あきらめろとですよ?信じられます?おまけに…。
「ふー、…子育てがここまで金のかかる事とは思わなかったけど、しょーがないよね、生まれた以上は」
はい? なんだこの最低な親たちは。
しかも真顔でいってるから、おそろしい。いやおそろしいもなにも、あたしも慣れているんだよね。だって長年ともに暮らしてきた親子なんだもの。うん、一にも二にも金金金の守銭奴なんだー。
そんなあたしにとって、子供は宝物です(キラキラ。なんて他の子の親がとんでもない存在に思えてならなかった。思ったところでうちはうちで、どうしようもない守銭奴だ。
「なあカケリ、お前なんか金になることしろよな。進学なんて、そんな金はうちには余ってないんだから」
ためいきまじりにめんどくさそうに、この親どもはおっしゃりました。
「お前金にならない?」と。

さすがにあたしもキレました。
あたしはなんのために生まれたか? この守銭奴どもの金になるためじゃない! きっとなにか、なにかあたしにしかできない大きな使命があって生まれてきたんだ。それをなすためにも、進学させていただきますと!
「ふーん、…いうねー、ならさ。とりあえず受験は許してやろう。ただし、本命の一校のみな」
「うううう、本当!?」
「できるかどうか怪しいが、お前が受かるくらい力があるのなら、それは金になる才能がもしかしたらあるかもしれないってことだからな」
金か…。
「わかった。絶対に受かってみせる。その時はあたしも覚悟を決めるから! 約束は守ってよ!」
「おしおしわかった。お前もダメだった時は、覚悟を決めて金になれよ」
半目の抑揚のない声の父にあたしは宣言した。合格決めて、自由を手にしてみせると。


そして一年後の春。…桜…散りました。
…………。
「ぷっ…、言ったとおりになったろ」
「ねぇー」
……畜生の声がする。くすんくすん。あたしの…自由は…絶たれてしまった。これでいいのか? 人生、たしかに負けっぱなしだったけど、一度くらい勝ちがあったっていいじゃないかーー!


ピンポーン
……。
ピンポーン
「ちょっと、お客さん来てるんじゃないの?」
下の階にいる守銭奴両親に呼びかけるが。
「あーもーめんどくさいなぁ…。どうせ押し売りじゃないのか? めんどくせーなぁ」
「ねぇいい加減にして欲しいわぁ。うちには一円たりとも出す金なんてないっていうのにねー」
押し売りかどうかもわからないってのに。
ピンポーン
まだ押してるよ。…あ−もーしょーがないなー。
たく、自室に引きこもって落ち込む時間くらい、そのくらいの自由くらい許してよ。
「はいはい今開けますー」
玄関の扉を引きあけると、そこに立っていたのは…誰?このイケメン。
「(カッコイイ…)」
「!…君は」
!? 何か驚いてる? あ、あたしヘンな格好でもしている…かな? Tシャツにジャージって普通だよね?
「…えっと、どちらさま?」
「ああ失礼をした。私は先日この若草区の区長に就任したカクバヤシ・マケンドーという者だが、ご両親はいらっしゃるだろうか?」
「区長…さん?「あらーーー、区長さんじゃありませんのーーー」「あだっっ」
さっきまで横になってブサイク顔していた母が、いつのまにかあたしを押しのけて、区長を出迎えていた。
今の人が区長かー、…あんな人だったっけ?若草の区長って? あたし受験でしばらくテレビとか見てなかったし、世間の事には疎いな、受験で忙しかったし…、やばい泣けるぜ。
区長さん変わったばかりみたいだね。…にしてもずいぶん若い感じだな。イケメンだし。…母め、年甲斐もなく目をキラキラさせちゃって。父も、相手が区長だからってにやにやへこへこ…はいお金と権力には絶対服従ってのがうちの親なんです。
「今日はどうされたんですか? 就任のご挨拶なら、この前にされましたよね?」
お茶を出しながらの母の声。高いよ、いつもよりキーが高い。…なんかこっちが恥ずかしいわ。
部屋に戻りかけたあたしを、その区長が声で引き止める。
「実は…今日はマドウさんにお願いがあってまいりました。誠に勝手なお願いになり恐縮なのですが…」
な、なんだろう? まさか、お金の援助とかじゃないでしょうね?我が家でお金の援助などNGぶっちぎりもいいとこなんですよ新人区長さん!
「あのー、区長さんもしかして、先日おっしゃられてたことですよね?」
ん?すでに話し合いがあったこと?
「はい、あのお話のほうはすでになされて?」
「ええ! そのことでしたらすでに解決済みですので。ぜひともお願いします!」
うわっすっごい嬉しそうな母の声。こんな声色の時って、お金が…入るときだよ!?ん?
「うちのカケリでしたら、どうぞ、お好きにしてやってください! あれになんの力があるかわかりかねますが、区長さんがおっしゃるのなら、問題ないでしょう。というか、お金になるなら、もううちはええどんとこいですからーーはっはっはーー」
ち、父ーー!? 今なんとなんといった?
「ちょっとまったーーー! なに?なんの話? あたしのこと話してなかった?好きにしていいとか? どういうこと?」
「なにも聞いてなかったのか?」
「だ、だからなんの話?!」
「今さら言い訳などするなよカケリ。お前約束したじゃないか。…言う事聞くって」
「……はーーー? だから、なんの」
「文句なんて言える立場じゃないでしょ。あんたは負け犬なんだから。そんなあんたをね、区長さんがもらってくださるってことなのよ」
「へ?もらうってなにそれえーーー?!」
「マドウさん、誤解のないようにもう一度言いますが…。私はカケリさんの才能を伸ばしたくお預かりさせていただくという話で」
「ちょっと待て区長! 才能ってなんだ? あたしは自慢じゃないが、才能なんて皆無の負け犬なんだぞ」
「あらやだ自分で負け犬って言っちゃった、ぷぷっ」
「笑うな!キッ」
「…そうか、君は気づいていないのか」
ん? 今区長にやりって笑わなかったか? なんかぞくっとしたんだけど、気のせい?
しかしなんだ才能って。おかしいだろ、親もちったー疑えよ。詐欺だ、これなんとか詐欺ってやつだよ。区長だからって安心しちゃだめだろー。
しかし、この親、もうだめだ聞く耳なんて持たない。すごい気持ち悪いくらい満面の笑顔なんだもの。一体いくら掴まされたんだーーー?
「カケリ、観念して、区長さんのもとに行きなさい。どうせ他にいくあてなんてないんだし」
「そうそうこんなステキな区長さんがもらってくださるなんて、もう断るほうがバカってもんでしょうが」
「そういうわけだ。ご両親の許可もいただけたし、君には私の元に来てもらおう」
え、え、ええええーーー?!

