木の扉


ホツカは木の扉を選んだ。それはあることが気にかかったからだ。

「この扉の向こうから犬のような鳴き声が聞こえたんです」

空海の隣に立つホツカがそう言うと、空海は「ええっ? マジなんかそれ。もしかしたら、うちの犬かもしれん」とたらりと嫌な汗をかきながら言った。

かすかに聞こえる、もしかしたら空耳なのではと思うくらいだが。空耳でなければ、ホツカは呼ばれているのだろう、その謎の声に。

「もしかしてかわいくて甲高い感じの声か?」

「いえ、そこまでハッキリとは聞こえなかったのですが…。若い犬、小型犬のような「間違いないドッグ子じゃ、まっとれドッグ子!」

ホツカと空海は木の扉をくぐる。眩い光に包まれて、何も見えなくなる。しだいに視力が戻り、目に映る景色は先ほどの真っ暗な空間とはうってかわり…


「…ここは、森?」

びっしりと地面を覆う苔と、目の前にはいびつな壁のようにも見えるが、太く地面より伸び立つ巨木。通せんぼをするように両手を伸ばし隙間なく生えている葉が光をさえぎり薄暗い。振り返ると潜り抜けたはずの扉は痕跡がなかった。

「シラセナンキョクが言ってたダンジョンか…」

「! ほんまじゃ鳴き声がする。この声は、やっぱりうちのドッグ子じゃあ!」

うおおーーと空海がうろたえる。ホツカの耳にもやはり犬がきゅーんきゅーんと悲しく鳴いているような声が聞こえた。しかし周囲を見渡せどどこにも犬は見当たらず、先へ進もうとするが…

「行き止まりか!」「こっちも行き止まりです、師匠」

上空へと飛んでいった師匠からも『上もダメだ、びっしりと枝が入り組んで通れそうもない』と引き返してきた。ホツカたちが確認したところ四方八方木々が生えて行き止まりになってて進むことはできない。

「なんじゃここは密室か? 森の中なのに密室なんか?」

空海は手ぶら、ホツカはここでも魔法の力が使えなかった。巨木を切り倒すことはできそうもなし、地面を掘って抜け出すことは、少し地面を掘ったが硬い岩にぶち当たり数センチしか掘ることができなかった。

途方にくれかけたとき、あの声が聞こえてきた。


「ククク、ホツカよ木の扉を選んだか。いい選択だったな」

「シラセナンキョク!」「おいシラセナンキョク、うちのわんこをどうしてくれたんじゃ?!」

「ククク、まあ落ち着け、これを見るがいい」

ホツカたちの頭上にある巨木の幹の一部分が変形し、そこに映像が映し出された。映像の中見えたのは、長い垂れ耳で糸目の丸い顔をした白っぽい小型犬が紐で繋がれていた姿だ。

「ドッグ子!! なにしとんじゃ、ドッグ子どこにおるんじゃ?」「空海さん、落ち着いて」

ホツカがなだめるが空海も落ち着ける状況ではないだろう。映像に映ったのが自分の愛犬なのだから、こんな状況で心配しないほうがおかしい。

「安心しろ、ドッグ子は無事だ今のところはな」

今のところ、シラセナンキョクはそういった。今現在ドッグ子は紐で繋がれてはいるが、怪我をしているようでもなく、酷い目に合わされているようでもなかった。鳴いているのは突然誘拐されて飼い主から引き離されて不安になっているためだろう。律儀にも足元に器があり、ドッグフードと水が置かれていた。きゅーんきゅーんと鳴きながらも腹が減っているのか、ドッグ子はドッグフードをガツガツと食べていた。

「おおいドッグ子! 怪しい奴から食べ物もらうなと言ったろうが、いや言ったことないけど常識じゃろうが!」

わんこに言っても理解できないだろうに。しかし相手はシラセナンキョクだ。何者かはわからないがホツカや空海たちを突然異空間へと拉致したとんでもない奴なのだ。なにをするかわからない。不審者にもほどがある。そんな不審者から与えられた食べ物をパクパク食べるなんて、もし毒だったらどうするんだ?と。空海でなくても飼い主なら当然の心理だ。

