ついにあたしはお城の中へと侵入をはたした。鬼王の居城であり、この国のトップだけが入城を許される特殊な場所。そこへ侵入ですよ、未許可でね。もう立派な犯罪者だよテロリスト。
いまさらなにかって話だけどね。
中はただっぴろくて、特別なにもない。で今はそんな景色マジマジと見て解説かましている場合でなくて!
とにかく登らなくちゃ、上へと。階段はすぐに見つかった。迷わずそれを登っていく。
木でできた階段は古くて歴史を感じる。だけど丈夫にできているみたい。軋むことなく軽快な音をあたしの足の裏から返してくる。
ひたすら階段を、駆け上る。駆け上る、駆け上る……ってここはほんとに原始的というか、エレベーターなんてないんだから。
今は勢いのままに、止まることなく駆け上がる。途中で立ち止まったら、体が一気に疲労を感知しそうで、息を切らしそうな予感ぷんぷん。
ああ、マズイ。止まらなきゃ。
あたしは見つけてしまったから。行く手を遮る障害物を。
上の階へと続く階段の踊り場で、あたしを見下ろすようにして立っているのは……
「ショウ!」
まるで待ち伏せしていたみたいに、悠然としてあたしを見据えているショウ。
「やっと来たんだ」
!ショウはあたしを待っていた?
そういえば、Bエリアで別れたあの日、今度会う時は敵同士かもしれないって。その覚悟を決めたんだった。
まあ最初からショウが味方だなんてなかったけど。最初からずっと、ショウは鬼が島の…ビケさんの側だった。
あたしはビケさんが好きだから、そのビケさんと戦うことに決めた。だけどきっとショウは、ビケさんが好きだから最後までビケさんを守る為に戦うんだろう。
ショウが選んだ道ならば、仕方ない。あたしの前に壁として立ちはだかるなら、それを壊してあたしは進む。
同じ想いを抱えて別々の道を選んだあたしたち。
だからこそ、全力でぶつかり合おう!
「あたしの目的はビケさんをぶっ倒すこと! だからそこ空けてもらうからね」
ギン、と上目でショウを挑戦的に睨みつける。武器を構えて、銃口をショウのほうへと向けながら挑発する。
そんなあたしにショウは動じることなく、むかつくほど余裕な表情で
「なんかさー、こんなシーン前にもあったよね…」
「は?」
口元に笑み浮かべながらショウの奴はわけわからんことをつぶやいた。どこか懐かしそうな眼差しで。が、そんなことはどうでもいい。
「力ずくでもどかすからね!」
ライフルの銃口をショウに向けたまま、あたしの最終宣告。そしてショウもゆっくりと腕を動かす。その手にはショウの愛器短銃が握られていた。それをまっすぐあたしへと、銃口を向けた。
「やっと…」
にらみ合いの中、ショウが何かつぶやいて、わずかに照準があたしから外れた。次の瞬間、あたしのすぐ横をかすめる様にして撃が放たれた。
え?ワザと外した? もしやフェイントかー?と思ったけど、後ろのほうでなんか「ぐちゃっ」て悲鳴みたいな変な音がしたなーと思ったら。
「なにやってんの? とっとと上がれよ。とっ捕まりたいの?」
「えっ?えっ? うわーーー」
階段をうじゃうじゃと例のゾンビ軍団がひしめきながら登ってきていた。あたしのすぐ側までーーー!
うひー、とばかりにあたしは慌てて階段を駆け上る。ショウは踊り場からゾンビ兵士どもに発砲を続けている。
どういうこと?
ショウのいる踊り場まで駆け上がったあたしが問いかけようとしたら、ショウの言葉に遮られた。
「いいからとっとと行けよ」
「ショウ?もしかして…」
「いくらビケ兄から温羅の力が消えたからって簡単にはいかないだろうし。雑魚はボクに任せて、リンネは体力温存しときな」
「え?ええ?」
あたしのほうを見ることなくショウはゾンビたちを攻撃中。ええっと、ショウは味方になってくれたってことでファイナルアンサー? いつ味方フラグ立ってました?
