恋愛テロリスト
第八幕 リンネとテン 10
突然動き出したキンの太い足がキョウを蹴り飛ばす。
ゴッという音が聞こえて、キョウの体は蹴り飛ばされたペットボトルみたいに飛んで転がった。
「キョウ!」
地面にうつぶせ状態になったキョウはかすかに呻いている。わずかに顔を起こしたキョウの眼前には、キンの太い足二本。
キンがガッと乱暴にキョウの首後ろを掴んで持ち上げた。
「おっかないことしてくれたのぅ、キョウ。ありゃー、ミントの仕業か」
ミントって、Aエリア領主館にいたミントさんのことか?
そういや雷門の武器手がけているとかなんとか聞いたような遠い記憶が……
人のよさそうなお兄さんぽかったのに、あんな鬼畜な武器造っていたのか。カイミの武器も結構鬼畜仕様だったもんね。…おっとろしいわ雷門一族。だてに武闘派名乗ってないわ。
「アレにも耐え切るなんて……さすがキン兄さん…」
さすがDエリア最強…っていうより人間越えているよ。あ、そういえばギャグマンガの世界って死なないって聞いたよね。…いっぱい死んだの見てきたような…、ああこれってリアル世界でした。
「驚いたがなぁ。ワシもこれ以上負星増やすわけにはいかんしのぅ、意地で倒れるわけにはいかんからな。
しかし……その目は完敗とは思っとらんようじゃな」
キンのキョウを持ち上げていないほうの腕がキョウの腹部を打ちつける。
「ぐぅっ」
人間サンドバック!?
キョウの体は打たれた後激しく揺れて、その顔は苦痛に歪んでいる。
首根っこ掴まれて、あれじゃよけられっこないだろうし。
やっぱり無謀だったんだ。さっきのあの攻撃が切り札で、それが敗れた今、キョウには勝ち目がない。
武器だってもう壊れちゃったみたいだし。
このままじゃ、ボコボコにされる結果しかない。いや、最悪殺されちゃうかもしれない。
「げふっごふっ」
無情にも何度もキョウに拳を浴びせるキン。キョウの体は殴られるたびこんにゃくのように揺れて、こんにゃくに見えるうちはきっとまだマシなんだ、そのうちえんぴつみたいにぽきっといっちゃうんじゃないか?って幻覚さえ現実に思えてくる。折れた鉛筆はもとの長さに戻らない。人間だって同じだよ、折れたら…いや想像したくない。
「根性すわっとるのぅキョウ!ワシはお前が大好きじゃあ」
はっはっはと高らかに笑いながらキョウを打ちつけるキンに、恐怖する。だけど、恐怖よりも怒りのほうが、怒りメーターが振り切れそうなくらいゴゴゴゴゴと体内のなんかが激しく高鳴っていくんだけど。
今まであたしのピンチには、桃太郎が現れたり、テンが現れてハチャメチャやったり…だった、けど。
でも今はあいつらはきっともうあたしの前には現れない、そんな気がするし、それにあいつらをあてにするなんてまっぴらごめんだ。
「いーかげんにしろーーーーー!!!」
あたしはそう叫びながら走り出していた、キンという標的に向かって。
どうやって戦うだの、よけるだのシミュレーションも妄想も一切しないで、それはもう体が勝手に走りやがったぜって状態だ。地面に転がるコンクリートの破片を掴み取って、それをキンの横っ腹へとガンガンと殴りまくる。
今ここであたしもなんとかしないと、確実にキョウは死に向かってしまう。
なにもしないより、なんか少しでも抵抗してやる。蚊ほどの攻撃にもなるかもしれない。
「キョウを放しなさいよ、このバカ」
ガンガン全力で打ち付けているのに、まったくもって微動だにしないんだけどこのデカブツめ。
でもダメージは蓄積されるだろう、ありんこだって集団になれば強いんだ、その法則なんだ。
それに一点集中なら、いくらキンの鋼の肉体だって、ちったぁこたえるだろう。そらそらそれーい!
「いっ」
いてっ、あたしの手が。そうか、その前にあたしの手が先に逝ってしまう確率のほうが高いよね。
そんな必死こいているあたしの頭上から「はー」となんかムカツクため息が聞こえた。
「幻滅じゃのぅ。やっと歯ごたえのあるおなごが現れたと思っとったが、桃太郎が抜けただけでこのヘタレっぷりじゃからのぅ」
なんだとー?!
