見よ!キチガイどもの夢の跡

第一話 最強の少年魔法使い

清き正しきこの世界、なんて誰が言ったか? 神なのか?
おいらは流浪の歌唄い、神の使い? それは秘密さ、OHベイベー
魔法科学が発達して、便利極まる世の中だがよー
巨大な権力振りかざし、皆が平等幸せノンノン
協会に背けば即あの世、世知辛いんだぜ世の中よ
そこに現る正義の味方、誰が呼んだか魔法使い
燃える正義にほんのり切ない、物語の幕が開けるぜぃよ〜ろしくぅ♪




「えっと、ここだっけ、夢に見た場所…」

崖上から見おろすのは、青いマントを風になびかせ、一くくりにまとめた黒髪が風に揺れる。
見た目年齢十歳そこらの少年は、まだ短パンが似合い素足が健康的だ。
少年の名は【ホツカ】ちょっとわけありの特別な少年だ。
見下ろす町の景色には見覚えがある。先日夢に見た場所と完全に一致する。

【予知夢】
それは少年が持つ特殊能力の一つ。この先に起こる重要な出来事を夢の中で知ることができるのだ。
だが、夢に見たからといって未来を変えることはたやすくない。
変えられない運命や時の流れもある。
身にしみてわかっていることだが、悲劇は回避したい。自分にその力があるなら、それができるなら。

「(あの人の、願いも叶えてあげるために)」

少年の記憶中に映る一人の女性。儚げに消え入りそうなまでに、揺れる半透明の体。

「(まあそれだけじゃないんだけどね)」

『ホツカよ、気をつけるんじゃぞ』

「わかってますよ、師匠」

背後の木の枝に、バサリと一羽の白カラスがとまる。カラスがしゃべるわけはないが、ホツカとは対話ができる。白カラスはただのカラスではない。師匠なのだ。



町の広場にて、ある一家の主の男が注目を浴びている。周囲の町民は彼を罪人のように見ている。彼は協会へ寄付をしなかったとして、周囲から非難の目を向けられていた。

協会とは?!
世界救済をモットーとする非営利のボランティア団体だ。キューセー協会という名だが、世間では協会といえばこの団体のことをさす。会員となる条件は、協会の考えに賛同することだ。入会金などは必要とせず、協会の教えに賛同し、そして逆らわぬことだ。絶対正義の協会に逆らうと言うことは、イコール悪に当たる。
誰でも会員になれるなど間口は広く感じられるが、実際自由はなく、会員と婚姻する場合は協会員になることを強制させられる。
非営利とは名ばかりで、会員からは多くの寄付金を集金している。寄付はあくまで会員の任意としている。だが、寄付者は名前を公表し、寄付しないものは会員から差別され、陰湿な嫌がらせも受ける。協会は会員同士監視させ、寄付をしないもの、協会を非難したものには罰を与える。協会に逆らう者イコール悪のため、正義の鉄槌を下すとして、公の場で処刑を行っているのだ。
協会の行き過ぎともいえるその行いを人々は止めようとしない。協会は中央政府にも深く関与しており、この国を裏から牛耳っている存在だ。そして、協会のトップである【救世士ドーリア】は特別な力を持ち、協会の顔でもあり、会員たちの崇拝の対象となっていた。

【救世士ドーリア】
腰元まで伸ばしたロングストレートの銀色の髪に漆黒の瞳。白い肌に薄く桃色がかった唇。齢二十歳の娘だが、得体の知れない威圧感を放つ。ドーリアは人、ではなかった。彼女は魔法使い。人にはない長寿の生命力と、精霊を行使することができる力を持つ。
人と魔法使いは元々相容れない存在だった。
欲望を捨て、俗世界から離れて生きてきた魔法使い。彼らがいつその力を得て魔法使いとなり、人でなくなったのかは定かではない。ある日突然、神から力を与えられ、人であることを捨てさせられる。
ドーリアも元は普通の娘だった。協会も元々は両親が善意で始めた活動の一環。
心優しく、ボランティア精神に溢れるドーリアは幼いときから、協会の中でボランティア活動に精を出した。
ある日、彼女は神と遭遇したという。人々を救いたいために力を欲したドーリアに、神は特別な力を与えた。魔法と言う人ではない力を。
髪の色と瞳の色が変色し、人懐っこくはにかんでいた娘は、ぐっと大人びた顔つきと、より神秘的なオーラを放ちだした。発せられる言葉には重みが増し、さらに桁外れの知識が彼女の中に蓄積された。
まさに人々が望んだ救世士が現れたのだ。
ドーリアは自ら協会のトップに立ち、そして協会を現在までの地位に高めた。
絶対的な力とカリスマ。人々はドーリアを崇めそして、ひれ伏した。
ドーリアこそ絶対、協会こそ絶対。それが今では、この世界の常識となった。


「ワキーヤ家当主モブオ。貴様は我ら協会を陥れ、破壊活動を企むテロリストだ」

男の前に立つのは、鋼鉄の丸いボディの【魔動ロボ】だ。手には巨大なハンマーがあり、大人一人ぺしゃんこにするのもたやすい。魔動ロボは魔法科学により実現した近年の発明品だ。動力源は魔法使いが生み出した【Mストーン】という特殊な鉱石を原料に、それを動力に換える装置魔高炉を内蔵し、中に一人操縦士が入って動かす。
今中で操縦するのは、協会の幹部の一人でもある【ヤデト】だ。ヤデトは十二歳の少年だが、なぜ彼が幹部なのかと言えば、ドーリアの弟だからだ。主にその一点である。

