いったいどっちが正しいのか、彼は悩んでいた。
彼とは、身長は190センチ近く、体もたくましく筋肉に包まれている、ガッチリとした大柄の男。
薄い上着の上から、背中の筋肉が浮き上がり、まるで戦士のような体つきだ。
顔つきは男らしく角ばり、男らしく太い眉。肌は太陽によって黒く焼け光っている。
年は三十代半ばぐらいであろうか。
頭は白いバンダナを無造作に巻いている。
彼の名はダロス。
この港町、ガルダで長年船乗りをやっていたが、海賊による被害が増えてきたこともあり、客は極端に減り、
商売あがったりになったのだ。
そんな中、船乗りを続けながら、副業もいろいろやっていたのだが、
ある日、海賊同士の抗争に巻き込まれ、自分の船を壊されてしまった。
船を直す修理に回せる資金も乏しく、途方にくれていたダロスに救いの手を差し伸べてくれた者がいた。
それがゴメスという男だった。
ゴメスは仲間たちと一緒になって、ダロスの船を修理してくれたのだ。
ゴメスは見た目、ずいぶんと柄の悪い顔をしていたが、人は見かけによらない。
ダロスは彼に大いに感謝した。世の中には海賊のような悪い奴らもいれば、ゴメスのようにいい奴もいる。
さらに彼とは意気投合した。
ゴメスたちはこのガルダの町を守るため、悪と戦っているというのだ。
東の海よりやってくるという悪の親玉らしい「マルス」を倒したいのだという。
ゴメスはぜひともダロスにも協力して欲しいと言ってきた。
ダロスは即答した。
もちろん答えは「イエス」だった。
ダロスは正義感の強い男だったのだ。
この町を守るため、ボクも戦うよ。
ただダロス、立派な体つきのわりには、戦いなど無縁の男だった。
護身用に鉄の斧は持ってはいるものの、戦ったことなど生まれてこのかたない。
だが、正義の炎はメラメラ燃えていたのだ。
そんなある日、ゴメスの部下達がダロスの船で慌しく作業をしていた。
ダロスが様子を見に行ってみると、なにごと?!
ダロスの船を戦艦に改造していたのだ。ダロスは驚いたが、これも悪と戦うためだからと、納得させられた。
ただちょっと、勘弁して。とは思っていたのだが。
でも悪を倒すというゴメスの強い心に感動していた。
「ええっ、マルスって悪い奴なんでしょ?!」
酒場で思わずダロスは立ち上がり、そう聞き返した。
ダロスはいきつけの酒場で、いつものやつを飲みに来ていたのだが、そこで久しぶりに仕事仲間の船乗りの男と会い、一緒に飲んでいた時のことだ。
男の話では、アリティアからタリスへと亡命していた王子マルスが、海賊に襲われていたタリスを救い出し、そして今、祖国奪還のため、タリスを発ったらしいとのこと。
ダロスはマルスがアリティアの王子だと聞いたのは初耳だし、海賊からタリスを救ったということはゴメスから聞いていた悪とは違うように思われた。
別人なのか、それともゴメスが勘違いしているのか、
どちらにしても後でゴメス本人に確かめてみようと思うダロスであった。
「それよりも、ダロス、俺たちのほうも他人事じゃないぞ。海賊ども。
最近は港まで荒らしに来ているらしい。
このガルダの町もタリスみたく海賊に占領されちまったらどうする?」
「大丈夫だよ、ボクが絶対にそんなことさせないよ、それに
ゴメスもきっと協力してくれるさ。」
明るく自信ありげにそう言うダロスに、船乗りの男の表情は厳しくなる。
「ゴメスだって?まってくれ、俺の仲間の船乗りにゴメスって名の海賊に船を奪われた奴がいるんだ。」
「へ、ゴメスが?まさか、別の人じゃないの?ゴメスはいいやつだよ。」
「そうか、ならいいんだけどな。ダロスお前人がいいからな。悪い奴に騙されたり、利用されたりするなよ。」
「やだな、そんな心配しないでよ。」
ははは。とのん気に笑いながらすべて飲み干し、ダロスは店を出た。
ゴメスも正義感の強そうな男だったから、一応話しておかないと。そう思ったダロスは自分の船(改造され済み)のもとにいるゴメスのもとへと向かった。
「おっ、ダロス!大変だ、そろそろきやがるぞ!」
ダロスが声をかけるより先にゴメスのほうからダロスのもとへと、慌しくかけてくる。
「ど、どうしたの?」
ダロスもなにごとか?と思った。ゴメスの手には物騒にも斧が握られていた。
「ついに来たんだよ、マルスがな!」
マルス!
タリスを発ったというアリティアの王子!
きっとゴメスは勘違いしているんだ。ダロスはゴメスの勘違いを解こうと船乗り仲間の男から聞いた話を聞かせた。
ゴメスは物分りのいい男。とダロスは思っていたのだが
「おいダロス何言ってやがる。マルスってのはとんでもない野郎なんだよ。
ドルーアに仇なす反乱分子なんだよ。」
ゴメスの言葉にダロスはたまげた。ドルーアって・・・?!
「まっ、まってよ、ドルーアってどういう・・・」
「ごちゃごちゃうるさぇなダロス!船直してやった恩忘れたのか?!