笑顔で、満面の笑顔で手を振る守銭奴両親に見送られて、あたしは区長に連れていかれたのだった。そのままの格好で。
「お待ちしておりました。マケンドー様カケリ様」
うちの側に止まっていた車のドライバーさんがあたしたちを丁寧な動作で出迎えた。ん?もしやこの人区長の関係者か。と探るまでもなく、隣の区長が紹介してくれた。
「俺の秘書をしている」
「カツと申します。お見知りおきを」
「は、はい。マドウ・カケリです。お世話になります」
カツさん、も若い感じだ。二十代前半ってところかなー。見た目もカッコイイし、それに優しそうなお兄さん。はっ、なに和みかけてるんだあたし!
車に揺られる事約二十分、到着したのは…、なにここ豪邸ーーー?!
「カクバヤシ家の別邸だ。今は俺の私宅として使っている。今日からお前はここに住む事になる」
「こんな豪邸に住めるなんて、夢みたい。…じゃなくって、一体あたしはなにをさせられるんですか?!」
いくら区長だからって、この展開は、警戒心抱かないほうがおかしいっつーの。
「マケンドー様、まだお話にはなられて?」
「説明は後でかまわんだろう。先に市長へ報告に行かんとな」
「ちょっと説明しろよっ!」
「すぐに市長のもとに向かう。カツ準備をすませるぞ」
「はい、マケンドー様」
「こらっ無視するな!」
「あいにくだが俺は多忙な身でな。一から十までお前の面倒は見られん」
見てくれとか頼んだ覚えもない!
「詳しい説明はあとでしてやる。とりあえず、お前が世話になる者への紹介だけ先に済ませる」
くそぉ、なんなんだ?この男。さっきから態度とか口調とか偉そうになってないか。なってるよな確実に。