ああもうそんな混乱は振り払って、とにかくショウの言うとおりあたしは上に行かなくては。
ぷるぷると首を振って、脳内のハテナマークをふっとばして、あたしは階段を駆け上る。
「わかった。ショウ、ここは任せた!」
「何様? だっっ!しぶといんだけど。ってとっとと上れよ」
ちらっと上のあたしを睨むショウに、慌ててあたしは階段を駆け上がった。
さすがにショウが足止めしてくれていても、あのゾンビ軍団不死身だし、数もすさまじいし、ちんたらしてられない。ここでのんびりしていたら、ショウの行為がムダになってしまうし。
そんなことはしたくない。あたしはショウの屍を越えてでも、たどり着かなくちゃいけないんだもの。
涙と汗を散らして、あたしは階段を駆けていく。
「ショウの死はムダにしない!!」
固く心に誓いながら…
「勝手に殺すなよ!」
「おごっっう!!」
ケツに激しい衝撃が。おかげで階段五段くらい飛び越えましたが。て、なによ今のケツ限定のムカツク攻撃はっっ。
いたた。とケツをおさえるあたしの横をぴゅわっと流れていく風は……。
「ショウ! あんたなんで足止めするっつっといて、あたし追い越してんのよ?!イミフメイなんですけどっっ」
「は? リンネがとろすぎるんだよ。この鈍足豚足。とっとと走んなよ。追いつかれたいの?」
「くーー、雑魚は自分に任せて体力温存しとけつっといて、なに人のケツにダメージ与えてくれてんのよ!
言ってることとやってること矛盾しすぎっ」
「リンネがキモイ妄想でボクを殺すからだろ。そうやって妄想で物事判断するの悪いとこだよね。
ビケ兄のことだってろくにわかってないくせに、それで好きだなんてさ」
ショウから乾いた笑いがもれる。バカにされているのかあきれているのか、どちらにしても関係ない。
足の速いショウはすぐにあたしを追い越して、上の階につくと立ち止まって、あたしを待つ。おのれーーとばかりにあたしは全力で駆け上がって、追いつく。
「ビケさんがなに考えているかなんてわかんないわよ! だから立ち向かうんじゃない!
まともな方法で、ビケさんの心にたどり着けそうもないから。
だから、あの人と戦って、ぶっ倒して、近づくしかないから」
こうして長い長いのぼり階段を駆け上がっているんじゃない。
ショウを追い越して、あたしはまた上の階を目指す。ひたすらに上を見ながら、頂上目指して足を走らせる。
「でもどうしてショウはあたしの味方に? ビケさんの敵に回ってもいいの?
は、もしや、あたしがビケさんにボコボコにされるとこを見たいって理由か!?」
ショウのことだから。なるほどそれなら納得だ。
「別にビケ兄の敵に回ったつもりはないけどさ。ビケ兄がなにをしようが考えていようが、目的の為にすべてを切り捨てようが、それでも……、ビケ兄がボクを救ってくれたことは変えられない事実だし。
なにがあってもボクはビケ兄を嫌いになれない。すべての存在がビケ兄の敵に回るのなら、そのすべてと戦ってやるつもりだ。…けどさ…」
あまり本心を明かさないショウの言葉に重さを感じる。ショウの気持ちはよーくわかった。
ショウがビケさんオンリーラブのドMのホモだってことはよーくわかったから。うんうん。でも
「だからってあたしはボコボコにされるつもりはありませんから!ショウと違ってドMと違うんで」