初めてお前を見た時、使いがいのありそうな男だと思ったんだ、てめぇのそのありあまっている力
俺に貸せ!!」
いきなり人が変わったように声を荒げるゴメスにダロスもびっくり、目が点になった。
えっと、ドルーアって悪いやつらなんでしょ??え、で、マルス王子はそのドルーアと戦っていて、タリスを救ったって話で??えっと・・・
ダロス混乱する。
ゴメスはいいやつなんだよね?
そんなダロスの気持ちをゴメスは裏切る。
ダロスの船を使い、部下達に港や民家を次々と襲うよう指示を出し始めたのだ。
さすがにこれにはダロスも賛成するわけにはいかなかった。
「ゴメス!ダメだよ。すぐに止めて!!」
大きな体を盾にするようにゴメスの前に立ちはだかるダロスだったが、ムダなあがきだった。
ゴメスは巨大な斧をダロスの体すれすれに振り下ろし、威嚇しながら
「ダロス、てめぇは使いがいのありそうな男だから生かしてやってんだ。
死にたくなけりゃ黙って俺に従え!町を襲え!そしてマルスの野郎の首を取って来い!
わかったな!!」
ついにゴメスは本性を表した。自分勝手で残忍で、平気で人を騙し利用できる男。
ダロスはわなわなと震えた。
「わかったんならとっとと行け!」
「うっ」
ダロスは走った。
信じられない、信じていたのに、ゴメスはいい奴なんだって。
ダロスの心は砕けそうだった、だが、砕けている場合ではない。
ダロスにはすべきことがある。
きっ、と大きな瞳を光らせてダロスは走った。自分の中の正義のため。
早く町のみんなに知らせないと、早く逃げるように、それから・・・
マルス王子!
ただダロスはマルスの顔など知らない。顔どころかどんな人物か、年齢なども。
タリスを発ったマルスたち一行は、バーツの船により無事ガルダの港へと着いた。
辺境の島国を離れ、二年ぶりにアカネイア大陸へと戻ってきたマルスたちアリティアテンプルナイツ。
まず目指すはオレルアン王国。
王弟ハーディンのもと身を寄せている聖王女ニーナの救出へと向かわねばならないのだ。
長い船旅で疲れた体を癒したい気持ちを抑えながら、先へと進みたいマルス達の前にやっかいな障害が立ちはだかる。
マルスたちが寄った港町、暴れまわる海賊達を目にし、マルスたちの表情も険しくなる。
「どうするよ王子。オレルアンへ急がなきゃならないんだろ?」
大剣を肩に担いだオグマが、マルスの気持ちを確かめるように言う。
「聞くまでもないだろう。ボクはもう逃げない。
海賊相手に時間はかけないさ。」
凛々しく腰に携えたレイピアを抜いて、マルスの瞳は強く輝く。
当然!とばかりにナイツの、カイン、アベル、ドーガ、ゴードンたちも剣に槍に弓、各々の武器を構え、海賊へと突撃する。
「そうこなくっちゃ!」
オグマも嬉しそうににやりと笑むと、大剣を振りかざし、大暴れするぜ!とサジたち三人とともに駆け出す。
オグマは船旅の途中、ペガサスに乗りムリヤリついてきたタリス王女シーダの護衛を聖騎士ジェイガンに頼むと、海賊達の中にと向かって行った。
残ったのはジェイガンとモロドフ。そして天馬マイカに跨ったシーダと僧侶リフのみ。
「海賊とはいえ、シーダ様。私の側を離れないようお願いします。」
そういうジェイガンにシーダは首を振りながら、天馬に合図すると空高く舞い上がる。
「私なら大丈夫よ。ジェイガン、リフさんをお願いね。
私もマルス様と一緒に戦うわ。もうちゃんと武器だって扱えるもの。」
「しかしシーダ様!」
下のほうでわてわてしているジェイガンの気持ちなど知らず、シーダは笑顔で手を振りながら
「私にはマイカがついているものね。行きましょ。」
白い翼を羽ばたかせ、シーダはマルスたちの後を追った。
「まったく、とんだお転婆な姫君じゃなぁ。」
ふいー。と呆れながらモロドフがつぶやく。
「では、私もご一緒しようかと。怪我をされてもすぐにこのライブの杖で治してあげられますから。」
とシーダの後を追いかけるリフに、しかたない。とジェイガンも後を追った。
「みんな早く逃げて!!」
ダロスの大声が響く。
海賊達の暴れぶりに街は混乱していた。女性達の悲鳴がダロスの鼓膜を突き破りそうに響く。
逃げ惑う女性に、斧を振り上げ襲い掛かる海賊に、ダロスの正義の炎が燃え上がる。
ダロスは女性を庇うように駆けつけ、海賊の斧を自分の斧で払い落とす。
「早く逃げて!」
背中越しのダロスの言葉に女性は無言で頷き、急いで逃げる。
女性の背を見て、海賊の男は「ちっ」と舌打ちしてダロスを睨みつける。
「ダロス、てめぇゴメスの親分を裏切る気か!?」
「なに言ってんだよ。裏切ったのはそっちでしょ?
正義の仲間だって思っていたのに、こんなこと・・・どんな理由があっても許せないよ!」
ダロスてめぇ!!と怒りを露わにし、海賊の男はダロスにと斧を振りかざし襲い掛かる。
殺す気だ。
「ボクは争いごととか暴力とか嫌いだけど、なにかを守るためには戦わなければいけない時があるよね?」
自分に言い聞かせるように、ダロスは手に持っていた鉄の斧をぎゅっと握り締め、そして顔の前に構えた。
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