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第35話

「こっちだ!黒水晶!!!」
ドクロ水晶を手に、アメジは自分を追ってくる黒い悪魔を挑発しながら石畳の通りを走る。
黒水晶によって破壊された建物やら瓦礫を駆け上りながら、水晶の線を描いていく。

その日の戦いは、アメジと無事全快したジストとタル。
アクアとマリン、サファと未だにラルドに認めてもらえていないガーネとチールが参加していた。
ほぼ毎日のように黒水晶との攻防を続けながらも、黒水晶のほうは、日に日に、不気味にその体を膨らませているように見え、そしてその体内から発せられる巨大な水晶も膨らんでいっているようであった。
何を食っているのかわからないその口からは、今まで以上に感じたことのない激しい腐敗臭がした。
アメジにせまり来るその口から、アメジは建物の壁を利用しながら、ギリギリとかわしていく。

アメジが線を描き終わると同時にタルやマリン、チールが飛び込んで黒水晶へとぶつかっていく。
ぐぅ、とうなり声を上げ、少し上昇した黒水晶は赤い目をぎらりとさせた後、両翼で周囲を破壊しながら、左足で建物の壁の一部を掴むと飛び道具のように投げてきた。


「逃げろ!!」
ジストが叫ぶと同時に、皆通りの奥へと逃げ込む

ドゴォッ ドゴォッ

それによって破壊されるリスタルの街並みを、うれしそうに眺めているような黒水晶はあの声を上げる


「ギャアアアアーーー」


「くっ・・・」
「あっ、アクアちゃま!?」

逃げる途中、黒水晶によって破壊を受けた石畳の隙間に足を挟んでしまったアクアはしゃがみこんでしまい動けなくなっていた。
心配げにかけよるマリンは声をかけていた。
その様子を見ていた黒水晶はアクアの目の前まで飛んできて、じわりと口を開ける。


「ひっ」
その巨大で不気味な悪魔を間じかにし、マリンも思わず縮こまり、毛をぶわりと逆立てた。

アクアも自分に迫るその巨大な黒い水晶に激しく拒絶する体ゆえに、マリンを守る余裕もなく、ヘビに睨まれたカエルのごとく動けなくなった。
死を覚悟する以前に、ただただ頭が真っ白になったのである。


そんなにアクアの前に彼を覆うように影が・・・



その影はジストだった。
アクアを黒水晶の視界から隠すように覆い立つジストの姿だった。
それを目にしたアクアは少しずつ現実に引き戻される。
アクアが見上げるそれは、アクアの目には壁にうつった。
アクアの中に新しいなにかが入り込もうとしたその時、


「どっちみてんだ黒水晶!」
黒水晶の死角から走ってきたアメジが線を放ちながら、それを駆けてくるタルがドゴッと黒水晶にぶつかり、その巨体が少しゆらぐ。

ジストのもとに走ってくるタルにジストがそのままの体制でタルに水晶を注ぐ。
それをぼうっと見ていたアクアは自分がだれかにつかまれたことに気づく。
アクアの背後から掴んだそれはガーネであり、ガーネの協力によってアクアはやっと足の自由を取り戻す。
そのまま立ち上がったアクアの目に飛び込んできたのは


「グェッ」


何度も打撃を受けた黒水晶はなにかをグェッと吐き出した。
それはどす黒く巨大な肉の塊のようで
激しい刺激臭がした。
黒水晶は口から吐き出したものをそのままにして、口ばしから何度か胃液のようなものを垂らしながら、空中へと舞い上がり、街の外へと消えていった。
アメジたちの前に残されたそれは・・・


「うっ、なんだこれ?


