まだ太陽も眠る夜明け前。いつものようにベッドで眠るシーダを、すさまじい轟音が彼女の眠りを覚ました。

「いったい、なんだろー・・。」と眠い目をこすりながら、シーダは起き上がった。
そんなシーダの寝室にものすごい勢いで、侍女のシェンナーが入ってきた。

「シーダ様。起きてください!」

「起きてるわ。こんな時間にどーしたのよ?シェンナー。」

ぼやーとするシーダに、シェンナーは衝撃的な事実を告げた。

「すぐにここからお逃げください。海賊たちにお城は占領されました。」

「へ。ええ?」

いきなりのことでシーダはすぐに事態を把握できなかった。

「国王様と王妃様は人質として、捕らわれています。シーダ様だけでも早く脱出をっ。」

シーダはすぐに寝巻きを着替えた。
早く早くと、シェンナーが急かす。髪など梳かすヒマなどない。
シーダの部屋へと向かってくる海賊たちの足音がした。
シーダは自室のバルコニーから、愛馬マイカを呼んだ。
中庭の馬小屋から飛び出してきたペガサスはシーダの目の前までやってきて、シーダが飛び乗ると、すぐに東へと飛んだ。
無事王城を脱出したシーダを見送った直後、シーダの寝室へと侵入してきた海賊たちに、シェンナーは捕らわれた。



まだ薄暗い空をシーダは飛んでいた。
王城近くの海岸、シーダがマイカと出会ったその海岸に黒い海賊船を確認できた。
今やっと事態を理解したシーダは、すぐにマルスの元へ向かわねば、と思った。

「お父様とお母様は海賊に捕まって・・。早く助け出したい。」

こぼれそうになった涙をシーダは上を向き、ぐっとこらえた。
こんな時になって、自分のペガサス使いとしての能力が役立つなんて。

「マイカ、もっと早く飛んで。早くマルス様の元へ!」




タリス東端にある古城。
まだ夜明け前のこの時間、若者たちがまだふとんの中にいるころ、老騎士ジェイガンと老軍師モロドフはもう起きていた。
ふたりして、いれたてのコーヒーをすすりながら話をしていた。古くからアリティア王家に仕えてきたこの二人は、長い親友であったのだ。

「ジェイガンよ。マルス様もついに16歳を向かえたのう・・。」

「そうだな。アリティアを脱出してから、二年が経ったのだな・・。」

「王子もずいぶん逞しくなられた・・。そろそろいい時期じゃと思うがの。」

「アリティアの奪還・・・。」

「うむ。お前の部下も育ってきておる。」

もう二年、いや彼らにすれば長い二年であった。
アリティアに残されたままの、王妃リーザと王女エリス。この二人の身を案じない日はなかった。そして、ゴードンたちも故郷にいる家族たちを早く救いだしたいと願っていたのだ。

