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第66話

「よ、待たせたね。」

「アメジ!」
元気な顔を見せたアメジの姿にジストとタルも安心の表情を浮かべ、ジストは嬉しそうに頷いた。

「ああ、信じていた。アメジなら必ず戻ってくると。」

「ほんと頑丈だけがとりえたるからね!」

「は?そりゃどーゆー意味だよ?!タル!」
そしていつものようにじゃれあうアメジとタル。

アメジの復活を聞きつけたサファやガーネたちも集まる。

「みんなアメジ様の復活嬉しさにアメジ復活祭をしたい気持ちだろうけど、とりあえず

黒水晶ぶったおしてからてことで、ジスト!」

アメジの威勢のいい声にジスト頷きながら

「ああ、皆ラルド様の元に集まってくれ。

水晶結晶化の儀式を行う。」


儀式は夜行われる。寺院の四方を壁に囲まれた一室にて、極秘に行われる儀式である。
水晶使いである「精霊召喚」の曲を奏でる演奏者の、ジスト、アクア、ガーネ、ラルドの四人。
そして曲により、その身に精霊を宿す踊り手の巫女、アメジ、サファ、エメラ、パールの四人。

「えっっ、踊りって?!」
アメジここにきて初めて知る。
儀式で巫女は舞を舞うということを。

「ちょっちょっと踊りって・・・」
アメジ焦る。そうアメジは踊りがまったくダメな巫女なのだ。死んでも人前では踊りたくないのだ。
しかしそんなことだれも知らない。焦るアメジにラルドも不審がる。

「アメジ殿?踊りがどうかしたんかの?」

「アメジ、舞がわからなくて困っているというのか?

その心配ならない。巫女は曲によって降りてきた精霊をその身に宿すだけ。舞はその身に宿った精霊の力によって舞うのだと。

だから自然にしていればいい。

大地とひとつになるように、水晶の流れを感じているといいだろう。」

ジストの言葉にアメジも少しほっとした。
そうか、勝手に踊ってくれるわけね。精霊の力で。

そしていよいよ儀式が始まる。
ほぼ密室となったその部屋にはアメジたち八人のみ。
部屋の四隅に炊かれた香がむわ〜と立ち込める。
灯りはかすかに、中央に少し大きな一つと、演奏者を下から照らすように四つ。
演奏者の四人はそれぞれの楽器を手に、四隅に座し、ジストの合図でついに曲が奏でられ始めた。
いつもと違うその状況に、不思議な感覚というか、体の奥からどくん。と感じるものがアメジの中にあった。
それが儀式の力なのか、緊張などからくるものなのかわからなかったが、もしかしたらアメジの中の水晶が激しく震えていたからなのか。

演奏者四人の奏でる曲は同じ曲のように聞こえはするが、実は微妙に違う曲である。
水晶使いたちの奏でている精霊召喚のその曲とは、リスタルの民が信仰する太陽神の下僕である四精霊を呼び寄せ、そしてその魂を精霊によって神の元へと導いてもらうために生まれた曲である。
この曲は水晶を放出しながら奏でる特別な演奏方法でなければ奏でることができないとされる。
いつからかこの水晶結晶化の儀式に用いられることとなった曲である。
その曲は奏で始めると自分の力では止められなくなる。軽いトランス状態に陥るのだ。

四つの楽器によって奏でられる不思議な音色に、不思議な空気で密度がいっぱいになっていくこの密室。
巫女達も段々と不思議な非日常の感覚が襲ってくる。
最初に動いたのはエメラだ。
彼女はアクアの演奏によって降りてきた水の精霊をその身に宿し、すべるような舞を舞い始めた。動き出した瞬間からエメラは意識を失っていた。彼女もまたトランス状態にあった。

そのすぐあとに、動いたのはパール。
彼女が反応したのはガーネの演奏によって降りてきた炎の精霊。
激しく筋肉の踊るような舞が始まる。

そしてサファ。
彼女はラルドの低い笛に呼び寄せられた風の精霊をその身に宿す。
流れるような軽やかな風の舞を舞っていく。

そんな中、アメジの目はうつらうつらと別の世界へと飛びそうになっていた。瞬間心は遠い場所へと飛ばされた、そんな感覚にアメジが襲われた直後
ジストの演奏によって、アメジには大地の精霊が舞い降りた。
ぶわっと飛び上がり、だんと力強く足踏みして、アメジの舞が始まった。
それは大地の精霊の舞。大地より与えられる水晶を天高く舞い上がらせるように、願いを天へと飛ばすように、地より力強く飛び上がり、そして再び大地へと降り立つ。

