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第54話

「たどり着いたわ、ここね、ここが天上神殿・・・すごい
ほんとうにリスタルの街があんなに小さく・・・」

道とは言いがたい道を登ったサファは、神殿を前にし、改めてリスタルの街を見下ろした。もう街はおもちゃのように小さく、あそこにほんとに人が住んでいるのかと不思議に思うくらいに小さい物に映る。
サファは街を見下ろしながら深呼吸をした、疲労がないわけではないのに、清々しい気分だ。

サファの到着から数分、先にたどり着いたマリンがそのほうへとエールを送る。
息を切らし、白い肌を赤らめながらアクアが神殿前へと到着した。気を使ってサファが手を引こうとしたが、プライドが許さないのかアクアはそれを拒み、這いずりながらもなんとか神殿の中へと入っていく。

神殿内はぼんやりと暗かった。奥行きはそれほどなく、水晶神殿のほうが少し広いくらいで、だが天上は、驚くほど高く削られ作られていた。20M以上はあるかと思われた。
壁は削られた跡が残っているほどで、特に装飾もなく殺風景な殿内だった。
唯一目に付くのが、入り口入ってすぐに目に飛び込んできた
巨大な石の神像。この山を削りながら作られたらしいそれは
天上めいっぱい届きそうなほどの大きさで、その頭、いや薄暗いこの中では神像の顔の表情さえよく見えないくらいだ。

「アクアちゃま」
マリンがアクアを見上げつぶやく。

「ああ・・・、この神殿に、紅水晶が・・・」
そう言ってアクアは目の前の巨大な太陽神の石像を見上げる。
上部のほうはやはり暗さでよく確かめることができないが・・・
アクアは見上げ、ある一点を凝視した。
神像の顔の上部、眉間かそれより少し上だろうか、わずかながらに輝く色の違う石のようなものがあるようだ。

「あれだ!」
アクアと同じ目線で、サファとマリンも確認する。紅水晶かはわからないが、なにか違和感を感じるようだ。

「まさか、あんなとこに幻の紅水晶が?

でも、あんなところまで、どうやって取りに・・・?」
20M近い石の巨像を登ることなど、道具を使ったとしてもかなり難しいことだ。ましてや道具など、サファはいつも持ち歩いているドクロ水晶くらいのもので、仕えそうな物などない。
それに近づいて、あれが紅水晶なのか確かめることさえできそうにない。
いったいどうやって・・・?!

アクアは慌てることなく、マリンに目で合図する。
それにマリンは力強くこくりと頷いて

「アクアちゃま!マリンがんばるでちゅ!」
そういうとマリンは像の足元にまで行き、小さな体をバネのように縮ませて、ジャンプ!はしっと像に?まると、ゆっくりと像を登り始めた。
マリンが一人で取りに行くのだ。

「えっ、マリンちゃん!・・・だ、大丈夫かしら?」
まだ幼く足元も危なっかしいマリンの動きに下から見守るサファは不安げに見ていた。
アクアはじっと、マリンが登っていく姿を見守っていた。

途中何度か動きが止まりながらも、マリンはしっかりと上部まで登りきった。一度も下を見ず、ひたすら真剣に上へと目指して小さな足を使って登った。
マリンは像の頭部の上にいた。ここまで登るのにマリンはずいぶんと集中力を使ったのだ。とりあえず一息つく。
そんなマリンに下からアクアが声をかける。
だが、アクアの位置からは完全にマリンの姿は見えない。

「マリン、あったか?」
主人の声をぴんと立てた耳で聞き取り、マリンはよてよてと像の顔のほうへと近づきながら、確認にいく。
たしかにおでこのあたりに小さく突き出た赤い色の石が見えた。
きっとこれだ!そう思ったマリンは下の主人へと答える。

「あったでちゅ。アクアちゃま!」
早速マリンはそれをとるため、石に近づく。だがそこまでマリンの手をのばしても届く距離ではなく、像の瞼の上のくぼみのとこまでマリンは飛び降り、そこから近づこうとする。
そこからでもマリンの手はめいっぱい伸ばしても届かない。
それでマリンはおもいきってそこから反対の瞼へとジャンプすることにした。ジャンプの途中でその赤い石のでっぱりへと手をかけ、おもいっきり掴んだ。
マリンは赤い石を掴んだはいいが、足場はなく、手を滑らせれば下へ真っさかさまという危険な状況にあった。

