馬 駆ける
第十四話 【初詣、決意新たに】

「部屋はとりあえず一週間おさえてあるから。延長なら大丈夫だから、遠慮なく言って」
じゃあ、と言ってアマツカ君。あたしが案内されたのは、キッチンなど一通りの設備が揃ったホテルの客室だった。もちろん場所は、中央東区内だ。徒歩五分圏内にコンビニやスーパーもあるし、立地がいい。話には聞いていたけど、中央東って都会だ。若草が別に田舎ってわけじゃないけど、なんていうか、迫力がすごい。大型スーパーとかバシバシあるし。球場とかもすごいし、アウトレットモールとか、他市からもお客を呼んでる人気のテーマパークだってあるし。中央東区民がエリート意識持ってても不思議じゃない、敵う気がしない。
「ボクは戻るから、また様子見に来るよ」
「ア、アマツカ君…」
「心配ないよ、カケリがここにいること、ボクしか知らないから」
優しく微笑んで、アマツカ君は出て行った。
そうは言っても、ここでのん気にくつろいでていいのかな、あたし……。
ワタルとかカツさんのこととか、モリオカさんとかあとショーリン君とか、みんな今頃どうしてるんだろ。それから、マケンドー…、て考えたらやっぱむかつく。あたしのことお役ごめんだってことなんでしょ? 散々人のこと縛っといて、勝手だよ。
…縛られていたのかな? あたしは。
人生で道に躓いて、マケンドーの策略で馬にならざるをえなかったけど。
やらされていたのかな? あたしは。
しーんと静まり返った室内で、ぼんやり考えていても、なんかブンブンする。頭の中で変な虫が喚いているようで、うがーってなる。気晴らしに、テレビでも見るか。
この時間帯、おもしろい番組やってないし、BGM的にただテレビを流している。はっ、気がついたらあたし筋トレしてるし、どんだけ…。
すっかり、馬のあたしに慣れちゃってた。
親とマケンドーに騙されて、あたしは若草の馬をやらされていたけど、それはそんなに苦痛じゃなかったんだ。いつのまにか、それがあたしの日常になってた。トレーニングもレースも、辛いし疲れるし、正直休みたいって思うけど。だけどマイナスばかりじゃなくて、馬だったからこそ得たことだってある。それを知っているから、あたしは手放しにひゃっほーい、マケンドーから解放されたぜぃ!って喜べないわけで。
「あたしは、なにがしたいんだろ」
意地をはっているだけな気もする。ほんとは、あの場所にいたいんじゃないの? アイツにむかつきながらも、アイツのことを信じてこられた。
あたしは…、あたしがしたいことは…。
答えなんて、ほんとはとっくに出ていたのかもしれない。だけど、悔しいから、気づかないフリをしていたのかも。
アマツカ君が戻ってきたら、ちゃんと伝えよう。そう決意して、あたしは筋トレを続けた。


「アマツカ君、あたしやっぱり若草に戻る」
「カケリ…、いいの? ほんとうに」
「うん」とあたしは頷く。好きな人の側にいられるのは、イコール幸せなことじゃないと思う。それは自分の気持ちに嘘をつくことになるから、だからあたしは自分に正直に向き合って、そしてアマツカ君に向き合いたい。
「ほんとうに?」と言いながらも、アマツカ君はどこか納得している風だった。もしかしたら、あたしがそう結論づけることわかっていたのかもしれない。
「アマツカ君こそいいの? 中央東の言いなりのままで。逃げられないわけがあるなら、教えて。あたしは、アマツカ君の力になりたいよ。アマツカ君の本心を…」
ごくっとツバと息の飲み込んでから、あたしはアマツカ君をまっすぐに見据えて伝える。
「聞かせてほしい」
「カケリ、わかった。君にはボクの本当の想いを、教えるよ」
アマツカ君もまっすぐな眼差しであたしを見て答える。いつもの柔らかい笑顔が消えたけど、すごく真剣な眼差しで、アマツカ君が嘘をついてないってわかった。
アマツカ君の本心…、心臓がゆっくりと、高鳴りだしていく。


