レースで優勝してから、三ヶ月が経った。

カクバヤシ家別邸を出たのが即日。優勝したからといって若草では優勝パレードなんてやらなくて、マケンドーはすぐカツさんと一緒に公務へと向った。カツさんとは簡単な挨拶だけになったけど、すぐに手荷物整えて帰り支度をする。そもそも私物がほとんどなかったし、引越しなんて大げさなものもなくすぐに移動できる状態。
ワタルはそのままカクバヤシ別邸で住み込みで働くみたいだけど、近々そこを離れて自立する予定だと話してくれたからそれにも驚いた。義足にも慣れてきたそうだし、一人でやっていけるらしい。すごいなワタルは。
今後の引越し先は未定らしいけど、決まったら連絡してくれると約束してくれた。
家に戻って早々、両親が別人のようにあたしをわっしょいしてくれた。近所の人たちも「カケリちゃんすごいわ」「若草の救世主よ」と散々よいしょしてくれて、もうすごいニュースになってるんだと実感させられた。嬉しいけど恥ずかしいのなんの。
だけどそういう扱いも一月と続かず、元の日常へと戻っていた。

「あんたはすごいわ、さすが私の子よ」「お前はやればできる子だと信じていた」なんて散々人のこと持ち上げていた両親も、すぐに元の対応に戻っちゃうわけでして。うん、人ってあきやすい生き物だものね。
母なんて…
「はー、なんで独身の区長さんのそばにいながら、一つも口説けないとかどんだけへたれなのよ」
とまあ勝手な愚痴をぐちぐち言われる始末で、正直うんざりだ。
「早く金になること見つけろよ」
うるさいわかってるっつーに。
就職先探して、毎日のように求人情報誌めくっているわけで。
リリリリ…
電話のベルに慌てて受話器をとる。
『今回はご縁がなかったということで』
先日面接した求人先から、お祈りのTELだった。はー、深いため息で電話を切る。
働くって大変だね、まずはバイト先を見つけてからだよね…、はー。

「きゃー、ソドウ君すってきーーv」
また母が年甲斐もなくきゃーきゃー言って、地元のローカル番組見ている。母がお熱になっているソドウさんって男性は、ムキムキ爽やか系を売りにしている若草のローカルアイドルだ。…あたしの記憶の中ではパン一男なんですけどね。日に焼けた肌に白い歯、タンクトップ姿でムキムキボディをアピールしている、最近人気急上昇っていうかさ、この人が今の若草の馬…現チャンピオン。
マケンドーってば若草の馬はあたししかいないなんて言ってたくせに、レースで優勝するとあっさりあたしを解放してすぐにソドウさんを若草の馬に引き戻したのだ。ねぇなんか調子いいと思いません?てなにあたしは怒ってるんだろう、別に約束は果たしたわけだし、あたしのあと継ぐのがソドウさんだろうが別にいいわけだし。
マケンドーとはあの優勝した日以来会っていない、アマツカ君とも連絡がとれずじまいだ。まああたしも自分の生活でいっぱいいっぱいな状態だし、もう少し落ち着いてからなんて思ってもう三ヶ月経ってしまった。

あたしがいなくても、若草は変わらない。あたしが馬じゃなくても、レースは変わらず続いている。あたしがいなくても、マケンドーはマケンドーで、アマツカ君はアマツカ君で、それぞれの日々を過ごしている。
そんな当たり前のことが、妙に寂しく思う。というか、あの一年間が特別だったというか、やたらと濃かったというか。うん、本当に濃かったと思うよ。
去年の今頃は、もうレースにも出てたよねー。…過去の栄光にすがりたいとかじゃないけどさ。
求人情報誌をぱらとめくって、ため息をつく。人生そうあまくないものよ。
「気晴らしに、出かけてくるか」