「きゃあ!マリンちゃん!」
思わず口をおさえてしまうサファ、アクアも内心焦ったが、主人である自分がマリンを安心させねばと、冷静を努める。

「マリン、がんばるでちゅ・・・アクアちゃまのために・・・

ん・・・・く・・・・えい!」
マリンは両手で石を持ちながら、両足で像を蹴りながら、石を取り除こうとし、ごっ、とそのマリンの両手に抱えられる程度の小さな赤い石は像から離れ、マリンの手の中に
だが同時にマリンの体もその勢いで、背中のほうへと傾いていく。マリンの足は像から離れ、落下する。

「みゅっ!」

「きゃあ!!落ちる!!」
おもわずサファは眼を覆ってしまった。

落下するマリン、だがそんなパニックな状況にあってもマリンは赤い石をしっかりと胸に抱え込み放さなかった。

「!!みゅっっ」
マリンが受けた衝撃は死ぬほどのものではなかった。
ゆっくりと眼を開けたマリンの前に映ったのは、心配げにマリンを見ているアクアの顔だった。
アクアはずっとこの瞬間まで集中していたのだ。落下するマリンをその手で受け止め、マリンの無事を確認し、ほっと胸をなでおろした。実はどきどきしていたのはマリンよりもアクアであった。アクアはマリンを信頼していたとはいえ不安でないわけではなかったから。マリンもアクアを信頼していたからこそ、勇気を振り絞れたのだ。
そんな二人の無事な姿を見たサファもほっとする。

マリンの手の中の赤い石をアクアたちは改めて確認する。
「これでちゅ。マリンちゃんとはなちゃなかったでちゅ。」

「これが、ほんとに幻の紅水晶なのかしら?なんだか黒ずんでて、すごい力のある石には見えないけど。」
サファが見たかぎりではたいしたものには見えなかった、もっと神々しい輝きを放っているものだと思っていたら、ちょっと赤っぽい汚い石、とても神秘的な、あの伝説のルビィの聖なる結晶とは信じがたかった。

だが、アクアは違った反応だった。赤い石を手にして確信した。

「この石にはかなりの水晶を感じる。気の遠くなるときを経てなおこれだけの水晶を宿しているなんて・・・・

間違いない、これが、紅水晶だ!」
そう言うアクアにマリンも嬉しく頷く。

アメジ、この石で黒水晶が倒せる、かっこいい生き様ってのを、お前に・・・

アクアが誰よりこのことを知らせたいのはアメジだ。
紅水晶を手にするという目標は達成した。アクアは紅水晶をマリンの首に下げた赤い巾着袋へと入れ、口を閉めた。

アクアたちは神殿をでる。登りより下りのほうが楽だとアクアは思ったのだが、アクアを気づかうマリンは自力で歩くという。
登りより楽とはいえ、足元は不安定な道のり
足を滑らせぬよう、下っていく、周囲を見渡しながら
黒水晶だっていつ来るかもわからない、目的は果たしたとはいえ、街に帰るまで気を抜いてはいけないのだ。

道なき道が終わるというところに来た時、アクアはあのすさまじいほど不気味な水晶が上空からやってくるのを感じた。
マリンもぶわっと毛を逆立てる。サファはドクロ水晶を取り出し、構える。

黒い巨大なその影は、黒水晶だった。赤い眼はこちらを不気味に見ていた。
マリンはアクアの合図を待つ、闘いの合図を、アクアの水晶を

「マリン、下がれ!」

「みゅっ?」

「おい、お前!マリンを、紅水晶を頼む!」
アクアはサファへと呼びかける。
それにマリンはアクアの言葉の意味がよくわからず眼をパチパチとさせる。

「アクアちゃま?」

アクアはわかっていた、黒水晶は疲れきったアクアたちの状態を知っていた、そしてアクアたちだけでなんとかできる相手でもないことを。またその不気味な水晶はかすかに膨らんでいたのだ。
黒水晶はアクアたちにかけらの危機感も感じてはいない。
おびえる小さな生物を嘲笑っているのだ。

上空よりその黒い悪魔はこちらを見据えている。その悪魔をアクアはギンと睨みつけた。掌にと水晶を集め、そして黒水晶へと挑戦的に掲げアクアは

「俺がこいつを引き付ける。マリンお前はその紅水晶をアメジに届けるんだ!

