「お前がやりやがったのかー?ちくっしょーー!」
最初にアイツを目にしたのはうっそうとした山の中。目当ての獲物である巨大猪を先にしとめたのがアイツだった。
二度目は海の彼方からやってきた例の兵士達。奴らをあっという間に黙らせた獣のような突風のアイツ。
さらに、海を越えたあの地で、またしてもアイツと再会したんだ。

「てめぇは俺様の下僕だ。俺様に従い、俺様の為に戦え」
床に近い位置の顔を必死に起こしてアイツを睨む。笑いながらアイツはボクを下僕だと言った。そうだ、負けたんだ、アイツに挑んで、負けたんだ。
黒狼って言ったっけ。強い者が上に立てるっていう組織なんだっけ、なんか今のDエリアに繋がるものを感じるけど。

アイツの下僕なんて冗談じゃない、アイツに負けて、アイツの下僕に成り下がってまであんな場所にいる意味なかった。たとえ命を追われる身になっても。
逃亡の先に、待っていたのは死じゃなくて、もう一つの再会だった。
以前アイツと剣を交えたことのあるあの男…、名前は温羅と言った。

「そなたはたしか……ゼンビ!?」
温羅に命を救われて、温羅と一緒に行動することになったんだ。温羅は争いの世を治める為に、白装束のうさんくさい連中のもとへ向かった。

「温羅!オイラを一緒に連れてって!温羅の力になりたいんだ」
だれかの力になりたいなんて本気で願ったのが、アレが最初で最後だろうな。いや、きっとずっとその想いだけは続いているんじゃないのか?


アイツと最後に会ったのは、あれだ、…首都鬼が島。鬼王の城鬼城。階段の踊り場から、ボクはアイツを見下ろした。
「俺様の前に立ちはだかることがどういうことかわかってやってんだよなぁ?」
完全な敵同士として、アイツと向かい合った。アイツとやりあったのは二度目で、また負けたんだよな。
「お前、俺様と温羅がやりあうところ見たいんだろ?
特別に見せてやる。ここで俺様に殺されたら、見られねぇぞ、死んでも死にきれねぇだろうが?」
アイツはなぜか止めを刺さなかった。そして、アイツと温羅の最後の闘いを、この目で目撃する事になったんだ。
あの死闘を、まるで昨日の事のように思い出した。ボクの中で、温羅は…アイツは…記憶のずっと深いところで強く刻み付けられていた。




「――やっと、思い出したのね、ショウちゃん」
ボクはビケ兄に会いにCエリア領主館に来た。何度か見た奇妙な夢、ボクはそれが前世の記憶なんだと自覚したのがつい最近だった。ビケ兄がコロッシアムで言っていたこと、このことだったんだと気づいて、すぐに報告した。…でもまだなんか、ヘンな感覚なんだけどな。…前世の絆、それがなければ、ボクはビケ兄に出会えなかったなんていうのか?そんなこと…
「ボクがリンネウザイって思うのも、リンネがボクが大嫌いな桃太郎だったからなんだよね。…そうだボクはずっとアイツが嫌いだった」
「ふふ、私も父上も桃太郎は大嫌いよ」
それを言えば桃太郎を毛嫌いする金門や雷門だってそうだって言えるだろうけど、連中とは全然違う感覚だよな、だってボクはリアルに桃太郎を知っているんだ。前世でも現世でも。
「そして温羅のことが…」
ボクの口を塞いだのは、ビケ兄の抱擁の圧迫。懐かしいな、初めて会ったあの時もこんな風にビケ兄は優しく抱きしめてくれたんだっけ。
「わかっているわ、ショウちゃん。温羅を誰よりも慕い、側にいてくれたのはゼンビだった…。力になると、側にいてくれると誓ってくれたものね」
ああそっか、ずっと感じていた違和感はビケ兄が壊してくれた。温羅は父王じゃない、ビケ兄なんだ。
「その誓いは現世でも変わらないでしょう? 鬼が島のしもべとしてこれからも」
現世だろうが来世だろうがボクはビケ兄の力になる。ビケ兄は前世でも現世でもボクの恩人だった。ボクの根底であり、先にもある存在。ビケ兄がボクのすべてだ。言わなくてもビケ兄には見透かされる。わかってくれている。
戦わなくていいと、あの日ボクを地獄から救い出してくれたビケ兄のために、戦おうと決めたんだ。
それが鬼が島への忠誠だというのなら別にかまわない。根底にビケ兄があるのなら、同じことだから。


体の奥にもビケ兄の存在は刻み付けられて染み付いて。地獄から解放してくれたあの日からも、それよりはるか昔に別の存在だったあの頃からも、ビケ兄は特別で揺ぎ無い存在だった。
だれよりもボクがビケ兄を想い、ビケ兄をわかっている。そうじゃなきゃだめなんだ。
オッサンとかリンネとか、うわべだけの存在だ。特にリンネなんて、ビケ兄のためになんて言いやがっているけど、鬼が島に踊らされているだけのクセに、なにも知らない思いあがりなだけで、ほんと…むかつくよ。


ビケ兄の体がボクからゆっくり離れていくのを感じながら、ボクはうつぶせたままビケ兄の声にだけ耳を傾ける。
「ショウちゃんの記憶も戻ったし、テンと桃太郎も動き出したみたいだし、そろそろ鬼が島のほうも動きがあると思うわ。私は一度父上と連絡をとろうと思うけど」
ビケ兄と父王との関係が、ひっかかるんだよな。温羅はビケ兄だ、なら父王って何者なんだ? !まさか…、瞬間脳裏に浮かんだのはあの男の顔、反射的に上半身を起こしたらビケ兄と目が合う。
「ああそういえば、ショウちゃんだけは知っていたのよね、父上はもうこの世にいないんだってこと。でも表向きはいるってことになっているからそのつもりでいて頂戴」
そうだ、父王はもうとっくにこの世にはいない。ボクとビケ兄が出会ったあの日に、父王は…。てボクが感じていた事はビケ兄の言ったこととは違うけど。そういうことにして頷いた。
あの男と、温羅と、桃太郎とビケ兄と…、前世の記憶ってやつが中途半端に蘇ってから、さらに得体の知れないもやっとした感情が奥にこもったままでてこない気がしている。


Cエリア領主館へと戻ってきたリンネを連れて、金門の本拠地へと乗り込んだ。
まあほっといても、金門の次なる刺客がリンネの前に現れただろうけど、カナメがやられて金門も総力戦を挑んでくるかもしれない。ビケ兄はリンネの中の桃太郎の刺激に金門はうってつけだって言ってた。たしかに金門は便利かもね。向こうだって桃太郎の一族に敵意抱いているしね。

「は、おもしれぇ、相手してやるぜ、この桃太郎様が」
金門の本拠地で、リンネは豹変した。リンネの中の桃太郎があっさりと出てきて、まさかここまでやるとは思っていなかったけど。

「まさか、ここまでやるとは思わなかった」
「それは俺様を過小評価か?小僧」
「さぁね……オッサンと比べたらどうなのかな?」
にまり、とリンネの姿の桃太郎が気色悪く笑う。本気でキモイなコイツ。
「コイツの体ってのが俺様にとっちゃ枷なのよ。…だからよ、俺様はアイツが欲しいんだよ」
アイツ…オッサンね、オッサンと桃太郎が組む、そっかビケ兄が言ってた主役の交代って…。はなから本命はオッサンだったってことだ。ビケ兄も桃太郎もリンネを必要となんて欠片も思っていない、そんなこと当人のリンネだけは知らないみたいだけど。
ホント、バカすぎる。


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