第68話
夜明け近いその時、山脈を越えた先の、リスタルの民がたどり着いたことのないその場所
いやリスタルの民だけでなく、人類に未だ冒されていない領域のそこでうごめく巨大な影は、大きな口で横たわった自分とよく似たその塊を食いちぎりながら赤い目を不気味に光らせていた。
それは黒水晶。
そして横たわるのはアメジたちが倒したあの黒水晶の無惨な姿だ。もうほとんどが骨だけと化したそれは、この黒水晶を産み落とした存在である。だがその事実を知るものはいない。
この黒水晶はまだ子供である、だが細胞に異常があるのか、異常なまでの急成長をして今なおその体は水晶と共に大きく膨れ上がろうとしている。
黒水晶は朝食を終える前に、赤い目を不気味に輝かせ、巨体をブルッと震わせ、リスタルの方角をじっと見た。実際には巣の中で、山が邪魔してリスタルの街など見えはしないのだが
その方角をじっと見ていた。透視能力があるわけではないが、巨大で敏感な水晶は、その先に自分の生命を脅かす存在があることに気がついたのだ。
「ギャアアア」
軽く山が震えるようなうめき声を少し出して、黒水晶は巨大な漆黒の翼を広げ巣から飛び立つ
彼もまた生き残るために、自分の生命のために
闘うために飛び立つのだった。
その頃、黒水晶の水晶に反応するかのように、アメジの手の中の紫水晶は輝きだした。
それにアメジもすぐさま気づく。
「黒水晶・・・・今度こそ。」
アメジはぎゅっとそれを握り締めて、そして外へと飛び出した。
アメジは走り、街の外へと出た。
水晶神殿へと向かうその道の途中の広場
何度も黒水晶と戦った闘いの場。
アメジの水晶に惹かれるように飛んでくる黒水晶。
アメジは力強い目で、黒水晶を睨みながら待ち構える。
「アメジ!」
アメジのもとへジストとタルがやってきた。
「ジスト今日こそ倒すたる!
アメジ、ヘマするんじゃないたるよ、タルたちの足をひっぱったら許さないたる。」
「るっさいタル!そっちこそへばんなよ!」
いつものやりとりをするアメジとタル
「アメジ!」
「マリンもがんばるでちゅ!」
アクアとマリンもかけつけた。
「アクア、マリンちゃん!」
アメジがにっと笑うと、マリンはそれに答えるように三角耳をぴんっと立てた。
そのすぐ後にサファ、ガーネとチール、パールとエメラとガラスもいた。
「ガラス、お前ほんとに大丈夫なのか?」
心配するガーネにガラスはぷるぷると首を振って答える。
「ボクは、みんなみたいに戦うことができないけど、でも、見守りたいんだ、最後まで。」
逃げてばかりだったガラスに少しばかりの勇気。それにガーネも嬉しく頷く。
「じゃあ、安全なとこに隠れていろよ、それまでパールのこと頼む。」
闘いに慣れてないパールはエメラと交代で戦うことになっている。エメラが疲れたら交代するということになったのだ。
「うん、わかった。それまでボクがパールちゃんのことしっかり守るから。」
ガラスはパールと共に岩陰へと身を潜める。
そしてラルドは最後に現れ、そしていつものように偉そうに声を張り上げる。
「アメジ殿!その紫水晶でやってくだされ!!
ワシはいつもの場所からアドバイスを送りますからな!」
とそそくさといつもの安全地帯へと身を潜める。
黒水晶は舞い降りる、アメジのほうをギロリと不気味に動く赤い目でじっと見据えながら。
大地を爪で抉るように着地し、アメジのほうへと巨大な口を開けた瞬間、アメジは叫びながら攻撃のモーションへと入る。
「いくよ!黒水晶!!」
カキーン
ぶつかり合う水晶と水晶の高い音が響き渡り、アメジの手の中のドクロ水晶と紫水晶からまぶしい輝きが放たれる。
アメジの顔を照らす紫色の光の輝き
ドクロをぶつけた部分から、紫水晶より伸びる力強く、太く眩しい水晶の線は曇りのない紫がかった道。
初めて見るその紫水晶の光の道に、皆が見とれる。
巨大な口を開け迫る黒水晶、その動きと同時に大地を蹴り上げ、駆け出すアメジ。
アメジの闘いの舞が始まった。
不気味に輝く赤い目はアメジを追いかける。
黒水晶は本能で、アメジが己の生命を脅かす危険な存在であると感じている。ゆえにその神経はアメジへと注がれる。
すさまじい敵意を放ちながら!
