打ち寄せる波の音、草花や木々を優しく揺らす風の流れ。

その中をゆっくりと駆ける羊や山羊たち。

そこはアカネイア大陸の一部に数えられながらも、大陸と海で隔てられ、はるか東辺境の島国、タリス王国であった。
アカネイアはドルーアの地より甦った地竜王メディウスと、そのメディウスと手を組み、世界征服を企む、カダインの最高幹部の大司教ガーネフによって多くの国々を巻き込んだ戦乱が巻き起こっていた。
しかし、世界から隔離されていたも同然のこの小さな島国では戦争など無縁のおだやかな時が流れていた。

その小さな島国からこの壮大な物語は始まるわけなのだが、そんなことなど、この島に住む人々はまだ想像すらしなかったであろう。


島の西端に位置するタリス王城から、ひとりの少女が飛び出してきた。
少女は王城の前で待つ、馬を連れた青年の傍まで走って言った。

「アベル、迎えに来てくれたのね。」

少女はうれしそうな顔で青年を見上げた。
アベルと呼ばれたその青年は、少女を優しく抱き上げ、馬へと乗せ、自らも跨ると、すぐに馬を東へと走らせた。

馬上で少女は青年にいろいろなことを話しかけ、お互い楽しそうに笑ったりしていた。

少女の名はシーダ。
この島国タリス王国のただ一人の王女であった。青い髪を風になびかせ、青く大きな瞳は馬が向かっているその先をうれしそうに見つめていた。


ふたりがたどりついたのは、タリスの一番東に位置する、海に面した小さな古城であった。
そこははるか昔、あった都市のなごりであった。元々人口の少ない国であったが、この数十年さらに人口は減ったのだった。この地域にも、わずかに民家が立っているだけであった。

その古城で生活しているのは、ドルーアによって滅ぼされたアリティア王国のマルス王子と、その王子とともにタリスへと亡命してきたアリティアテンプルナイツの五名と、モロドフという老いた軍師であった。
アリティアを脱出してから一年がたち、マルスは十五歳を迎えていたが、まだまだ幼い顔立ちをしていた。そんなマルスに、タリスの王女シーダは毎日のように会いに来ていたのだった。

「マルスさまーっ。」
遠目から、マルスの姿を確認したシーダは、馬から飛び降り彼の元へと駆け出していった。

「シーダ。」
シーダに気づいたマルスはうれしそうに答えた。シーダに会って笑顔がこぼれるのはマルスだけでなく、剣や弓の稽古をしていたテンプルナイツの面々もそうであった。同じく老騎士ジェイガンから、剣の稽古を受けていたマルスがジェイガンに、目で合図を送る。

「よし、皆。休憩にしよう。」
騎士団の団長である聖騎士ジェイガンの号令で、若い騎士達は待ってました。と手を休めた。彼らは毎日、厳しい稽古を続けていた。それは、いつか祖国アリティアを取り戻す為、日々体力をつけ旅立つその日に備えていた。実際これだけの戦力だけで祖国解放などとうてい無理なのだが、このタリスには軍隊もなく、今はどうすることもかなわなかったのだ。



シーダの周りを若い騎士たちが囲んだ。赤い髪のがっしりとした体格のカイン。厚い皮下脂肪に包まれた縦にも横にもでかいドーガ。実年齢よりずっと年下に見られる童顔でかわいらしい顔立ちのゴードン。シーダに、我先にと話しかける三人の騎士に、ジェイガンの喝が飛んだ。

「マルス様より先に行くやつがあるかっ。大馬鹿モンめがっ。」
ジェイガンに叱られ、しゅんとなる三人をシーダがなだめた。そんな三人を見て、シーダの後ろからやって来たアベルは笑っていたのだった。