わかったな、早く行け!」

「えっ、アクアちゃま!?」
アクアのその命令に戸惑うマリン、だがアクアの気持ちを察したサファはマリンを抱き上げると、街のほうへと走り出す。

「アクアさん、すぐに戻ります!ガーネやエメラたちもよんできますから!無理しないで!」

「アクアちゃま」
アクアのもとへと飛んでいこうとするマリンをサファは両手でしっかりと抱きかかえ走る。


あの石、アメジならきっと、あの石の力を使えるはずだ、
アメジのあの力強い水晶なら・・・
それはアクアの思い込みであっただけなのかもしれないが、アクアはそう強く信じていた。
そして再びアメジのことを思い浮かべるアクア

かっこいい生き様か・・・今がその時かもしれないな。
アメジ・・・

走り出したサファたちへと意識がいく黒水晶に、アクアは自分のほうへと注目させようと、手に籠めた水晶を近くの地面へと放ち、意識を向かせる。
黒水晶はアクアのほうへと、黒い巨体が迫ってきた。

「くっ」
アクアは登山で疲労が残るものの、全神経を集中させ、その攻撃から逃れ、走る。
黒水晶は攻撃を外したまま、土壁へと激しくぶつかる。
その衝撃で壁は抉れたように崩れ、土砂が悪魔のようにアクアへと襲い掛かってきた。

「!!ぐっ、うわぁぁぁー!」
その悲鳴は土砂の中に飲み込まれていった。
サファの肩越しからそれを目にしたマリンの口からは悲鳴にも似た主人を呼ぶ声が響いた。

戻る。

第55話

泣き叫ぶマリンを抱きかかえたまま、サファは街の中へと帰って来た。走り際に会う人に「黒水晶よ!」と伝えながら、サファは寺院へと向かった。

「おじいさま!」
寺院へとすごい勢いで飛び込んできたサファに、何事じゃと叫ぶラルドより早く叫ぶ。

「黒水晶よ!早く助けにいって!アクアさんが黒水晶にっ」
息切れ切れにサファはアクアの危機をラルドに伝える。
ぼろぼろに泣きながらもマリンも必死に訴える。

「アクアちゃまをはやくたちゅけるでちゅ!くろついちょうのちぇいでいきうめに・・ひっく」

「むぅ、なんじゃと小僧が?そうかあやつ、本気で天上神殿に向かったんか。

それよりサファ、お前もどこに行っておった?」

「私も一緒に天上神殿に・・・それで、紅水晶らしきものをとってきたんです。」
それにラルドは信じられないといった表情を向けていた。アクアが本当に天上神殿まで行ってこれるとは思っていなかったし、紅水晶が本当に神殿にあったなんて信じられなかった。

サファはマリンの赤い巾着の中からそれを取り出し、ラルドにと見せた。
ラルドはそれを手に取り、不思議そうに眺めていた。

「ちょんなことよりアクアちゃま・・・」
泣き喚くマリンの声を聞きつけ、そこへと現れたのは

「マリン!!どうしただれがオイラの(強調)マリンを泣かせやがった?!むきぃー!

ん、アクアがいない。そうか、あいつがオイラのかわいいマリンを苛めて泣かしたんだな!許せん!!」
ひとり勝手に勘違いし、怒るチールだった、そのチールを足でぎゅむっと押さえつけながら現れたのはその主人ガーネ。