紫の線を描きながらアメジは駆ける。
帯びのように伸びるそれはアメジの歩いた後をすうっと照らしている。
足首をきゅっとひねりながら、方向転換して黒水晶を翻弄する。
時に土壁を駆け上がり、ジャンプする。紫の水晶の線はふわっと曲がり、リボンのようにアメジへと纏う。
向かってきた黒水晶はアメジのまん前へと、牙をむいて待ち構える。
「上等!黒水晶、あたしの紫水晶受けな!!」
アメジは紫水晶を黒水晶のほうへと向ける。紫水晶から伸びる光はアメジの意思どおりに黒水晶へと向かった。
「今だ!タル!」
ジストの合図を受け、ジストの水晶を受けたタルはすさまじいスピードでアメジの水晶へと走る。
タルが紫の道へと到達する。その時アクアから水晶を受けたマリンもまた続くように走った。
道に乗るとタルの体はさらに大きな水晶をその体に受けた。
それはさらにタルに力を与えるものだった。
アメジの道に乗った瞬間タルも実感したのだ。黒水晶の恐れるその巨大な水晶の力を。
ジストの水晶とさらにアメジの紫水晶の力を得たタルの輝きは激しくなり、紫の光を纏った戦う生物となる。
タルに続くマリンも同じように、アメジの紫水晶の力を実感した。
その力は幼いマリンにさらなる勇気と自信を与えた。
マリンもまた紫の光を纏い、その道を素早く光のスピードで駆ける。
タルとマリンが道に乗り、黒水晶にぶつかるまで、ほんのまばたきをするほどの時間である。
ドゥッドゥッ
連続してぶつかった衝撃に黒水晶の悲鳴が上がる。
「ギャアァァァァーー!!」
痛みに暴れる黒水晶、まだ見た目にたいした外傷は見られないが、これだけ反応があるということは紫水晶の力は本物なのだ。
あの紅水晶に匹敵する、いや、アメジ自身の生み出したそれは紅水晶に勝るのかもしれない。
暴れて激しく周囲を巨体で蹴り上げる黒水晶。
土壁はガラガラと崩れ落ち、岩陰に身を潜めていたパールとガラスのもとにも襲ってくる。
「うわぁっっ!」
「パール!ガラス!」
思わず駆け寄ろうとするガーネにパールの声が届く。
「こっちは大丈夫!それより戦いに集中して!」
パールの元気な声にとりあえずほっとしたガーネはそれにこくりと頷き、水晶を集め始める、そして相棒に合図する。
「よし、オレたちも行くぞチール!」
「もちろんだよ!ガーネ」
その頃岩陰に身を潜めていたパールとガラスは
「パールちゃん、大丈夫?」
土煙舞う酷い視界の中で、側にいる少女を気遣う。
「うん、ありがとう、ガラスがとっさに手を引いてくれたから助かったわ。」
「よ、よかった、ボクなんかでも少しは役に立ててるんだね。」
「今更何言ってるのよ。」
くすりと笑みをもらすパールにつられてガラスも笑みを浮かべた。でもすぐに緊張感が戻り、黒水晶へと意識を向けた。
「むう、エメラもぱちっとがんばるです!