「おいこらっ。アベル、ずるいぞ。お前だけ稽古さぼって、シーダ様のお迎えなんてっ。」
アベルにライバル心を燃やすカインが、アベルにつめよった。

「嫌な言い方するな。オレは団長の命で向かったのだ。」

「ええーーっ、ジェイガン団長。なんでオレに命じてくれなかったんですか?」
くしゃくしゃにくやしそうな顔でカインは、ジェイガンに振り返った。

「頼りないお前にシーダ様のお迎えなど任せられんわ。お前のことだ、シーダ様を独り占めしようとあちこち駆け回るだろ?」

「うう・・。」
本心なだけに反論できないカインだった。
こんなかんじで、いつもジェイガンに頭が上がらないでいる。そんな様子をみて、シーダとマルスは笑っていた。

シーダは差し入れと言って、自分が作ったクッキーをみんなに振舞った。みんなおいしそうにほおばりながら、シーダと楽しい話題を繰り広げた。
くいしんぼうのドーガは、ゴードンのクッキーも譲ってくれとせがんでいた。そんなドーガに、ジェイガンの鉄拳が飛ぶ。そんな楽しい時間は、あっという間に過ぎ、日も暮れかけ、シーダはまた、王城へと帰って行った。

自室のベッドに転がりながら、シーダは明日のことを考えていた。

明日はマルス様と、どんなお話をしよう?そういえば、そろそろシーダのお気に入りの場所。たくさんのカラーに彩られる、あのお花畑が満開になる頃。そこにマルスをつれていきたい。

ひとりっこのシーダにとって、マルスは兄のような存在に近かった。この人口の極めて少ないタリスで、シーダと年の近い子供はほとんどなく、それまでは母である王妃や、侍女たちと遊ぶか、ひとり遊びがほとんどであった。そんな中、アリティアから亡命してきたマルスと出会った。マルスはシーダと二歳違いで、歳も近く、シーダはとてもうれしかったのだった。

人懐っこく、明るい性格のシーダはすぐにマルスに話かけたが、出会ったばかりの頃のマルスはシーダに優しく笑いかけることも、簡単な挨拶ですら交わしてくれなかった。
当時十四歳のマルスは、祖国の滅亡や仲間の裏切り、父を失い、母と姉とも生き別れ、目の前で多くの家臣達の死を見て、自身の命も何度も狙われたのだ。シーダには想像もつかない厳しい道をマルスは通ってきた。アリティアの王子という大きな宿命と使命を背負って。そんなマルスが心を許せたのは、長くマルスの傍に仕えてきた、ジェイガンやモロドフといった家臣たちだけであった。
しかし、シーダは毎日のように、マルスに会いにいき、遊びに誘ったのだった。しかし、そんなシーダの努力もむなしくマルスが心を開くことはなかった。



ある日、いつものように、シーダは、マルスの滞在する古城へと向かった。
マルスの名を呼びながらかけっていくシーダ。

そして、マルスの二メートルほど手前で小石につまづき、すっ転んだのだった。地面とキスするようにうつぶせ状態、さらに、スカートは背中までめくれた状態になり、丸見えおしりをマルスはじめ、そこに居合わせたテンプルナイツのみんなにの目にもさらしてしまった。
アベルやゴードンが心配して、駆け寄ったが、シーダはすくっと立ち上がった。そして恥ずかしさのあまり、真っ赤になった顔をさすって、いきなり歌を歌いだした。
恥ずかしさをごまかす為らしい。しかし、恥ずかしさで動揺しまくっていたのか、音は外れまくっていて、シーダの恥ずかしさは最高潮まできていた。
そんなシーダのようすに吹き出したのは、意外にもマルスだった。それにシーダは驚いたが、それはジェイガンたちも同様だった。

「あははっ、ジェイガン今の見た?あはは、おかしーーっ。」
ツボにはまったのか、マルスの笑いは止まらなくなった。それにつられ、シーダも自分で笑いだした。その笑いはカイン達若い騎士たちにも伝染し、みんなでしばらく大笑いしていたのだった。
そんなマルスの様子をジェイガンはうれしそうに見つめていた。マルスはまだ14歳の少年。アリティアの解放という大きな使命を背負うには幼すぎる、今はこうして、友たちに囲まれ、笑っているのが一番いい。子供ながらに、いつも厳しい表情をしていたマルスを心配に思っていたジェイガンだったが、楽しそうに笑うマルスを見て、ほっ、とするのだった。