「こっちこそ、あんたには幻滅したわよ。そりゃDエリア的な考えは大ッ嫌いだったけど、でもキンは根っこはまともで、あたし嫌いじゃなかったのに」
ブン!とおもいっきりコンクリートの塊を持ち上げて、渾身の一撃を叩き込んでやる!
「リンネ・・・下がって…ください」
あたしのすぐ上からキョウの声。キンに乱暴されて痛々しい姿になってる。スーツもシャツも髪の毛もくしゃくしゃだし。男前台無しだよ、だけど……ずっと男前だよ。
「鬼が島とか雷門とか、上から命令がないと行動できないんでしょ?
それから大好きつってぶっ殺しにかかるなんて、立派にド変態ですから!
このド変態マッスル変態バカ!」
フン!言ってやったぞ、ド変態って。
「うるさいのぅ、少し黙っとかんか」
「うぇっ」
ガッと両腕をキンに掴まれ上げられコンクリートの塊は地面へと落下。そのままあたしの体はキンに持ち上げられて、空に浮く。キンは片手にキョウ、もう片手にあたしを掴んで持ち上げた状態で…、ってあたしのこの状態は。
じたばたと足が空気をむなしく蹴る。ぐん、とさらに高い位置に持ち上げられて、あ、あたしはどうされちゃうんだ?
え、あれ?景色が空が回っていく?これは、こんなかんじは、桃太郎にのっとられた時の動き……
とは、また違う。
あたしの力とは関係なく、外から加わった力によって動かされている、というのはつまり
あたし、飛んでます、飛ばされてます。
ブン投げられたーーーー!!!
ひゃあーーーーー
点々と流れるようにあたしの目に映るのは、ぼやけた街の灯りに空の星や月の光。
景色はスローモーションのよう、実際のスピードに反して。
ああ、だけど、落下。
「うっがっ」
ゴッガッと体を打ちつける痛み。痛い、痛いっての。数メートルブン投げられただけでも、体打ったらそうとう痛い。肩と腕特に痛い。でも、骨はいってないと思うたぶん。だけど、筋肉損傷ッ!
「雑魚は後回しでかまわんか」
「リンネ!ぐっ」
呻くようなキョウの声と、打ち付けるような音がそっちのほうからした。
痛みに顔をしかめながらなんとか肩から上を起こした。その先に見えたのは、粉々状態の地面に容赦なくキョウを打ち付けたキン。
地面に半分体がめり込んでいるキョウ。いくらなんでも、キョウが戦闘訓練受けた身でも、無事なわけない。
「キョ…うっ」
びきっと走る痛みに起こしかけた体を崩される。ブン投げられただけでこのダメージですか。
桃太郎がいなくなっただけで、あたしは所詮普通の女の子なんだ。
戦えない、痛い、怖いの、暴力なんて、嫌に決まっている。
だけど、戦わなきゃ。あの人にたどり着く為に。
地面にめりこんでいたはずのキョウの足が、キンの腹部へと蹴り込んだ。
「あほぅじゃのう、キョウ。お前そこまでして…」
「悪あがき…ハァハァ…悪く、ありませんよ」
でも大してキンにダメージ与えられていないみたい。キョウの呼吸もここからじゃはっきりと確かめられないけど、虫の息っぽい。ずるっ、と力尽きたように蹴り上げた足が下へと落ちていく。
そんなキョウの上で、キンがとどめをさそうとばかりに固めた拳を振り子のように、上半身をねじり上げた。
やめっ、やめて!
「キョウ!」
ろくに起き上がれないなさけない体のあたしは完全に届かない手を、足の先のはるか向こうに見えるキョウへと伸ばした。
だめだ、とめられない、当たり前だけど、止められっこない。超能力で相手の動きを止められるわけじゃないんだから。
でも諦められない。ぐっと体に力を入れる。びしっびきっ、痛みはやっぱり走るけど、ダン!と地面を腕でたたき上げて、上半身をなんとか起こした時、ブンと音立てて振り下ろしたキンの拳がピタっと止まった。
「そのくらいでお止めなさいな、キン」
ふわっと鼻をくすぐる甘美なにおいを含んだ風が流れてくる。
あたしの目を見開かせる、その存在があたしの後ろからすぅっと現れた。
あたしの横へと立つ、月明かりでより明るく光るその髪に、光を飲み込みそうなほど強く輝く緋色の瞳。
軽く腕組みされたその左手には通信機があって、それをこつんと軽く爪で弾いているその人は……。
「ビケ……さん」
「兄者」
どうして、ビケさんが、ここに、Bエリアに……。
「鬼が島から指令の撤回よ。そのままDエリアに戻りなさい、あとは私に任せなさい」
「おお、そうか。それなら仕方がないのぅ」
ビケさんの言葉にあっさり納得した様子のキンは身を翻して、闇の中へと身を溶かすように消えていった。
一体、一体、なんだっていうのよ?鬼が島が指令の撤回って?