ついて来てというアマツカ君にあたしはついていく。街中から外れていく。ゆるい坂道を登って、小高い丘へと着いた。そこから中央東の街が見下ろせる。ここに来て、アマツカ君はなにを語るのだろうか。
「子供の頃、よく父さんと母さんとここに連れてきてもらった。ここから見下ろす景色が大好きで、ここに連れてきてくれた父さんたちが大好きで…」
アマツカ君の横顔は、夕日に照らされて、優しい笑顔がやっぱり天使みたいに見えた。
「アマツカ君の、思い出の場所なんだ」
「うん。ここから見下ろす天使の町が、とても愛しかった」
「アマツカの…?」
「そうだよ、ここは旧天使区。ボクの故郷。父さんは生まれも育ちも天使で、天使区のことをいつも思ってた。そんな父さんが大好きで、誇りだった。大人になったら、そんな風になりたいと思っていたんだ。
ボクはマケンドーみたいに区長なることはできないし、だから馬として勝ち続ける。
中央東の繁栄が旧天使の繁栄に繋がるし、地図上から名前が消えてしまっても、ボクが活躍すれば、みんなの記憶にアマツカの名前が残る」
アマツカ君の語った想い、それがアマツカ君の本心なんだ。まっすぐな輝いた眼差し、夢に向って突き進む男の子の目をしてる。アマツカ君は本当に自分で望んで、中央東の馬になったんだ。
救いなど求めていない。力になりたいなんて、とんだ思いあがりだ。だったらあたしも、向かう道は決まっている。
「あの人は、勝つ為ならどんなことだってする。時には人道に外れた事でも。なにかをなすには、奇麗事だけではなせられないってわかるから、ボクも尽力してきた。けど、カケリ…君とは正々堂々と戦いたいんだ。
だから君には伝えておきたかった」
「アマツカ君…」
そんな風に言ってくれるなんて、あたしは特別なのかな、なんて思うのはやっぱり思いあがりなのかな。でも以前とは違う気がする。君の事なにも知らないで、ただときめいていただけのあの頃とは、きっと違う。
自由を勝ち取るためだけじゃない。あたしはアマツカ君と真剣にぶつかりあいたい。


若草に戻り、ここへ戻ってきた。カクバヤシ家別邸に。
外もすっかりジングルベルな空気だったけど、ここもまた…。ごくりとなんか変に緊張しながら門をくぐった。
ロビーには大きなもみの木が。それに飾り付けしているヒヨコさんたちと目があった。
「えっと戻りました。またお世話になります」
「…こいつクリスマスパーティー目当てで帰ってきたよ、絶対」
ジト目で睨んでくるヒヨコさん。そんなこと考えてもなかったけど、タイミング悪かったか。
「カケリ? 帰ってきたのね?」
奥から近づいてくるこの声は、ワタル。
「う、うん…」
アマツカ君に会ったことは、言わないほうがいいのかな。
「よかった。…心配してた」
ありがとう、あたしのこと出迎えてくれるのあなただけだよ。ぐっすん。泣いてないよ。
「区長は戻るの夕方以降になるみたい」
「そっか、トレーニングルームの鍵借りてくる」
「鍵なら開いてるわよ」
返答したのはヒヨコさんだ。
「あ、そうなんですか? 誰か掃除でもしてるのかな」
「は? 違うわよ。行ってみればわかんでしょ」
そんなイラッとしながら言わなくてもいいのにな。まあいつものことだけど。
モリオカさんもう休みに入っているはずだから、あそこ使っている人なんて普段はいないはずだけど。
行ってみればわかるってどういうことだろう。
なにもわからず、あたしはトレーニングルームの扉を開けた。
「ん? 誰だい?」
「?! !!!!!」
扉を開けた状態で、あたしは固まる。だってそこには、上半身裸、パンツ一丁で汗だくでハァハァしながら上下運動をしている男がいたから。ってどう見たって不審者、変質者だーー!!
「やぁ、僕は怪しい者じゃないよ。ふっふっ、どうだい? 君もよかったら一緒に、ふっふっ、しないかい?」
怪しく揺れながら、キラーンと歯を輝かせて、ああもう、モリさんといい最近こんな変なのばっかに遭遇している気がする。
「へんしつしゃーーーー!!!」