その日を境に、マルスは本来の明るい性格を取り戻した。シーダが訪ねてくると、一番に彼女を出迎えにいくまでになった。そんなマルスの様子に、シーダは今まで以上に、マルスに会いに行くのが楽しみになったのだった。



夜明け近くシーダは目覚め、散歩に出かけた。
王城近くの海岸を、きれいな貝殻を拾いながら、ゆっくりと歩いていた。

この貝殻たちに穴を開け、紐を通せばペンダントになる。
マルスへのプレゼントに、よろこんでくれるかな?などとシーダが思って歩いていると、その先にシーダが初めて目にする、不思議な生物が横たわっていた。

一見、聖騎士ジェイガンの愛馬にも似た白い馬。しかし、明らかに違っていたのはその馬の背には鳥と同じような、翼が生えていたのだ。

そんな生き物の話は、シーダも聞いたことがあった。

「ペガサス」。

天空を自由に駆ける白い馬。
生息地はアカネイア大陸の南西に位置する、軍事大国マケドニア。
ペガサスは非常に珍しく、とてもデリケートでマケドニアの中でも、人があまり近寄れない高山地帯に生息するという。同じくマケドニアとドルーアにしか生息しない飛竜も珍しい生物である。

そのマケドニアでは飛竜とペガサスを軍事用に調教し、それを操る、ドラゴンナイト、ペガサスナイトで編成された、天空騎士団は、グルニアの黒騎士団と並ぶほど、このアカネイアで1、2を争うほどの軍事力を持っていた。
ペガサスはなかなか、人になつきにくく、マケドニアでも、3年から6年の年月をかけて調教するのだという。簡単に背中に跨ることなど、できないのだ。

そんなペガサスがシーダの目の前にいる。タリスにペガサスなど一頭もいない。
よく見ると、背に大きな傷を負っていた。シーダが走りよって声をかけた。ペガサスは弱々しくも、小さく鳴いて反応をしめしたのだ。

「大変だわ。かなり弱っている。なんとかしなくちゃ。まず、移動させないと。
ここじゃ、潮が満ちたら、溺れ死んじゃう。

でもあたしの力じゃ、動かすこともできないわ。どうしよう・・。」

シーダは強力な助っ人を呼ぶことにした。ペガサスに「少し待ってて。」と言い残し、すぐに王城へと向かった。

シーダはその強力な助っ人の休む部屋へと、いきなり入りこみ、ベッドの中のその助っ人を起こそうと激しく揺すった。

「オグマ!起きて!早く早く。」

シーダに激しく揺さぶられ、目を覚ましたのは硬く黒い筋肉に包まれた男だった。
歳は30前後の、頬に大きな十字傷があり、体中にも無数の刀傷があった。その風貌は平和なここタリスには不釣合いだった。
このオグマはあることが縁で、ここタリス王家に仕えることになった傭兵だった。

まだ早朝五時、普段ならまだ夢の中のはず、しかし、シーダには逆らえず、オグマは海岸へと向かった。

オグマと共にペガサスを安全な場所まで移動させた。しかし、ちゃんとした手当てをするなら別の場所まで移動させたほうがいい。後で仲間をよんで運ばせる。シーダにそう伝えたオグマは帰っていった。

シーダは苦しそうに目をつぶりながら震えるペガサスの顔を優しく擦っていた。

「絶対にたすけてあげるからね。」と。



その日、シーダがいつもの時間に訪ねてこないのを、マルスは心配に思った。

「ジェイガン、シーダ遅いな。なにかあったんだろうか・・。」

「ええ、心配ですね。いつもこの時間にはこられるのですが・・。

アベルを使いに向かわせましょう。」
そう言って、ジェイガンはアベルに声をかけた。
アベルはすぐに馬にまたがり、王城へと駆け出した。それを見たカインが

「なんでまたアベルなんだよ。たまにはオレにも・・。」

とブチブチ文句を言うカインに、ジェイガンのゲンコツが落ちる。お前はまだ修行が足らん。と怒鳴った。

「このままでいけば、私の後をまかせるのは、アベルになりそうだな?」
いじわるな顔でジェイガンが言うと、カインは慌てて、槍の稽古に戻った。その様子を見て、はははっ、と笑うジェイガンの隣で、シーダを想うマルスは心配げな表情をしていた。