どうしてビケさんが、ここに、このタイミングに、現れて……?
運命?
いって、てて、だめだ、そんな自己中な考えさえ離れていきそうなほどあたし混乱しているみたい。
見上げていたビケさんの姿が近くなる。あたしへと身を屈めたビケさんの手によって、あたしは体を起こされた。やっぱりぴしっと痛みが走るけど、なんとかあたしは体を起こし立ち上がれた。
「大丈夫…、のようね。全身複雑骨折状態にされていてもおかしくないだろうと思っていたけど」
「はい、なんとか…、や、あたしよりもキョウが!」
ぼこぼこになった地面からなんとか体の一部が見えている状態のキョウへと向かおうとしたあたしの手首にぎっと痛みがあった。ビケさんの手が、あたしの手首を掴んでいた。
「それよりも、リンネ、あなたまだ思い出してはいないようね。
何度もこのBエリアに来ているはずでしょうに」
え、思い出すってどういう……
あたしの目を見るビケさんの瞳は強い力を持っているように、あたしの心はぶり動かされる。
思い出していないって、あたしの二年間の失くした記憶に関すること?
「リンネから離れてください!」
その声にハッとして振り返ると、肩を上下させながら息をしているキョウが、ふらつきながらも立ち上がり、こちらを見据えていた。
服がぼろぼろになり、皮膚も赤く染まっているけど、なんとか立ち上がっている姿から無事を確認して少し安堵した。
「キョウ!だいじょ…」
うぶ、とは言いがたいけど。
「馬鹿な子ね。まあはなから父上もお前のことはあてにしていなかったようだけど」
キンも酷かったけど、ビケさんの口ぶりもまるでキョウのことなんてはなからどうでもいいみたいに聞こえる。
「しらじらしい……。鬼が島は父王ではなくあなたなのでしょう?」
キョウは鬼が島は鬼王じゃなく、ビケさんだと言っていた。温羅の生まれ変わりがビケさんだからって。
よろよろながらも、目は鋭くビケさんを見たままのキョウ。キョウは自分の考えを間違っていると思ってないんだ。
なんか、空気が凍り付いているような…肌寒さはなんですか?
「なんの根拠があってそんな戯言を」
キョウの発言をはなから相手にしていない態度のビケさん。
「まさか、鬼が島に行って確かめたというの?」
目を細めながら、そう言うビケさんに「いいえ」とキョウは首を横に振った。だけど自分が誤っていたとは言わない。
「鬼が島への門は常に閉ざされている。たとえ領主であっても、首都鬼が島に立ち入ることはできません。
直接確かめるなど、不可能ですが、確信しています。
それはあなたが温羅で、桃太郎とその力を持つテンに強くこだわっているようですから……。
桃太郎が生まれ変わりであるリンネを離れ、テンと組んだ今、桃太郎にとってリンネは自分を縛るかもしれない邪魔な存在なんでしょう。
それは温羅であるあなたにとっても同じこと」
ちょ、ちょっと、それじゃあまるでビケさんが桃太郎のやつと同類みたいじゃない。いくらなんでも。
「ふふ、大した妄想ね。お前の言うとおりなら私はたいそうな悪人じゃないの」
キョウの態度に対してビケさんの反応はとても冷静だ。
「父王は桃太郎の血族に強い偏見があるみたいだから、桃太郎の血を引くリンネの存在を警戒しすぎていただけ。私も指令を聞いて驚いたから、急いで父上を説得してリンネは桃太郎と別の存在だから危険性はないって、ちゃんとわかってもらえたから指令の撤回が出たわけよ」
ね、と言って横のあたしを優しく見つめるビケさん。やっぱりビケさんが鬼が島であたしの抹殺を命令したなんて、キョウの思いすごしだった…。
「そんなのウソ、だ……父王は…」
必死に否定するように何度かつぶやいていたキョウは限界に達したのか、がくんと膝が折れ、白目をむいて地面へと倒れてしまった。
「キョウ!?」
駆け寄ろうとしたあたしの手はまたしてもビケさんにぐんっと引っ張られ、動きを制限されたまま。
「ビケさん、早く治療してあげないとキョウが」
「ほっといて大丈夫よ。迎えを呼んであるし、すぐに来るでしょう。
それより、アレからも聞いたけど、まだ思い出せないようね、リンネ」
アレって誰のことか、ハッキリわからないけど、あたしはそのまま聞いている。
その先に続く衝撃的な言葉など想像もつかずに。
「リンネ…、あなたは私とCエリアで出会ったのが最初だと思っているようだけど、本当はもっと前に会っていたのよ。あなたが完全に忘れていたようだから、思い出すまで黙っていようと思っていたけど」
え、なに、なに言ってるの?ビケさんなんて?