アメジの意識のないまま、アメジの体は何度も何度も激しく力強く舞った。そして30分以上、熱く濃い空間の中、アメジの中で激しく暴れ狂うなにかにアメジは意識を取り戻し、悲鳴に似た声を上げ、床へと倒れこんだ。

その瞬間、演奏は止み、踊り子達の舞いもぴたりと止まった。皆意識を取り戻し、そしてアメジの異変に気づく。

「アメジ!」
思わず駆け寄ろうとしたアクアをジストが制す。

皆が息のみ見守る中、アメジはゆっくりと立ち上がり、顔を見せた。
その表情はとても苦しげに、なにかに耐えているかのよう。

「く・・・・うぅ、はぁ・・・・・ぐ。」
すさまじい額汗を浮かべ、アメジの顔は苦痛に耐えているかのように歪んでいる。

暴れるような熱い物が、アメジの中で激しく激しく暴れていた。

「ッッッ、ひっっっぎっっっっ・・・・・くあぁぁぁくぅ。」
なんども呻き、眉間のしわが深くなったり、ぐっと目を閉じたり、それはもうアメジにとって今までにない苦しみだった。

暴れていた、暴れていたのだ、アメジの中で、黒水晶の水晶が、アメジの中で浄化されたはずのその邪悪な水晶が、体の中で嵐のように激しく荒れ狂っていた。

それは少しでも気を抜けばすべてもっていかれそうな、そんな激しいものだった。
自分の体で、アメジ自身の水晶で抑えられるものではない。
お腹で、腕で、胸で、皮膚を突き破りそうに暴れ狂う水晶にアメジはぐぐっと耐えていた。

『なんだ?その程度かよ?』
アメジには聞こえたムカツクオヤジの声

くっなんだと・・・・

『アメジよ、お前ならば・・・・』
アメジには聞こえた暖かいトパーズの声

う、はは・・・・トパーズ様


楽して生きる、それがすべて・・・・・

あたしはまだ楽してないよ。

そのためにはなんだってできるさ、やってやる。


苦痛に閉じかけていたアメジの瞳が、その時カッと開かれた。
そしてアメジの胸元から激しく紫色の光が溢れ出した。

「む、むうぅ、アメジ殿。」
片目をつぶりながらアメジへと注目するラルド。孫娘の死が記憶に新しいラルドには少なからずその恐怖があったのだが、だが
信じていたのだラルドも、アメジの聖乙女としての力を。

そしてジストも、目を閉じず、ずっと息を呑んで見守った。

水晶結晶化のその瞬間を


「フ・・・・ハァハァ・・・・は、はははは、こ、これが・・・・」
アメジは自分の胸より現れた輝くそれを両手にぎっと握り締め受け止めた。
アメジの閉じた指の間からも激しくその紫色の光は零れている。

アメジの中で、浄化された黒水晶の水晶は紫色の透明な石。
生まれたてのその石はアメジの手の中で眩しく輝きを放っている。

アメジはそれをぐっと握り締め、「大成功だな。」
とにかっと笑みを浮かべて再び倒れた。
再び意識を失ったアメジだったが、その顔には笑みを残したままだった。

戻る。

第67話

アメジから生まれた紫色を帯びた透明の結晶化された水晶。

儀式が終わり、気を失ったアメジは再びベッドの上で意識を取り戻した。そして気がつけばまた夜が訪れていた。そんなにも眠っていたのか、と不思議に思いながらも、なにより体力を完全な状態にしておくことが大事であると、黒水晶に警戒はしつつも皆、体を休めていた。

最後の戦いに備えて

紅水晶などと同じく、アメジより生まれた紫水晶もまた水晶の力は限られたもの。
ムダ打ちも失敗もおそらくは許されない。
万全な状態でなければ、成功しないかもしれない
そしてアメジが命を懸けて手にした最後の、そして大きな希望。

