恋愛テロリスト

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  第十幕 燃えろ!恋乙女 1  

炎に包まれるBエリアの一角。
雷門と金門のある若者間のいざこざをきっかけに、両一族間の大きな紛争へと発展した。
最初の戦場はDエリアにあったが、それはBエリアにまで拡大してきた。
両家の当主は、血気盛んな若者のことだからと傍観を決め込んでいる。
元々仲の悪かった両一族だが、その争いの火種を巻いたのは鬼が島、つまり愛兄ビケの命で動くショウだ。
その事実は明るみになっていないが。
それを知るものはそこにいた。混沌の街と化したBエリアに立つ男……テンの体に寄生する魂、桃太郎。
鬼歴1500年を目前にして起こった事件。
興奮した雷門金門の若者達は見境なく襲ってくる。テンにも幾人も襲い掛かってくるが、襲いくる連中を次々と斬り伏していく。その剣戟は以前よりも増し、さらにスピードも目に捉えられぬほど、常人を越していた。
桃太郎の力がよりテンの能力を上げている。
「ん、どうした?」
異常に気づいたテンが、目に見えぬその存在へと語りかける。
『ちぃ、ろくに力が出せねぇな……。たく、忌々しいぜ桃山リンネ』
「相変わらず、むちゃくちゃだよね、オッサン」
テンと桃太郎の前に立ちはだかるように現れたのは、長い前髪で右目を覆った孤高の少年。
「死んで、もらうよ」
テンへと銃口を向けるショウ。テンは動揺することなく、ショウを見据えたまま立っている。
『おいおいわざわざ死ににくるなんてよ。ひでぇ野郎だよな、ビケのやつは。
とりあえず感謝しといてやるぜ。まああの時ほど足りてねぇ気もするが、上出来か。もう少し争いの気が高まればいいんだがな、盛り上げてくれるか?小僧』
桃太郎の声はショウに聞こえているのかどうなのかしれない。彼の声に反応することなく、ショウはテンへと引きがねを引く。放たれた弾丸を、テンは迷うことなくかわし、ショウへと刃を向け飛び掛る。
『1500年前は生かしてやったけどよ、今回は死んでもらうぜ。余計なことしゃがった用なしがっ』




聞こえてくるのは波の音。肌寒い朝の空気を感じて、朝の光を瞼の向こうに感じて、あたしは目覚める。
だれもいない無人島。そろそろ秋が終わる季節に、小さなその島であたしは彼と二人っきり。
目を開けて、体を起こしたあたしの前にあるものは……。
尻……こんがりと茶色に焼けた肌色の、何も纏っていない、きゅっとウザイほど引き締まった尻。
し、しりーーーーー?!

皆さん失礼しました。いきなり尻とかなんやねん、てのはまあ置いといて。時間は遡ります。
こんにちは、桃山リンネです。
あたしの前世だと信じがたいことを言う目に見えぬキモイ存在【桃太郎】の話によって、あたしは失った二年間の記憶を思い出した。
どうしてあたしが、Bエリアの街で彷徨っていたのか、それから雷門だとか金門だとか災難に巻き込まれてきたのかも、すべて桃太郎のせいだった。
諸悪の根源桃太郎。その桃太郎とあたしの初恋で想い人のビケさんが裏で手を結んでいた。
あたしは十五歳の時、ビケさんとBエリアの街で運命的に出会っていた。そしてビケさんに恋をして、その想いに応えてくれたビケさんと一緒に暮らしていた日々があった。
だけど、十八歳のあたしの誕生日に、あたしはビケさんから衝撃の事実を聞かされる。
ビケさんの想い人は、おばあちゃんだった。
桃太郎の話を確かめる為、あたしはビケさんの元へ向かった。
そこで、ビケさんにあたしは「ゴミ」だと言われて処分されそうになってDエリアに。
諦めかけていた意識うつろなあたしの前には、なぜかショウが現れて、次に気がついたときはキョウに助けられていた。
Dエリアを脱出する途中、突然キンが仲間になったり。キンの提案でAエリアのミントさんの元に向かうことになって。ミントさんを巻き込んで鬼が島と戦うと言うキンとキョウ。
失恋の苦しみに耐え切れなくなったあたしは、記憶を売ろうとしたんだけど。
土壇場になって、やめてしまった。
どんなに痛い記憶でも、あたしの大事な気もちの一部だから、捨てられないって思って。
記憶の中のおばあちゃんに勇気をもらって、あたしは戦う決意をした。
ビケさん、あなたの目に映るまで、せいいっぱいあがいてみせるからね。