「このタリスには軍隊がないからの。協力を仰ぐなら、反ドルーアのオレルアン・・。」

「オレルアンには軍人としても有力な王弟ハーディン殿がおられる。」

他国の協力なくして祖国の奪還はありえない。
そしてアリティア王家が忠誠を誓う、アカネイア聖王国の解放も重要であった。

ふたりが今後のことを話し合っている最中に、西の空からシーダが現れた。

「シーダ様。こんなに朝早く、どうされたのですか?」

真っ青な顔をして現れたシーダを見て、ただごとではないとジェイガンは悟った。

「ジェイガン。大変なの。海賊が突然お城を占領して。お父様たちが・・。」

やっと目的を果たし、ほっとしたシーダの目からは涙が溢れ出した。そんなシーダの髪を優しくなでながらジェイガンはすぐに救出に向かうと、約束をした。

「待て、ジェイガン。このタリスに海賊が攻めてくるとは珍しくないか?」

「シーダ様。タリスに海賊が攻めてきたのは何度目ですかな?」

鼻をすすりながらシーダが答える。

「あたしの知るかぎり、そんなことはなかったわ。
このタリスには大きな財宝もないし、家畜も羊たちがわずかにいるくらいだもの。」

人口も少なく、金になる若い娘や子供もほとんどいない。
海賊たちがこの島を襲うメリットはほとんどなかった。

「ひょっとしたら罠かもしれんぞ。」

ドルーアは、盗賊や海賊といった賊たちをも利用しているという噂をモロドフは耳にしていた。
アリティアから脱出したマルスをドルーアは追っていたのだった。
かつて、地竜王メディウスを神剣ファルシオンによって封印した、英雄アンリの末裔であるマルスの存在をメディウスは恐れていたのだった。
こうしてタリスへと逃れるまで、何度となく、マルスは暗殺の危機に襲われた。そんなピンチもジェイガンの力と、モロドフの知恵によって切り抜けることができたのだ。

「情報が漏れたのかもしれん。タリス王を人質にとり、王子をおびき寄せるのが目的かもしれんな。」

「そんなっ、じゃあどうすれば・・。」

シーダにとって両親もマルスも大切な存在である。どちらも危険になどさらしたくない。

「ならば、私がひとりで向かおう。
これでもテンプルナイツの団長を務める聖騎士だ。海賊どもに負けはせん。」

ひとりで向かおうとするジェイガンをモロドフたちが引き止めた。

「だめじゃ。お前にもしものことがあったら、だれが王子をまもるんじゃ。」

「そうよ、ジェイガン。たくさんの相手にひとりじゃ無理だわ。」

頑固なジェイガンは自分は死なん。と言い張ってきこーとしない。
そんなジェイガンを引き止めたのはシーダでもモロドフでもない声だった。

「待つんだ、ジェイガン。こんな時こそ、もっと冷静に考えるべきじゃないのか?」

三人の後ろから現れたのは、腰に剣を携えた、マルスだった。

「マルス様。起きてらしたの?ていうか、聞いてたの・・?」

「そりゃー、あんな騒がれちゃねー・・。」

そう言って、その後ろからカイン、アベル、ドーガ、ゴードンが武装して現れた。

「アリティアテンプルナイツの力、海賊どもにおもいしらせてやりましょう。」

「生意気に、お前達・・・。私に恥かかすんじゃないぞっ。」

そう言ってナイツ五人は、王城へ向かうべく、愛馬の元へ向かった。その後を追おうとするマルスをモロドフが引き止めた。

「放せ、モロドフ。ボクのせいでタリス王が危険な目に合ってるんだ。それに、もう戦うことだってできる。」

「モロドフ。マルス様なら大丈夫だ。それに実戦を経験するいい機会だ。

さあ、マルス様、向かいましょう。これは、祖国解放の第一歩となりますぞ。」

ジェイガンがそう言うのだ。ワシも王子の力を信じよう。

「わかった。ワシも共に行くぞ。さっ、シーダ王女、案内を頼みますぞ。」

「はい。」


マルス達が王城に辿りつくころ、もう日が昇り、朝を迎えていた。
城内は海賊どもが我が物顔で歩きまわっていた。
国王たちは縄で縛られ、体の自由をうばわれていた。国王たちを人質に捕らわれていた為、抵抗することのできなかったオグマも同様だった。
しかし、オグマは落ち着き払っていた。今頃シーダが、マルスのもと救出に向かってくると信じていたからだ。国王に安心するよう耳打ちした。

国王が座るはずの玉座に座していたのは、海賊の頭領であるガザックという男だった。
モロドフの予想通り、この男はドルーアの手先だった。
ドルーアはマルスに多額の賞金をかけ、海賊や盗賊たちをあおったのだった。
ガザックの狙いはマルス唯一人だった。海賊のネットワークを使い、マルスの逃走ルートを探り当てたのだ。


