恋愛テロリスト
第七幕 熱愛宣言 10
早速Cエリアへと戻ったあたしは一目散に領主館へと向かった。
ビケさん、ああやっとビケさんに会えるんだ!
瞳キラキラ星飛ばしながら、あたしはビケさんの元へと走る。
久しぶりに目にするビケさんは、ああっ、あたしの想像以上に眩しすぎるんですがっ。
館内に入ってすぐ、広いロビーであたしを待っているビケさん。
「ビケさん、ただいま戻りました!」
乱れた髪を直すことさえ忘れて、あたしはすぐに大好きな人のそばに駆け寄った。
あたしを待っているビケさんは、優しい笑みを湛えて、あたしを出迎えてくれる。
「ビケさん!」
あたしが駆け寄るその時、ビケさんのあたしへの第一声は
「テンはどうだった?」
ピタ。
だるまさんが転んだ、でピタってな状態に。
あたしの足はピシっと途中で止まった。
「えっ・・・テンって・・・」
固まったままのあたしにビケさんはにっこりと笑顔のまま
「私が知らないと思った?」
ビケさんはテンのこと知ってた?!
ざわざわと血液が逆方向に流れていく音がする。
「ショウちゃんのとこに行かなかったことも知っているのよ。
テンの元にいたんでしょう。
どうして黙っていたのかしらね?」
え、笑顔だけど目は笑ってないような・・・ビケさん怒ってます?
「やましいことでもあったのかしら?」
「そ、そんなことありません!あたしはビケさんに心配かけたくなくて」
「ふっ、なにを心配するというの?」
「えっ?」
「私はもう部屋に戻るわ。着替えてきなさい」
ビケさんはそのままスイっと自室へと向かっていった。
あたしはあたしの想像していた(熱烈な)出迎えがなかったことにがっくりぽかーんとしながら
数秒して、ボロボロな自分の姿に汗しながら、慌てて浴室に走った。
一人では寂しいくらいに広い、泳ぎっこできるくらいに広いCエリア領主館のお風呂につかりながら考えていた。
ビケさんって、あたしのことほんとに心配してくれてないの?
あたしのことよりも、ほんとはテンのことが気になるんじゃ・・・テンだってそうだから・・・
世界広しといえど、あたしほどどうでもいいと思われていそうな女の子っているんでしょうか?いるんでしょうか?
ん?どこかから、お前がいなくても成り立つストーリーじゃね?とか聞こえてこない?そんなそんな空耳ですよね?
って、な、なにを考えてるのよ!
そんなことない!
ああもう変な考えはやめよう。
そうよ、あの心配してないっていうのは、あたしの気持ちを信じているって意味なのよ!
そう、もうそうとしか思えなくなったぞ!うん。
そして、次に頭をよぎるのは
テンの言っていたこと・・・
Z島で、ビケさんがテンに言ったという・・・
タカネは死んだ。もう二度と会えない。
ビケさんから確かめなきゃ。
あたしはテンの言葉は信じない、ビケさんの口からちゃんと聞きたい。
あたしは、ビケさんの言葉を信じる、から。
「記憶を失くしていたんですってね」
ビケさんはそう言って笑った。
テンのこと、もうビケさんに隠す必要もなくなった。
「簡単に忘れるなんて、所詮その程度の想いだったのよ」
ビケさんはテンのことを軽んじているように目を細めて笑う。
「でも、テンは全てを思い出しました。
直接は覚えてなかったけど、でも根っこではちゃんと大事なこと忘れてなかった」
カフェテンを通じておばあちゃんの想いを、それから手放せなかったビケさんとの記憶も。
「ほんとうに大事な記憶なら欠片も失くしたりしないのよ」
そう言ってあたしを見るビケさんの瞳は、あたしの瞳の奥の奥を見るような鋭さを感じる。
「リンネ、あなたが本当に私を好きなら、どんなことがあっても忘れたりしない」
「はい!それは、絶対自信あります!なにがあっても、ビケさんのこと忘れたりしません!」
「ふっ、ふふっ、よく言うわ」
「そんな、あたし本気ですよ!絶対に」
この気持ちを忘れたり、捨てたりしないって。
そう自分の気持ちを信じるから、ビケさんのことを信じたいの。
「ひゃっ」
ビケさんの腕の中に捕らわれたあたしは、驚いて一瞬身を硬直させた。
そんなあたしの目を、ずっと奥をのぞくようなビケさんの緋色の瞳はあたしの目の自由を奪う。
ビケさんを見つめるだけで、十分なんだ、あたしの目。
「その気持ち、確かめさせてもらうわよ」
唇の自由も奪われて、その心地よさに体も全神経も自由を奪われたってかまわないと思いながら
恋の波に溺れて溺れて溺れたままでいいと思いながら
ビケさんさえいればなにもいらない。
あたしは全てを捨てられる、そんなことをその時は思った。
そこはふわふわと不思議な感覚の世界だった。
体がここにあるようで、でもないような
あたしは存在しているけど、体の感覚はおかしくて、気持ちだけはちゃんと感じている。
「リンネ」
あたしを呼ぶ優しい声。
もう長い間、その声を聞いてないのに、すぐにそれが誰だかわかった。
おばあちゃん!