バスを乗り継いで、あたしはレース会場へとやってきた。…バス代で小遣いがふっとんだ。むぐぅ。
会場へと入る。もちろん観客席のほうへ。すでにレースは始まっていた。ちょうどいいタイミングで、チャンピオンのレースだった。
『すごいぞ若草! 今期も向うところ敵なしだー!』
勝利した若草の馬は…パン一さんだ。
「僕は爽やかに勝ち続けるだけさ!」
しゅばっと手を挙げて、なにやらキメポーズ決めてるっぽい、あの人絶対ナルシストだよね。
「きゃーーソドウ君かっこいいー!」
右から左から女性の声援が飛んでいる。すごい人気だなソドウさん。うちの母のみならず多数の女性のハートをゲットしているなんて。
…そんなことはどうでもよくて
あたしが感じているのは違和感、そう違和感なのよ。やっぱり違うって気がする。あたしが見ている景色は、ここから見ている景色じゃない。
うん、今気づいた。

思いたったら観客席を離れる。
選手側の通路のほうへ向かう先で、見知った顔を見た。
「みんなのハートも独り占めしちゃうなんて、私は何度嫉妬しなければいけないの? ダーリンv」
「ははは、ヤキモチなんてかわいいぞ、心配しなくても僕の心はミチル、君だけのものさ」
……。
ラブラブ光線飛ばしまくっているなんとかソドウさんとなんとかミチルさんを素通りして、あたしは目的の相手を探す。

「ソドウなにをしている戻るぞ!」
聞きなれた、だけども懐かしいこの声は、マケンドーだ。ツカツカとこちらへと歩いてくる、その後ろから来るのは秘書のカツさん。
「マっ、マケ…」「やあ区長待たせてすまない。でもミチルのことは内緒に頼むよ」「ああーん、ダーリン私たち敵同士だけど愛は戦えないのー」
「そんなことはどうでもいい、帰ってすぐにトレーニングだ! いくぞ」
「やれやれうちの区長は厳しいお方だ。だがそこがイイ! じゃあね、ミチル、ちゅっ」
「ああーんダーリン、ちゅっ」
コントみたいなやり取りの中、かすんでいくあたし、っていうか。そのまま素通り? ノーリアクション? 別に変装などしてませんけど? あたしに気づいていない?

「ちょっと待ったー!」
通路内にあたしの声が響き渡る。さすがにこれには気づいたのか、マケンドーとカツさんとソドウさんが振り返る。
「これはカケリ様、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「は、はいなんとか元気です、カツさんこそ。
…ってマケンドー! どういうことだ? 若草の馬はあたしじゃなかったの?」
「会うなりなにを言うんだ? お前は自分から馬をやめたくせして、よくもそんな偉そうな物言いができるな」
な、なんだと?
あの別れた日のデレはなんだったんだ? アレは幻だったのか? この態度は以前のむかつくマケンドーだ。いやこっちが本来で、あのマケンドーが幻だった、これが答えだ!むっきーー
「えっとー、どういうことかな? 僕は馬をやめなきゃいけないってことかな? 区長」
「いや、チャンピオンはお前だソドウ。カケリ、お前若草の馬になりたいなら実力でソドウから奪い取ってみろ。
前年度の優勝者だからといって俺は特別待遇などしてやらんぞ。お前が本気で若草の馬になりたいなら、自力で掴み取ってみせろ!」
挑発的なマケンドーの目、やっぱりコイツは変わっていない、ドSの鬼畜野郎なんだ。
だからといってすごすご下がる気持ちはない、だって気づいたから、自分のしたいこと。

自由になるってことは、自由に選んで掴み取るってこと。
あたしは自分の意思で、若草の馬になりたい。
だから今度は、自分の力で掴み取ってみせる。



「やあカケリ君、ひさしぶり、またこうして戻ってきてくれる予感はしていたよ」
トレーナーのモリオカさんがあたしを出迎えてくれた。
ステージはカクバヤシ家別邸の中庭。モリオカさんジャッジで、あたしとソドウさん、若草の馬の座を巡っての勝負が始まる。

「いちについて、よぉーい…」
裸足になって位置に着く。
あたしは、あたしの足で駆ける!



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馬 駆ける(完)  2012/2/27UP  読んだよボタン