リンネとビケが立ち去った後のZ島にて、新たに島に上陸した二つの影があった。
明らかにその島の住人とは違いを見せるスーツ姿のその男はキョウであり、
彼の後を行くのは、キョウより一回り大きいキンだ。

シンと静まる人気無いその島は、キョウの知るAエリアともBエリアともまったく違う地で
違和感を覚えるも、どこか懐かしい気配を感じた。
その懐かしさは彼の中にある生まれ変わる前の彼の記憶からであり、それをキョウ自身も感じ取っていた。

キョウがこの島に来たのはその前世の記憶を懐かしむためではなく
コロッシアムで、偶然目撃したテンとビケのあのやりとりが気にかかっていたからだ。
それは個人的な感情で、一度Aエリアに戻った後、事をミントに任せ、すぐに身一つでこの島へと向かった。

その直後、キンから呼び出されたのは予想外だったが、兄弟の中でキョウが一番信頼を置いているキンになら、と同行するよう誘ったのだ。
キンは二つ返事でそれを承諾したが、そのキョウの行動に不信感を抱きながらということは、キョウは気づかないまま・・・

島について、キョウが見つけたのは海岸で、砂と一緒に波に蹴られている一人の男。

「なんじゃ?ありゃ、土左衛門か??」

「! あれはっ、テン?!」

キョウは駆け寄って、横たわるその男を確認する。
気を失ったままでも刀を強く握り締めたままでいるその男は間違いなくキョウの知るその男
テンだった。



良い子のみんなー、元気かなー?リンネお姉さんだよー。今日も元気にいってみよう!
・・・っは、あたしはなにを言って???・・・ヤバイもう、脳が現実に追いついてないみたいです。
え、今更? まあたしかに、今までBエリアからAエリア、DエリアにCエリア。
そして、あたしのここ二年間の記憶がないことやら、金門一族に命を狙われたり、その金門からあたしが桃太郎の生まれ変わりだという噂が広まったりで、十分受難にまみれてきたわけですがー、
行方不明になっているあたしのおばあちゃん「タカネ」の自称恋人で、自称愛のテロリストという怪しさマックスのバイオレンスなDエリア的考えの男、テン。
そのテンに連れられ向かった先が、Bエリアの南から海を越えた先にある小さな島Z島。

昔からこの島には鬼王の命で島流しにされた罪人たちが暮らしてきたという。
そしてその島で出会ったのが、かつての鬼王で、現鬼王の父、つまりはビケさんたちのおじいさんになる人。
テンは昔この島で過ごした時期があって、このおじいさんとも面識があったらしく、そんなことよりもあたしが驚いたのは、ビケさんとテンの関係!

Cエリアで、あたしが初めてビケさんに会った時、お互い初めて会ったような素振りをしていたのに、本当はビケさんとテンは十二年前にこのZ島で出会っていたというのだ。
おじいさんとテンの過去話をあたしは聞いて、テンとビケさんは真の友と呼び合える仲であったと

なのに、十年ぶりに再会した真友同士は、殺気メラメラのお互い殺すモードを見せたりして
テンの話の中では、テンは誰よりビケさんを信頼していたはずなのに・・・
鬼が島がおばあちゃんを攫ったと思い込んでいるテンは、鬼が島と繋がりのある領主のビケさんにも敵意を見せている。
ビケさんを温羅の生まれ変わりだと信じているおじいさんも、ビケさんに対して恐怖とか疑念とか抱いている。

そして、あたしは・・・
ビケさんとおばあちゃんの繋がりを知り、テンとのやりとり、それから、コロッシアムでのビケさんのあの言葉
『心の底から愛して止まない大切な人』

その人が誰なのか、わかってしまったあたしは・・・あたしは・・・



「なにを考えているのかしら?」

「はっ、えっ」

ビケさんにそう問いかけられて、あたしはハッとしたように目をパチパチさせる。
ここは、Cエリア。
ビケさんと一緒にヘリでZ島から帰って来たのだ。けどずーっとボーとしてて、気がついたらCエリアって感覚です。

「あそこずいぶんと賑やかね。なにかお祭りかしら?」

ビケさんが指すその方向には、たしかに人が多く賑わっているかんじだった。
Cエリアは普段から人が多くて、華やかで賑やかな街だけど、その光景は特別で、なにかイベントが行われているみたい。

「たしか、公開直前の映画のイベントではないでしょうか、金剛カナメが主演で話題になってましたが」

ヘリの操縦士がそう答える。
金剛カナメ、もう忘却の彼方にやってたヤな女のこと思い出させないでよ。そんなイベント興味ナッシング

「へえ、それであんなにマスコミが集まっているのね。・・・ちょうどいいわ、よっていきましょうか」

「へっ?!」


あたしはそんなイベントまったく興味ないんですけど、ビケさんに手を引かれてその人ごみの中へと入り込んだ。
イベント会場へと注目していた人々も、ビケさんの登場にババッと一気に視線がこっちへと集まった。
ビケさんの美貌はすべての人の目を惹きつけるのだ。
と、思ったら

「あっ、あの女、桃太郎の!」

「まー、汚らわしい、よくもこの神聖なCエリアにやってこれたものね」

あたしに注目かよ!!??