王城へとたどり着いたマルス達の姿を確認した海賊たちは興奮して喜びだした。
それを聞いたガザックも興奮し、おもわず立ち上がった。海賊たちは我先にと、いっせいに襲い掛かってきた。
大きな斧を振り回しながら、かかってくる。
しかし、普段から、聖騎士ジェイガンを相手に戦ってきたマルスには海賊たちの動きは雑で、スローモーションに映った。
身軽な体をいかし、すばやく背後へとまわりこむ。海賊はマルスにばかり注目してしまい、かなり、スキだらけであった。
それを見逃さずゴードンの放った鉄の矢が射抜く。
カインは力まかせの荒っぽい戦い方であったがテンプルナイツ一の勢いを持つ男。そのすさまじい槍術で次々と、なぎ倒していく。



ドーガは厚く、堅い鎧を纏ったアーマーナイトである。その鎧の下には肥満気味の大きな体に脂肪が満たされている、重い鎧に大きな体。当然、マルス達のように素早く動くことができず、海賊たちの攻撃はすべてくらってしまっていた。

「おいおい、このでかいのほとんど動けねーぞ。楽勝だ。やっちまえ!」

海賊たちが次々と、ドーガを襲った。
ドーガは身動きできず、すべての攻撃を受けてしまった。
しかし、激しい音をたてて、吹き飛んだのは、海賊たちの武器のほうであった。なぜか、腕を骨折した海賊もいた。

「おいおいなんだ?ちっとも効かねーぞ。」

ドーガはぴんぴんしてた。テンプルナイツ一堅い鎧をまとい、さらに、その下は厚い脂肪に守られたドーガのボディは、ナイツ一の守備力をほこった。
そんじゃそこらのやわい武器ではその鎧に傷ひとつつけることもできない。
そこからほとんど動かずに、どりゃー。とドーガは巨大な鉄の槍をブンブン振り回し、群がった海賊たちをぶっ飛ばした。そんなドーガを盾に、ゴードンが矢を次々と放つ。

「人質の解放を最優先するんじゃ。機動力もあり、城内に詳しいシーダ王女に頼みたい。」

モロドフが状況を見ながら、指示をだす。
「わかったわ。」とシーダは外側からペガサスに乗り、上部から城内へと侵入する。
シーダの援護には、冷静で素早い剣技を得意とする、アベルが向かった。

城内から飛び出してくる海賊たちをマルス、カイン、ドーガ、ゴードン、そしてジェイガンたちは次々に倒していく。
この二年間地道に行ってきた、修行の成果はこの目に見えるとおりである。特に海賊たちはマルスを集中して狙ってきたが、そのすべてをマルスは冷静な動きでかわし、素早く、剣をあびせた。そんなマルスの姿にジェイガンは祖国解放が遠い夢ではないことを実感した。

王城の最上部からシーダは城内へと入った。
そのまま下へ、玉座のある国王の間へと向かった。
アベルはマルス達が戦う正門とは反対側にある、裏門より城内へと侵入しようとした。
しかし、その前に斧を携えた、大柄の男が三人待ち構えていた。アベルが剣を抜き、構えると男たちは慌てて、大きく手を振った。

「待ってくれオレ達は味方だー。」

その様子にアベルは振り上げた剣を下ろした。男達は、オグマの知人のサジ、マジ、バーツだった。三人とも海賊に王城が占領されたと聞き、急いでかけつけたという。

「オレたちも一緒に戦うぜ。」

それにアベルが頷き、共に城内へと突入した。

頼もしい助っ人を得、ますます勢いづく。海賊たちは皆マルスに集中し、頭領のガザックも玉座を離れ、海賊たちのほとんどが正門へと向かい、人質たちの周辺は手薄になっていた。そんな中シーダがあらわれ、タリス王たちの縄を解いた。

「おおっ、シーダよく無事で。」

父は娘をぎゅっと抱きしめ喜んだ。人質の解放に気がついたガザックはすぐにその方へと引き返し、周辺の部下たちに、人質の捕縛を命じた。
シーダたちに海賊たちが一斉に襲い掛かってくる。
オグマはすぐに、シーダたちの前に立ち、武器を取り上げられていた為、拳を構えるしかなかった。海賊たちの手がオグマたちに届く寸前、裏門から突入したアベルたち四人が海賊たちの動きを止めた。