あっアクア様vステキですv」
他の者と比べてどこか緊張感の足りないエメラにサファが気合の声をかける。
「コラエメラ、ちゃんと集中なさい。」
「はーいです。」
緊張感のややかける返事と共に、エメラの戦いの舞が始まる。
そしてサファもドクロより水晶の道を描いていく。
黒水晶と追いかけっこをしている状態のアメジは、スキを見て距離をとると再びドクロと紫水晶をカチーンとぶつけ合う。
「さあ、第二ラウンド!」
アメジがゆっくりと紫水晶をドクロより離す。
紫の光がアメジの顔を包むように照らし出す。
アメジの茶色の瞳はその光で紫色に反射していた。
ドクロと紫水晶がぶつかる高い音、それは黒水晶にとっては不快な音らしく、表情をゆがめ、グワァとうめき声を出した。
アメジに向かって再び突進してくる黒水晶、それを挑発も兼ねて誘導するアメジは紫の光を纏って駆けていく。
扱いづらかった紅水晶とは全然違う、すごく馴染むのは自分より生まれた結晶だから、そして誰より大切な人からもらった暖かく力強い水晶を感じるドクロ水晶だから。
アメジにとってこれこそ最強の装備品なのだ。
鬼に金棒といったところだ。
それを実感しているからこそアメジの瞳には強さが輝いている。
サファたちが描いた線を駆けていくチールたち。
戻ってきたタルにジストが指示を出す。
アメジの描く道を待つ、ジストは集中しながらその手に水晶を集めながらアメジの動きを見守った。
アメジの動きには迷いがないんだな。
真っ直ぐと信じているのだろう、自分の力を、進む道を
そんなアメジの描く道だからこそジストも迷うことはない、タルもまた真っ直ぐな目でアメジを見ていた。
漆黒の翼をばたつかせながら、敵意むき出しの黒水晶はアメジを追いかける。ちょこまかと走り回るアメジを確実に仕留めようと、上空へと舞い上がり土煙を撒き散らしながら数メートル上昇する。
そこから小さく見えるアメジ、小さく紫色に輝くアメジだが、不気味に巨大なものを感じる黒水晶はけたたましく鳴きながらアメジへと空より突進する。
空を睨みながら道を描くアメジは黒水晶の突進を素早く横っ飛びでかわす。一瞬ラルドたちの目からはアメジが黒水晶にぶつかったように見えたのだが
「アッアメジ殿!」
思わず岩陰より身を乗り出してアメジの姿を確認しようとするラルド。アメジの姿はラルドの視線の先にはなく、一瞬絶望しそうになったのだが、アメジの威勢のいい声が別の場所から聞こえたことにラルドの寿命縮みは免れた。
瞬時に黒水晶の背後に立ったアメジ、黒水晶の後ろに隠れるように、そこはラルドの視界からももちろん黒水晶にとっても死角だった。一瞬消えた標的の、アメジの水晶を背後に感じた黒水晶は巨体を揺るがしアメジへと振り返ろうとした直後、紫水晶の力を得たタルの攻撃を受け、アメジを見つける前に衝撃でよろけた。
「グオッ、ギャアアアーーー」
反射的に翼を振り上げた黒水晶の攻撃を受け、予定の方向と真逆に飛ばされたタル。タルの元へとジストは走る。
「タル!」
ズザー、と地面をすべるように地上へと戻ったタルは、地に付いたとたん紫の光は消え、通常モードのタルへと切り替わる。
「ジスト、大丈夫たる!」
黒水晶の攻撃を受けたタルだったが、特に大きな外傷はなかった。タル自身もぴんぴんしている。それを見てジストもほっとする。
アメジの紫水晶には攻撃だけでなく守りの力も強くあるらしい。
すぐさま第三ラウンドにと突入するアメジの動きを見て、すぐジストたちも次の準備へと移る。
「アメジ殿、おおアメジ殿。」
アメジの力強い舞に見とれていたラルドは感嘆の声を上げていた。そしてアメジに見とれていた自分に気づき、ハッとしたように孫娘へと視線をやる。
サファとエメラはアメジをサポートするようにそれぞれが水晶の舞いを舞っていた。戦いになれているサファと違ってエメラのほうはもう疲れが見え始めていた。
そろそろパールとの交代か・・・、指示を出そうとラルドがエメラに声をかけようとしたとき
なかなかアメジを仕留められない苛立ちからか、黒水晶は別の方向へと走り出した。
「グワァァー」
土壁を蹴り上げながら低く飛ぶ黒水晶の先には疲労で足がもつれ地面へとダイブするエメラの姿があった。
「エメラ!」