「たく、落ち着けってチール。そんなはずないだろ。
サファさん、一体どうしたんすか?」

「あっ、ガーネ!そう大変なのよ!黒水晶が現れてアクアさんが一人で引き付けることになって、それで崩れた土砂の下敷きに!」

「アクアさんが!?大変だ、すぐに人を集めて・・・あっ、族長は?」
ジストはアメジとともに水晶神殿に向かってきり、まだ帰ってきていなかった。

「ジスト様・・・」
ジストの不在にサファも不安な表情を強める。
ジストがいない今、大神官のラルドに指示を仰ぐサファとガーネ

「むむ、あの小僧一人救うために皆が危険を冒す必要は・・・」渋るラルドにマリンは我慢の限界を超える。

「もうマリンちとりでもアクアちゃまたちゅけにゆくでちゅ!
マリンじっとなんてちてられないでちゅ!!」
駆け出すマリンの前に、慌てて止めにチールが立ちはだかる。

「落ち着けよマリン、ちっさいマリンがいったとこでなんとかできるわけないだろ?
そんなか弱い足で土砂を取り除けるわけないって!それに黒水晶にやられちゃうよ!」
マリンの身を案じるチールだが、マリンにとっては自分の命よりもアクアの命のほうがなにより優先すべきことだったのだ。
チールの言葉に素直に従うはずはない。
でもチールの言うこともわかる。自分は体も小さく幼い、どんなに気持ちがあっても現実アクアを助けられる力はないのだ。
マリンはさらに大きな瞳から大きな涙をぼろぼろと零した。

震える体で、必死にチールへと助けを求めた。
「チール!おねがいでちゅ、アクアちゃまを・・・アクアちゃまを・・・たちゅけて・・・マリン・・・アクアちゃまいなくなったら・・・」
そんなマリンの姿にチールの心も震えた、チールはアクアのことが正直キライだった、アクアがどうなろうがどうでもいいと思った。でも大好きなマリンのこんな辛そうな姿は見ていられなかった。大好きなマリンのためなら、チールはアクアを助けたいと思った。
チールはマリンに安心するようにと元気付けようと言葉を吐く。
チールは主人を見上げる、だがチールが願う必要もなく、ガーネも同じ気持ちだった。

「命令でなくってもオレはアクアさん助けに行きますよ!

サファさん、すぐに人集めて!水晶使いと、それから動ける男できるだけたくさん。」

「ええ、わかったわ!」
ラルドを無視して駆け出そうとする若者にラルドは慌てて待ったをかける。

「こら、待たんか!指示ならワシが出すわ!

ガーネ、お前はその聖獣と一緒に黒水晶を戦いやすい場へとおびき出してこい!
サファ、お前は男どもと一緒にその現場に向かえ!
とっとと連れて帰ってこい!

まったく世話のかかる小僧じゃ。」
鼻息荒く、偉そうに指示するラルド、サファとガーネは大きく「はい!」と答え、寺院を発つ。
早くアクアのもとへと向かいたいマリンはサファとともに向かった。サファも、マリンがすぐにアクアに会えるほうがいいだろうと思い、マリンを再び抱えて走り出した。

ラルドもずかずかと外に出て、あの大きな声で集合をかけ、それぞれに指示を出す。
アクアひとりにこれだけ多くの人間を動かすことになるとは、ラルドは呆れつつも、だが心の奥底ではアクアを失いたくないと思っていた。ただその感情をラルドはけっして表には出すまいとしていたが。

街の外へと走るガーネとチールの後を追いかけてくる足音があった。ガーネはすぐにそれが誰のものであるか察した。
ガーネは振り向かず走りながらその者へと話しかける。

「おい、エメラ!なについてきてるんだよ!また勝手なことしてラルド様に怒られるのオレなんだからな!」
まるで厄介者であるかのような言い方にエメラはぷう。と頬を膨らませながら反論する。

「エメラ聞いたです。ガーネは黒水晶をおびき寄せるです?
なら巫女であるエメラが一緒のほうが絶対いいです!」

「あのな、戦いじゃなくて囮なの。だからお前が一緒だとかえって足手まとい。守ってなんてやれないぞ!」

「へーきですぅ。エメラ絶対活躍するです!」

言ってきくようなやつじゃないことはガーネもわかっている。はぁーとため息をつきながらもエメラの相手をしているヒマはなく街の外へとチールとともに走っていった。
その姿をじっと見ていた影があった。その目は敵意を持ったものだった。

「ガーネのやつ調子こきやがって、ふんそれも今日までだ、いくぞストン。お前があのクソ聖獣びびらせてやるだけで、ガーネの野郎はボロボロボロがでちまうぞ。」
それはガーネに激しく敵意を抱くブロンだった。
「そうじゃの、今日こそあの小僧どもよりもダンナのほうが優れた水晶使いじゃと証明できるわい。」

そんなブロンにと気づいたのは、ついさっき広場にて集合をかけられラルドから指示を受けたばかりのガラスだった。

「ブロンのやつ、ガーネ君の邪魔をする気なんだ!