『やれやれ、犬は日ごろからしっかりとしつけておかんとダメだぞ』

突然のこととはいえ、知らない人から食べ物をもらって勝手に食べてしまう愛犬、空海がしつけていなかった責任もあるだろう。

「今から衝撃の事実を教えてやろう。ドッグ子は本当はぬいぐるみだ!」

とシラセナンキョクが衝撃的な発言をした、が

「は? なにいうとんじゃ。ドッグ子はお茶目な顔をとしるがちゃんと犬じゃわ!」

動いてなければぬいぐるみにも見える容姿だが、先ほどまでドッグフードをバクバク食べていたし、鳴き声も犬の声にそっくりだ。赤の他人なら騙せても、ドッグ子の飼い主である空海にそんな冗談が通じるはずもないのに。シラセナンキョクはなにを考えているというのか。空海だけでなくホツカも師匠も信じない。だがシラセナンキョクは冗談の発言ではないと言う。

「知らなくて当然だ、なぜなら私しか知らぬ事実だからな。いいか、お前の愛犬ドッグ子は元々あるぬいぐるみをモチーフとして誕生したぬいぐるみキャラから作ったキャラだからだ!」

ふはははは、とシラセナンキョクの高慢な笑い声が森の中こだまする。が、ホツカたちはその発言の意味がさっぱりとわからなかった。信じないホツカたちの反応は想定内だったのだろう。シラセナンキョクの「これなら信じるだろう、いけドッグ君」の声とともに、どこからともなく「ぽよーんぽよーん」と柔らかい物体が跳ねてくるような音がして、その音の正体が空海たちの前に現れて度肝をぬかれる。なぜなら…

「どーも、ボクがとってもチャーミングなぬいぐるみのドッグ君だよ」

ぽよんぽよんと地面の上跳ねながら、ドッグ君と名乗るのは…ドック子に瓜二つの垂れ耳で丸顔の小型犬…のぬいぐるみだった。

「な、なんじゃコイツは? おおっほんまにぬいぐるみじゃ。綿が入っとるぞ」

空海がドッグ君の胴体をつまんでぐにぐにと押した。犬の体ではなく、ぬいぐるみの布地で中身は綿のような感触だった。

「お、おい触るな! ボクに触っていいのはパリミちゃんだけなんだぞ! 男なんてもってのほかだ」

抵抗するように体をくねらせ、空海の顔にジャンプキックをあびせるドッグ君、しかしぬいぐるみなので空海にはノーダメージだった。

「ククク、そこのドッグ君こそが証拠だ。ドッグ君はある犬のぬいぐるみをモデルにして生まれたキャラなのだ。お前の愛犬ドッグ子は、ドッグ君を女体化させた簡易キャラなのだ!」

「ええー、ボクにそんな秘密があったなんてーー。まあぬいぐるみなのはたしかだけどさ」

シラセナンキョクの爆弾発言?にドッグ君は驚きながらも、自分がぬいぐるみであることを自覚しているからかたいしてショックを受けてはいない。いやシラセナンキョクはドッグ君に対してでなく、空海たちに精神ショックを与えたかったのだろうが…

「はあ? たしかにそっくりじゃが、うちのドッグ子はれっきとした犬なんじゃが。ちゃんと毎日うんこするしな。生きとる証拠じゃ」

「瓜二つというだけでドッグ子がぬいぐるみという証拠にはならないよ」

空海とホツカは冷静にシラセナンキョクの発言を否定した。

「たしかにドッグ子はれっきとした犬だ。…だが、私は創造神と言っただろう。私の力でドッグ子は犬から犬のぬいぐるみ…いぬぬいにすることも可能だ。ようし決めたぞ、いぬぬいにしてやる。そのほうがお前もそして私も楽だからな! ふはははは、おもしろいそうしてやる!」

突然発狂したようにシラセナンキョクの声が響き、次の瞬間映像の中のドッグ子がキャンキャンと甲高く鳴きなにかに怯えているように体を震わせる。

「! シラセナンキョクなにを?」

「ドッグ子! うちのドッグ子になにをするんじゃ?」

「ククク、私がドッグ子になにをするかと? ククク、それは次話で明かしてやろう、さらばだ」

無責任な発言を残し、ブツンと映像は途切れ、景色は元の密室のような静かな森に戻った。
いったいシラセナンキョクはドッグ子をどうするつもりなのか?
ドッグ子の、空海の、ホツカの運命はどうなる?
ぶった切りの中続くよ。


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