「オグマさん。無事っスか?」

「お前ら、どーして。」

サジたちは普段は木を切る斧を今は海賊相手に振るっている。戦いは初めてだが、その戦いっぷりは海賊たちに劣っていなかった。

アベルが倒した一人の海賊から、海賊たちが使っている剣とはまったく違うタイプの、使い込まれていながら、よく手入れされた刃先は新品同様の鋭い輝きを放った、大剣を手に入れた。それを見たオグマが、アベルに合図した。

「おい、アベル、その剣こっちにほおってくれ。オレのなんだよ。」

アベルから剣を受け取ったオグマはニヤリと笑い、

「よくも好き勝手やってくれたな。倍にして、返してやるぜ。」

オグマは大剣をぐるん、と振り回すと、大きくジャンプし、海賊たちの中へと飛び込んだ。
次の瞬間、オグマの周囲の海賊たちは一斉に吹っ飛ばされた。
一見荒っぽく、めちゃくちゃに映るオグマの剣技だが、その太刀筋は計算されたように正確なものだった。

そのオグマに触発され、サジたち三人の斧にも、ますます勢いがつく。

オグマたちの活躍ぶりに安心したアベルはシーダたちの傍にいき、今のうちに裏門から脱出するよう勧めた。しかし、シーダから予想だにしなかった言葉が返ってきた。

「アベル、あたしも戦うわ。武器を貸して。」

それにアベルはじめ、タリス王も驚いた。しかし、冗談ではなく、シーダは本気だった。

「な、なに言ってるんですか。海賊といえ、危険過ぎます。」

そう言って反対するアベルとは逆に、オグマが、

「おおっ。勇ましいっスよ。姫、一緒にやっつけましょう。」

ええっ?

「シーダ様も共に戦うらしいぞ。サジ。」

「うおー。ますます燃えてきたぜー。」

「シーダ、マルス様のお力になってあげなさい。」

「無理はいかんぞ、シーダよ。」

ええっ、ちょっと待てよ。だれも止めないのか?そんな心配げなアベルに「オレが危険な目に合わせねーよ。」とオグマが目で合図した。
そんな周りの空気に折れたアベルは、シーダにひとつの武器を渡した。

「シーダ様、これはてやりという特殊な槍です。
これなら離れた場所から攻撃ができます。ただ扱いは難しいのですが。」

そう言ってアベルがシーダに渡したのは、小型の特殊な槍であった。見た目のわりに、重く、少し扱いづらいものであった。

「ありがとうアベル。」

武器を手にシーダはペガサスに乗り、舞い上がる。
狭い城内で、巧みに飛びまわれたのは、城内を知り尽くしたシーダと、マイカとのコンビネーション。
シーダのペガサス使いとしての能力の高さによるものだったのかもしれない。
初めて手にする武器を、シーダは海賊たちに向けて投げた、マイカが上手く飛び回るおかげか、シーダの投げた槍はすべて命中した。

シーダの加戦によって、オグマたちの士気は上がり、ますます勢いづく、そんな中つい調子に乗って前に出過ぎたサジが左肩を負傷した。
激痛のあまり、斧を振るえなくなったサジは、後ろに下がった。

「くっそう。なさけねぇ。」

悔しがるサジの体を暖かい光が包んだ。
それは癒しの魔法の杖「ライブ」から発せられたものだった。その杖を手にサジの前にいたのはあの男、

「リフさん。」

マイカの上からうれしそうにシーダが名前を呼んだ。

リフもサジ達同様、王城が襲われたと聞き、駆けつけた。戦いになれば、負傷者もたくさんでるであろう、自分の僧侶としての能力が役立つのなら、と。

次々と海賊たちを倒し、勢いに乗るアリティアとタリス連合軍はついに、ガザックを追い詰めた。
ガザックの部下たちは、皆やぶれ、逃走したものもいた。残されたのは彼唯一人。
城内へと入ったマルス達六人と、アベル、シーダ、オグマにサジ達三人、僧侶リフに前後を挟まれたガザックは、逃げ道すらない。