まさか・・・人の・・・・」

黒水晶が食い殺した人の肉?
あまりの臭いに顔をしかめながら確かめようとするアメジにアクアの口が開く。



「違う、それは・・・・

黒水晶だ。」

「へ?」

一瞬それがアメジたちにはどういうことかわからなかったのだが。

「あいつの、水晶増大の原因、たぶんコレなんだ。」
少しふらつきながらも立ち上がり、それを見据えるアクアにジストが
「どういうことなんだ?アクア」

「ソレは・・・あいつだ・・・

俺たちが倒したあの、黒水晶・・・あの黒水晶と同じ水晶を発している。」
その体ゆえに他の者より黒水晶の水晶に敏感なアクアだからこそ感じ取れた事実。


「ちょっとアクア、それってまさか・・・」


「ああ、あいつは黒水晶の死骸を食って、でかくなった。
おそらく、あの黒水晶の水晶を、喰らうことによって、吸収しているのかもしれない。
それにあいつの水晶・・・・

まだ、膨らんでいるみたいだ。」

「は?なにそれ?」

「まだ、強くなると・・・?」
こくり、アクアは額を伝う汗を拭わず、無言で頷く。



消えた黒水晶の死骸、それはあの黒水晶が持ち去っていたのだ、そしてそれを食べていた。死した仲間の肉を、水晶を、自らの水晶にと変えて。


「マジで・・・?」

以前アメジがラルドに言っていた冗談が、事実だったとは。
一同、暗く重い空気が流れていた。

戻る。

第36話

「あいつはいつでも俺達を殺せる。
それだけの水晶を持っている。」
俯いたままそういうアクアの声に、皆も肩を落としたままだった。

あの黒水晶の強さは今まで戦ってきたジストたちもわかっていた。
そして日に日に巨大化していくやつの体と水晶に強い危機感を抱いていた。
手ごたえのなさに、さすがのアメジも疲労感が高まっていた。


「こっちは毎日のように戦って疲労ばかりがかさんで・・・
やつはドンドン強くなる。

なんか、今のままじゃどうしょうもないんじゃない?」

あーくそっ!アメジは不満息を吐きながら、その場にケツをついた。ドスンと。

「そう、だな。

ラルド様に報告してくる。」





「なるほどのぅ・・・・今のままではダメであると。」
寺院の一室でラルドに今回の報告をするジストとアメジとサファがいた。
「聖乙女であるアメジ殿の力をもってしてもダメであると。」
残念そうな表情をアメジに向けるラルド


どこまであたしをアテにしてるんだよ・・・汗


「どーしたもんか・・・フゥーーー・・・・

ん?!もしや、まだアメジ殿の真の力が目覚めとらんのでは?!」
ぴこーん、と思いついたようにアメジへと向きかえるラルド


「はっ?!」

「もう少し水晶神殿のことも調べてみんとな。

めんどくさいが、またなにか新しい希望を発見できるかもしれん。
ワシはもう少し調べてみるわ。
族長、それまで黒水晶の相手を頼むぞ。」



「水晶神殿か・・・・たしかにあそこは不思議な場所だな。」
「まぁ、ラルじいがどこまで頼りになるかは怪しいとこだけど。

たしかアクアのやつもなにか調べるって言ってたし、ちょっと様子見てこようかな?」
「そうか、じゃあ私も一緒に行こう。」
アメジとジストはアクア宅へと向かった。



二人はマリンに迎え入れられ中に入ると、山のように積み重なった本の隙間からアクアの姿を確認すると声をかけた。
「うわっ、すげーな、アンタこれを全部調べたの?」
感心と呆れの気持ちでそういうアメジにアクアはしれっと答える。

「ここにある本はすべて目を通したことがある。
見落としがなかったか、もう一度調べていたんだが・・・。」

アクア宅にある本は大半が歴史書だとか水晶に関する書物ばかりだった。その著者の大半はリスタルの歴史に名を刻む、有名有力な大神官や水晶使いばかりである。
アメジならもう1Pめで挫折するような、そんな内容の本ばかりである。

近くにある本をぱらりとめくってすでにダメだー、なオーラを出すアメジ。
「むつかちーほんばかりで、マリンにはよめないでちゅよ。」
「あたしも読めないよ、マリンちゃん仲間だねv」
机の上に置かれた古い書物をぱらぱらと見ながらジストが訊ねる。

「赤目の黒水晶を記した本はないのか?」
少ししてアクアが答える。

「・・・・・ないな。
黒い目が黒水晶の特長だからな。
突然変異なのか、進化した姿というのが正しいか。
記録に残っているので最大の体長が10M。
あいつは、まだ成長しているようだから・・・・その記録も超えかねない。
黒水晶と人間が接触して1000年たった今でさえ、黒水晶の生態はほとんど明かされてないままだ。」
アクアの答えにジストの表情も曇る。