あたしがビケさんと出会ったのは、おばあちゃんを探して、DエリアからCエリアへと向かった時、Cエリアへと続く橋の上で……だったはずだけど。
ビケさんの言うことが本当なら、あたしは、あたしは……。
「二年前に、このBエリアで……私たちは出会ったのよ」
う、うそ!?二年前って、それじゃあ、あたしは…あたしが売った記憶は、ビケさんとの記憶!?
あたしの腕を掴んでいたビケさんの手の力がゆるむ。あたしの体は無意識にゆらゆらと揺れている。
頭の中が、真っ白になっていく。
どうして、もう体なんてわけわかんない。
自分の意識なんてなくて、ゆらゆらと、ただ足は体を倒さまいと右、左、右、左と前へと出る。
まるで他人の目から見ているんじゃないかみたいな現実感感じない景色が映りながら、狭い路地をゆらゆら歩いている。
「なんで……なんで……?
あたし、ビケさんの記憶を…」
どれくらい歩いたか知れない。ふらふらふらふら、Bエリアの街をあたしは歩いていたようだ。
時間の流れなんて、ちっとも把握してない。気がついたら日が昇ってて、いつのまにか眠ってて、また起きて、ふらふらと歩き出して。
どこに行こうというのか、きっとどこに行ったらいいのかわかんないんだ。
勝手に体が進むまま、あたしはこの街を彷徨っている。
他人は他人自分は自分、そんなBエリアだから彷徨うにはいいのかもしれない。
「なんで、売っちゃったの? どうして、過去のあたしはビケさんを忘れたかったの?」
わからない、頭をガンガン叩いても、なにもなにも思い出せない。
そういえば、一度売った記憶って簡単に思い出せないんだって聞いたっけ。
ビケさんにどんな顔して会えばいいの? ううん、もうビケさんに会う資格なんてないのかもしれない。
諦めなきゃ、いけないのかな。でも、それじゃ今までのあたしの行動が無意味になってしまう。
この手も血に染めたって言うのに……。
見上げたら青い空で、どうしようもない気持ちにかられる。さぁーと風が流れてきて、あたしの髪が乱れ流れる。
風の音、いや違う。聞こえてきたのは、それは忌まわしいあの声。
『よぉ、リンネ。悩んでるようだな』
「桃太郎!」
空耳でもない。それは音じゃなくて、存在として感じるから間違いっこない。
あいつが、またあたしの中に戻ってきた?!
なんで?テンについていったはずじゃ。
『少し落ち着きやがれ、バカが。お前は俺様の大事な生まれ変わりだからな』
「は?何言ってんの?大事なんて欠片も思ってないくせに。なにか企んでいるのね。
は!そうか、わかったわ。あんたね!あたしの中のビケさんの記憶、売ったのあんたなんでしょ!」
これが答えだ。やっとわかった。間違いない。あたしの受難の根源はこいつだったんだ!全部桃太郎の仕業だったんだ!
こいつの、こいつの、こいつのせいでーーーーーーんがーーーー。
『ヘ、のん気なこったな。Bエリアにいても、あいつから聞いてもまだ思い出せないってことは重症だな。
そうだな、てめぇにとっちゃ大事な思い出だ、記憶だ。
取り戻してぇだろうよ。協力してやるぜ』
「え…?」
明らかに胡散臭いと思う。だけど、あたしは、思い出したい。二年前のこと。どうしてBエリアに来たのか。
どうやってビケさんと出会ったのか。
消えてしまった記憶。
怖い…だけど、取り戻したい。その時なくしてしまったビケさんへの想いも。
桃太郎はあたしをいざなう。
二年前にあたしがビケさんと出会った運命の場所へ。
記憶を取り戻す旅へ……
第九幕 砕ける心に続く。
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