「もう、貴様だけになったぞ。」

ジェイガンが剣を振り上げ、ガザックに吼えた。
観念しろ。と他の者もガザックを取り囲んだ。

崖っぷち、やけくそになったガザックは、マルスだけでも、とマルス目掛けて飛び掛ってきた。
マルスの前に飛び出したカインが、ガザックの豪腕に吹っ飛ばされた。
ボスを務めるだけあって、ガザックは今までの海賊とは桁違いの強さだった。
ゴードンが放った矢をその身に受けても、ガザックは顔色かえず前進する。
ジェイガンとオグマがかかろうとした直前マルスが叫んだ。

「手を出すな!こいつはボクが倒す。」

その声に、二人は立ち止まる。

「海賊ひとり倒せないようでは、ドルーアと戦うことなんてできないよな?」

マルスの声にモロドフが強く頷く。そして、ジェイガンも。


一人、ガザックの前に立つマルス。
たしかに今までは、無傷で海賊たちを倒してこれたが、ガザックは大将だけあって、楽にいける相手ではなかった。
シーダはオグマに、マルスを助けて。と頼んだが、オグマは、

「いらん心配ですよ、姫。見てくださいよあの目は、もう立派な戦士の目だ。」

共に見守りましょう。そう言ってオグマはシーダの肩を優しく叩いた。

先に斬りかかったのはガザックのほうだった。
崖っぷちのガザックは死にもの狂いでかかってくる。
ゴードンの放った矢が刺さったままの腕で、激しく斧を振り回す。
それを左右に振れながらかわすマルスの髪は、ガザックの豪腕から発する風によって、激しく揺れていた。
マルスが素早く斬りかかる、がガザックはそれを腕で受け止めた。

「ぐ・・。」

全身筋肉のガザックは、その腕が盾そのものだった。
マルスの力ではその腕を切り落とすことなどできない。反対の腕からマルス目掛けて斧を振り落とす。
マルスは素早く後ろへと飛んだ。
ドゴーン!!激しい音をあげ、ガザックの斧は床へとめり込む。そこに先ほど後ろに下がったマルスが、すぐに飛び込む、小さく身をかがめ、ガサ゛ックの懐へと飛び込んだ。

「うっ!・・。」

ガザックが一歩後ろに下がろうとした寸前、マルスの剣がわき腹、胸、喉、と素早くついた。
そして、マルスは後ろにジャンプし、素早く体制を立て直す。
ガザックの体はマルスとは反対方向に、激しい音とともに倒れたのだ。ガザックは敗れた。

「おおっ、マルス様。」

モロドフの声で、マルスはやっと勝利を確認し、構えていた剣を収めた。
モロドフ、ジェイガンを筆頭に、皆マルスの名を呼びながら、彼の元へと駆けていき、勝利を喜びあった。
シーダはその場に立ったまま、安心と喜びから溢れる涙を拭うのを忘れ、マルスを見つめていた。
そのシーダの背をオグマがドンと押した。振り向いたシーダに、オグマは、早く行ってやれ。と笑顔で合図した。それにシーダは笑顔でうなずき、マルスの元へ向かった。

「マルスさまー。」

勢いにまかせ、マルスの胸へと飛び込んだシーダに、マルスは驚きながら、照れながら、優しくシーダの髪をなで、頬をつたう涙をぬぐってやった。
その周りでは、勝利に大興奮のカインとドーガが雄たけびをあげながら、お互いの槍をぶつけあった。サジ達も興奮し、激しく飛び跳ねていた。興奮冷めやらぬ中、マルス達の前にタリス王が現れ、マルスに礼を言った。
そんなタリス王に、海賊に襲われたのは、自分が原因だ。と逆に謝った。それにタリス王は、首を振ってこう答えた。

「そんな覚悟はあなたを受け入れた二年前からできていた。
それに、今は平和であれ、ドルーアの魔の手はいづれこのタリスにもおよぶかもしれん。他人事ではないのだ。」共にドルーアと戦おう。タリス王のその言葉に、マルスはついに決心するのだった。