アベルが王城につくと、門の前で筋肉質の色黒な男が立っていた。アベルはその男に声をかけた。

「オグマ殿。お久しぶりです。」

「よお。アベルじゃねーか。マルス王子も元気なようだな。

ふっ、やっぱり姫を心配して来たみたいだな。」

「シーダ様は?なにかあったのですか?」

「大変なのは姫じゃねーけどな。ま、今の姫にはマルス王子よりも気にかかる存在ができちまってな。

当分はそいつにかかりっきりだろーさ。」
半分笑いながらオグマは言った。

「マルス様より、大事な存在?」

シーダのことは心配するな、オグマにそう言われ、アベルはそのまま、マルスのいる古城へと引き返していった。
アベルを見送った後、オグマは王城の南部にある村へと向かった。

王城の中庭にシーダはいた。
中庭の隅に、下には藁を敷き、板と布を使い、馬一頭分入る小さな即席の馬小屋を作った。
その中に、あの傷ついたペガサスを寝かせたのだった。
海岸からペガサスを運んだのは、きこりをやっている、サジとマジ。漁師のバーツの三人の男だった。三人ともオグマの知人で、彼をアニキのように慕っていた。三人とも力自慢のマッスルな男たちだった。

彼らの協力もあって、ペガサスはより安全なところで休めることになった。シーダは侍女たちにも協力してもらいながら、薬草をつぶし、ペガサスの傷の手当てを行った。しかし、傷はかなり深く、薬草もほとんど効果がなかった。力をなくしたペガサスは、食物を口にするだけの力もなかったのだ。どんどん弱っていくペガサスを目の前に、シーダは自分の無力さを痛感し、じわりと涙が滲んだ。

そんなシーダの前に、ひとりの老人が現れた。

「シーダ様。どうされました?」
その声に、シーダは涙を拭いて、振り返った。

「あっ、リフさん。」
リフと呼ばれたその老人はシーダに優しく会釈すると、ペガサスへと近づいた。
彼はこのタリスで唯一人の僧侶であり、人々のケガや、病の治療にあたる医師のような存在だった。

リフはこのタリスの島を放浪し、各村を訪れ、治療を行っていた。シーダも以前、ケガを負ったことがあり、そのとき世話になったのがこのリフであった。
今日はちょうど王城のすぐ南に位置する村を訪れており、それを知っていたオグマが頼み込んで、彼を呼んだのだった。


「どう?リフさん。治せる?」

心配そうに後ろからのぞきこむシーダが尋ねた。ペガサスの体に触れながらリフは、

「けっこう傷が深いみたいですね・・。」

「そうなの。薬草もあまり効かないみたいで・・。」

また涙がこぼれそうになるシーダを見たリフは、手持ちの袋の中から一本の杖を出した。

「馬相手に使うのは、初めてですが・・。やってみましょう。」

そう言ってリフはその杖を掲げ、呪文を唱え始めた。
その杖の先端にある赤色の丸い石から、ぽう、と光が生まれた。
その光はリフが呪文を唱えていくうちにどんどん大きくなり、その光はやがてペガサスの体全体を包んだのだった。
光に包まれ、ペガサスの表情が、だんだんと安らいでいった。表情だけでなく、背の大きな傷も塞がっていった。