「待ってください! なにかの間違いです! 私は協会に背いた覚えはありません!」

モブオという男性は必死の形相でロボに訴える。嘘はついていない。これはなにかの間違い、おそらく誰かにはめられたのだ。ちゃんと調べれば身の潔白は証明できる。しかし、世の中そんなに優しくはない。ざわざわと周囲はざわめくが、「うそつけ、この人でなしが!」と誰かが辛らつな野次を飛ばす。それが火種となり、次々に男を非難する声が上がる。やがてそれは一体感を生み、処刑コールが沸き起こる。
男の家族は天に祈りながら、おそろしい現実に震え悲しみの涙に耐えていた。


「この流れ、まさに夢に見たとおりだ…。そしてこの後、あのモブオさんは…」

目覚めの悪い夢だった。あの巨大なハンマーにぺしゃんこにされるモブオ。処刑された男を見て、歓喜し、協会コールをするいかれた町民たち。群集からはぐれたところで、絶望し泣き崩れる男の妻と子供たち……。
胸糞悪いにもほどがある。
予知夢ってのは大抵不幸な出来事ばかりだ。人が死んだり、不幸になったり、その感情がホツカの中に流れてくるようで、心が苦しい。
ホツカは中途半端に魔法使いで中途半端に人である部分が残っている。それが弱点でもあるし、自身なのだと思う。


「ええい、見苦しいにもほどがある! 協会に…姉上に背く者は死の鉄槌をくらわす!」

ギギギとロボの腕が持ち上がり、ハンマーが高いところに上げられた。男の頭上、丸い影が覆う。死のカウントダウン。群集は示し合わせたように声を合わせ、ハンマーが振り下ろされるその瞬間のカウントダウンを始める。人が殺されるというその瞬間に、この異常っぷり。


「そうは、させない」

崖上に立つホツカは杖を掲げ、すでに魔法を発動させていた。目標まで距離はあるが、外す心配はなかった。ロボ目掛けて、杖の先から雷の矢を作り出し、放つ。


恐怖に引きつるモブオ。彼の家族は息を呑んで、目をそらした。

バシィッ
ロボを魔法の矢が貫いた。内部のパーツが破壊される音が響いて、食らった瞬間ロボは発光し、ぐらりと後方に傾き、そのままドーンと転倒する。

モブオも、町民も、そしてロボの中のヤデトも、目が点になり、すぐに何が起こったか理解できず。

「な、なんだ一体? なにが起こったのだ? くっ、起き上がれッッなっレバーが壊れたじゃないかー、このポンコツめ! おい、技師! 早くコイツを直せ!」

やけくそになってレバーをいじり、力任せに動かしたため操作レバーを壊してしまった。逆キレしまくりのヤデトは、操縦室内に設置されている通信機に、思いっきり声を荒げて技師を呼び出す。

ざわめきだす群集。


崖上のホツカは次の魔法を詠唱する。日中に有効な光の魔法。対象をモブオとその家族以外に絞り、動きを鈍らせる光の範囲魔法を発動させる。

光の精霊たちが人々に術をかけていく。ぽかぽかと心地よい光に包まれて、人々の行動を鈍らせる。

「ふにゃ、にゃんだ。力が…抜けていく…」

ギャンギャンわめいていたヤデトも、術がかかりふにゃふにゃ状態になっていた。

とまどいながらも、今のうちにとモブオは立ち上がり家族の下へ。家族は泣きながら抱き合った。彼らの元に、空耳のように声が届く。

『今のうちにここを離れなさい。安全な場所へ、逃げるのです』

きょろきょろとあたりを見渡す。声の主は見当たらない。ああ、この声は…モブオ家族は震えながらますます涙をこぼし天を仰ぐ。

「ありがとう、神様、ありがとう」

さあ、いこう。と家族は混乱のうちに町を去った。



「ご苦労、風の精霊」

ひゅっと口笛吹いて、ホツカは役目を果たした精霊に礼を伝える。そう、さきほどの謎の声はホツカの魔法だ。

「師匠、どうです? 運命を変えられた、でしょう?」

後ろにいる白カラスに、ホツカは誇らしげに問う。
予知夢はさけられた。今日、先ほど死ぬ運命だったモブオを救えた。絶望に落ちるはずだった彼らの家族も救えた。

『ふむ、ひとまずは…よくやったホツカ』

師匠にほめられても、ホツカは調子に乗ることはしない。歳のわりに落ち着いている。それは彼が人ではなく、魔法使いになってしまったから、ともいえる。

「未来は変えることができる。過去は変えられなくても、未来は…」

なにを思うのか、ホツカの瞳の奥には、悲しい景色が映り揺れていた。

「さあ、いきましょう師匠、次の場所へ」

くるりとマントを翻して、ホツカは町を後にする。彼に続いて、白カラスも飛び立つ。



人知れず協会から人々を救う影のヒーロー、その名はホツカー
彼の存在はまだ世に知られず、彼は師匠と二人旅ー
孤独に戦い続けるスーパーヒーロー、彼の瞳に映る悲しい景色?ソレは一体なんなのか?
いつかきっと明かされる、悲しき少年のメモリー
語られるその前に、元気溢れる仲間と出会う
見よ!キチガイどもの夢の跡、二番もぜひとも聴きにおいで〜シーユー…バイチャっ!
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