「カケリ、なにがあった…、ソドウさん、またそんな格好でトレーングしてたら、怒られるって言ったじゃない」
部屋に駆けつけたワタル、は慌てる風でもなく、この光景でなんでそんな冷静なの? ぽかーんとなるあたしに、ワタルが説明してくれた。
「あカケリ、この人はソドウさんと言って、あなたの代理なの」
「あたしの代理って、なんでこんな変態が…。あたしこんなんじゃない」
「いや、体動かしていると暑くなるからね。レースもこのままで出てもいいんだけどな」
「さすがにそれは区長に怒られると思う。若草のイメージもあるし」
「そうかな? 区長も僕も爽やか系男子だし、いいイメージアップに繋がると思うんだが」
「ちょっっストップ! まさかこの人が、今の馬? あたしの代理って、そういうこと?」
「ええっと、そのことは区長から説明してもらえばいいと思う。あの、変な勘違いしないでね。区長はカケリのためを思って…」
「マケンドーめーーー!!」
「あっ、カケリ」
後ろでワタルが引き止める声が聞こえたけど、あたしは部屋を飛び出した。おのれマケンドーめ、あたしの決意ぶち壊す気満々とはいい度胸じゃねーか。文句言わなきゃ気が治まらんわ!ふんぎー!!

マケンドーの帰宅を聞くと、あたしは駆け足で奴の元に向った。
「マケンドー!」
「カケリ様、おかえりなさいませ」
「あ、ただいま」
カツさんの柔らかい笑顔で、戦意をそがれちまったような、いや、やっぱり文句言わなくちゃってマケンドーのほうへ。
「マケンドー、あれはいったいどういうことだ?!」
「戻ってきたなら挨拶が先だろうが、非常識め」
「うぐぐ…、ただいま。ってだからあの人…ソドウさんとかって人はなんなの?」
「会ったのか。お前がいない間の穴埋めの馬として雇った者だ」
あたしがいない間の穴埋めってことは…。
「カケリ様にご無理はさせられませんから。常にベストな状態で挑めるように、休息も今後とりやすくさせていただきます」
「カツさん…」
若草の馬は、なにもあたし一人じゃなくてもいいんだもんね。それは、あたしにとって悪い事じゃないはずなのに、なんだか…、とられたくない…。
「せっかく雇ったところ悪いけど、ソドウさんに活躍の場はあげられないって伝えといて」
ギンとあたしはマケンドーを見据えながら、伝える。
「若草の馬はあたし一人で十分だよ。そう認めさせてあげて!」
「認めさせたいなら、自力で認めさせてみろ」
挑戦的にマケンドーに返される。
「む、わかった。見てろよ、ソドウさんも、マケンドーもぎゃふんと言わせてやるんだから」
そうと決まれば早速宣戦布告、ソドウさんことパン一男のところへ駆け出すあたしへ、マケンドーが声をかける。
「契約破棄は取り消しでいいんだな? 3月まで付き合ってもらうことになるぞ。後悔はないんだな?」
振り返らず、あたしは背中で答える。
「あたしはあたしのために走るって決めたから。そっちこそ付き合ってもらうからね」