「おおーし、ミント。コイツも頼むぞ。使いやすくしといてくれ」
キンがそう言ってミントさんに渡すのは、携帯通信機。

結局ミントさんは力になることを決めたらしい。ずいぶん渋っていたように見えたけど、なんか今は楽しそうにも見える。

「やれやれ早速こき使うんすね。若旦那の武器もやっとかないといけないし。桃山さんの武器も用意しとかないといけないし」

やれやれと言いながらキンから通信機を受け取るミントさんに、はっはっはと笑いながらキンが
「ワシから雷蔵伯父上によう言っとくから」
そんなキンにあきれたように息を吐くミントさん。

「鬼が島にケンカ売るくせによう言っとくーもないでしょー、立場わかってんすかね」
同意を求めるようにあたしとキョウへと視線を向けるミントさんに苦笑いで返す。

「はっはっはー。にしても、ワシの言ったとおりムダじゃったろうキョウ」

ムダって?なんのこと?キンの言葉に首をかしげて、キョウを見る。

「キンの旦那は若旦那に、桃山さんを探しにいくのは無駄足だって言ってたんすよ」

ミントさんが説明してくれたけど、え、それって。

「どういうことよ?」

あたしを探すのがムダって、どうでもいいってことかい?キンにとってあたしは。
て顔のあたしに、フォローするようにキョウが口を開く。

「キン兄さんはリンネは戻ってくるって言ってたんです。だから探しに行かなくてもいいと。
私よりも、リンネをわかっていたんですね」

「はあ?そんなわけないじゃない」

キンとあたしは両極だと思うけど、あたしはキンが理解不能だし、キンもあたしをわかってなさそうだもの。

「ムリしてキンをフォローすることないのに。どーせ、探すのめんどくさかっただけでしょう」
「はっはっはーおんもろいのー」

なにがだよ?軽くムカッとくるんですが。しかも笑うだけで否定しないし。キョウはこいつを過大評価しすぎ!

「まあまあ、キン兄さんが仲間ならほんとに心強いですよ。テンのいない今はなおさら」

ムカな顔のあたしをなだめるようにキョウはそういうけど……、なんでキョウはそんなキンをよいしょするかなー?それにやたらとテンテンって……。あれか?テン信者か?桃太郎に憧れているとも言ってたような……。なぜあたしの苦手なDエリア思考の連中ばかり……、一番理解しあえると思っていたのに、がっかりだよキョウ。

「あー、ついでに若旦那のやつも出してくんさいよ。あっ、桃山さんも持ってるみたいっすね、貸してくれるっすか?」

とミントさんがあたしのほうに手を差し出して催促するのは。

「えと、これのこと?」
ビケさんからもらった通信機。

「でもこれ、壊れたみたいで、最近使ってないし」

電源も入らなくなってるし、まあ壊れていても仕方ないことばかりあったけどさ。

「あー、いいいい、大丈夫すぐ直るっすよ」

ミントさんに通信機を手渡して、ミントさんは手の中で見て状態を確認する。

「ありゃっ、これは」
なにかを発見したような口調でミントさんが声を上げる。あたしたちもミントさんのほうへ注目する。

「な、なんですか?なにか問題でも」

「問題というか、これ…盗聴器が仕込まれていたっすよ」

「え?盗聴器って……?」

「今は機能してないみたいっすけど、……気づかなかったんすね」

え、え、それってちょっと待ってよ。

「えげつないのぅ、兄者も」
はー、と哀れそうにキンがため息ながらそれを見る。
やれやれと指で額をこつんとしながらミントさんも頷く。

「Cエリアの領主どのって温羅の生まれ変わりなんすよね? 温羅の超能力があるならこんな小細工必要ないんじゃーないすかね?」

わなわなと体が震える。盗聴って盗聴って……、ビケさんがあたしにこれを持たしたのって、そのため?
尻のケガのこととか、テンといたことをお見通しだったこととか。あれも全部盗聴していたから知ってて当たり前だったわけでー……。

「愛のテレパシーだと思ってときめいていたあたしってなにー?」

ダン!両手拳で、ミントさんのいるデスクを叩きつけた。

「あ、愛のテレパシーって……」
「いくらなんでもそれはないじゃろう」
「ないっすよねー」
ありえねーよなキンとミントさんのやりとりにさらにむかーっとしつつ。

「うるっさーい! あーもー、だんだんむかついてきた」

「頼みましたよ、ミント」
「なるたけ早くにやっといてくれんか、な」
「はいはい、通信機のほうは二日あれば出来上がるっすね。バッチリ使いやすく改造しとくっすよ。
できるまでは、この館内にいてもらえるっすか」

