回想 少年魔法使いが生まれた日4


父がドーリアに向かってなにか叫んでいる。遠くて聞き取れない。いや、距離のせいだけじゃない。
激しい魔法の音。風が、火が、音を上げながらホツカの家を破壊していく。

それはほんの少し前…
家を飛び出したホツカはドーリアと出会った。町にいるのは今夜まで、突然母の口から聞かされた事実。別れの挨拶どうこう考える暇もなかった。いや、そのときのドーリアはいつもと違っていた。深い深い漆黒の眼差し。どこまでも吸い込まれるような、不気味な目をしていたドーリア。声をかけようとして思わずひるんだ。近づいてはいけない存在なのだと、それはホツカの心と反した体の動き、本能からの防衛行動だった。固まったままの体は次の瞬間には景色は地面と空が逆転していて、激しく体をどこかの家屋の外壁に打ち付けられて、動けなくなる。

わからない、自分の身に何が起こったのか。意外にも、ダメージはあまりない。いや、脳が勝手にそう思い込んでいたのだろう。ホツカの体の下にはみるみる赤い液体が流れ広がる。遠ざかるドーリアの背中。


「(なに、これは…夢?)」

夢、悪夢だ。
そう思いたい。
ホツカの家に向かってドーリアが魔法を唱える。彼女の周囲に炎の帯が現れて、それがホツカの家へと向かう。父が家の中にいる母を助けに走るが、二人がはちあったところで、さらにドーリアの手から凶悪な魔法が放たれ、悪魔のようなどす黒い炎が二人を包んだ。必死に叫ぶ父の姿、それをただホツカは眺めることしかできない。残酷すぎる光景なのに、体は動かせず、目がそらせない。涙の代わりに血がホツカの頬を濡らしていく。

絶望的だ。父と母が死んでいく様。もう人の形を保っていない二人が死してく様子をどうしてこうしてみていられるのだろう。どうして、ドーリアがこんな残酷なことをやっているのだろう。こんなことを思ってもきっと意味がない、だってもうすぐ死ぬのだから、ホツカ自身も、もうすぐ父と母のあとを追うことになる。


『ドーリア、ドーリアしっかりするのだ! くっっ、お前の精神も限界に達してしまったのか?
頼む、目を覚ましてくれ! ドーリア』

白カラスツセンデがドーリアに呼びかけるが、炎の側に立つ彼女になかなか近づけず、その声は届かない。どうすることもできないツセンデの頭上に光が降り注ぐ。星のきらめきでもましてや日光でもなく、それは非現実的な不思議な光。ツセンデがつぶやいた、『神よ…』と。

魔法使いが生まれる条件は、神が気まぐれを起こすことだと言われている。それは本当だったのだ、だが少しばかりその気まぐれは遅かった。対象となるべきホツカの父ファンザはすでに焼死していた。いくら神でも炭のようになって死した人間を生き返らせる奇跡は起こせない。だが、光を受けたドーリアを正気に戻させる奇跡は起こせたようだ。

「あ、私は…。! いけない、炎を鎮めなければ」

正気に戻るや否や、ドーリアは魔法によって瞬時に黒い炎を消し去った。家はほとんど骨組み状態むき出しに近いくらい破壊されてしまったが。激しい炎は煙すら見えなくなった。

「どうして、こんなことに。私は…、抗えなかったというの…。ファンザさん、あなたを失って、誰が止められるというの?」

絶望するドーリアに降り注ぐ光は、ドーリアの悲しみを理解するわけでもなく、ただ不安定に彼女の頭上で揺らめいている。

『ドーリア、お前なのだな? こちらにくるんだ、あの坊主が』

ツセンデが正気に戻ったドーリアの元に飛んできて、彼女を促す。少し離れた場所で血溜りの中横たわるホツカがいた。ドーリアはショックで息を飲み込む。自分がしたんだ。ホツカに対して攻撃的な魔法を放ち、魔法によって弾き飛ばされたホツカは体を打ち付けて、酷く出血している。外傷よりも、内蔵の損傷が激しそうだ。かろうじてまだ息はあるが、すでに弱弱しく、命が尽きるのも時間の問題だ。ホツカはすでに意識を失いかけている。駆け寄るドーリアと白カラスを認識しているが、もうほとんど見えていない。

『まだ生きておる。神が降りている今のうちに坊主を助けて、魔法使いに』

ツセンデの提案にドーリアは驚き目を見開くが、ためらう、が迷っている時間はない。秒単位でホツカの死はすぐそこに迫っている。迷う暇はない、わずかな時間の間ドーリアの心の中で様々な葛藤があった。そうするしかない、ホツカに託すしかないのだと。ツセンデの言う通りにするのが正しいのだと。人々を守るために、そうするしかないのだと。

だが、そのために、ホツカの人生を奪っていいものか?
魔法使いとなる、不老不死となり、幼いホツカはこの先もこの姿のまま、青年に成長する未来など永遠に来ない。皆と一緒に歳をとることができない、こんな不幸があるだろうか?