次こそが最後の戦いにする。
そんな強い想いで皆、戦いに備えていたのだ。


「ふぅ、さすがに寝すぎたみたいだな。」
目覚めたアメジは、ベッドでゴロゴロしているのも性に合わず、起き上がり、ふらりと外へと出歩いてみた。
アメジの手には紫水晶があった。
アメジはそれを改めて目にした。

「これが、あたしの水晶・・・・か。」
ぎゅっと握り締める。
紅水晶のときは感じなかった、自分に馴染む感覚。

ああ、これがあたし自身なのか。

そう思った。

アメジの肌を優しく風が撫でる。
見上げると鮮やかに瞬く星の光と月の明かり。
その優しい光がアメジの瞳の中を照らしていく。
ゆっくりと歩く
大地から感じる暖かくて、大きくて、このリスタルの大地の
水晶の力
アメジの足の裏から流れてくる、大地の大いなる恵み
アメジはそれを感じながら、このリスタルの街の中をゆっくりと歩いていった。

100年前の人たちを想う
トパーズ様、モンド、その聖獣プラチナ、そしていつも「かっこよく生きろ」が口癖だった父オルドのこと・・・

そしてあたしは、モンドのせいで・・・

聖乙女になって、水晶神殿で100年の時を越えたアメジは、ジストとタルに出会った。

そして初めて、生きた黒水晶と遭遇した。

わけのわからないまま街へと戻ったアメジは、大神官のラルドと出会い、ドクロ水晶を渡されて、聖乙女としてあの黒水晶と戦うことになったのだ。


「もう、体はいいのか?」

階段の上のほうより聞こえてきた声は

「ああ、もう完全復活だね。そっちもいいのか?こんな時間にふらふらしててさ。」

アメジが手を振って合図するその相手は、風にふわりと浮かされた白い髪と月に照らされた金色の瞳の者

「アクア。」

「みゅっ」

「マリンちゃん!」

アクアの足元よりマリンが顔を見せた。

アクアの視線はアメジの手へと、アメジの手に握られている紫水晶に止まった。

「すごいな、アメジは。

本当にあの危険な儀式を乗り越えたなんて。

お前に不可能なことなんてないのかもしれないな。」

「はっはっは、よせやい。まあアメジ様に不可能はないってね。」
照れるアメジ、アクアはふっと空へと目をやる。
空を見るアクアの顔が、いつものアメジの知るアクアとは違った表情を感じて、そう思った直後、アクアの口から意外な言葉を耳にする。


「アメジ、俺はこのリスタルを出ようと思うんだ。」

「へ?」

リスタルを出るって?
瞬間アクアの言葉の意味を理解できず、アメジは不思議な表情を浮かべたまま、アクアを見ている。

「黒水晶を倒してからだ。

別に急に思い立ったことじゃない。前から、そうしたいと思っていたんだ、だけど、そんな勇気は今までの俺にはなかった。

でもアメジ、お前と出会って、あの儀式を超えたお前を見てきて

やっと、決心がついた。


俺は、リスタルを出たい。
逃げるわけじゃない、見たい、知りたい、新しい世界を。」

「そ、そうか。うん、いいんじゃないか?

アクアが自分でしたいことなら、我慢することないだろ。」

アメジはそう言って強く頷いた。
初めて会ったころのアクアからは想像がつかないくらい、その目は強く前を見ていた。
そしてずっと、男らしくなったな、と思った。
迷いのない、おびえのない金色の瞳は、何者にも負けないくらい美しいんじゃないかとアメジも思えた。

アクアに強さを与えたのはアメジである。
だからこそアクアはより強くアメジを求める。

「アメジ・・・・お前も一緒に来てほしい。」

「えっ?!」

一緒に行くって・・・
つまり、あたしも一緒にリスタルを旅立つって?

