書類の山を片していく。私はAエリアを離れ、領主をやめたつもりだったのだが……。
どうもその任は解かれてなかったらしく、仕事はたまり、今時間のあるうちにとそれをすませていく。
やれやれと息をつくが、こうしていると落ち着くようだ。懐かしい、やはり私はAエリアの領主であることがベストなのかもしれない。ただ、この先はわからない。
鬼が島と戦う、その決意は固まり、その日は確実に近づいてきているのだから。

桃太郎とはなれたリンネは、キン兄さんが修行に付き添い、徹底的に鍛え上げているようだ。
リンネの真の強さにキン兄さんも気づいてくれたみたいだ。いやもしかしたら私よりも、キン兄さんのほうがリンネのことを理解している、そんな気もする。


修行を終えたリンネは、一段と逞しくなり、ミントの協力もあって武器による強化もできた。
立ちはだかる敵は強大な鬼が島、そして桃太郎とテン…。
今までリンネを苦しめ、我々さえも振り回してきたあの桃太郎も、ついに最後のときを迎えた。
テンは最初から桃太郎を欺いていたらしい。テンとリンネ二人に強く拒絶された桃太郎は、この世に留まる事ができなくなり、姿を消した。
桃太郎という強敵を、リンネは見事に退けた。桃太郎がいなくなったことは、非常に大きい。さらにテンという心強い味方を得た事も大きなプラスだ。
決戦の日、鬼が島への扉が開くその日まで、各々貴重な時間を費やしていく。
私はAエリア領主の任をこなしながら、空いた時間はひたすらトレーニングと武器の調整に費やす。武器だけでなく、サポーターも、さらにミントに改良してもらった。

一月三十一日…、決戦の日まであと三日というその日、領主館へと現れたのは神妙な様子のカイミだった。
カイミの表情を見ただけで、すぐにその心中を察した。カイミはショウがBエリア領主をやめて所在不明になったことを知っていたらしい。キン兄さんの話では、Bエリアの無人島でリンネと悶着あったらしい。
「キョウ兄…」
今にも泣き出しそうなカイミに、私がしてやれることは、一つしかない。
「カイミどうしたのですか? 外出許可ならもう受けませんよ。いい子ですから、大人しく学校にもどって」
「イヤだもん! あたしだけ蚊帳の外なんてあんまりなんだもん!」
「カイミ…」
カイミは知っているのだろう。どこまでかはわからないが、ショウの異常からして、私やキン兄さんの置かれている立場も薄々気づいているのかもしれない。まさかミントがすべてしゃべっているとは、思いたくないが。
置いてけぼりにされているカイミの気持ちはわかる。だからといって、彼女を巻き込むわけにはいかない。カイミには未来がある。それに彼女には関係のないことだ、前世の事も、鬼が島も。私の勝手な夢に、カイミを巻き込む事はできない。
「大丈夫ですよ。ショウならすぐに帰ってきます。きっとBエリアに。なにもあなたが心配するような事はありません、だから、もどって」
「違うもん! キョウ兄はわかってないもん、あたしが、あたしが一番心配しているのは、キョウ兄なんだもん!
キョウ兄がムチャしているって、知ってるもん。だからあたしは、力になりたいんだもん!
あたしの一番好きは、昔からずっとずっと…キョウ兄なんだもんっっ!」
泣きじゃくり叫ぶカイミを、私は追い返すしかなかった。カイミの言葉が胸に突き刺さった。カイミの想いも痛いほどわかった、だからといって、私は情のままに彼女を巻き込む選択なんて、したくなかった。
そのために、カイミを深く傷つけてしまったとしても。