ど、どうしよう、だれかに知らせ・・・!

だ、だめだ、ボクが、ボクがあいつを止めなくちゃ。

いつも逃げて、負けて、びびってばかりじゃ・・・
こんなままじゃ、いつまでたってもパールちゃんに・・・」
ガタガタと震える体を抑えながら、ガラスはついに勇気を振り絞る。
悪巧みなオーラを放つその背に、声をかける。

「ま、待ってよ!ど、どこ行くつもりなの?」
声は震えていた、だがなんとか言葉を発したガラスに、その相手はこちらへと振り向いた。隣にいる巨大な凶悪な聖獣もこちらをヴヴと唸りながら睨みつけている。

「なんだよ、!ああ、お前はたしかあの腰抜けのデブか。

いつも醜く泣いていて、しょんべんも漏らしていたよなぁ。
てめぇの聖獣も殺してしまって、なんのとりえもないクズ野郎が、このブロン様になんのようなんだ?」
ギンと鋭く睨みつけるブロン、ガラスは苛められていたころの嫌な記憶とともに体は固まる。

「こんなクズ相手にするだけ時間の無駄だ。ほっといて行くぞストン。俺たちの標的はガーネの野郎だ。」
ガラスに背を向け、ガーネを追いかけようとするブロンに、ガラスは再び声をかける。

「ボクたちは街の警護だって指示でしょ。勝手に出歩いたら…」
ガラスの声にブロンは反応せず、その背は遠ざかる。

ガラスは走った、そしてブロンを追い越し、両手を広げその進路を塞ぐ。

「はぁはぁ、ダメだよ。」
行く手を塞ぐ自分よりはるかに下の人間の反抗にブロンの怒りに火がつく。

「このブタ!どかねぇなら・・・」

「行かせない、ガーネ君の邪魔は、絶対に、させない!」
ガラスは生まれて初めて最大の勇気を出した。
今まで逃げてきたもののひとつに立ち向かおうとしている。
少しでも気を抜けば、その心は恐怖に完全に支配されてしまいそうな、それを唯一支えてくれていたのはガーネへの想いとパールへの想い。

そんなガラスに非常な鋭い牙が飛び掛ってきた。


戻る。

第56話

サファたちと道具を抱えた男達は、土砂崩れを起こしたアクアが生き埋めになっている現場へと到着した。
すでに街を出たガーネたちが黒水晶の引き付けに成功したのか、現場に黒水晶の姿は見えなかった。

「あっ、あそこです!」
サファは男達にその場所を指差し教える。
みんなすぐにそこへと走り寄ったが、土砂崩れは思いの外ひどく、アクアの姿を外から確認することはできなかった。
男達は道具を使って土砂を取り除き始めた。
サファは周囲を見渡しながら、黒水晶を警戒していた。
だが幸いにも黒水晶の来る気配はなかった。
だからといってもたついていては中にいるアクアの身も危ない。
アクアがまだ生きているかどうかはそこにいる誰にも確認できることではなかったが、マリンは強く信じていた。願っていたといったほうが正しいのかもしれないが。

マリンはまだ姿が見えてこない主人にと必死に呼びかけた。
マリンにとってアクアは恩人であり、大きな支えである。だからこそマリンはだれよりもアクアを救いたかった。
その小さな体では、土砂を取り除ける力などなかったが、アクアを呼ぶその声はだれにも負けなかった。


寺院より上部の通りの上で血まみれで横たわる大柄な男の姿をパールは発見し、それが自分の友人のガラスだと知り慌てて駆け寄り、その体を抱き起こし呼びかけた。

「ガラス!ガラスどうしたの?!しっかりして!!」
パールの呼びかけにガラスは「うう」と唸りながら瞼を起こした。

「あ、パールちゃん・・・」
激しい痛みに涙目になるガラスに、パールはすぐに察し、怒りに震える。

「こんな酷いこと・・・あいつね!?