「アクア・・・」「返事は」

アメジがしゃべろうとしたのを遮るようにアクアが口を開く

「返事は、黒水晶を倒した後に、してくれないか。

自分の気持ちは決まった、けど

アメジの気持ちを確かめる勇気は、まだ足りないんだ。

黒水晶を倒すまで、心の準備をしておく、だから

返事はその時に、してほしい。」

「アクア・・・・

ああ、わかったよ。じゃ、アクア、黒水晶絶対倒そうな!」

アクアの気持ちを受け止めたアメジは、にこりと頷くと、ぐっと拳を突き上げて、アクアにエールを送り、その場を後にした。

アメジの去る背中を見つめながら、アクアはふー。と息を吐いた。
自分の想いを告げ、ひとまずはほっとする。
自分はとんでもない道を選択しているのかもしれない、だがその道を迷ってはいない。

「アクアちゃま。」
足元のマリンがアクアへと声をかけ、アクアは視線をマリンへと落とす。

「アメジちゃまもたのちみでちゅよ。

マリンも、アクアちゃまとアメジちゃまといっちょのたび、たのちみでちゅ!」
無邪気に笑うマリンに、アクアは少し眉寄せた顔で、マリンに告げる。

「マリン、お前は、連れていけない。」

「え?」
一瞬マリンには主人の言葉が理解できず固まる。
どういう意味か再び問いかけるが、その答えはマリンが望んではいない答えだった。

「あの砂漠を越えるんだ。あの先になにがあるかもわからない、危険な旅に

マリン、お前を連れてはいけない。

それにマリン、お前も黒水晶を倒せばもう、戦わなくてすむんだ。

もうこれ以上危険な目になど・・・」

「いやでちゅ、マリンはマリンはじゅっとアクアちゃまと・・・」
涙がうるうると溢れそうになりアクアをじっと見上げるマリン。
だがアクアは悲しげに首を振った。

「ちょんな・・・・マリン・・・・いやでちゅーーー!!!」

小さな声を張り上げながらマリンは小さな体を揺らしながらアクアの前から走り去っていった。
街灯にぽつりと照らされて、マリンが零していった水の跡がてんてんと残り、アクアの心を締め付けた。


族長館のジストの元を訪れた影があった。
ジストはその者を館内へと招き入れる。

「サファ。」

「ジスト様、突然ごめんなさい。」

「いや、別に迷惑ではないが・・・どうかしたのか?」

別に遠慮する関係ではないのだが、突然の訪問にジストもなんなのかと思い訊ねる。
明日はついにアメジの紫水晶を使って黒水晶と戦うことになる、たぶん最後の戦いになるかもしれない。
そんな不安に負けて心が震えているのであろうか?とジストが心配げにサファの顔をのぞきこんだが、彼女の顔はなぜかとても晴れやかであった。
その理由はジストにはわからないが、そんなジストにサファは笑顔で見つめ返した。

「ジスト様、私幼い頃からずっとジスト様をお慕いしてきました。
ずっと、ジスト様と一緒になりたくて、その想いが膨らんで、想いを現実にしたくて、おじい様にも協力してもらって、そして、アナタと婚約するまでになりました。」

「うん。」

「私にとっては本当にジスト様がすべてだった。私の人生そのものだった、そういってもいいくらい、私はアナタのことが好きで・・・・
ほんとうにその想いだけが私なのだと思っていたの。

でも、でもね・・・・」
懐かしそうにたどるように、自分の想いの歴史を語るサファ、サファの言葉の続きはジストにはわからない。不思議な顔でサファを見ながら言葉を待っているジストに、サファは満天の笑顔で語る。

「私たち・・・・離れませんか?」

「え?」
にっこりと微笑みながらそう告げたサファの真意がジストはわからず呆けてしまう。

離れる・・・とは?

「つまり、婚約を取り消しましょうってことよ。

私、アナタがすべてだった、ほんとうにアナタしかいないと思っていたの、私の人生で大切なことって・・・・

だけどね、見つけてしまったかもしれないの、大切なものを。」

サファは思い出していた、あの時の気持ちを
アクアとともに目指した天上神殿、険しき山を越えていく感動、達成感。あのすがすがしい気持ちはなんだろう?と思っていた。

「私もしかしたら自分のその想いに縛られていたのかもしれない、そしてその想いで、ジスト様アナタのことも・・・・。」

「サファ・・・・」

「もちろん私が今も一番愛しいと思うのはアナタだけ、でも、アナタ以外にも大切なものを手にしたいの。

ふふふ、少し我侭になっちゃったかしらね。」
そしてまたジストを見上げ微笑むサファ。
ジストには彼女の気持ちが瞬時には理解できなかったのだが、
おやすみの言葉を告げてジスト宅をサファが出て行った後、しばらく呆けていたジストだが