水晶をチールへと籠めていたガーネの足では間に合わず、サファもまたエメラとは離れた距離にいた。
ラルドは恐怖で固まっていた。
そこから一番近い場所にいたパールがエメラの元へと駆け出そうとした時、そのパールを追い越して向かった影があった。
「きゃあああ!!」
思わず目を覆ったエメラを覆ったのは黒水晶ではない別の影
「ぐぁっ!!」
エメラを覆った影が声を上げた。黒水晶はエメラへと向かってきて、エメラの上のそれをかすめるように爪が切り裂いた。
黒水晶はそのまま上空へと向かい、方向転換し、再びこちらへと戻ってる。
「大丈夫?エメラちゃん。」
苦しそうな表情ながらもエメラへと微笑みかけるのはガラスだった。ガラスにとってのその行動は計算してのものでなく、とっさに、勝手に体が動いた結果のこと。
想いは限界以上の力を発揮する。ガラスはただエメラを救いたいその一心で走ったのだ。
「ガラスさん、エメラは大丈夫です。」
少し驚きと恐怖で声が震えていたエメラだったが、ガラスの優しい笑みとぬくもりに少しほっとした。
「ガラス!エメラ!早く岩陰に!」
障害物を飛び越えながら、エメラと交代するパールが走ってきた。
まだ戦いが続いていることに二人はハッとする。
「ぬぉう、エメラーーー!!!」
孫娘の元にラルドも走る。
二人のもと目掛けて迫り来る黒水晶に、サファとアメジの描いた道に乗って、チール、マリン、タルの順番でぶつかる。
攻撃を受け瞬間動きの止まったその時を狙ってガラスとエメラはラルドとともに再び身を潜める。
「おおっエメラ、ケガはないんか?」
ハァハァと必要以上に息を荒げてエメラの身を確かめるラルド。
「エメラはなんともないです、でもガラスさん!」
「よかった、エメラちゃん無事で・・・・よかった、今度は
大事なもの・・・・守れて・・・。」
少し呻きながら、涙を浮かべてガラスはそのまま目を閉じた。
「ガラスさん・・・・いや、いやですガラスさん死んじゃダメです!!!」
ガラスの大きな背中には縦に赤い線が走っていた、それはじわじわと彼の衣服に横に滲んでいく。エメラの涙がぼろぼろとガラスに降り注ぐ。
「ガラスさんガラスさん!!!」
泣き喚いてガラスの体を揺するエメラを背後から抱きしめるようにしてそれを止めるラルド。
「これ、エメラやめんか!少し落ち着くんじゃ。」
「お、落ち着いてなんかられないです、だって、だって
ガラスさんは・・・うえっっ
ガラスさんはっ・・・エメラのせいで・・・・あぅっ
しっ、死んで・・・・ガラスさん・・・死んじゃっっっあぅぅぅっ」
「じゃから落ち着かんか!こやつは死にはせんわ、こんだけの脂肪に包まれとって、ちょっと肉を切った程度じゃろうが。」
ラルドの言葉にびっくりしたように泣き止むエメラ
「うぇっ・・・・死んでないですか?」
「まったくおおげさな奴じゃ。この程度で気を失いおって。
まあ、エメラを救ったことは評価してやってもよいがな。」
少し苦しさを浮かべながらもガラスのその顔はどこか満足したような表情であった。
エメラと交代したパールはガーネのすぐ隣でドクロ水晶を構えた。
「パール!大丈夫か?」
心配そうな表情を向けるガーネと
「へへ、お前足引っ張るなよ。」
憎まれ口をたたくチールににこっと笑顔を向けながらパールは
「うん大丈夫よ、なんとかやってみせるから。それにもうあたし・・・
以前のあたしとは違うから。」
ガーネへと優しく微笑みかけ、そしてガーネも少し照れくさそうに笑みで答えかける。
強い愛を感じあっている二人の間で挟まれたチールはやきもち妬くように声を上げる。
「コラーー!今は戦いの最中だぞ!!うわん」
別にチールに言われたからじゃなくて、ハッとしたようにガーネとパールは黒水晶へと目をやる。
ガーネとパールはお互い目で合図するように、こくりと無言で頷いたあと、パールはドクロに手を当てて、サファやアメジとかぶらないルートでゆっくりと線を描いていく。
「よし、行くぞチール!」「合点承知!」
ガーネの水晶を受け、再びチールは空を駆ける。
攻撃を終え、主人のもとへと帰って来たマリンは、ぴんっと耳を立ててアクアの合図を待った。
「アクアちゃま、アメジちゃまのむらちゃきついちょう、ほんとにちゅごいでちゅ!!」