「はぁーーー、たくこの1000年の間昔のリスタル人はなにしてたんだ?ただ戦っていただけか?」
呆れながら言うアメジ、アメジにだけは昔のリスタル人も言われたくないだろうが・・・・。
「黒水晶はあの山脈の向こうから飛んでくるだろ?」
「そういえば、そうだよね。」
「先人たちもそれを知っているから、あの山脈の向こうに黒水晶の巣があると推測していたんだ。
だが、あの山脈を越えて戻ってきた人は一人もいない。
あの険しい山を登りながら黒水晶と戦うことなど不可能に近いからな。」
アメジとジストのやりとりを少し高いところから見ていたアクアはちら見しながらも書物にてをかける。


「とりあえず私は戻るから、なにかあったらすぐに知らせてくれ。
アクア、まかせたぞ。」
「・・・・・。」
「おう。そっちもなにか動きあったらすぐによんでよ。」

バタン。
早々にアクア宅を出たジストを見送ったあと、アクアはふぅーと息を吐きながら書物を本棚にと戻した。


「しかし、本なんて見ていて黒水晶の攻略法がわかるかねぇ?」
不満気にめんどくさげに言うアメジにアクアが

「バカにするな。先人の知恵あってこその今だ。
水晶の力も初代族長と言われるルビィが生み出したものらしいからな。」

「水晶か、だいたいみんな持っている力だと思っていたけど?」

「元々、俺達人間にも、聖獣にも水晶の力はなかった。
今こうして先祖の血によって当たり前みたいにあるこの力も、ルビィが手にしたからこそある。」

水晶の力はほとんどのリスタルの民と聖獣が生まれ持っている。
それを上手く引き出したり、コントロールできるのが水晶使いであり、そのためには修業をつまねばならないのだ。

その水晶を元々持っているとされるのが黒水晶。
水晶の力は大地から得るもの。
地球の中に眠るその大いなるエネルギーを体内に取り入れ、自らの大きな力にと変える。
それによって黒水晶は他の生物にはるかに勝る強い生命力と他の生物を圧倒する破壊力を持っているのだ。
このリスタルでは食物連鎖の頂点に君臨する絶対的な存在である。


「で、そのルビィってさ何者なの?水晶の力を編み出した?創始者?」
「・・・・・・。」
「ちょ、なによその顔はっ、めんどくさそうな、人をバカにしたような。」
「別に・・・・そんなつもりはないが・・・・・


ムリもないな。百年も眠っていたんじゃ、いろいろとんでいても
しかたない・・・・・」
「いや、別にあたしは忘れてとか・・・・」ごにょごにょ

アメジは百年眠っていたとはいえ、アメジ自身にとっては少し眠っていたという感覚で、別にぼけてはいなかった。

アメジはリスタルの歴史とか、そういう自分にとってどうでもいい興味のないことは頭に入れない主義だったから、ルビィのことなどよく知らない。
まあルビィの名は、このリスタルの創始者でもある初代リスタル族長として知らない者はいないのが当然なのだが。


ここから少しだけアメジと一緒にリスタルの歴史について聞いていただこう。

戻る。

第37話

遡ること1000年前
リスタルの民の先祖となる人々がこの地にたどり着いたと言われる。
彼らは大陸の西部にあったとされる巨大国家の民であったといわれる。
彼らはその国のある宗教の一派の信者であり、特に信心深い者達であった。
他国との争いから国内での宗教、部族間といった多くの紛争が絶えず、混沌とした時代に人々は強い不安を抱いていた。

そんな中、救いをより強く神にと求める彼らは行動を起こすことになる。
教祖の「神に救われるには神により近づく以外にない」との言葉を信じた信者である彼らは
信仰する太陽神を目指し、幻とも言われる聖地を目指した。