「大切なもの・・・・か。」

たしかに自分も縛られていたのかもしれない、族長としてみなを守らなければならない使命感
ひたすらに自分を思ってくれたサファを受け止めてやらねばと思う責任感
そんな思いはすべてジスト自身であると思っていた、だがその思いは自分自身を縛っていたものでもあった。

ああ、そうか、だから私はアメジが・・・・

どこかアメジのように、強くそして自由に自分らしく
あんな風にありたいと思ったのかもしれない。

今ゆっくりとサファの言葉を考えてみる。
心にぽっかりと風穴が開いたみたいにもあったが、すっきりとした感じもあった。

自由か。



夜の広場にぽつりとたたずむ影の元に走り寄るもう一つの影

「ガラスさーん、ここにいたです。」

「エメラちゃん、ボクに・・・なにか?」

ガラスとエメラだ。

「ガラスさんのこと気になって、エメラ探してたです。」
無邪気に笑顔を向けるエメラから目をそむけながらガラス

「ボクのことなんて、気にしなくていいよ。
そんなことより早く戻らないとラルド様に怒られちゃうよ。」

「ガラスさん、そんなに落ち込んでばかりじゃダメです。
ガラスさんはいい人です、エメラはわかってるです。

だから、がんばってほしいです!」

ガーネとパールの仲が少し違うものに変わっていたことにガラスも気づいていた。ただ彼が落ち込んでいたのはそれだけが理由じゃなくて、
いつも自分の力のなさで、大事なものを守ってこられなかった自分の弱さが憎かったのだ。
立ち上がる勇気も立ち向かう勇気もない。
そんなガラスにはエメラのようにポジティブな人間は眩しくて、憧れに近い存在だ。
でも今はなぜか近くに感じる。
きっとそれもエメラの力なんじゃないかとガラスは思った。

「ありがとう・・・エメラちゃん。

でも、エメラちゃんだってガーネ君のことが・・・」

明るく振舞ってはいるがガーネが好きだと言っていたエメラのこと、ショックなのでは、とガラスが気づかいを見せていると
エメラはけろーん。と能天気な笑顔で

「エメラガーネのことはどーでもよくなったですv」

「え?」

「ガーネはエメラの運命の恋じゃなかったです。エメラの運命の人は別にいるんです。

エメラの運命の人はきっと・・・・アクア様です!」

「ええっ?!」

エメラのガーネブームはいつのまにやら終わっていた、そして次なるブーム?がアクア?
一体エメラの中でなにがあったのか、本人にしかわからないわけだが
エメラといるうちに、自然とガラスはプラスのエネルギーをもらっていた気がする。俯いていた顔は、無意識のうちに前を見ていた。


チールはガーネの部屋で、大好きなガーネの膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしてくつろいでいた。
ガーネの指が自分の喉元をさすると、気持ちよさそうに仰け反った。
そんなチールの幸せなひと時はすぐに終わりの時を迎えてしまう。ガーネのもとを訪れたその存在によって