「すごーい!傷がきれいに塞がったわ。」

「なんとかなったみたいですね。」

「ありがとう!リフさん。」シーダはうれしさのあまりリフに抱きついた。
後はシーダ様におまかせしますよ。と言って、リフはまた、旅立っていった。




ペガサスはデリケートな生き物である。
特に、人間に対する警戒心も強く、簡単にはなつかない。ペガサスナイトを部隊に持つマケドニアでも、その調教に長い年月を要する。

しかし、シーダの助けたペガサスはとても人間になついていた。リフの力によって傷も全快し、食事もシーダの手から平気で受け取っていたのだ。

「このこ、だれかに飼われていたのかしら・・。」

そのペガサスはマケドニア天空騎士団に所属していたペガサスナイトの操っていたペガサスだった。アカネイア軍との激しい戦いの中で、主人は戦死し、自身も深い傷を受けた。命のかぎり戦場から逃れるよう飛び続け、この辺境の地タリスへとたどり着いたのだった。

「そうだわ。あなたに名前をつけてあげないとね。」

ペガサスにはコンドルという名前がつけられていたが、そんなことシーダが知るはずもない。

「・・んーと・・。マイカ、なんてどうかしら?」
ペガサスはシーダの顔をベロっと舐めた。きゃはは、くすぐったーい。とシーダが笑った。
以前の主人は自分を戦争の道具のようにしか思ってなかった。でも、シーダはペガサスを大事な友達としてみてる。そんなシーダの優しい心をデリケートなペガサスは感じ取り、よりシーダになついたのだった。


シーダがマルスの元を訪れなくなって、一週間が過ぎようとしていた。
あれから一度もシーダはこなかった。
何度かアベルが王城を訪れたがそのたびにオグマが現れ、シーダは今忙しいとだけ言われ、一度も顔を見ることがなかった。
ジェイガンとの剣の稽古の最中も、シーダのことが気がかりだったマルスは稽古に集中できず、何度もジェイガンに注意を受けた。そんな様子はマルスに限らず、カインを始めとする他の騎士達も同様だった。そんな若者達を見てジェイガンはため息をついたが、シーダのいないさみしさはジェイガンも感じていたのだった。
そんな中、上空の鳥を狙う弓の練習をしていたゴードンがその異変に真っ先に気づいた。

「あれは!ペガサスです。ジェイガン様。」

ゴードンが空を指差す。その声を聞いた皆、ゴードンの指し示す上空を見上げた。
たしかにその先に飛んでいたのは鳥ではなくペガサスだった。

「タリスにペガサスとは、珍しいですな。」皆手を休め、しばらくタリスの珍しい光景を眺めていた。そんな中マルスが叫んだ。

「ペガサスにだれか乗っている!」

その事実に気がついたジェイガン達の表情が厳しくなる。
ペガサスにまたがるはマケドニアの天空騎士以外にない。まさかこんなところにまでマケドニア軍が?ドルーアと同盟関係にあるマケドニアはマルスたちにとって敵だった。
さっきまでの和やかな空気は、緊張したものに変わる。ジェイガンはマルスの前に立ち剣をかまえる。普段はおちゃらけてるカインとドーガも真剣な顔になり、槍を構えた。そして、ゴードンが弓を射ようとした寸前、

「マルスさまーっ。」

上空から届いた声は、聞き覚えのあったあの声だった。

「待て!ゴードン。あれは、シーダだ。」

慌ててマルスはゴードンを止めた。みんな驚きのあまり、暫くそのままのポーズでいた。
シーダはゆっくりとマルスたちの前に舞い降りた。

「お久しぶりです、マルス様。」

マルスの目の前でペガサスのマイカは、ブルブルっと鳴いてみせた。マルスは驚きで、しばし呆然としていた。

「シーダ様、そのペガサスどーしたんですか?」

「うっわー、シーダ様かっこいーっ!空から舞い降りた天使かと思ったよ。」

「それ、どこで捕まえたんスか?ペガサスの馬刺し、どーだろ?・・。」

ゴードン、カイン、ドーガの三人がすぐにシーダたちに群がった。そしていつものように、ジェイガンの喝が飛んだ。

「オグマ殿がおっしゃっていた、忙しいことというのは、その・・。」

尋ねるアベルに笑顔でシーダが答える。

「そうよ。このこを助けるためにいろいろね。あ、このこね、海岸で倒れててね・・・。」
傷を負ったペガサスを見つけたこと、オグマやリフたちのおかげで助かったこと、シーダはマルス達に詳しく話した。