ふわふわする足元を、少しずつその目の前に映る存在の元に進もうとする。
黄色がかったふわりとした髪を頭の上で束ねたおばあちゃんは、天使みたいに優しく柔らかく微笑んでいる。
おばあちゃん。
そこに行きたいのに、たどり着けない、足をどんなに動かしても、ふわふわとしてて上手く歩いていけない。
あたしがおばあちゃんのほうを見るとおばあちゃんはあたしを見ながら、語りかけてきた。
「リンネ、大丈夫よ。あなたの一番大切な想いを大切にすれば・・・きっと、その想いは・・・」
おばあちゃん、あたし・・・
「あなたの大きな力になるわ」
あっ?
霞がかっていく世界。ふわふわと浮かんでいく無重力世界。あたしの力の及ばないその世界は・・・
夢、夢の世界なんだ。
これがほんとの夢の世界。
おばあちゃんが出てきたことも、意味不明のメッセージも
夢なんだからと思えば、なんの疑問もない。
そんな不思議な夢の後、またあの変な、妙にリアルに感じている夢を見た。
「くくく、うははははは」
「なにがおかしいのかしら?」
あたしのほうを見てそう言うビケさんの姿。
場所は、ここ、ビケさんの部屋の中のよう。
あたしの目から見ている世界。
「こいつの滑稽っぷりがよ。絶対忘れないとだとよー。たくこいつのバカっぷりには呆れ通り越して笑いだぜ」
「酷い男ね。そうさせているのは誰のせいなのかしら?」
片眉を上げて、目を細めるビケさんに、あたしの感覚のそいつが下品に笑いながら答える。
「そいつはてめぇだろーがよ?てめぇより酷ぇ野郎はいねぇよな」
「その言葉そのままお返しするわ。お前のほうがよほど酷いことをしたでしょう」
「へ、酷ぇってのはあんまりだぜ?俺様のは試練だ。
こいつには強くなってもらわなきゃ困るだろ?必死なんだよ俺様だってこいつに転生したその瞬間からが
大きな試練の始まりだったのよ」
瞼の向こうに明るさを感じて、あたしは目覚めた。
ああ、そっか夢を見たんだ。
でも、なんであんな夢を・・・?しかもビケさんのことを酷い男呼ばわりしていたやつ。
・・・いや、そう言ってたのはあたしのような、いやでもあたしなのにあたしじゃないというか・・・
あー、そっちの夢はもういいや!
そういえば、おばあちゃんの夢を見たんだ。
おばあちゃんが死んだなんて、やっぱりあたしも信じられないけど・・・
Z島でのこと、ちゃんとビケさんから聞かなくちゃ。昨日はあのまま聞けないで眠っちゃったけど。
今日は・・・
て、目覚めるとビケさんの姿はなし。
はー、起こしてくれてもかまわないんですけど。
というか、おはようのチューを・・・
目覚めのキッスを!
乙女の憧れなんですが・・・はう、こんなことならもっと早起きできるようにならなくちゃ。
カフェテンでも思い知っただろうが。
ベッドから降りて、着替えを済ませていると、全身にぞわぞわと走る嫌な感覚があった。
な、なに?