「ガーネ、まだ起きてる?」
扉の向こうより聞こえてきた声に反応したガーネに、ヒゲを突然引っ張られたチールは「ぎにゃぁぁーー!」と悲鳴を上げた。

「パール!ああ、入れよ。」

ガーネの声と同時に開いた戸の向こうから現れたパールは、どこか気恥ずかしげでしおらしかった。
そんなパールの足元に近づき、いつものように憎まれ口をたたくチール

「なんだよ、パール、お前ちょっと気持ち悪いな。」
ガーネとの幸せな時間を邪魔された腹いせもあり、嫌味ったらしくそういうチールにガーネからの冷たい言葉が

「チールお前外行ってこいよ。」

「え?」
一瞬主人がなに言ったか理解できず、驚いた顔で振り向くチールに容赦なくガーネはチールを蹴り飛ばしながら外へと追いやる。

「お前邪魔だから、当分帰ってこなくていいよ。」

「えっええっ?」
チールは固まった、そして・・・・

「ガ、ガーネのアホーー、オイラよりパールなんかが大切っていうのかよーーー、うわーん。」

泣き喚きながら闇夜へと消えていったチール。哀れなチール。

うるさい存在が去り、急にシンとなったその空間でパールが口を開く。

「なんか、すごかったね。ここ最近いろんなことがあって。」

それはパールにとってもガーネにとってもそうだった。

「そうだよな。オレも・・・まさか父さんが先代の族長だなんて、ほんとに驚いたけど、でもそう知ってほっとしたし、今はああそうなんだ。って納得できる。

これで目標がハッキリしたってかんじだしさ。」

「ほんとよかったじゃない。自慢の父さんが先代族長だったなんて。自慢できていいわね。」

「ああ。それにパールもオレの自慢なんだからな。」

真っ直ぐな瞳でにっと笑むガーネから慌てて目を逸らすパール

「バッなによそれ・・・。


昔、同志だって言ってくれたよね。あたし達これからも・・・」

パールの言葉が終わらないうちにガーネはパールを自分の胸へと抱き寄せてこう言った。

「今はもう、同志じゃないだろ?」



「ぐすんぐすん。」
引っ張られた根元がまだじんじんしているチールは一人切なく夜の街を彷徨っていた。

「もしかしてオイラ、黒水晶倒した後、捨てられちゃうのかなー?

そんなそんなことになったらオイラどうすれば?
マリンをお嫁さんにして、ガーネと一緒に暮らすって夢は?!

くう、あんまりだよガーネ、このままじゃオイラ復讐の鬼になるしか道はな・・・・!」

チールはその先に見つけた、自分の大好きな小さな愛らしい背中を。

「マリン!」

街灯の下で、小さく震えていたのはマリンだった。近寄ってみたチールはぎょっとした。ぼろぼろに泣いていた痛々しい姿のマリンだったからだ。

「マリン、なんでそんなに泣いて・・・はっそうかやはりあいつなんだな。アクアの野郎!」

マリンを泣かせる原因といえばアクアだと瞬時に浮かんだ。
マリンはさらにぼろぼろと泣いた。

「マ、マリン。あんなやつなんて、黒水晶倒した後はおさらばしちゃえよ。マリンにはオイラがついているし、な!」

マリンはぷるぷると首を振りながら

「ムリでちゅ。マリンはアクアちゃまとじゅっといっちょにいたいでちゅ。

マリンは、マリンは・・・・・」

幼いながらにも大きな想いを抱いて生きている、それはアクアへの強い想い。チールは悔しかったが、そんなマリンの気持ちを痛いほど感じ胸を痛める。

「マリンオイラたちは聖獣なんだ。一緒に暮らしていても人間とは違う生物。

どんなに好きでも、人間は一番好きになるのは人間なんだ。」

人間を好きになってもマリンが辛い思いをするだけだ。
マリンがアクアを想うほど、アクアはマリンのことを想ってはいない。
チールがそう告げてもマリンはただ泣きながら首を振るだけだった。

「ちょれでも、マリンは・・・・マリンは・・・・」
幼いながらにもマリンにはわかっていた。
アクアの一番大切はアメジなのだと。聖獣と人間は違う生物なのだと。
それでも、それでもマリンは

「ちょれでも、マリンは、アクアちゃまといっちょにいたいでちゅ!」

マリンは向かった、その小さな体で大きな想いを抱えて

マリンの道もまたこの時決まったのだ。


「アクアちゃま!」
涙でふやけた目元ながら、その目は凛と力強さを満たしていた。
アクアをじっと真っ直ぐな目で見上げながら、マリンは告げる。
マリンのその気持ちを

「マリン、じぇったいにアクアちゃまについていくでちゅ。
ちょれがどんなみちでもマリンこわがらないでちゅ。

マリン、おこられてもいやがられても、うしろからでもついていくでちゅ!

だから、アクアちゃまダメっていってもマリンきかないでちゅ!」

マリンにとってアクアがすべて。
小さな体をぷるぷると震わせているマリンをアクアはそっと抱き上げた。
マリンが目を開けると、そこにはアクアの顔があった。その顔は少し潤みながらも、優しく微笑んでいた。

「みゅっ!」

「しょうがないな、マリンは・・・・。

途中で帰りたいといっても聞いてやれないからな。」

小さな耳をぴんと立て、マリンは嬉しさめいっぱいに頷いた。

「はいでちゅ!」


それぞれがいろんな思いを抱えている中、ついに夜は明け、最後の戦いへと時は走り出す。


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