あ、そういえば、少し気にかかっていることがあったんだ。

「ねぇ、ショウとは連絡ってとれないの?」
「ショウ?ショウのやつがどうしたんじゃ」
「キョウあたしをDエリアで助けてくれたよね。その時ショウに会わなかった?」

気を失う朦朧とした状態でのことだったけど、確かにショウを見たのを覚えている。
キョウに会う前に、あたしを助けたのはショウだ。でもなんであたしを助けたのか、その理由はわかんないけど。

「え、いいえ。会ってませんが……。私の通信機にはAエリアから送られてきて、半信半疑で向かったんですが。驚きました、あなたが地獄の墓場で横たわっているのを見たときは、もう死んでいるのかと一瞬思ったほどですから。まさかあそこで、無事でいられるなんて、思いもしない」

Aエリア?…ってことはミントさんがキョウに教えたってこと?
あたしたちがミントさんを見るが、ミントさんはいやいやと首を横に振る。

「オレっちもよく知らないんす。発信元が不明だったんすけど、若旦那に送れって指令だったんで、鬼が島からと思って、送信したんすけど」

「なんで鬼が島が送るんじゃ? 桃太郎も兄者もリンネを処分しようとしたのにわけわからんのぅ」

「さあ、ほんと、謎っすね」

「でも、そのおかげで、リンネを救えたわけですし」

「そーそー、結果オーライってやつっすよ」

「しかしほんまかい?地獄の墓場って、あんなとこにリンネおったんか?」

「なによその地獄の墓場って?」

なんかのホラー映画か?てな、聞いたこともない単語。キンが眉寄せてうわーってな表情で、なんとなく察する。とんでもない場所なわけ?
なにも知らないあたしにキョウが説明してくれる。

「Dエリアでもっとも過酷で危険なゾーンの俗称なんです。人肉を主食とするDエリアの中でも特に凶暴な連中が住み着くといわれている。そんな場所にいて、ほんとによく無事でいられましたね」

そんなところにビケさんはあたしを……。そこまであたしが邪魔だったんだ。

「おお、またリンネがわなわなしとるぞ」


「さて、二日ですか。桃太郎たちに動きがないとはいえ時間を無駄にはできませんね」

武器が完成しないとキョウもまともに戦えないだろうしね。
そうか、ムダにダラダラ過ごすわけにもいかないよね、通信機が完成するまでは、ここでなにして過ごすべきか。って考え込んでいたら「よし」って声があたしの上からして。

「使っとらん空いとる部屋はあるんか?」
そう言うキンに、ミントさんが「ああ、あるっすよ、鍵解除しとくっすね」

「リンネ、行くぞ」
あたしに声かけ部屋を出て行くキン。え?いったいなにするつもりなんだろう。
キンのあとをついて部屋を出たあたしのすぐあとに、ミントさんが同じく部屋から出てきて
「桃山さん、ちょっと」
と手招きしてあたしを呼び止めた。
誰もいない通路の隅まであたしを誘導して、周囲を警戒するように確認してから
「さっきの話なんすがね」
と切り出したミントさん。さっきの話って?首を傾げるあたしにミントさんが
「ほら、桃山さんが地獄の墓場にいたっていうー」
「はい、それが…」
まだ?な顔のあたしに「うーん」と眉寄せながらくせっ毛をかきむしりながら続ける。

「あの二人がいた手前誤魔化したんすけどね、オレっちのとこに送られてきた情報の発信元は……ショウ旦那なんすよ」

「え? ショウが? なんで」

「ほんとは口止めされてたんすけど。でも桃山さんには伝えておいたほうがいいと思って」

やっぱりあたしを助けたのはショウなんだ。でも
「なんで? ショウはあたしを助けたの?」

わかんない、あいつの行動、あたしを混乱させる。

「好きなんじゃないんすか?桃山さんのこと」

それは違う。あたしはミントさんのその言葉を否定するように首を振る。

「あたし嫌われているんですよ?あいつに」

殺意抱かれるほど。あたしはショウに嫌われている。それはわかっている。記憶が戻らなかったあの時から、何考えているのかわかんない理解不能なやつだったけど。
記憶が戻って、ショウの言動や行動を思い出してみれば、ある理由が浮かんできて、それが原因なら納得いく気がした。あたしの憶測でしかないけど……。


たぶんショウは、あたしと同じ想いを抱えている。
でもあたしよりも、もっとむくわれない救われない想いを……。
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