「姉君!」

立ち尽くしたままのレヴィンとマーニャの前にフュリーが現れた。

「フュリー。」
向かい合う姉と妹。おっとりとしたオーラを放つ姉のマーニャとしっかり者のフュリーは対照的な姉妹だが
こうして並ぶとどちらも見劣りしないシレジア美人だ。
そんな二人が揃うと、人々の視線も集まる。

「先に城に向かってと言ったのに。」

「ええ、フュリーも一緒にいけばいいと思って、用事はすんだのかしら。」

「はい、槍の修理に、手続きはもうすんだので、でも

ちょうどよかったですね。偶然にも王子と会うことができて。」

フュリーが横目でレヴィンを見る。目を伏せるマーニャに、レヴィンだけは事態を理解できてないまま

「では、王子もご一緒に城に戻りましょう。」

「えっ、ちょっ俺は用事が・・・」
フュリーは聞く耳持たず、ずるずると城に連れて行かれる。



「ええっ、セイレーンに滞在するって、どういうことだよ?!」
マーニャは四天馬のトップに立つ責任ある身、王都シレジアを守護することが彼女の任務でもあるはずなのに、そのマーニャがここセイレーンに滞在するということに、レヴィンも驚きを隠せない。

というより、なにかの陰謀を感じてならなかった。

城の一室にて、シグルドたちと挨拶を交わすマーニャ。マーニャの訪問滞在をシグルドは歓迎していた、がレヴィンは素直に喜べなかった、陰謀を感じるからだ、王妃ラーナの!

「だいたい王都の守護は?お前が離れて誰がシレジアを守るんだよ?」

「王都の守護には、同じ四天馬のパメラがついています。彼女も優秀な天馬騎士ですからどうぞご安心を。

それに、私がこちらに来たのもラーナ様のお気持ちからです。

ラーナ様はレヴィン様のことをとても心配してらっしゃるのですよ。」
優しく微笑みながらそういうマーニャだが、レヴィンは不審のため息を吐く。

母上は俺のことなんて心配してない、母上の考えていることは・・・

そんなレヴィンにマーニャから手渡された物は

「レヴィン様、これはラーナ様から。」
一通の手紙だ。レヴィンの嫌な予感は的中する。

手紙を手に、レヴィンはすぐに部屋を出て行った。
そんなレヴィンの後姿を不安な顔で見ていたマーニャに、シグルドはぜひともゆっくりしていくようにと勧めるのだった。


自室に戻ったレヴィンはすぐさまラーナからの手紙を開けて見た。
「!」
それはレヴィンの予想通り、がくりとする内容だったのだ。
そこにはレヴィンの身を案じる言葉などなく、ひたすらマーニャをよいしょするような言葉と
『早く孫の顔が見たいわv』といったかんじの内容が綴られていたのだ。

その内容に呆れつつも軽く殺意を抱くくらいであった。
あんのババァ〜とか叫びたい気持ちもあったが、大人なのでと少し冷静さも持ちつつもムカツキはなくはない。

ラーナはマーニャのことがお気に入りなのだ。息子レヴィンひとりだけのラーナにとって、マーニャは娘のようにかわいい存在であった。
そんなマーニャが本当に娘になってくれたなら、という野望が彼女の中にはあった。
レヴィンとマーニャが結ばれる。それはラーナにとって夢である。
レヴィンが二年前にこの国を離れる前から、周辺でマーニャとレヴィンをくっつけようといったかんじの怪しい動きを何度も感じたこともあり、かなりうっとおしく思ったものなのだ。
マーニャのいる前で、ラーナはわざとらしく「マーニャのウェディングドレス姿が見てみたいわv」などと言っていたことも。赤い顔で返答に困っているマーニャを見て、レヴィンは常々思ったものである。

それは立派なセクハラ発言なんだよ!
と心の中で怒ったものである。

自分だってそうとううんざりきていたのだ、となると女性であるマーニャはなおさらだろう。
マーニャほどの美人なら恋人のひとりやふたりいたっておかしくないのに、マーニャには一度としてそんな噂はなかった。
王妃である立場のラーナから、そんなことを言われては、マーニャだって自由に恋愛もできない、圧力である。母親ながら酷いとレヴィンは思っていた。