「あんまりじゃないすっか、若旦那…、あんな追い返し方」
振り向くと、扉から顔だけのぞかしたミントがいた。…すべて聞いていたのだろう、まあこんな響く廊下で、カイミがあれだけ喚いたのだから、聞こえないほうがおかしい。
「聞いていたんですか…、ミント」
「連れてってあげたらよかったんじゃないっすか。…今頃周囲に当り散らしてたりするんじゃないすか、あー、かわいそうに」
「カイミの将来を考えれば当然でしょう」
「いいや、わかってないすね。お嬢の将来を考えればこそ、アンタはお嬢を巻き込むべきなんすよ」
「え?」
妙に真剣な顔でミントがそう言う。一体、なにを考えて…。
「お前の将来俺が預かるッッ! ぐらい言うべきなんすよ」
「そんな無責任な事言える訳ないでしょう。ただでさえ、ミントあなたまで巻き込んだ事、良心が咎めているというのに…」
「オレっちとお嬢を一緒くたにすること自体おかしいんすよー。まったくまだ気づいてないんすかね、このニブチンは…」
「鬼が島と戦ったその先どうなるか、自分でも考えないまま進んでいます。己の夢を優先して、周りの迷惑など考えずに」
保身に回れば、きっとまた私は後悔するだろう。バカだと思いながらも、己の野望を最優先したい。
リンネという夢を掲げて、鬼が島をぶっ壊す。
「まあいいっしょ、お嬢だって若旦那の想いに気づいててああ言ったんしょから。オレっちもこうして好きにやらせてもらってるし、まあお互い様ってやつっすね。若旦那、この祭り、最後までお供させていただくっすよ」
「ありがとうございます、ミント」



鬼歴1500年2月3日、ついにこの日が来た。鬼が島への扉が開く決戦の日。
Bエリア側にはリンネとテン、Dエリア側にはキン兄さん、そしてAエリア側には私が構える。ミントにはAエリア領主館から、通信でサポートをしてもらう。私の手には、ミントより修理され強化された鞭があった。準備は整った。あとは扉が開くその時を待つばかりだ。
『キョウ、キョウは一人なんだよね? キンはともかく、キョウはたった一人で大丈夫なの?あたしにはテンがいるからいいけど。もしかしたらDエリアよりも危険なエリアかもしれないのに』
突入前に通信機で、キン兄さんやリンネと通話する。心配するリンネに私は力強く答える。
「心配なら無用ですよ。ミントに武器も強化してもらいましたし。それに、Aエリアを守る為にもこちらの門は死守してみせます」
通信機から通信音がなる。Aエリアのミントからだ。
『おっとまだ門は開いてないようっすね』
「ミント」
『間に合ったみたいっすねー。若旦那、そっちに強力な助っ人が向かったっすよ♪』
「え? 助っ人ってミント?」
背後に視線を感じて私は振り向く。そこにはきゅっと口を結んで真剣な眼差しのカイミが立っていた。
「助っ人ってカイミ!?…どういうことですか?ミント」
『言ったって聞かないんだからしょうがないっしょ。それにお嬢なら即戦力っすよ』
がくりと肩を落とす。ミント、カイミにしゃべったのか…。私があれほどカイミを巻き込みたくないといって帰したのに…。
だが今さら、帰れと命じたところで、カイミが素直にそれに応じるとは思わなかった私もまた、覚悟を決めた。
「ダメって言ったってついていくんだもん。もう決めたんだもん」
「仕方ないですね。でも絶対無茶はしないと約束ですよ」
「わかったもん!」
嬉しそうに頷くカイミを見て、私の緊張も少し緩んだようだ。


空へと昇っていく光を見た。それは温羅の魂だと直感した。鬼が島上空に、天へと昇っていく光、あれが温羅の魂。
「キン兄さん、空を見てください」
『おお、見とるぞ。あれは温羅の魂か』
キン兄さんも感じていた温羅の魂が、昇っていくのを。温羅は…桃太郎のように、この世に留まれなくなったのだろう。ビケ兄さんになにかしら、あったに違いない。
まさか、決戦直前になって温羅が消えるなんて思わなかったが、これはこちらにしたら嬉しい事件だ。
勝機はこちらに巡ってくる。あんなに遠かった鬼が島が、近く感じる。
そして、いよいよその時がやってくる。鬼が島へと繋がる扉が開き、橋がかかる。
鬼が島へと続く橋、いよいよ鬼が島へと向かう。
前世との因縁に決着をつける。いや現世である己の夢を果たす為に、私は再び鬼が島へと足を踏み入れる。



キョウの記憶 完 2010/3/20UP
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