「しらじらしい……。鬼が島は父王ではなくあなたなのでしょう?」
疑惑は確信に変わった。温羅はビケ兄さん、鬼が島は父王ではなくビケ兄さんの意思なのだと。
ビケ兄さんは笑っていた。息絶え絶えの私を見て、などいない。あの人は…あの人の目には私など最初から映っていなかった。
温羅は悲しいほどに、人を信じる事しかできなかった。だがビケ兄さんは、悲しいほどに、人を信じる事ができないのだろう。
結果など見えているのに、リンネはそれでもビケ兄さんを諦めないのだろうか。
彼女の中に私は夢を見つけたのに、それを摘み取るのは、かつての友だった…ビケ兄さんなのか。


最後に見た光景は、怪しく微笑むビケ兄さんと、リンネの背中。
痛みと疲労で意識が途絶えて、目覚めたのはベッドの上だった。目が覚めてもすぐには体を起こせなかった。長らく眠っていたのだろう。鉛のように身体が重い。傷は知らぬうちに手当てをされていた。薬によって眠っていたのだろう、まだ甘いにおいが漂い、まどろみかける。

私とリンネの前に立ちはだかったのは、キン兄さんだった。
キン兄さんもリンネの抹殺指令を受けていたようだ。私はキン兄さんと戦った。武器を駆使して、接戦へともちこんだが、最後の最後で私は負けた。あのまま続いていたら、私は死んでいただろう。
あそこであの人が現れなければ……。
ビケ兄さん…。

ビケ兄さんこそ温羅だ。
私の中に確実に根付いた答えがそうだった。すべてを思い出したわけじゃないが、サカミマの記憶からも、ビケ兄さんこそが温羅だと決定づける。
私は、サカミマは温羅と桃太郎の最後の戦いを見届けていない。その後の歴史を知る我々は皆、桃太郎が温羅に敗れたという事実を知っている。勝者は温羅だった。だが、温羅自身勝利には浸れなかったのではと思う。温羅の想いを知る私だからそう思うのだろう。
温羅の無念もビケ兄さんが受け継いでいるのだとしたら、桃太郎との因縁、鬼が島の思惑もまたそこに通じる。桃太郎の生まれ変わりだったリンネはそれに巻き込まれた。結局桃太郎はリンネから離れ、テンと手を組み、彼女は抜け殻となった。
私のいないところで、彼女は本当に抜け殻へと成り果てていたのだ……。


ようやく回復した私は、自分の置かれた立場を考えた。
鬼が島に逆らった私はもう、Aエリアには戻れまい、戻るまい。鬼が島も四領主に反逆者を置いておくわけがない。迷惑をかけてしまうが、Aエリアのことはミントたちにまかせるしかない。
ミントへ通信機を繋ぐ。
『え、あ、若旦那?今どこにいるんすか?』
「ミント、私はもうそちらには戻れません。Aエリアのことは、お願いします。あなたには今まで苦労をかけてばかりで申し訳ないですが、頼りにしていますから。今までのこと、心から感謝しています。お元気で」
『は? え? ええっ、ちょっなにいって』
もうAエリアからの通信はこない。そのつもりで通信を切断した。だが、このしばらく後、私はAエリアから発信されたメッセージによってある場所へと向かう事になる。
そのメッセージは無視できない内容だったからだ。

『地獄の墓場へ急げ』

地獄の墓場、そこはDエリアでもっとも危険とされる場所だった。Dエリアの猛者でさえ近づくのを躊躇うといわれる場所。リンネはそこにいた。気を失っていただけだ、幸いにも。すぐにここを離れなければ、リンネをつれてDエリアを脱する為走る。だがやはりDエリアだ、簡単には抜けられない。何度もDエリアの住人が行く手を阻んだ。私はなんとかリンネを守りながら戦うが、数が尋常じゃない。さすがに、無理があった。
「なにしとんじゃ? キョウ。今のうちにとっとといかんか?」
キン兄さんが突然助けに現れた。鬼が島に従うキン兄さんがどうして私を助けるのか?
「祭りに参加するなら楽しいほうについたほうがええからのぅ。気が変わったんは、キョウ…お前のせいじゃ」
それがキン兄さんの味方する理由だった。私のせい? 私の行動がキン兄さんに影響を与えたということなのか? すぐには信じられなかったが、キン兄さんはウソをついていない、私はそれだけはわかった。
遠い日、互いに夢を語ったあの日の友…チュウビとキン兄さんが重なって見えたから。
「ありがとうございます、キン兄さん…」
キン兄さんが力になってくれる。これほど心強い事はないだろう。鬼が島と戦うなんてバカなこと、実際に私だけでは不可能に近い。キン兄さんが仲間になってくれたことは、私を勇気づけた。
ただ、…私の夢であるそのもの…リンネのほうは、そうじゃなかった。