それに自由を求めるレヴィンは自分の結婚を親に決められるというのは苦痛というか屈辱であった。
冗談じゃないと思う。

マーニャのことはキライじゃないが、・・・・むしろ好きなんだが
でも結婚なんてレヴィンの中では絶対にありえない。そんなことになったら完全にあの母親に負けたことになるからだ。


「レヴィン様、やっぱり困った顔していたわね。」
苦笑いを浮かべながらそういうマーニャにフュリーは

「気にすることはありません、姉君はラーナ様の命でここに来たのですから、堂々としていればよいのです。」

「ラーナ様の・・・そうね、私、ラーナ様の命じゃなけりゃ、あの方の側になんていることもできないのね。」
そう切なくつぶやくマーニャに、なんとか勇気づけたいフュリーだったが、上手い言葉が浮かんでこなかった。
マーニャの想いには、なんとなしにフュリーも気づいていた、だがそういうことに疎いフュリーにはなにをどうしていいかよくわからなかった。
自分にできることといえば、レヴィンを縄で縛って、引っ張ってくることくらいしか・・・それは逆効果だということには彼女は気づいてなかったのだが、フュリーなりに姉を想っているのだ。


「もーっ、デューのやつってば遅すぎ!フュリーのやつの地元での恥ずかしい秘密探ってこいって行かせたけど、何時間かかっているのよ、もう!」
一人憤怒していたのはシルヴィアだ。城内の廊下でムキーと変な声を上げていた。

「あの女、絶対元ヤンよ。間違いないわ、ああいうタイプは。地元での評判はもうすごいことになっているのよ!!うっききー。」

「モトヤンとはなんですか?」

「!?」
シルヴィアが振り向くと、そこにいたのはクロード。シルヴィアはあわあわとしていると、デューが戻ってきた。

「ちょっとデューあんた遅かったじゃないのよ!」
走って帰って来たデューに鬼の声を上げるシルヴィア。

「それよりどうだった?ウワサとか♪」
やらしい笑みで小声でデューに訊ねるシルヴィアだが、デューの持って帰った答えはシルヴィアの期待を裏切るものだった。

「フュリーさん、地元じゃかなり人気あるみたいだよ。非公認のファンクラブとかけっこうあるみたいだし、

シルヴィアの言ってたような噂なんてひとつも聞かなかったけど・・・」

「ムキーー、なによ、デタラメ言ってんじゃないの!」

「シルヴィアおちつっぐぇっっ」
興奮したシルヴィアに首を締め上げられるデューは花畑へと近づきそうになった。

キー。と奇声を上げながら走り去るシルヴィアを見てクロードはのん気につぶやく。
「おもしろいですね、彼女。」

おもしろいって、オイラは命はってんだよ!と横目で睨みながら、けほけほと噎せるデューだった。




風精アレルギー・・・、もしそうなら自分はこのシレジアに歓迎されてないのかもしれない。
ティルテュはそう思っていた。
風魔道士と天馬騎士の国シレジアには他の国と比べて風精のエネルギーに溢れている。
シレジアは風の国といってもおかしい表現ではないのだ。

いやシレジアだけでなく、誰も自分を歓迎している者なんていないんじゃなかろうかとさえ思う。
見知った関係にある、アゼルやクロード、エーディンたちは自分に優しくしてくれているし、シグルドも気を使ってくれているのか優しい言葉をかけてくれるのだが
それがかえって心苦しくもある、贅沢な悩みだと思うが、特にエーディン・・・
彼女の父リングもクルト王子と一緒に暗殺されているのだ、当然父レプトールも関わっている。

そう思うとさらに心が痛む、でも自分にできることなんて、なにが・・・・

そんなことを考えながらとぼとぼ歩くティルテュの目の前に花の大群が押し寄せてきた。

「きゃっなにっ?」
ぶつかる直前で花の大群は止まり、その花から声がする。

「あっ、ティルテュ!」
花の横から顔を覗かせたのはアゼルだった。顔が隠れるほどの大量の花を抱えたアゼルにティルテュは呼び止められた。

「ちょっと買いすぎちゃったかな。花屋の前で二時間悩んでこれだもんね。

やっぱ小分けしようっと、ティルテュ手伝ってくれる?