年末年始はカクバヤシ別邸で過ごすことに決まった。クリスマスパーティーはここでは忘年会も兼ねて行っているらしい。従業員への労いも兼ねているのだとか。まあ準備しているのはその従業員なわけだけど、パーティーの準備はみんな童心に帰ってたのしそうにしているし。あたしも飾り付けを手伝ったりした。こういうの憧れだったな。子供の頃、うちでちゃんとクリスマスなことってしなかったからなー。まあ学校の行事であったから、それで十分だろとはうちの親の弁。
パーティーの日、あたしはワタルやヒヨコさんたちやらと、ケーキやごちそうを食べた。そういえばマケンドーとカツさんは参加してないみたい。ってきょろきょろしていたら、ヒヨコさんがジロッと睨みながら
「ざーんねんね、マケンドー様とラブラブなイブを期待してたんだろうけど、マケンドー様は世間が浮かれている間も公務にいそしまれているのよ!」
と言ってきたけど、それって自分の心情じゃないのなんて心の中でつっこみつつ。マケンドーは処務室でカツさんと一緒に作業しているらしい。まあクリスマスにはしゃいだりするようには思えないけどね、別にヒヨコさんじゃないけど、なんか寂しかったりね。ワタルだって好きなカツさんと一緒がよかったろうしな。
ケーキやチキン、お寿司とかいろいろと皿にとって食べる。おいしい、シャンパンをグラスに注いでワタルの側による。
「おいしいよ、とってこようか?」
「ええありがとう。少しでいいから」
?なにか思っているのか、ワタルの表情が沈んでいるようにも見えたから。
「カツさんいないから、寂しい?」
「え? それは別に、彼は仕事だもの、仕方ないわ。そうじゃなくて、なんだかこういうの…」
「あ、こういうパーティーとか苦手? たしかにワタルって賑やかなの苦手そうだよね」
だと思ったけど、どうもそうじゃないらしい。となると、アマツカ君のこと?
「懐かしいなと思って。子供の頃、父さんたちとした以来だから、クリスマスはいつも喪に服していたから」
そっか、義理のご両親亡くなった時期がクリスマス前の時期になるんだ。クリスマスが近づくたび、悲しい記憶を思い出すことになるんだ。そう思うと、浮かれちゃいけない気持ちになるな。
「あ、ごめんなさい、暗い気持ちにさせたみたいで。その、忘れちゃいけないって思うけど、でもずっと暗い思い出のクリスマスは、もう終わりにできたらって思ってる」
「そう、だね。これから先、楽しい思い出いっぱいできればいいよね」
アマツカ君も…。今頃、どんな気持ちで過ごしているんだろ。アマツカ君はあの…中央東の区長のところにいるんだろうか。
アマツカ君は、あたしが思っているよりずっと強い人なんだろうな。
故郷への強い想い、あたしにはそんな想いなんてない。あるとしてもせいぜい人並かそれ以下か。むしろ故郷よりも都会に憧れちゃう年頃だし。だからマケンドーみたいに若草のために、馬になれる心意気なんてない。
アマツカ君への想い。ひょっとしたらそれすらアマツカ君の想いには敵わないかもしれないけど、あたしの想いはきっとあたしにしか判断できないし、測れない。君に「好きです」なんて、ひょっとしたらヘタレなあたしは永遠に言えないかもしれないから。走る事で、その想いを伝えられたら、ぶつけたれたらいい。自己満足だけどね、なにさ片想いなんてそうとうな自己満足な想いでしかないじゃん、それで上等だよ。
「なんか暑苦しくない? ライト半分消灯する?」
ぎくっ、ヒヨコさんに心の中読まれたのかとびくっとしちゃった。そんなにあたし熱血してたのかな、恥ずかしい。
「カケリ、…アマツカのこと、心配?」
「えっ! いやそんなしてないよ全然」
なんていったら、ワタルに怪訝な顔された。ワタルにはアマツカ君好きってばれてるから、そういうのおかしいって思われるかも。アマツカ君と会った事話してないし。
「いや、大丈夫だよ、アマツカ君なら、信じてあげようよ」
ごちそう、明日食べる分ももらっていいのかな? おいしすぎる。クリスマスのごちそうって格別おいしいのってなんで? やっぱりカクバヤシ家のシェフはすごいよね。