小さな瞳は興奮でいつも異常にキラキラと揺れていた。そんなマリンに強く同調するアクア。
「ああそうだな、アメジ・・・ほんとうに。」
金色の瞳はずっとアメジの姿を追っていた。強く強くこの瞳にその姿を焼き付けておきたい、そう思った。
迷いなく、力強く、大地からめいっぱい水晶を受けている。
結晶化の儀式でアメジには大地の精が宿った。
アメジは大地の精の化身・・・・・いや、アメジは・・・
アメジはこのリスタルの大地そのものなのかもしれない。
自分達を支え、勇気づけ、そして愛を・・・・
アメジに感じるその気持ちが・・・・
アクアがそう思いながらアメジを見ている時、同時にジストも同じことを思っていた。
アメジはリスタルの大地そのものだ・・・・
目を閉じると足元から感じる大地の暖かさ、大きな水晶の力
数多くの生命が生と死を繰り返してきたこの大地の上で
戦い、生きていく
休みなく線を描いていくアメジがアクアのすぐそばへとやってきた。
「アメジ!」
「おう、アクア。」
アクアへとにっと笑みを向けるアメジ、黒水晶へと目をやりながら少し立ち止まる。
「あの時俺は心の準備をしておくと言った。アメジ、俺の心はもう決まった。
アメジ、お前が誰を選んだとしても、俺はすべてを受け入れる。」
「アクア、アンタはいい男だよ。あたしが出会った中で誰よりも。」
ニッと再びアクアへと笑みを向けたアメジはまた黒水晶へと目をやり、走り去っていった。
アメジ、俺にとってお前との出会いは最高の宝物だ。
「さあ、行こうマリン。」
自分のパートナーへと目をやりながら、アクアはまた戦いの空気へと戻った。
「はいでちゅ!」
マリンは小さい体でめいっぱい答えた。
いったん線を描き終えて、一呼吸おくサファはジストのもとへと駆け寄った。
「ジスト様!」
「サファ、まだ大丈夫か?」
「ええ、まだ余裕です。それに、なんだか楽しくて。」
ふふふ。と笑い声をもらすサファをジストは不思議そうに見た。
「楽しみなのは、この先・・・。この戦いが終わってからの今後の私の道。
私、リスタルを離れるわ。」
「!?」
サファの発言が一瞬理解できず、目を丸くするジストに少し意地悪そうな無邪気な笑みで返事するサファ。
「あの山を越えたいの。あの向こうにはどんな景色が広がっているのか。
そう、思い出したの、子供の頃の大きな夢を。」
その瞳はキラキラと希望に満ちた輝きを放っている。
「サファ・・・。」
「今からドキドキしてしかたがないの。
ジスト様、ジスト様にもそんなものが見つかればいいわ。」
にこり。笑んだ後、サファは再び巫女の顔に戻り、水晶片手に戦場へと走った。
サファを幸せにしてやらなければ、そんな義務感がずっとジストにはあった、だが彼女は、自力で自分の幸せを見つけたのだ。
そんなサファにほっとしつつも、どこか寂しくそして羨ましくも感じる。
「いいのだろうか?私が、大切なものを見つけても・・・・」
ジストの中でじんわりとその答えは見えてきた、だがそれを強く自覚してしまえば、族長であることと、このリスタルを守らなければならない義務責任感、そのすべてを投げ出してしまいそうで・・・・
そんなためらいがある、サファのように、思うことはきっとできないんじゃないか、と
「ジスト!」
自分に声をかけるタルに現実にハッと戻される。
そしてアメジへと目をやる。自由で力強いアメジに、強く憧れている自分・・・・。
まるで心躍るような、感覚。
黒水晶を倒せば、ひとつの大きな重荷は消え去るのだ。
アメジは感じる。ドクロより溢れるトパーズの愛を。
ドクロに紫水晶を当てた瞬間、トパーズのぬくもりが、あの大きくて優しい水晶がアメジの体の中をめぐるようで、とても暖かな、そして大きな安心感があった。
「トパーズ様。」
遠く離れた今でも、トパーズは今もアメジのすぐ側にある。
アメジに勇気を力を与えてくれる。
そして空を見上げる。
遠い場所にいった遠き日の記憶にある母の声
あのムカツク、だけどもアメジの大きなエネルギーにもなっている父オルドの夢
『アメジ、かっこよく生きていけ。』
オヤジの声が、今でもこんなにあたしの中で強く響くよ。
うるさいから、もうとっとと終わらせてやるよ。
かっこいい生き様?
今更そんなこと聞くなよな!