ほんとはレックスにやらせようと思ったんだけど、あいつ逃げやがったから(ドブにでもはまりやがれv)」

「うん、いいよ。でもどうしたの?こんなに花なんて買って」

廊下の上で花束を広げ、アゼルはリボンを取り出し、大量の花束を適当に小分けして縛っていく。

「うん、ちゃんとプロポーズしようと思ってv」

「へ、プロポーズって、だれに?」
きょとんとするティルテュにアゼルは笑顔で答える。

「もちろんエーディンに。付き合ってはいるんだけど、結婚は国に帰ってからって思ってたんだけどさ、いつ帰れるか今わかんない状況だし、それに、保護者の後押しもあることだしね。」

「エーディンと・・・そうだったんだ。」

「意外?」

「え、あ、そう言うわけじゃないけど・・・、驚いた。」

アゼルとエーディンがよく一緒にはいるとは思っていたが、そういう関係だったとは。
自分が知らないうちにいろんなことが動いていた、そう思うとなぜか疎外感のようなものも感じたのだが、
幼馴染の幸せは喜ぶべきことだと言い聞かせ、明るく言葉をかける。

「エーディン、きっと喜ぶよ。」

大きめの一束と小ぶりの一束を手にアゼルは恋人の待つ部屋へと向かう。

「ありがとティルテュ、助かったよ。よかったら一緒に来てよ。」

「え、いいの?邪魔なんじゃ・・・」

「邪魔じゃないって、ブリギッドもいるし、それに世紀の一大イベントの目撃者は一人でも多いほうがねv」

花束抱えたアゼルと一緒にティルテュはその世紀の一大イベントに参加することに。
部屋につくと、エーディンとブリギッドが待っていた。

「アゼル、その花束どうし・・・」「エーディン、結婚しよう!」
エーディンが声をかけたと同時にアゼルはしゅばっとかっこよく彼女の前に花束を差し出しながら言った。

エーディンは一瞬驚きの表情をして、理解した直後嬉しそうに頬染めながらこくりと頷く。

「ええアゼル嬉しいわ。ありがとう!」
エーディンが花束を受け取ると同時にアゼルは人目もはばからず熱く恋人を抱きしめる。

その光景に顔を覆い赤面するティルテュと「よっしゃー。」と威勢のよい声を上げるブリギッド。

「よし、これでお前は晴れて弟!だな。」

「お手柔らかにお義姉さまv」
まるでコンビのように息の合ったポーズを決めるブリギッドとアゼル。

「ふたりともほんとにおめでとう!」
そう声をかけるティルテュにエーディンも嬉しそうに頷く。

「ありがとうティルテュ。」

「本当に幸せそうで羨ましいよ。」
愛する人の想いに包まれているエーディンはますます美しく輝いて見える。

「ティルテュだって近いうちにプロポーズされるかも、ね♪」

「えっ、何言って、ありえないよ、第一相手もいないのに・・・」
両手を振り、アゼルの発言を否定するティルテュの後ろにアゼルは声をかける。

「そんなことないって、ねレックス!」
部屋の外、ドアに隠れた形の親友にアゼルは声をかけたのだ。

「レックス。」

アゼルに声をかけられ、無愛想な態度でレックスが顔を見せた。

「人のこと呼びつけといて、大事な用ってのはこんな茶番を見せつけることか。」
と毒吐くレックスにブリギッドが「あんだとてめぇ」と拳を掲げるがアゼルが止めるように入る。

「まあまあ気にしないで、あいつすっっごい照れ屋なだけで、ラヴラヴなボクたちに焼いているだけだからねv」

「はっ、なんだガキか。」

「そうそう♪」
そんなブリギッドとアゼルのやりとりで再び和やかな空気に戻る中、「ケッバカバカしい」と生意気に吐き捨てレックスは部屋から遠ざかる。


「レックス!」
レックスを追いかけるティルテュが後ろから声をかける。

「いくら親友だからって、冗談でもあんな言い方酷いよ。

一言おめでとう。ぐらい言ってあげても・・・」

自分を上から睨みつけるレックスにティルテュははっとする。

「もしかして、あたしがあそこにいたから?」

ティルテュの記憶にあるのは、いつも自分が一緒の時のレックスは不機嫌だったこと。他の人といる時のレックスはけして愛想はよくはないが、だが自分がいる時の不機嫌な姿ではなかったのだ。