明日をおおみそかに控えて、賑やかだったカクバヤシ別邸も閑散としてきた。従業員のほとんどが正月休みで実家やふるさとに帰るらしい。残るのは執事長のカトウさんとかごく一部。マケンドーファンのヒヨコさんも帰るらしい、意外なことに。
「アンタね、私がいない間にマケンドー様に近づけるなんて邪な考え持たないことね。そんなことしてみなさい、天罰がくだるわよ」
こえーな、なんの宗教なんだよ。まあいつもの嫌味なんだけどね。
「意外ですね、ヒヨコさんマケンドー、様と離れるの寂しくないの?」
「はぁーー? なにそれ嫌味? 正月くらい帰るわよ、お年玉もらわないとね!」
一応働いているのに、お年玉もらうつもりでいるのか、すごい…根性だな。
「二日にはすぐ戻るし、それまで馬鹿なことはしないことね。まあ、相手にすらされないと思うけどーー」
ヒヨコさん他従業員の人たちを見送って、トレーニングに戻ったり、あとは残りの大掃除。大掃除は30日までに従業員の人が大方済ませているけど、残りの箇所や、あとはあたしの部屋とか。
大晦日当日は、掃除も大方終わっているし、正月の模様替えに勤しむ。そこにマケンドーに呼び止められて、何事か?て怪訝な顔で返したら。
「カケリ、明日は空けておけよ」
とだけ言い残して去っていった。明日って、正月じゃん。正月早々なにする気だ? まさか、スパルタ修行の回突入とか? 嫌な予感しかしない。
蕎麦食って、年末特番見て、寝て、年が明けた。

「行くぞ、カケリ早く準備しろ」
早朝にたたき起こされて、急いであたしはジャージに着替える。マケンドーはスーツにコートを羽織ったシンプルなスタイルだった。…木刀は見当たらない。
「行ってらっしゃいませ」
カトウさんたちに挨拶して、忙しくあたしはマケンドーと一緒に出かけた。歩きで二十分ほどの距離だが、行く先々で住民から挨拶されて、少し時間をとられる。さすがマケンドーは外面いいだけあって、住民からは「がんばってください」だの「期待してます」だの声援ばかりでびっくりだ。向う先で振袖姿の女の子もチラホラ見えた。いいな、振袖なんて一度でいいから着てみたいな、縁ないけど、着物なんて高い買い物ムリだから。
正月早々ジャージなんて色気ない格好だけど、別にデートとかじゃないし、そんな気を使うことないし、修行だし。
延々と続きそうな石の階段を登っていく。
「ふっ、ふっ」
うさぎ飛びで石段を登るあたしに振り返りながら、マケンドー何言うかと思ったら
「なにしている、お前…」
「なにって、見てわかんでしょ。修行なんでしょ?」
「…やめろ、他の参拝者に迷惑になるだろ、普通に登れ」
なんか冷静につっこまれた気がして、恥ずかしい視線あびてる気がする。くっ怒鳴られる前にやったっていうのに、このドS男が、あたしに恥かかせて、やっぱりドS!
あれ、そういやこの上って……。
ちらほらと振袖姿を見かけると思ったら、この上って神社があるんだ。小さなところだから正月でもそんなに混雑してないけど。初詣客が行き来している。なにもこんなところで修行しなくても、なにこの羞恥プレイ。
「こんなところで修行なんて、この人でなしっ」
「? さっきから修行とかなんの話だ?」
「へ? なんのって」
「お前なにか勘違いしてるな…」
「修行じゃなければ、なんの…」
ぽかーんとするあたしに、マケンドーがあきれたように、はぁーと息を吐きながら
「参拝だ。毎年願掛けも兼ねて、ここに参る事にしているんだ。ぼさっとするな、行くぞ」
「うえっ、ええっ?!」
参拝ってつまり、初詣ってことで。…修行じゃない?!
顔面ぷしゅーってなる。くっそ、勘違いかよ、とんだ赤っ恥じゃないか。
境内でもマケンドーは住民から声をかけられる。新年の挨拶もそこそこに本殿に参る。
レースで優勝できますように!って願掛けして、絵馬にも書いてきたし、もうばっちしだな。いや結局は自分の努力しだいなんだけど。うきうきとおみくじを引いた。結果は……
「やっほ、大吉だ! 見てみてマケンドー、どうだすごいだろー」
「ふん、たかがみくじで浮かれすぎだ」
「な、いいでしょ新年早々浮かれたって。たいがい女の子は占いとか好きなんだよ」
祈祷を済ませて、あたしたちは別邸へと帰ってきた。帰って早々マケンドーは新年のあいさつ回りにと、カツさんと一緒に出かけていった。
ちょうどお昼ご飯をワタルと一緒に食べながら、談笑していた。
「で、どうだった? 区長との初詣デート」
「ぶっ、デートなんかじゃないよ! そんな言い方したら明日帰ってくるヒヨコさんがうがーってなってめんどくさいんだから。…だいたい初詣なら最初にそう言ってくれれば、ジャージじゃなくて…」
「せっかくの機会だもの、オシャレしたかったよね」
「べ、別にマケンドーのためじゃなくて、ほら一般的に…」
それにしてもおせちおいしいな。お正月に豪華おせちって憧れだったしね。三時のおやつはぜんざい食べたいなー。…食べたら午後のトレーニングもしないとね。