さらに、過酷な使命を課すことになる。
とても残酷な使命を、弟と同じ年頃の幼い少年に背負わせることになる。

様々な想いがドーリアの瞳から涙となってあふれ出す。迷う、だがもう行動は決まっている。


「ホツカ、あなたを死なせないわ」


風の精霊を呼び寄せ、ドーリアは癒しの魔法を唱える。たった一人ではここまでできない。そばにいるホツカのおかげで、より多くの精霊たちが力を貸してくれる。ホツカの傷は修復していくが、流れ出た血液まで元に戻すことはできない。ホツカを救うにはもっと強力な生命力が必要だ。ドーリアはそれに請う。

「神よ、ここです。あなたの探した魔法使いとなるべきものはここにいます。ですから、どうか」

ゆらゆらとゆらめいていた光がドーリアとホツカの頭上を照らす。神の姿は見えない。ただ、この時間帯なのにまるで日中のような眩い光。光の精霊の結集なのだろうか?神とは。それは誰にもわからないが。昔から、人々が太陽を神と崇めたのもそういった理由からかもしれない。

なにが起こっているのか、ホツカにはわからなかった。だが、神の光を浴びて、目を閉じた頭の中にいろいろな映像が現れては消えて現れては消えて。それはこの世界の情報。魔法使いの記憶というものだった。体験して初めて知る。この世界のことを、そしてそれは、知らないほうがきっと幸せだったことまで、知らされる。だが恐怖よりも、冷静にそのことを受け入れている自分がいる。きっと今までの自分じゃなくなったのだ。人間ホツカは死んだ。今のホツカはもう、魔法使いのホツカだった。


「ごめんなさいホツカ、あなたにはとても残酷な道を歩ませることになる。だけど、今のあなたにならわかるはず、自分のなすべきことがなにであるかを。
私はもう少し抗うつもりでいたけど、どうやら限界のようだわ。この体が私の心を拒絶している。精神体だけになって、なにもできないかもしれないし、すぐに消滅してしまうかもしれない。とても身勝手な先輩魔法使いでごめんなさい。
ホツカ、あなたが守って、この愛おしい世界を。そのために、あなたが…」

涙に濡れながらも優しく微笑むドーリアを見上げながらホツカは決意した。ドーリアの想いは自分が受け継ぐと。
ドーリアの願いは自分が叶えてみせると。
ホツカしかいない。ホツカにしかできぬことだから。

神の光とともにドーリアの姿も消えてしまった。彼女はそのまま消滅してしまったのだろうか?ホツカの知るドーリアはそれで最後だった。次に会ったのは、幽霊のような状態の彼女だった。夜にしか現れず、消えそうな揺らめく不安定な姿で、声すら聞くこともできない。ドーリア自身が言っていた精神体として肉体から引き離されてしまったのだろう。


その日のうちにホツカは住み慣れた故郷の町を離れることにした。魔法使いの記憶を受け継ぎ、ドーリアの想いを知り、自分のなすべきことが何かを知った今、ここに留まることはない。

「さようなら、父さん、母さん…」

町を見下ろせる丘の上で、ホツカはそうつぶやく。自分の家の方向を見つめながら、すでに家は燃えてなくなってしまったけれど。あれだけの惨事でありながら、目撃者は一人もいなかった。それもドーリアの魔法によるものなのか、たまたまなのか定かではないが。後日、ホツカの両親の焼死体が町民により確認される。本人であると判定できないほど酷い状態だった。ホツカの遺体は見つからなかったが、状況から考えて、同じく火災の犠牲になったのだと思われていた。ホツカは生きている、ドーリアの魔法によって命を繋ぎ止めることができた。だが、それは人としての人生に幕を下ろすことでもあった。生命としての死は免れたが、人として死んでしまった。ホツカが死亡したとするのは間違いではないだろう。十年という短い人生だった。父とも母とももっと分かり合えたかもしれないのに。今更悔いたところでどうすることもできないが。

『ここを去るのか? ホツカよ』

白カラスが舞い降りる。ホツカはそのほうへ振り返りながら答える。

「はい、魔法使いになった今、ここに留まるつもりはありません。ドーリアの役目を、僕が受け継いだのですから」

『そうか、しかしアレは簡単に太刀打ちできる存在ではないぞ。ドーリアですら…敗れてしまった。今のお前の力では、同じ過ちを犯すかもしれん。急くのではない。ワシも共に行こう』

白カラスの言葉にホツカは目を輝かせる。そのときだけは、歳相応の少年のような無邪気な顔で。

「はい、ぜひお願いします! 師匠!」

『し、師匠…だと?』

ホツカから突然「師匠」と呼ばれて白カラスツセンデは驚きあきれた息を吐く。ツセンデの態度に、ホツカは「だ、ダメですか? そうお呼びしては?」とたじろぎながら訊ねる。

『やれやれ、お前といいドーリアといい。長らく魔法使いをしていたが、弟子などもった覚えなどないのにな』

ドーリアも彼を「大先生」と呼んで慕っていた。特別師弟関係ではなかったらしいが。二人から慕われることは迷惑、というわけではない。が、困惑したような目をしながらツセンデはつぶやく。