タリス王城のすぐ北に位置するタリス唯一の港に、一隻の中型船があった。
その船は漁師であるバーツの船であったのだが、その船に掲げられていたのはアリティアの旗であった。

船の前には荷物を船へと運ぶテンプルナイツの姿があった。マルス達はついに旅立つことになった。
海賊との戦いを機に、祖国解放の為、長年慣れ親しんだこのタリスに別れを告げることになった。
共にドルーアと戦うと誓ったタリス王は、マルス達にオグマをつけた。さらにそのオグマを慕うサジ、マジ、バーツの三人も共に加わった。そして僧侶リフは、モロドフの強い説得で旅に加わることになった。

港で出航の準備を整えるマルスの前に、タリス王と王妃が見送りに来ていた。
タリス王の勧めで、マルス達はオレルアンの協力を仰ぐ為オレルアンへと向かうこととなった。
さらにオレルアンにはアカネイアの王女ニーナが身を寄せているときいた。
オレルアンは国土のほとんどが草原であり、軍隊のほとんどが騎兵である、騎馬民族の国家である。
激しくドルーアに抵抗を続けてきたが、現在は国の大半をマケドニア軍に占領され、厳しい状況におかれていた。
ニーナ王女の傍には、「草原の狼」の異名を持つ、オレルアン一の軍人でもある王弟ハーディンがついていたが、マケドニア軍との激しい攻防を繰り広げる中、救援を待っていたのだ。

オレルアンを、そしてマルスが忠誠を誓う、聖アカネイアの王女ニーナを救うべく、一刻も早くオレルアンに向かわねばならなかった。


「タリス王。この二年間、本当にお世話になりました。

我々がタリスから受けた恩、感謝の言葉だけでは足りません。」

「マルス様。私も陛下もあなたを息子のように想っています。
タリスを第二のふるさとだとおもって、また困ったことがあればいつでも頼ってきてくださいね。」

そう言って涙ぐむ王妃はマルスをぎゅっと抱きしめ、別れを惜しんだ。
オグマ達も国王と別れを交わす中、そこにシーダの姿はなかった。

「シーダは・・?」

「マルス様、ごめんなさいね。あの子朝から姿が見えなくて。

きっとお別れをするのが辛いのでしょう・・。でもきっとシーダもマルス様の成功を願っていますわ。」

シーダとちゃんとお別れができなかった。そのことが一番の心残りであったが、もう出航の準備が整い、船がでることになった。

船はタリスとアカネイアを結ぶガルダの港町へと向かった。大海原の真ん中でカイン達がぼやいていた。

「シーダ様、見送りにこなかったな。」

「そーだな。オレちゃんと挨拶してないのになー。」

「きっと辛かったんですよ、シーダ様。きっとボク達以上に・・。」

そう言ってどんよりと暗くなるゴードンたちの前にオグマが現れ、青空をぐるっと見わたしながらつぶやいた。

「おせーなあ・・。」



マルスが旅立ちを決意したあの時、シーダもある決意をしていた。

いつかマルスは祖国解放の為、ドルーアとの戦いにでるだろう。マルスを想う自分もなにかマルスの為力になりたい。自分にはなにができる?そんな中シーダは今日の海賊との戦いを思い起こしていた。
マイカと共に空を駆け、アベルから借りた武器を持って戦うことができた。武器を手に、空を舞った自分はもうペガサスナイトなのだと。
そう感じたシーダはすぐに身支度をした。

マルスと共に旅立とうと。
しかし、素直に頼んでも、危険だとか言われて反対されるのは目に見えてる。そう感じたシーダは後から追いかけることにした。

「もう決めたの。

あたし、どこまでもマルス様についていくわ。

ねぇマイカ、あたしに力をかして。マルス様をお助けしたいの。」

シーダがマイカに跨るとマイカは空高く舞い上がり、王城を飛び立った。
頭上を走るペガサスに気づいた王妃は、あのこったら。とうれしそうに笑った。

マイカはタリス島を脱し、海を渡る、その先を走る船を追いかける。
そこにいるシーダの愛しい人を目指して。
                         


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