「黒水晶ーーーー!!!」
土壁を駆け上がり、黒水晶よりも高く舞うアメジ
ジストやアクア、そしてラルドの目にも見えたそれは
大地より伸びるアメジを包むような大きな水晶、アメジを覆う透明な鎧のように
大地の加護を受けた聖乙女アメジ。
アメジへと向かう黒水晶は興奮のあまり自我が飛んでいるのか、異常に体をばたつかせながら、巨大な口を開け、そこからは大量の唾液が溢れている。
赤い目はグルグルと周り、涙が溢れている。真っ赤な目なので正しくはわからないが、充血しているのだろうか。
この地上でもっとも強い巨大生物は、どの生物よりも強い生命力を持ち、そして強い生への執着があった。
黒水晶にとっては生きることがすべてである。
兄弟や、自分を生み育ててくれた母親の肉を喰らい、生きてきた。
人間以上の強い生への執着、これこそが黒水晶の強さであったのだろう。
だがそれさえおびやかすアメジの紫水晶。
自分の毒を浄化し、生まれたその力
黒水晶が恐れるのは自分の計り知れない力なのか、それとも・・・
「これがアメジ様の最後の舞だ!受け取れ黒水晶!」
アメジの紫水晶より放たれた紫の光は黒水晶へと向かい、黒水晶の全身がアメジの水晶に包まれたように紫色に輝いた。
「タル!」
「マリン!」
「チール!」
三匹の聖獣はいっせいにアメジの道に乗り、黒水晶へと向かう紫に輝く生物となる。
アメジは黒水晶の頭の上に着地すると、すぐに駆け上がり、その背を走り、そして飛ぶ、地面へと。
三連続、光の聖獣の攻撃を受けて黒水晶の体はさらに輝きを増し、その体は一瞬膨らんだ。
黒水晶の中の巨大な水晶がアメジたちの水晶を受け、大きく反応したのだ。
「グッッ・・・」
黒水晶の体は内部より、はじけるように裂け始めた。
ビャッと血が飛んだ。水鉄砲のように、一瞬勢いよく飛んだ赤いもの。
その血から逃れるように、皆避難しながら見守った。
「アメジ!」
アメジだけは動かず、じっとその動きを見守っていた。
「ググッギャッッ」
アメジをギョロリと睨んだ後、黒水晶は巨体を揺らし、空へと舞い上がり、山脈の向こうへと目をやった。
「ギギ・・・・」
ただ生きるために、それしかなかった黒水晶が目指す先は・・・。
翼を広げ空へと、自分の生まれたあの場所へと
目指そうとしていた、深く思うことはなく、ただそれは本能なのだろうか。
だが、黒水晶があの山脈を越えることは二度となかった。
翼を動かした直後、その体は内部より激しく引き裂かれ、山にぶつかりながら地へと落ちていった。
カッと最期まで開かれていた赤い目には、かすかに紫がかかっていた。
黒水晶の終わりを見届けた皆は、驚きと感動で一瞬声が出てこなかったが
「うおおおおーーー、アメジ殿!やりましたな!」
ラルドの声でスイッチがはいる。
手を取り合って喜び合うガーネとパール。その間に割ってはいろうとしながら喜びいっぱいなチール。
マリンは嬉しさいっぱいにアクアの胸へとジャンプした。マリンを抱きとめたアクアは「よくやったな。マリン。」
と優しく言葉をかけながら、その小さな頭を撫でた。
サファは潤んだ目で、嬉しそうに山脈へと目をやった。
「やったる。」
タルは嬉しさ余って、ジストの足に擦り寄るようにぶつかる。
「ああ、そうだな・・・タル。」
タルに答えながら、ジストだけは嬉しさとそして不思議な感覚があった。
ちょうど広場の中央付近に立つアメジの後姿。
ビュワっと風が吹いた。
一瞬目を細め、ジストが見たのは
砂煙の中に立ち、ぼやけるアメジの後姿。
まるで幻のように、そのまま消えてしまうんじゃないかと錯覚させる。
アメジはリスタルの大地そのものだ。
そう感じたからこそ、余計にそう感じてしまう。
アメジは大地へと砂と共に帰っていくんじゃないのか?
黒水晶を倒すため、現代リスタルへと呼ばれたアメジ
聖乙女としての役目を果たした今・・・・
そんな想いでアメジを見ていた。
つぎのぺーじへ もどる。