彼女は傷ついていた。原因はビケ兄さんに他ならない。
あのギラりと燃えていた瞳は、うつろになり力をなくしている。弱々しくぶれながら。
リンネに力を与えたのがビケ兄さんで、リンネから力を奪ったのもビケ兄さんだ。
こうなることを、わかっていたのに、私はなにもできなかった。彼女からは、覇気を感じなくなり、今にも倒れそうなほど弱々しく震えている。
ここで、リンネに膝をついてなどほしくない。それは私のワガママで、彼女にはここであきらめて死んでほしくないと思った。どうしてここまで私はリンネに夢を見るのか、今わかった気がする。
私はリンネに自分を重ねて見ているのかもしれない。
想いの先に立ちはだかるビケ兄さん。心の奥底に強くある恐ろしいまでの存在感。温羅の悲しみまで受け継いだあの人を、無視して生きていくなんてできっこないのだろう。



「キョウには何度も助けられて、感謝している、けど…、あたしにできることなんて、なにもない。
でもひとつだけできること、あたしはあたしを救ってあげてもいいよね?」
キン兄さんの提案で私たちはAエリアに来た。ミントをムリヤリ巻きこんで。心中複雑だったが、少しほっとしていた。リンネにとっても、今はここにいることが最良だろうと思って。
リンネは少し落ち着いてきたようだったが、折れた心の修復はたやすくなかった。私が彼女にしてやれることなんて、ろくにないのかもしれない。
諦めたような声色だったが、そう言った彼女の目には強い決意が見て取れた。
それは簡単な言葉で打ち崩せそうにないもので、私は引き止める事もできずに、ただ時間が経過して、不安な想いが膨らんできた。リンネは、マイナス方面での決意を固めたんじゃないのかと。

「心配すんな、リンネなら大丈夫じゃ」
とキン兄さんはのん気に笑っていたが、不安はおさまらず私はリンネを探して飛び出した。
思い過ごしじゃなかった。彼女から当てられた手紙に、私の不安が書かれていたからだ。
彼女は、自分を捨てる気でいる。向かった先はおそらくBエリア…。


Bエリアへと向かう橋の上で、リンネと会った。
「リンネ!」
彼女はBエリア側からこちらへと向かってきていた。
「キョウ、あたし記憶を売ろうと思って」
「え?」
「でも、直前で止めて戻ってきちゃった。あたしやっぱり捨てられない。バカかもしんないって思うけど、辛い記憶もひっくるめて捨てたくないって思ったんだ。
あたしビケさんが好き! ビケさんがあたしを見てくれないのなら、見てくれるまで諦めない、ぶつかっていくまでだって」
「リンネ……」
肩の力が抜けていく。それから、自然と口元が緩んできた。私はほっとしている。ゆっくりと顔を起こすと、笑顔のリンネがいた。なにか吹っ切れたような、はにかんだ素顔のリンネがそこに。
「えーっと、だから鬼が島と戦うの、改めてよろしくお願いします」
リンネ、私はあなたを見くびっていた。そんな自分を心の中で叱咤して、リンネを見つめる。桃太郎もいない、ただの少女の瞳、いやただの少女ではない、彼女は…だれよりも強く眩い、少なくとも、私にとっては特別な存在だから。
私は今やっと、本当のリンネに出会えたのかもしれない。ここまでたどりついた彼女だから、すべてをかけてついていこうと思うのだ。
「ええもちろん、こちらこそ」
あなたの想いの結末を、見守らせてください、リンネ…。


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