「死ーーねっ、死ーーーねっ」
死ね死ねコールって、なんだー、こいつらー、小学生のイジメかこらー!!

「どうしてあの女がビケ様と一緒にいるんだ?」

「あー、コロッシアムで公開処刑見られなかったしなー(ぼそぼそ)」

「いやもうここで処刑すればいいんじゃないか(ぼそぼそ)モザイクはお願いしまーす」

ぼそぼそって、思いっきり聞こえてますからっ!
やっぱりおかしい、金門の奴ら異常すぎ。

ビケさん、あたし早くここから去りたいんですけどっっ。
とSOSの目線をビケさんに向けると、ビケさんはくすっと笑みを見せながら

「これだけギャラリーがいると、やりがいがあるわね」
そう言ってビケさんは横目であたしを見ながら笑う。

へ?え?
やりがいって、どんな貝でしょうか??
ビケさんが言っていることがわからない。

ビケさんのその言葉にギャラリー(金門のアホども)は大興奮の声を上げる。

ワーキャー、もう耳が鼓膜が破けそうなほどのその興奮の声にあたしはぐっと耳を押さえた。

「最高ですわ、ビケ様!」

その声は!
人波の中から現れたのは、黒いドレスで着飾った(メイク濃すぎ!)な金剛カナメ。
手を叩きながら、クッといやーな笑みをあたしに向ける。

「おもいっきりやっちゃってくださいませ! ああっ、これでこのイベントも最上級のお祭りになるわ!」

カナメのそれに、周囲はそーだそーだとお祭り全開で賛同する。

「そう・・・それじゃあ・・・」

えっ、えっ?

口元に笑みを浮かべたまま、ビケさんはあたしの首に手をかける。
あの、あの、ビケさん??

あたし、殺されるのですか?

その瞬間、あのZ島でのことが脳内で再生される。
ビケさんが、テンに対して殺すと言ってた、あのシーンを。
そして、海の中へと消えたテンのことを。

ビケさんになら、あたし、殺されてもいいわ、・・・・

なんて、ドラマのくっさいヒロインみたいなこと思えない、いやっ
怖い! 殺されるのは、やっぱり

だけど、体は固まったまま、動けない。
周囲の騒ぎも、遠い音になっていく。もう、このままあたしは遠い世界へ行くの?


ビケさんの髪が、睫毛が、あたしにあたりそうなほどに近づいてきて
・・・あたし一体どんな殺され方をする・・・・

の?!


心臓が止まった。

あたしの目の前にはぼやけるくらいの距離のビケさんの顔があって・・・
そして、あたしの唇に触れているのは、まさか、ビケさんのくちび・・・?!

そして、世界が止まった。

ビケさんがあたしから離れて、まだ事態を理解できてないあたしが瞬きをするまでの間

「ギャーーー!」とか「イヤーーーー!」とかいう金切り声みたいな悲鳴が花火みたいにどかんどかん上がった。
それにうるせー!とかつっこむ余裕などないあたし。

一体今何が?
何が起こったのですか?ねぇ?

固まったままのあたしの隣で、ビケさんはあの笑みを湛えたまま、カメラや記者のほうに合図するように、手を振り上げる。

「いい機会だからここで宣言しておくわ。

彼女は・・・桃山リンネは私の恋人だから。この先何があっても彼女には手出ししないでちょうだい」

周囲も固まる。
金門の連中も、あのカナメも、口を開けた状態で、みんなビケさんの発言をすぐに理解できないみたい。

いえ、一番理解できてないのは、あたし自身なんですけど。

えっと、ビケさんなんておっしゃいましたか?
あたしの妄想じゃないですよね?ね?

「フフ、そういうことだから、よろしくね金門の皆さん。

さ、リンネ戻りましょう」

そう言って、あたしの肩を抱き寄せ歩くビケさんに

「はっはひぃっっ」
声が裏返ってかっこわりぃ!と自分につっこむ余裕さえないあたしは、Z島から帰るとき以上に脳内ぐるぐる状態で、Cエリア領主館へと戻ったのだった。


コロッシアムからZ島へと渡って、そして再びCエリアの領主館へと戻ってきたのですが・・・

・・・・・・

なにが起こったのか、まだ脳内整理できてません。脳が現実に追いついてません、追いつけないんじゃないかと思われます!