三が日が過ぎて、新年モードも落ち着いてきた頃、レースが再開される。今年度のレースは三月まで。いよいよレースも終盤に入るってことだ。祭モードで会場も盛り上がっている。控え室で、あたしはウミコさんと新年の挨拶をした。
「いよいよレースも終盤ね、これからはコースの仕掛けも難しくなっていくわよ。ポイントも変わってくるから、対戦者の気迫も違ってくるはず。気は抜けないわね、お互いに」
レースも佳境か。内容が難しくなる分、ポイントも前期より大きくなるらしい。つまり、大逆転も成績しだいで可能ってことで、どこの区も気合をいれてくるのだとか。若草は今のところ好成績だけど、だからといって気を抜けば最下位に転落という可能性だってあるわけだ。と思うと緊張してくる。
「私の今日の対戦相手は中央東なのよ」
! ウミコさんの対戦相手はアマツカ君?!
「チャンピオンに勝てば、ボーナスポイントがもらえるわ。絶対、勝ちにいかなくちゃ」
ウミコさんの前向きさ、見習いたい。がんばれ! アマツカ君も応援したいけど、うんどっちも。というかあたしがんばれ!


テンカワの定期検査の結果報告を、カツがマケンドーに伝える。テンカワは定期的に病院で検査を受けているが、幸いにも異常は見当たらない。義足も完成し、試着をしながら微調整をしている段階だ。時期に義足で歩行できるようになるだろう。
彼女の病「天使病」は今だ原因不明の難病だ。解明するにも症例が少なすぎる。テンカワも足を切断して以降病状は治まり、完治したと判断する医師もいる。テンカワ自身も体に変調は特にないと言う。
このことに関して、カツは気になる情報を得ていた。オオガワラの元にいる、テンカワの主治医をしていたという男、名前をシモウメと言うらしい。この男の素性を探るうち、ある可能性に行き着いた。シモウメは元々医師ではなく、生物兵器の研究に携わっていた化学者という事実に。天使病の発病者が旧天使区の天使園の子供達とピンポイントで発症したこと。患者とオオガワラの関わりといい、繋がりすぎてしまう。
人為的に作られた病である可能性。オオガワラの野望の為に、テンカワたちは天使病患者となった可能性がある。
「もっと探る必要があるな。もし、それが事実ならアマツカは…」
マケンドーは思う、あの少年の事を。それが事実で、彼がなにも知らないのであれば哀れだ。カケリやテンカワのためにも、この件はうやむやにできないと心に誓った。


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