待って、すぐに誰か呼んで・・・」
自分では大きなガラスを運ぶことはできないと、だれかを呼びに行こうとするパールを慌ててガラスは呼び止める。

「待ってパールちゃん。ボクは平気だよ、それよりも、ガーネ君が・・・

ブロンのやつ、ガーネ君の邪魔をしに・・・、早くガーネ君に知らせて・・・!」
痛みに顔を歪めながらも、必死に平気であることを装うとするガラス、パールはそれを察し、無言で頷くとガラスのもとから走り去った。

「はぁはぁ、ガーネ君、ごめんね、ボクあいつを止められなくて・・・」
痛みと悔しさから涙を浮かべ、ガラスは目を閉じた。

山道を行くブロンとストン。少し高い場所よりガーネたちを見つけ、ストンを使ってチールをビビらせ、それによってガーネの情けない姿を晒し、エメラに呆れさせようという。
そんな企みの眼のブロンを後ろから呼び止める声がした。

「ちょっと待ちなさいよ!!」
はぁはぁと息を切らしながらも、ギンと強い目でブロンを睨みつけていたのはパールだ。
そんなパールを見て、ブロンは慌てるどころか、怪しくにやりと笑いながら

「ああ、お前この前の・・・」

「アンタね、ガラスにあんな酷いことを!

その上みんなが協力し合わなきゃいけないって時に、ガーネの邪魔をしにいこうとしているんでしょ!?

そんな根性ひね曲がっているから、いつまでたってもガーネに敵わないのよ!

いーえ、アンタなんて一生あがいたって勝てっこないんだから。」

強気に詰め寄るパールにブロンはハッと明らかに馬鹿にした嫌な笑みを浮かべ

「お前、親に捨てられたみなしごらしいな。」
ブロンのその言葉にパールの表情は青ざめる。それはパールにとって忘れ去りたい事実だった。

「ちょっと人に聞いたらすぐにわかったよ。けっこう有名な話だったらしいじゃないか。幼い我が子を捨て、男と一緒にこの街を出て、砂漠を越える途中でふたりとも黒水晶に殺されたとかってウワサも。さらに哀れなことにその捨てられた子供、リスタルの民にしては珍しく水晶をまったく持たない体で生まれてきたらしい、と。
俺は思わず泣きそうになったよ、この世にそんなかわいそうなやつがいるのか?って。俺なら、きっと生きてられないだろうな。そんな無意味な、無様な体で生きていくなんて、地獄でしかない。
俺のように族長の家柄に生まれ、親に愛され期待され大事に育てられた子もいれば、逆にお前のような・・・」

「なに言ってんのよ!あたしからすればアンタみたいに人のこと見下して、僻んでばっかで、弱い者苛めるしか能のない人のほうこそ哀れでしかたないわ!」
ブロンに掴みかかろうとするパールにストンが飛び掛った。

「っく、あうっ!」
パールは転倒し、坂道を背中で滑るようにニメートルほど滑り落ちた。
パールが起き上がる間もなく、再びストンが飛び掛り、パールを押さえつける。聖獣の中でも大柄の巨体の雄のストンの重量は人間の大人一人ほどの重さはあった。
ストンに押さえつけられ身動きの取れなくなったパールは痛みで顔を引きつらせる。

「く、この卑怯者」
それでも強気にブロンを睨み言葉を吐くパール、そんなパールにストンが鋭い牙を向ける。

「待てストン!

そいつみたいに生意気に、出来損ないの身でこの俺に楯突く奴は身の程をわからせてやらないといけないな。」

ブロンは怒りの篭った不気味な笑顔でパールに近づくと、パールの顔を頬より蹴った。
口の中を切ったらしいパールの口からは赤いものが飛び出し、地面へと丸く染み込んだ。

「最低野郎!」
パールは血の混じった唾をブロンへと吐きつけた。
それにカッとなったストンはパールの肩に鋭い牙を突きたてた。

「っっああっ!」
パールは再び苦痛に身をよじらせる。重量級聖獣のストンに乗りかかられ、鋭い牙が肩に食い込み、身動きができないパール。ガラスの言葉に感情のまま勢いでブロンたちを追いかけてきたが、自分の力ではブロンを止めることなどできないと、パールは悔しさに震えた。