それは寒気というのか、体が嫌な何かを感じて警告を発しているのか。
なんだか、よくわからない気持ち悪い電気が走ったみたい。
「リンネ?どうかしたの」
「あっ、ビケさん」
部屋の入り口に立つビケさんが、部屋の中でへたりこんだあたしのほうへと歩み寄ってくる。
一体、今のはなんなんだろ?急に体がなにかを感じ取ったみたいな・・・
「顔色がよくないわね。悪い夢でも見たのかしら」
ビケさんはあたしの前にとやってきて、しゃがみこんだ視線は目の前で、白い美しい手があたしの頬を撫でる。
「ビケさん・・・」
はっ、ぽーっと目をハートにして頬染めている場合じゃないって。
そうよ、夢・・・おばあちゃんのこと、ビケさんに聞かなくちゃ。
「あたし、おばあちゃんの夢を見て」
「そう、それで」
一呼吸おいて、ビケさんにテンのあの言葉のことを訊ねた。
Z島で、テンがガケから落下する直前にビケさんから聞いたという・・・
「タカネは死んだ。もう二度と会えない」というその言葉の事実を
「あたしはテンの記憶違いじゃないかと思ってるんです。ビケさんがそんなこと言うわけないって思っているから」
「じゃあ、なぜわざわざ聞くの?」
うっ、もっともだ。そうなんだけど、だけど、ちゃんとハッキリとビケさんの口から聞きたい、否定してほしい。
それを聞かなきゃ、このもやもやが晴れそうに無いから。
「テンが・・・信じないから。
テンがビケさんのことぶっ倒すって言ったから。それを止めさせたいから、ビケさんの誤解を解きたいから」
言い訳めいた、だけども本心であるその気持ち。
「本当よ、そう言ったわ」
え?
「あ・・・テンを動揺させる為にとっさについたウソ、ですね」なるほど・・・と思ったのに、ビケさんは目を伏せて首を横に振った。
「事実よ。タカネは・・・テンのいうタカネはもうこの世にはいないのよ」
「え、それじゃあ、ほんとうにおばあちゃんはもう?」
憂いを秘めたビケさんの瞳があたしを覗き込む。
「黙っていて悪かったわ。タカネのことを知ればリンネがショックを受けるだろうと思って」
なんだか、変な感じだ。急におばあちゃんが死んでいたなんて言われて、現実だと思いづらいというか。
なに?この変な感じ、違和感。
あたしは、なにを・・・
「リンネ」
思考が一瞬停止したあたしを起動させるのはビケさんというあたしにとって大きな存在。
「あなたには、私がいるわ。タカネのことは、もう忘れなさい」
その水晶の中に映るあたしが、その人を見ているあたしが、揺れているあたしが二人見えた。
緋色の水晶の中にいるあたしが膨らんだ時、暖かい腕の中にいたことに気づいた。
「ビケさん・・・はい」
おばあちゃん、もう会えないなんて、悲しい現実だけど。
あの夢の中で、おばあちゃんが伝えたかったことは、今わかったよ。
あたし、ビケさんへのこの想いをなによりも大切にするから。
この想いが、あたしの全てだと思っているから。
そう、だよね?おばあちゃん。
その日の午後、あたしはCエリアに来た当初からビケさんから与えてもらっているその部屋にて
Aエリアのキョウに連絡をいれた。
この通信機、あんまり使い方わかっちゃいないんだけど(通信のオンオフくらい)一度連絡を取った相手のアドレスは自動的に残る仕組みらしい。
機械音痴のあたしでもすぐに繋げることが出来た。
キョウはテンのこと気にかけていたし、なにかあれば連絡してくれって言ってたし、ひと段落したから連絡しようと思って、通信を繋いだ。
すぐに通信機が通じた音がして、キョウの声が聞こえた。
「あっ、キョウ。あたしリンネだけど。あのテンのことで」
テンのことを報告しようとしたそれを遮るようにキョウの声。
『テンのことならもういいんですよ』
はいーーー?!
なに?あんなにテンのこと気にしていたくせになんじゃそりゃー
はあ、ショウといいテンといい、なんでこう、あたしには何考えているのかわかんないやつらばかりなんだ。
キョウは別だと思っていたのに・・・
がっくりしているあたしをよそに、通信機の向こうからキョウは話し続けている。
『リンネ、あなた今Cエリアに戻っているんですね?』
「え、うん。領主館にいるけど」
『どうしてCエリアに、テンの傍にいればいいものを』
は?はい?なにを言ってますか?キョウさん
『Cエリアに戻れば、いつ金門に狙われるかわからないというのに。どうしてそう危機感が足りないのですか?』
金門って・・・
「金門なんてもうへっちゃらよ。最近は特に狙われたりとかないし、それに・・・
ビケさんがいるし」
通信機の向こうのキョウが一瞬黙った。・・・ん?どうかしたの?
『リンネ、あなたはビケ兄さんに守ってもらおうと思っているのですか?』
「え、だってビケさんは・・・」
『そういう気持ちでビケ兄さんの傍にいるのなら、すぐにビケ兄さんの前から去ってください』
「へ?えっなに言って」
『金門の暗殺者があなたを狙っているそうですよ。死にたくなかったら・・・
戦う勇気が持てないのなら、すぐにそこから逃げなさい』
「ちょっ」
通信はそこで切られた。
なに?一体なんなの?なにが言いたかったわけ?