「あのさ、だから勝手な思い込みはするなっつってんじゃん。ほんとむかつくんだけどさ」
ここは何階だろうか? 踊り場に小さな窓があって、外が見えた。うじゃうじゃしているのが見える。例のゾンビたちだろう、数える気もないけど、ほんとにどんどん増殖してないか?キンやキョウは無事だろうか?通信機は一度として鳴らないし、上手くいっていると思っていいのかな?うん、だいじょうぶだ、あの二人なら、助っ人もいるし。それを強く確信したのが、この直後の現象から。外に眩い光。それが室内を一瞬激しく照らす。
「けどさ、…けど、リンネが『ドーン!パチパチパチ』…ったから…」
空に咲く大輪の赤い花。一瞬だけ咲く命短い花だけど、なんて美しいんだろう。
「キンの花火だ…。あ、今なんか言わなかった?」
ショウがなんか言った気がしたけど、花火の音で聞き取れなかった。
「は?別に。てかさ、いつまで花火に見とれてんだよ。豚足のくせに止まんなよ」
「わかってるっつーの。でもほら、キンからのプレゼントだし。あー、でも今ので終わりかなー」
なごりおしいが進まねば。ちんたらしていたらショウのやつが「リンネじゃなくてブタだ!」とかわけわからん暴言吐くので、とっとと上の階へと進むわけです。
そして、今度その階であたしが遭遇したのは、あたしが階段を登りきったところで、前方からこちらへと走ってくるそいつは
「テン!」
「リンネ!タカネはいたか?!」
テンと合流。あたしとは別ルートで城内に侵入したテンだけど、どうやらおばあちゃんをまだ探せてないらしい。
あたしはひたすら階を上がることしか考えてなかったから、もあるけど。ここまでおばあちゃんとは遭遇していない。あたしは首を振って、テンの問いかけに否と伝える。
「くそっ、タカネはどこに」
テンがそう愚痴た時、上の方からこちらを呼ぶ声が聞こえた。
それは、懐かしくて、だけどもはっきりと覚えている、優しくて温かい声。
「リンネ! テン!」
あたしとテンはその声へと振り向く。顔を持ち上げて、同時にその人へと視線を注いだ。
「おばあちゃん!」「タカネ!」
階段を駆け下りてくるおばあちゃんへと、あたしとテンは駆け寄った。
「タカネ! 無事か?!」
真剣な眼差しで、おばあちゃんを気づかうテンに、おばあちゃんは優しい顔で頷く。
「ええ、私なら大丈夫よ。ごめんなさい、テン。心配かけさせてしまったわね」
「なにを言うタカネ。なぜタカネがわびるのだ。本当にわびなければならんのは、ビケの野郎だろうが」
「テン…。あなたがずっと探していた人はビケだったのね。あなたたちが行き違えたのは私のせいだわ。本当にごめんなさい。ねぇ、だけど、今からだって遅くはないわ。二人やり直せるはずよ」
「そうよテン。いい加減すっきりはっきり認めちゃいなさいよね。ほんとはビケさんのこと好きなくせに、どうでもいいなんて心底思えやしないでしょう。おいしい料理作れる人に愛がないわけがない」
あたしとおばあちゃんの連携技でテンを攻めるぜ。ええい、認めちゃいな。最終幕なんだし。
いい加減素直になるんだ!
ちっとあきれたようにテンが舌打ちして
「俺のほうなどどうでもいいだろ。それよりリンネ、お前は自分の気持ちを優先しろ」
あ、また逃げやがったな、この男は。
「そうよ、リンネ。あなたのその想いをちゃんとビケに伝えてあげて」
と、今度はテンとおばあちゃんであたしの包囲網ですか?