その地は、国境を越えた未到達の地であり、誰も見たことがない未知の地であった。

もっとも神に近いとされる、もっとも天に近い鋭く高くそびえるその山々を聖なる地と信じる人々は目標とし、目指した。

どこまで続くか知れない砂漠を越え、そこにたどり着くまでに彼らを襲った数々の困難。
厳しい道のりに途中で倒れた者の数も半端ではなかったという。

しかし、だからこそ彼らは進めたといえよう。
強い信仰心がその歩みを止めることはなかった。
砂漠を越えた人々の目にはリスタルの大地が広がった。
その先にそびえる聖なる山脈・・・・

やっと神に近づける、希望に満ちた人々は歓喜した。
たどりついた、幻とも言われた聖地・・・・



しかし、そこに救いはなかった


黒水晶・・・そう、その地にはるか昔から生息していたその巨大生物は聖なる山より降り立ったのだ。

彼らは次々と襲い来る黒水晶たちの餌食となり、命を落としていった。
彼らの教えは武器を手にすることを禁じていた。ゆえに黒水晶に対抗する術を持っていなかったのだ。



人々は絶望した。


この地に救いはなかった、と。



だがひとりそれに立ち向かおうとする少女がいた。

力強く鍛えられた足と希望に満ちた力強い瞳を持っていたその少女こそルビィである。



彼女は人々を勇気付け、石や土、そしてその地に黒水晶同様以前から生息していた聖獣の先祖に当たる生物の力を借り、戦うための武器を作り出した。それはとても原始的なものであったが、人々や聖獣と手を合わせ、苦労の末、一体の黒水晶を倒すことに成功した。

食料もつきかけていたとあってルビィは黒水晶を食べることを勧める、だが酷い刺激臭を放つソレをだれも口にしようなどとはおもうはずがなかった。
それは人が口にしていい肉ではなかったのだ、それを人々も本能で理解していた。


だがルビィは規格外の人間だった。
その肉を手に取り食したのだ。

しかしというか当然というか、その直後
ルビィは黒水晶の毒によって命を落としてしまう。
黒水晶の肉は食せない、黒水晶どころか日々の食にさえ危機が迫っていた人々はさらに絶望した。
戦うことにさえ意味のないことに思えた。


すべてを諦めかけたとき、その影は現れた。
信じられない光景だった。
それは死んだはずのルビィであった。

彼女は自分の体内から生み出したという不思議に紅く光る石を掲げてそれから発する光を聖獣にと放った。
聖獣は輝きながら黒水晶へと向かい、次々と黒水晶を倒して行ったのだ。
それが今で言う「水晶の力」の誕生の瞬間だった。


ルビィをリーダーとして人々は黒水晶と戦った。
そして数年の後、人々はいつか神にたどり着くことを夢見、その地にとどまることを決意。
黒水晶との戦いこそ神が与えた試練だと信じたのだ。
それを乗り越えたルビィがその象徴であるように。


そして彼らは自らとその地を彼らの宗教語で「神に愛されし下僕」という意味の「リスタル」と呼ぶようになり、リーダーとしてルビィを初代族長とし、リスタルの民を名乗るようになる。

ルビィの中の水晶の力は、その子孫へと受け継がれていったという。
ルビィの勇敢さがリスタルの民の特性として受け継がれたと言われる。

そして月日を経て、彼らの信仰はリスタルの文化となり、より深く人間と関わりを持つようになった聖獣たちは言葉を覚え、重要なパートナーとして共に生活する存在となった。

水晶の研究も少しずつ進み、そんな文化の流れの中でドクロ水晶が生まれ、男性と女性の水晶の違いも明らかになり、水晶使いと巫女の役割も生まれたのだ。


厳しい環境と水晶の力によってリスタルの民は進化し、そして栄えてきたのだ。

戻る。

第38話

「・・・・つまり、

そのルビィのおかげでこうして大地からの恵みを受けられる体になれたと・・・・
そゆことか?」

アクアからリスタルの歴史や初代族長ルビィのことをおおまかに聞いたアメジはひじを机につきながら頷いた。


「少しは、わかったのか?」
「んー、まあ、なんとなくは・・・・


て、アンタやっぱあたしをバカにしてんな?!」
本を揃えながら棚に戻しているアクアをアメジが ギンッ
と睨みつける。

「そんなことは・・ない。

俺は・・・アメジ、お前を・・・・」
俯くアクアにアメジは慌てて

「違うんならいいんだって
ま、あたしは聖乙女様だしね☆」
アメジに複雑な表情を向けたままのアクアに、アメジが問いかけた。


「で、なにかヒントになるようなことでもあった?」
すべての書物を片付けたアクアは首を振った。

「いや、ここには特に答えに繋がるものはないみたいだ。

あそこなら・・・・あるかもしれない・・・・」
「へ?