「ふふん、いいぞストンそのまま押さえつけとけ。

お前みたいに地位も水晶もない女は俺みたいな男に媚びなきゃ生きていけないんだ。

俺様の奴隷になると誓うなら、悪いようにはしてやらないけどな。」
卑しく笑うブロンをパールは下からギリギリと負けず睨んだ、そんな屈辱的な人生を送るくらいなら死んだほうがマシだと。

パールがそう思ったとき、視界が真っ暗になったかと思ったとき、ブロンはパールから見て右方向へとものすごい勢いで吹き飛び、岩壁へと激突し、関節などめちゃくちゃな形になったように地面へと落ちる。
ストンとパールはすぐにその原因がわかった。
今自分達を見下ろしている巨大な影・・・
黒水晶

「ダンナァ!うぉどれがぁぁっっ!」
ガァッと牙を向け飛び掛るストン、だが水晶使いの水晶を受けてない聖獣の力など微々たるもの、その牙は黒水晶に届くことなく、ストンの体は黒水晶に一瞬にして真っ二つにされ、切り飛ばされたその頭部はパールの顔の横すれすれに飛んでいった。
そのストンの血がパールの腹や胸の上に降ってきた。

首がすっ飛ばされたストンは当然もう生きているはずもなく、壁に叩きつけられたブロンも即死していた。
突然にして起こったことにパールはパニックを起こし、頭は真っ白になる。
その悪魔はパールのほうへと向かってきた。巨大な口から吐かれた毒の息にて瞬時に意識を失うパールは、死に向かうその道で最後に思い浮かべたのは・・・

「ガーネ・・・あたし・・・」



ガーネたちのもとに一人の男がやってきた。男はアクアの救出に向かったひとりだった。

「ガーネ、黒水晶はどうなった?」
そう聞いてくる男にガーネは答える。

「あっ、ども。黒水晶っすか?
なんかすぐに別のほうに飛んでいったんで。

アクアさんがいたとことは別の方向だったし、山脈の向こうにもう消えちゃったんで。んー、なんとか成功したってとこすかね?

あっ、それよりアクアさんは?」
それに男はこくりと頷いて

「ああ、アクアなら無事助け出したよ。怪我は負ってて意識もまだなかったけど、命に別状はないみたいだって。
もう無事に街まで連れて帰ったよ。
それで知らせにきたんだ。」

それにガーネはホッとした顔で
「そっかー、よかった。」

「これで作戦無事終了ですぅ!ガーネ、これもエメラの活躍あってです!」
そういうエメラにガーネはやれやれと思いつつも、頷いておいた。実際エメラの活躍などなかったわけなのだが。
無事アクアが救出されたという報告にガーネもエメラも喜びを露わにした。

街の入り口まで戻ってきたガーネの前に、怪我だらけのガラスが現れ、ガーネたちを驚かせた。
「ガラス!お前その怪我どうしたんだよ?!まさか黒水晶に?!」
そう慌てるガーネにガラスは首を振りながら、ガーネたちを見る。ガーネはエメラとチールと一緒に帰って来た。そこにガラスが一緒だと思っていたパールの姿はいなかった。

「パールちゃんは?!」

「へ、パール?パールがどうかしたのか?」
ガラスやパールの事情をガーネは知らない。ガラスの心は不安で覆われる。嫌な予感ばかりが広がる。

「パールちゃん、ガーネ君の邪魔をしに行ったブロンのこと追いかけて、そのことガーネ君に知らせにって・・・

会ってないの?」

ガーネはこの間パールに会っていない、当然ブロンにもだ。
ガーネの中に嫌な予感が広がる。ガラスにそれ以上訊ねることもなくガーネはすぐにまた山へと走り出す。胸騒ぎに自分の体が勝手に走り出しているように、その気持ちの向かう先へと足は駆ける。
ここまで不安な気持ちに潰されそうになったのは生まれて初めてだった。嫌な予感が外れることをひたすらに祈りながら、ガーネはパールの姿を探し、山道を駆け上る。

「パール!?」
ガーネの目に飛び込んできたのは、血まみれで横たわる無惨なパールの姿だった。

「パール!おいパール!!」
その体を抱き起こし、何度呼びかけても彼女の目が開かれることはなかった。ガーネの怒りにも似た泣き叫ぶ声が響き渡った。



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