レックスを嫌な奴にさせているのはあたしなんだ。
ティルテュはそう自覚した。辛いけどレックスは自分を嫌っている、と。

「そんなに・・・あたしのこと嫌い・・・なの?」
震える声で訊ねるティルテュに、レックスのキツイ返事が返ってくる。

「うるせぇな、お前が近くにいるとムカムカするんだよ。」

「レックスのバカ!」
とっさに出たその言葉を吐いて、ティルテュはレックスの前から走り去った。
自覚があったとはいえ、正直かなりショックだった。

幼馴染の一人は恋人とともに幸せの道を歩みだしている、もう一人の幼馴染はあんなにも自分を嫌っている。そう思うとますますティルテュの中で疎外感孤独感は膨らんでいく。
涙で視界が滲む、それを拭わず走るティルテュは曲がり角でだれかにぶつかりしりもちをついてしまった。

「いたぁ・・・」

「大丈夫ですか?」
涙でぼやりと滲む世界で、ティルテュに手を差し伸べるのは、緑の髪の美しい女性。

「あ。はいごめんなさい、あたし・・・」
ゆっくりと腰を上げるティルテュだが、女性はまだ心配そうな表情を向けていることに気づき、慌てて涙を拭う。

「あ、これは、目にゴミが・・・なんでもないです。」
そう言って笑顔を見せるティルテュに彼女もホッ。とする。

「お城の方ですよね?あの・・・レヴィン様、見かけませんでした?」

「レヴィン・・・? 

あ、いえ。」
首を振るティルテュに、そうですか。と会釈して去った彼女にティルテュは覚えがあった。
シレジアに着いた時、王妃ラーナとともにいた天馬騎士の女性

キレイな人だったな・・・

ぼんやりとそう思った直後、ガラスに映った自分の涙でぐしょぐしょの情けない顔に恥ずかしくなり、慌てて手でごしごしとこすった。

それに比べてあたしなんて、レックスに当たっただけなのかも・・・「バカ」だなんて言い過ぎたかも


とぼとぼと階段を下るティルテュの視線の先にいたのは

「レヴィン?」
レヴィンはティルテュに気づくと顔を上げ

「ティルテュ!ちょーどよかった探してたんだよ。」

「探してたって・・・あなたのこと探してた人がいたけど。」

「!マーニャか?」
ウゲ。と顔を曇らすレヴィン

「なに?逃げているの?」

「マーニャから逃げているというか・・・・母上の陰謀から逃げているというか・・・」

陰謀って?レヴィンの言っていることはティルテュにはわからないが
でもなにかから逃げたい気持ちはティルテュもわからなくもない。

「お母さん、そんなに怖いんだ?優しそうなかんじに見えたけど。」

レヴィン激しく首を振る
「表だけ表だけ、中身そうっとう腹黒いから!てそんなことより

コレ!」
階段の踊り場からレヴィンがティルテュに向かって投げたのは、一冊の本。
ティルテュはそれをキャッチしたが、それはティルテュが見たことない書物だが、魔力が込められたもの。

「コレは・・・」「ウインドの魔道書。」

ウインドの魔道書?
風魔道士たちが最初に手にする、最も初歩的な風魔法の書だ。

「これって風魔法の・・・」

「風精アレルギーってさ、よく考えたらおかしなもんだと思ってさ。
魔道士って精霊に嫌われることってないはずなんだよ。特にティルテュほどの魔道の使い手ならなおさら。

たぶん思い込みとか、恐怖心とか、そんなとこからきてるんじゃないのか?

それでちょっとずつ慣らしていけば克服できると思う。」

我ながらナイスアイデアだ。レヴィンが街に買いにいったものはコレだったのだ。

「でも、なんであたしのために?」

「レヴィンアレルギー。

なんて言っているやつらがいるんだぜ、激しく不愉快じゃないか。」

「レヴィンアレルギーって・・・」
ぷっと吹き出すティルテュに

「そこ笑うとこ違うし!」

「ううん、ごめん。じゃあ、あたしがんばってみるね。

ありがとうレヴィン。」
ティルテュの後姿を見送り、レヴィンもほっ、とする。

レヴィンアレルギーなんて二度と言わせるもんか。


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