あそこって?」





「むむむむむ・・・・疲れたわい・・・」

ぐあー、と大口を開けてあくびをしながらイスにもたれて反り返ったラルドは卓上に広げた書物などから目を逸らすように天井を涙目で眺めた。
ラルドも大神官として黒水晶について調べていたのだが
いいかげんなその性格から、すぐに飽きがでてしまい不機嫌に眉間にしわをよせる。

本音は誰か代わりのものにやらせたかったのだが、大神官という身であることがそれにストップをかける。
快楽のない苦痛の作業から一時離れようかと席を立つ。


「なんかストレスが溜まると思えば・・・
そういえば最近は若い女子に触わっとらんかったなー。


ふむ、やはりここはアメジ殿の迫力ある尻を触ってパワーを頂いてくるとするかのうv」
こりないラルドが立ち上がった時、隣の部屋である寺院の書庫から物音がした。

「む?!」
今書庫にはだれも居ないはず、つい数時間前までラルドがそこにいたが今は誰も入っていないはず。
そもそも寺院の書庫は大神官であるラルドが管理をしており、ラルドの許可なしに勝手に立ち入ってはならないことになっている。
しかし、たしかにそこから誰かが書物を漁っているかのような物音がしていたのだ。


アメジのもとに向かおうとしたラルドはさらに眉間にしわよせ書庫からする物音のほうへと向かった。



「誰じゃー!?そこで勝手になにしとるか?!!」
バンと激しい音を立ててラルドの手によって書庫への扉は開かれた。


「みゅっ!」
「むっ、小僧!!」

そこにいたのはマリンと書物を黙々と読み漁るアクアだった。
こりゃー!!とぷりぷりしながら近づくラルドを気にする様子もなくアクアは黙々と本を読んでいる。

「貴様どうやってここに忍び込んだ?!」
アクアは幼い頃からこの書庫にちょくちょく忍び込んでいた。
もちろん無断で・・・。
実は倉庫の影になって長年使われていない裏側の古い扉からアクアは忍び込んでいた。もう十年以上も、ラルドはそれに気づかなかったのだ。このへん管理がいいかげんなわけだが・・・・。

「おいっ小僧聞いとるんか?!」
つかつかとアクアの二メートルほどまでラルドが近づいた。


「うるさいジジイ、気が散る・・・向こうに行け。」
ため息混じりに不機嫌に息を吹くアクアに

「アクアちゃま、くろついちょうのことちらべてるんでちゅ。
じゃまちないでくだちゃい。」
アクアをかばうように小さなマリンがラルドの前に立つ。
なんじゃチビッコめ、とぶちぶち言いながらもラルドは少し距離をとって、じっとアクアを睨んだ。
アクアはそんなラルドをちらりと横目し、視線はすぐに本へと戻り、ふてぶてしくもそのまま読書を続けた。
そんな様子を見ながらラルドはぽつりと


「フン、やはりお前は先代族長によう似とるわ。」


「?!
なんだと?!」
その言葉にアクアは激しく反応する。

「そのジジイみたいな白髪以外はのう。
その人を睨む目つきや生意気な口なんか若い頃の先代にそっくりじゃ。」

不機嫌がさらに顔に浮き出るアクアをラルドは嬉しげにイジワル気ににやりとする。
アクアにとって過去最大の傷ともいえる父親の先代族長の話題。
それに気に障りながらも、関わらないようにすぐに本へと目を戻しラルドの存在を無視した。


「そんな若造も、リスタルの長という強い責任感と家族ができてからはみるみるでかくなっていきおった。
自分にも周りにも強く厳しく・・・そういう奴じゃったからのう。
あやつは自分を壁だと言っておった・・・
自分の後を継ぐ者の壁であるとな。」
一人しゃべっているラルドに向きもせず、アクアはただじっと書物を見ている。しかし耳は傾けていた。



「小僧、お前の壁はどうなった?
心の中の壁は?」


壁・・・・俺の中の心の壁だと?