「おばあちゃん」
あたしとは長い間離れていたのに、おばあちゃんはあたしの想いを知っている。ずっと繋がっていたみたいに。夢の中でも、おばあちゃんとあたしは繋がっていたのかな。それは不思議な信じられない現象だけど、だけど、桃太郎とか生まれ変わりとか、そんなこと経験した今ならそこまで驚くほどのことでもあるまいと納得している自分だったり。ふわっとあたしを包む優しい匂いとぬくもりは、夢の中と似ているようで違う、現実の感覚。あたしを抱きしめるおばあちゃんが温かくて、心の中が満ちていくみたい。自然とあたしもおばあちゃんの背中を抱きしめていた。温まった頬と胸の奥、顔をあげるとあたしを優しく見つめるおばあちゃんの笑顔があった。
「私はビケの想いは知っているわ。だけど、どうしても応えてはあげられないの。
私が一番大切なのは、リンネあなただから。あなたの想いが一番大切だから。ビケを救ってあげられないの。
今ビケは半身ともいえる温羅を失って不安定になっているわ。あなたとテンを殺せば、自分の想いが満たされると思い込んで、孤独の中で待っているの。殺しあうことしか道はないと言って。お願いリンネ、ビケの不安を取り除いてあげて、ビケの目を覚まさせてあげて」
優しいおばあちゃんは野蛮な行為なんて望まないだろう。それはよくわかる。かつてのあたしが毛嫌いしたことそのものだから。
「想いは伝えるよ。ビケさんの望みが殺し合いならそれにも応える。だけど殺されるつもりはないけど。
体から、命かけてぶつかっていきたい。戦いの道でも、その先にきっと愛が待っているはずだから」
ゆっくりとおばあちゃんから体を離して、揺るがない目で見上げた。不安そうなおばあちゃんを安心させるつもりで、あたしはそう告げた。あたしを見つめるおばあちゃんの瞳は揺れていたけど。
「というか愛をぶちこんできます!!」
ぐっと拳。熱い、熱いぜ恋乙女。
「リンネ…」
「タカネ、リンネなら大丈夫だ。この俺が保証する」
おばあちゃんの肩にぽんと手を乗せて、テン。
「て、テンの保証って正直どうなんですか?」
「なぜつっこむ? 俺のフォローを台無しにする気か?バカがっ」
「…あのさー、のんきにくっちゃべっているヒマないと思うんだけど」
あきれたような溜息でショウの声にあたしたちははっとして下り階段のほうへと視線をやる。
「ぎゃおう!もうそこまで来てるーー」
ゾンビ軍団がわらわらとすぐそこまで上ってきている。
「ちっ、タカネ下がっていろ」
テンが武器を抜いて、戦闘バリバリ体勢になる。
「リンネ、ビケはこの上よ」
おばあちゃんが来たその方向に、ビケさんがいる。
ショウの連撃を浴びても、のろのろとこちらを上ってくるゾンビをテンの美しいまでの剣戟が仕留める。
「ここから先には道などない。貴様ら亡者どものな。タカネを背に戦う愛のテロリストがどれほどのものかその身で腐るほど味わえ」
テンがゾンビに向かって吼える。
「もう腐ってるし。て、ちょっオッサン近いし、ちょっ、危ないんだけどボクがっっ」
ショウのことなどおかまいなしに刃を振るテン、相変わらずだな、この二人の相性の悪さは。
「フン、ガキィ。貴様を放り投げて、奴らが貴様にむしゃぶりついてくれれば十分な時間稼ぎになるんだがな」
にぃやり。と邪悪な笑みを隣のショウに向けるテン。そんなテンを見ておばあちゃんが「だめよ」と諭す。
「ケンカはいけないわ。二人とも仲良くして、ね」
おばあちゃん、この二人に限って仲良くなどありません。たとえ世界が崩壊しても、ありえませんから。テンがおばあちゃんを嫌いになるくらいありえませんからっっ。
「わおっ、ホンマモンの悪がここにいるよ。桃太郎を越える鬼畜野郎じゃね?オッサン」
ええあの桃太郎を欺いた男ですからねー。
うんうんなんて頷いていたら
「おい、いつまでそこにいるリンネ。ちんたらするなバカがっっ。ここは俺たちがくい止める。とっととビケをぶったおしに行ってこい」
「そうそうここはボクらに任せて、リンネはビケ兄の間に」
「む?たち?」
「うわっ、ボクらだって。自分で言ってめっちゃ鳥肌たってきたーー、おえーーっ」
ありがとう、テン、ショウ。背後は任せた。最初で最後の友情パワー炸裂させて、おばあちゃんを守ってちょうだい。
「リンネ、あなたの想いはきっと届くわ」
おばあちゃんにこくりと頷いて、あたしは最上部へと続くその階段を駆け上った。
振り向かず、ただまっすぐに、そこを目指して。
どきどきどき、心臓の鳴りが早まってく。緊張はどんどん加速する。
しょうがないよね、緊張して当たり前だよね。
あたしは今から好きな人に想いを伝えるんだもの。
桃山リンネ、命をかけた一世一代の愛の告白、行って参ります!
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