もう、ほんとにわけわかんない。
キョウの声の感じから、ちょっと怒ってたようにも感じたけど、でもなんで?
あたしがビケさんの傍にいちゃいけないの?
あたしの考えのなにが間違っているっていうの?なにが・・・
あたしはあたしのこの想いを信じて進むって決めたんだから。
ビケさんへの想い、ビケさんが傍にいてくれたら、怖いことなんてなに一つないのよ。
怖いことなんてなにもないんだ、そう思ったその日
その日、あたしにとって大変な、とんでもない事件が起こることになるなんて
それはもしかして、今朝感じた気味の悪いあの嫌な感覚が、それを暗示していた?!
それは、その夜やってきた。
日が落ちて、領主館に帰宅するビケさんを出迎える為に一階ロビーへと降りる階段を降りていた時
「あ、ビケさん」
すでにビケさんはロビーにいた。あわわ、あたしってばちゃんと出迎えることもできなかったなんて。
と後悔する余裕さえなくす存在も同時に目に入った。
それは、サラサラの栗色のショートヘアに長い睫毛に大きな茶色い瞳のあのもう二度とお目にかかりたくなかったあの自称最上級のあの最悪女。
「金剛カナメ!」
階段の手すりを握る手にぎゅっと力が入る。あたしは下から強く睨みつけてくるその女を高いそこから見下ろし、ギンッと睨み返す。
どうして、カナメがここにいるの?!
「ちょうどよかったわ、リンネ降りてきなさい」
あたしのほうを振り返ってビケさんが手招く。
一体なに?どうしてカナメがここに来るの?それにビケさんは・・・
不安な感情が急に襲ってきて、その場にしばらく立ち尽くしていたあたしは、ビケさんの顔を見て、少し気持ちが落ち着いたのを感じて、ゆっくりと階段を降りてビケさんの隣に立つ。
カナメはずっとあたしを睨みつけたまま、口を開いた。
「私たち金門は誰一人として納得していません!どうしてこの女を?!
よりによって、こんな・・・桃太郎の血を引く人間を・・・ビケ様に相応しいとは欠片も思えませんわ」
「なっ」
なにこの女、こんな失礼なこと言う為にここに来たって言うの?
しかもビケさんに対してよくそんなこと言えるのね、もうトップ女優の誇りとか感じられない。
そしてあたしを見るこの目は、怒りだけじゃなくて、それを通り越した殺意も見える気がして。
今ここにビケさんがいなかったら、すぐにでも牙を突きたててきそうなオーラを放っている。
「彼女、どう言っても納得してくれなくてね。私も困っているのよ、Cエリア領主として金門から嫌われるのも都合が悪いのよ」
そんな、ビケさんを困らせるなんて、もうなにこの史上最低迷惑女はっ、迷惑チャンピオン!
「だから、リンネあなたが納得させてあげて。私に相応しい女になりたいなら」
横目であたしを見るビケさん、その言葉があたしを押すよう。
「力ずくで」
「えっ?!」
ビケさんのその言葉を理解できず固まるあたしに、ビケさんがあたしに手渡した物にさらに唖然とさせられた。
それは、ずっしりとあたしの両手を固くさせるそれは、冷たくて重くて恐ろしくて、あたしが大嫌いなはずのそれは・・・Cエリアに着いたときに、ビケさんにと預けたあのライフル。
どうして、今これをビケさんはあたしに渡すの?
これは戦いの武器だよ?人殺しの危険な道具だよ?
Cエリアでは使用どころか持ち込み禁止の武器ですよ?
ビケさんの行動の意味が理解できず、固まったままのあたし。
「ビケ様の許可も出たことだし、これで私も本当の姿になれるわ」
カナメはそう言って、着ていたジャケットに手をかけて、スタント顔負けのジャンプで高く舞い上がった。
ブワッ
と音がしたのと同時に、カナメが着地した時、衣装が一瞬の間に変わって?!
黒っぽい薄手の上下は体にフィットしていて、スタイルのよさを見せつける。
首から肩に下げられているストールのようなマフラーのような布からはなにか仕込んでいるのか、金属の光が見え隠れしている。
それに・・・お腹・・・女性ながらきっちり割れている腹筋。そのヘソで輝くヘソピアスはダイアモンド?!
なになに?なに急にコスプレ祭り?!
ライフルを抱えたまま、その重みにぐらりと体を折りそうになったあたしを、ギンッと睨みつけたカナメの両手がブンッとぶれたと思った後、その両手に見えるは光るナイフ。
だからなにーーー?!思考が追いつかないこの展開。あたしはどうするの?
「ここで死んでもらうわよ!桃山リンネ!」
!あたしはどうなるの?!
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