黒水晶との戦いで一つの壁は乗り越えた気がした。
だが、まだ壁はたしかにある気がした。
アクアにとってまだ大きく、そして今目の前に立ちはだかる壁・・・


「俺は黒水晶を倒す方法を必ず見つけてやる。
ジジイ、アンタより先にな。」
そう言ってラルドをギンッと睨むアクアの瞳には熱く燃えるものがあった。

戻る。

第39話

「なんじゃとぅ!!(怒)

こ、小僧の分際でワシに勝とうなど・・・

100年早いわっ!」
生意気アクアに短気なラルドは軽くブチキレ反撃の口撃。
そんなラルドを軽く睨むと、鼻から息で、再び本棚のほうへと別の本に手をかけるアクア。
アクアちゃまのじゃまちないでくだちゃい、とマリンが小さな体で吼えていたり、そんなやり取りをしばらく続ける中
この書庫へとやってきたもう一つの足音・・・


「あそこって、ここのことだったのか?」
きょときょとと書庫へと入ってきた足音の主は


「アメジちゃま!」
三角耳をぴんと立てたマリンの声にアメジが「よっ」と片手上げて応え、そのほうへとアクアとラルドも振り返る。
「おおっ、アメジ殿!」
アメジを目にするととたんにご機嫌顔になるラルド。


「ああ、ここには昔からよく来ていたからな。
書店よりもずっと揃いがいい。」
本を片手にアメジのほうへと向きかえってアクアが答える。

「なにぃ?!
昔からじゃと!?貴様!
いつからここに不法侵入しとるんじゃ?!

おのれぃ・・・ボコボコのグチョグチョにしてくれるわ」

「だめでちゅ!」
ぷるぷるしながらも毛を逆立てながらマリンが主人をかばう。

「まあまあラルじい、今は緊急事態だし。
大目にみてやったらいいんじゃない?」
手をひらひらとさせながらラルドの無駄な怒りを冷やそうとするアメジにラルドも(アクアにムカツキながらも)納得するのだった。

あたしは調べごととか苦手だし、とりあえずパトロールでも続けておこうかな。

真剣に本を見ているアクアの邪魔をしないほうがいい、とアメジは寺院から出て行こうとした時



「アメジ!」


アメジを呼び止める声にアメジは振り向いた。
その声は書庫から飛び出してきたアクアだった。

息を切らしながらもアメジが声を出す前にアクアは言った。

「お前は・・・どうすれば
俺を認めてくれる?」
アクアのいきなりの問いかけにアメジは「へ?」と理解不能な表情を返した。
アクアの前に壁はある。

それはひとつでなく、過去の壁、父の存在という壁
それらを乗り越えても尚、立ちはだかる無数の壁
それらを見ないように、今までのように生きていくこともできる。

でももう、アクアは壁から目を逸らすことをしたくなかった。
そのたった一つの想いがアメジであり、今また、アメジという壁もまたアクアの中で大きく立ちはだかっていたのだ。

黒水晶と戦いたい
その想いを後押ししてくれる力が欲しい
アクアはアメジにそのための言葉を欲したのだ。


言葉にできないアクアのその想いを、アメジは本能的に感じ取った。
こいつにたしかな言葉を返さなければ・・・・
そう思ったアメジの口から発せられた言葉は



「かっこいい生き様っての、見せてみなよ。」



ふいに口から出たその言葉に、実は一番驚いたのはアメジ自身だった。


「かっこいい・・・生き様・・・」
「そう、自分でかっこいいって思える生き様よ。
アンタもう少しポジティブになんな。」
アメジの言った言葉に一瞬戸惑ったアクアだったが、軽くフッと笑みを浮かべるとすぐに書庫へと戻った。
アメジのいい加減な言葉は少なからずアクアに力を与えた。


アクアの姿を見送った後、アメジはどきっとした。


「かっこいい生き様って・・・・
とっさに出た言葉とはいえ、なんであたしは・・・・



オヤジの口癖をっ・・・・・」
アメジから変な汗がだらりと伝った。

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