ハー、スーハー、ハーハー・・・うっ、吐いてばっかでどうする、落ち着け自分。

えっと、ビケさん、なんて言ったっけ?
あたしが、ビケさんの・・・変人?
へ、変人っておいおい、変換ミスかよっ?!
恋人でしょ、コイビト☆!

・・・・・・?!

「ふっ。ふおーーー!!!」

「なに一人興奮しているの?リンネ」

「うわっ、ビッビケさんっっ」

リビングでゆったりとくつろげもせず、棒立ちのままのあたしのすぐ横にビケさんが立っている。

ああ、どうしよう、なんかあたしの妄想の気がしてきた。だって、よく考えてもありえないし。
ビケさんが、あたしを恋人だなんて言ってくれるなんて。
それに、それに、あんな公衆の面前で、キッ、キスされて?!

キス! うっ、思い出しただけでも鼻血でそうなんですがっ

て、興奮してる場合じゃないよ!
ちゃんと、確かめないと、一体どういうわけでビケさんは、連中の前であんなことをしたのか。

「ビケさん、あのさっきの・・・」

震えながらも、あたしはがんばってそのことを訊ねてみる。

「どうして、あんなこと言ったんですか?」

ドキドキバクバク、張り裂けそうな心臓を、両手でぐっと服の上から押さえるようにしながら、あたしはビケさんの返事を待つ。

「リンネ、あなた金門から命狙われているんでしょう」

「えっ・・・は、はい?」

「ちょうど金門の人間も、マスコミも揃ってたし、いい機会だと思って利用しようと思いついたのよ。

リンネあなたを私の恋人だと公にしておけば、金門もあなたに手出しできなくなるんじゃないかと思ってね」

「えっ、それって、つまり、あたしを金門から守るために・・・?」

ビケさんはそうよ。と頷く。

そう、そうなんだ。ビケさんはあたしを守るために、あんな嘘をついて、嘘の芝居までしたんだ。
あたしが、それはきっとあたしが・・・・・・

ビケさんの大切な人の孫だから・・・

ドキドキが収まったのと同時に来たのは絶望感だった。
なんとなく、そうなのかもという思いは確信に変わった。

「あの時、私はリンネの愛を信じると言ったでしょう」

?!

「そして、リンネは私のその想いに応えてくれたわよね、あのテンに立ち向かった」

「あ、それは・・・」

あたしは嬉しい、ビケさんの言葉なら、ビケさんの想いがあたしに向かないとしても、きっと・・・

「それでわかったのよ、私が欲するのはリンネの愛なんだってね」

「え?・・・ビケさん」

あたしを見て、優しく微笑んでくれるビケさんが眩しくて、ときめきは高鳴る。

「私の想いに応えてくれる?」

こくこく!
あたしは首がもぎ取れるほど何度も縦に振った。目眩を覚えるほど力いっぱい。

そんなあたしにビケさんは目を細めて、白い指先であたしの長い髪を解く様になでながら
自身であたしの視界を奪う。

今度のキスはさっきのとは違う・・・長くて、熱くて、ずっと深く入り込んできて・・・
どきどきのあまり頭の奥のほうがバクバク変な音させているくらいで、このまま続けばきっとこの体は魂ごと別世界に飛ぶんじゃないかと思ったほどで・・・

だけど、ずっと・・・このままが・・・い

「あ、そうだわ」

「ふわん?」

突然ビケさんが離れたので、あたしの口は締まりのないまま、まぬけな声を発する。

「今から出かけなきゃいけないのよ」

「えっ?!」

そんなー、ビケさーん。
でも、そうか、ビケさんいつも忙しくてあまり領主館にいなかったし、コロッシアムが終わっても多忙なのは変わらないのね。はあー、とわかってても、寂しい。

それに、こんな熱いキスでドキドキ爆発直前のままほっていかれるのなんて、なんだか・・・

「そんなに寂しいの?」

きっと無意識にしょぼくれた表情になってたあたしに、ビケさんがそう尋ねる。

「えっ、あ、その・・・」

わてわてとしながらも、心の中ではきっぱりと

はい!寂しいであります!!

そんなあたしの心中など、きっとバレバレなのかも。ビケさんはからかうような笑みを見せて、

「夜には戻るわ。その時はたっぷり可愛がってあげるから、我慢してなさい」

ふえ?・・・はいっ?!

ビケさんの背中を見送った後、あたしは手で鼻を押さえて噴出しそうな熱いものを必死で止めていた。


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