『助けになると言って、結局ドーリアを救ってやることもできなかった。今はさらに無力なただのカラスだ』

「いいえ、無力ではありません」

きっぱりとホツカが言う。慰めでもない、その言葉にツセンデも『ああ、そうだな。お前とは意思の疎通ができる。助言をすることはできるな』と頷く。

「ドーリアが果たせなかったこと、父さんの代わりに魔法使いになった僕にしかできないことですから。それに…」

ホツカの手の中でキラリと光る小さな紫色の石。それはドーリアが弟にあげる為にと作ったペンダントだ。ドーリアが消えた場所にそれは落ちていた。彼女の弟への想いがこめられたペンダント、いつかそれをドーリアの弟のもとに届けられればいいと思い、拾った。ホツカが母へと作ったペンダントも、結局渡すことも叶わず、それもホツカの手元に残ったままだ。ホツカの渡す相手はもうこの世にいないが、ドーリアが渡したかった相手はそうではない。彼女の想いを果たすこと、ホツカにしかできぬこと。ドーリアの願いと使命、それがホツカが進むべき道だ。

そこからホツカと師匠の二人旅が始まった。ホツカが魔法使いとして力をつけていくより先に、ドーリアの協会が勢力を増していき、協会絶対主義という今の状態になった。ドーリアの目的とはなんなのか? それは協会を盲信する人々が気づきもしない、とても恐ろしいことなのだが、その事実が明かされるのはもう少し先のことになる。
恐ろしき禍々しき存在、ホツカも師匠も、そしてそれに敗れ去った本来のドーリアも、すべてを知っているわけではない。魔法使いの知識にないその存在を、だけども立ち向かえるのはホツカたちしかいないのだ。




あれからずっと大事に預かってあるドーリアのペンダントを眺めながら、ホツカはあの日のことを思い出していた。ヤードの館の裏庭で、師匠と二人佇む。先ほど交わしたヤードたちとのやりとり。師匠からしたら少し心配にもなる。


――僕の両親はドーリアに殺された。だから僕は協会をドーリアを倒さなきゃいけないんだ …――


『ホツカよ、あんな言い方をすれば、敵討ちのためだと誤解をされるのではないか?』

やれやれ、と息を吐きながら師匠はホツカにそう伝える。ホツカが協会と戦う理由は、ドーリアに両親を殺されたことが憎くて、その敵討ちをしたい、というものではないのだ。本当の理由をヤードたちになぜ説明しなかったのか、と師匠は疑問に感じたからだ。

「そう思われたほうがいいんです。両親を殺されたから、誰でも納得できる理由でしょう?」

確かにそうだが…。しかし、いいのだろうか、本当の目的を話しても、ヤードたちならきっとわかってくれるだろう、そしてホツカの力になってくれるだろう。師匠はそう思うのだが、ホツカはそうは思わないようだ。本当の目的、いや本心はきっと誰にも告げる気はないのだと。ホツカの眼差しがそう主張していた。

内に秘めた想い、あの日知った感情は誰にも悟らせない。永遠に、ホツカの中に留めておく、一人そう決意していた。

ホツカはこう見えてなかなか頑固なところがある。今は仕方ないかと師匠はあきらめた。だが、いつか、お前が本心を打ち明けられる特別な仲間ができたのなら、そのときこそきっと、ホツカはもっと強くなれる。師匠はそう信じている。


「やあホツカ君、師匠とお話をしていたのかな? もう夜も遅いし、そろそろ休んだらいいんじゃないか? 師匠も中で一緒に休むといい」

「ヤードさん…」

ホツカに声をかけたのは、この館の主ヤードだった。ヤードの呼びかけにホツカは「はい」と素直に返事をし、彼と共に館へと戻る。ホツカを気遣うように、ヤードの手はホツカの背中を優しく押す。はにかみながらも、彼についていくホツカの姿を見つめながら、師匠は改めて思う。

ホツカはかけがえのない両親と言う家族を失ってしまった。だが、孤独になったわけではない。魔法使いと言う特別な存在になり、過酷な使命を強いられてしまった。それでも、ホツカはけして不幸な少年なのではない。ヤードたちとの出会い、それはホツカの人生にとって、きっとかけがえのない存在となるのだろう。そんな未来がふと見えた気がして、師匠は目を細めながら二人の後姿を見送った。









ホツカが魔法使いになった日
それはとても悲しい事件が起こった日
ちょっぴり長い回想をお届けしたよ
それにしても、恐ろしき存在なんなのさ?
ドーリア抗ったけど、希望でもあるファンザを失い、肉体を失うはめに…
つまり今のドーリアって? あわわ、深く考えると、恐ろしいねよくないね
だけどもホツカは立ち向かうよ
ドーリアの願いで魔法使いを受け継いだホツカだからね
その決意、強く固く、伝説の魔法使いもそばにいるよ
なんと師匠が伝説の魔法使いツセンデだったよ
え? そんなこととっくに気づいていたって?
ともかくホツカの戦いはこれからだよね
次はいよいよ新たなステージに向かっちゃうよ♪
またまた聴きに来ておくれ、シーユーバイチャッ!


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