「それでね、このこにマイカって名づけたの。」
そう言って優しい眼差しでマイカを見つめるシーダに、マイカもうれしそうに頬擦りをした。

「ケガはリフさんのおかげで一日で治ったの。それからはペガサスに乗って飛ぶ練習をしてたの。でも、けっこう難しいよね。一週間もかかっちゃったもの。」

と恥ずかしそうに笑うシーダに、ジェイガンが言った。

「たった一週間でペガサスに乗りこなせるようになるとは。

鍛え上げられたマケドニアの兵士でも、ペガサスに乗りこなせるまでになるには一年以上はかかると聞きます。
いやー、シーダ様にはペガサス使いの才があるようですな。」

そう言ってジェイガンは感心し、カイン達はすっげー。とはしゃいだ。しかし、マルスだけはみんなのように、それを喜べなかった。

「ペガサスに乗るなんて、危険だよ。シーダ。止めたほうがいい。」
厳しい表情でシーダの前に立つマルスに、だれもが驚いた。

「マルス様、大丈夫よ。マイカはとっても私になついているの。一度も落ちてないし、ケガだってしたことないわ。」

「運がよかっただけだよ。もし、突然上空で暴れだしたらどうするんだ?陸上でも落馬は生死にかかわるほど危険なことなのに、空飛ぶペガサスから落ちたりすれば、確実に死ぬんだよ。」

「そんな、心配のしすぎですよ。」

とカインが軽く言ったがマルスは聞かなかった。

想像しなかったマルスの反応に言葉をなくし、立ち尽くすシーダを背にマルスは古城の中へと消えた。

「シーダ様、気にすることないですよ。
きっとシーダ様がうらやましくてあんなこと言ったんですよ。オレもペガサス乗ってみたいもん。」

カインがシーダを慰めたが、その声はシーダには届いてなかった。

「マルス様、喜んでくれると思ってたのに・・。」
落ち込むシーダに、ジェイガンが言った。

「マルス様は以前目の前で、ペガサスから落ちて死んだ人間を見てるんですよ。」

「えっ。」

「戦場で、マケドニアの兵でしたが、弓兵の放った矢がペガサスの翼を射抜き、痛みとパニックで暴れだしたペガサスから振り落とされて、二十メートル上空から落下。即死でしたよ。」

「・・・・。」

「シーダ様のことを心配されてるんですよ。この一週間も、ずっとシーダ様のことを考えられていたようです。」

「えっ、本当なの?」

ジェイガンは笑顔でうなづいた。それを知ったシーダは明るい表情に戻った。

「私だって、いつもいつもずーーっとシーダ様のこと想ってましたよ。」

と横から口をはさむカインの声はまたしても届いてなかった。

「でもね、あたしペガサス乗りを止めるつもりはないわ。

だっていつだってすぐに飛んで会いにこられるもの。」

それにマイカはあたしの大切な友達。一緒に空を飛ぶことはあたしの喜びでもあるの。

シーダはマイカをまた優しく見つめたのだった。

シーダはマイカに跨ると、空へと舞い上がっていった。そして、このタリスを空から駆ける。
マイカにはシーダの気持ちがわかるらしく、シーダが言葉にしなくても行きたい場所へと運んでくれた。
風とともに駆け、雲たちと競争する。
いままで以上にこの島の大自然を体で感じる。海沿いを渡る、その海の彼方にあるマルスの故郷アリティア。どんな場所かしら?このまま、海を越えて見にいける?そんなことを思いながらシーダは空の散歩をしていたのだった。


大自然の中穏やかに流れていく時間の中、シーダもマルスも少しずつ大人になっていく・・。

それから一年の時が流れ、マルスは16歳。シーダは14歳を迎えていた。



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