下流家庭生まれには、とんと縁がなかったはずの、豪邸へとやってきました。突撃!区長の豪邸訪問!
中に入るとどっかの高級ホテルばりの広いロビー。噴水の一つや二つあってもおかしくないぞ、ないけど。出迎える使用人にも圧倒される。ここはもう一企業だなー。
区長は奥の間へと消えていった。カツさんが使用人の人になにか指示して区長のあとについていった。取り残されたあたしのほうへと、やってきたのは女の子の使用人。
「今日からあなたのお世話をまかされたメイドのヒヨコといいます」
業務的な物言いがちょっと気になったけど。
「あ、はい、お世話になりますマドウ・カケリといいます」
「はー、部屋こっちなんで、ついてきてもらえます?」
「は、はい」
やっぱりなんか気になる態度だ。
「はいここよ。とっとと入ったら?」
半目だし、声が低くなったし、やっぱり感じ悪くない?この人。
くっただでさえ、親の勝手でいきなり連れてこられて気分悪いってのに、こんな対応されるとますます気分悪いわ。
「あのですね…」
「あなた調子に乗らないでよ。自分が、マケンドー様に選ばれた特別な女の子だなんて、思い上がってたりしないわよね?勘違いはやめなさいよ!」
いきなり人差し指ビシィッと突きつけられて…?はぁ?
「はぁ? だれが調子にのってなんか」
「いい、いくらマケンドー様が超絶ステキだからといって、勝手に恋するのは禁止しているから、このマケンドー様ファンクラブ会長のヒヨコを通してからじゃないと!」
…はぁ左様ですか…。
「あのそんなことより」
「そんなことですって?! ファンクラブが非公認のものだからっていちゃもんつける気?この小娘がっ」
あんまり年違わなさそうな人に小娘呼ばわりされたぞ。
「だからあたしにとってはどうでもいいいことなんだって。それよりも、ヒヨコさんでしたっけ? あたしなんで区長に連れてこられたんですか?」
「は? アンタ何も知らないで来たわけ?」
「うん。両親にだまされたというか、わけがわからないうちに…」
「……」
「一体、なにさせられるんですか? ここで働かされるんですか?」
「……」
「ちょっと、なんで答えないんだー?!」
軽くぶちきれるあたしに対して
「知らないし」
「え、ええっと知らないって?」
聞き返す。
「知らんわーーー、お前こそなんなんじゃーーー?!」
「ぎぇーーーー」
「私はね、今日ここにマケンドー様が女子を一人連れてくる、その者の面倒を見てやってくれという指示しか受けてないのよ! 知るわけないわむしろこっちが聞きたいんじゃぼけがーーー」
この人ちょっと危ない人か…、ああやだ。
「そんなに知りたきゃ、直接マケンドー様かカツ様にお聞きすればいいんじゃないの? でもねこれだけは確実に言えるわ。アンタはマケンドー様の恋人にはなれないってね!」
もうなんか、めっちゃ帰りたい。




カケリたちが住んでいるここ【若草(わかくさ)区】は青原(あおはら)市の中心あたりに位置する。若草区他二十の区からなる青原市は、この国の西部にある。市とは…国を成す自治都市のことだ。そして市は、多数の区によって成り立っている。国の統治にありながら、市はそれぞれの特色を色濃く持っている。青原市もそうだ。二百年以上も続いているある文化、それは青原市に限定したとても閉鎖的な文化の一つであったが、その文化は青原市に生きる各区民にとって、生活を左右すると言っても過言ではない、重要な意味を持つ文化だった。
現在の青原市長を務めるコヒガシ・ゴン五十三歳は、その文化を深く愛し、推し進めている。白いスーツに、派手な柄の赤地のネクタイ、ちょび髭に、ラメの入った派手に光る蛍光色のメガネ。市長というよりは、まるでメディア映えしそうな文化人といった風貌だ。
青原市の形を簡単に説明すると、定型ノートの角っこを丸めたような形になる。小さな湖は北部に点在し、主要な河川は三つあり、その三つは南部の海へと流れ出ている。青原市の南部は海に面している。
市の心臓部である青原市庁(あおはらしのちょう)は、ほぼ市の中心…、中央東区と中央西区に挟まれる形である。若草区から見れば北東にある。若草区から車で二十分から三十分ほどの距離になる。市庁はどの区にも属さない。市庁内に主要な施設は揃い、市庁に並列してドーム型のイベント施設が存在感を抑えることなく立っている。

若草区長マケンドーは、ここ市庁へときた。市長へのあることの報告を兼ねての訪庁だ。
マケンドーを迎え入れる青原市長、市長とマケンドーは古くからのなじみでもあった。
「やあやあ待っていたよマケンドー君。今日はひょっとしたら、嬉しい報告の予感だねぇ」
「市長、今日無事手に入れることができました」
「そうか、ずいぶんと自信があるみたいじゃないか、これは期待していいという事かな? だがあと一月ほどで、間に合うんだろうか?」
「間に合わせます。私は不可能は口にしません、市長」
挑戦的な鋭いマケンドーの目に、市長もまた油断できない鋭い目で返してくる。
「楽しみにしているよマケンドー君。君のデビュー戦に注目しているからね、ホント…今期のレースは最高に盛り上がってほしいものだね」
嬉しそうに市長は笑った。

マケンドーのもとに連れてこられたカケリは一体どうなってしまうのか?
マケンドー、そして市長はなにを企むのか?
レースとは一体なんなのか?!
第二話へと続く。


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