おじいさんの口より語られるビケさんの出生とこの島のこと。
おじいさんの話では鬼王ではなく、ビケさんこそが英雄温羅の生まれ変わりだという。
そしてビケさんは幼子の時に父である鬼王より追放されてこの島に流されてきたのだという。
ビケさんはこの島にいた。この寂しくてなにもない島に・・・。
優雅なCエリアの領主をしているビケさんからは想像もつかない過去だった。
このおじいさんの言うことすべてが正しいとは限らないけど、でも・・・
あたしはほんとうにビケさんのこと知らなさすぎた。
そしておじいさんの話は続く。
この島で、十二年前にビケさんとテンが出会ったという・・・・・・
「テンがこの島にやってきたのは十二年前だな、海岸に男が倒れていると
それを見つけてきたのがビケじゃった。
少し背の高いその男はしばらく気を失っていたのだが、それを介抱したのがビケじゃった。
不思議に思ったのだ、あのビケが、他人に関心を抱くのは珍しいことだと思ってな。
しかし、その男がまたやっかいな奴でな。
いくつかの武器をしこんでいたようなのだが、海水で大半をダメにしたらしかったが
それでも、肉体そのものが凶器のような男だったからな。
わしは警戒していたんだが、なぜかビケのやつはそいつに興味津々で
わしの元に置くことになった。
最初は手のつけられん男だったが、この島での暴力が大した意味をもたないことに気づくと
大人しくなった。聞いたところによるとテンはDエリアの出らしい、ああそれであいつにとって
暴力こそが生きる術で自己表現なのだとわかってな。
テンは反鬼組織のキメッサーとかいうテロ組織に身を置いていたらしい。
そして鬼が島へと攻め込んだときに、爆風で飛ばされ、海まで流されたらしい。
でこのZ島に流れ着いた。
それを聞いてわしは驚いた、鬼が島からこの島まで、よく生きていたものだと
とんでもない生命力の持ち主かこやつは、と。
だがビケのやつはちっとも驚いてはいなかった、それこそ当然だと思っていたみたいだな。
ビケはわしにこう教えてくれた
『テンは桃太郎の血を引く者』だとな。
わしにはそれを確かめる術はなかったが、納得した。
ビケが言うのならそうなのだと。
そしてこうも言っていた
『でも桃太郎自身じゃない、残念だ』とな。
ビケにとってテンは大きな関心になった、そしてテンのやつも、ビケに対する関心は日に日に強くなっていった。
キメッサーが滅んだ後、テンのやつには生きる目的というものがなくなってしまった。
戦うことしか知らぬ男に、戦いのない世界で生きていけなど、無茶なことかもしれぬと思っていたが
そうでもなかった。
テンのやつはわしの元でもりもり飯を食っては、この島で平穏に日々を生きていた。
ただ、幸福には見えなかったな。
あいつはどこか、空虚な部分があった。
それはビケとて同じことだった。
愛を求める孤独な少年と
愛を知らぬ孤高のテロリスト
出会ったのは偶然ではなく、意味のあることなのかもしれん
そしてテンが桃太郎の血筋のものであるなら、尚更それを強く感じたのだ。
だからこそわしはテンに期待した。
あやつならビケを救えるかもしれんと、そしてビケを、あいつの過ちを止めることができる存在になりえるのはテンしかおらんのではないかと」
「過ちって?」
「さきほど話した鬼王が犯した罪のことじゃ。
タカネちゃんの自由を、大事なものをうばったというな」
あたしにはおじいさんの言うことがわからない。
「テンのやつはタカネちゃんを探しておる。タカネちゃんの居場所はきっとだれにもわからぬだろう。
おそらくビケしか知らん。
あやつがタカネちゃんを攫ったのだ」
「ちょっと、なんでビケさんが?なんでおばあちゃんを攫ったなんて!?」
なにを言い出すのだ?このおじいさんは!
「あ奴は誰より愛を求めておった。そして、わしが思うに間違いなくタカネちゃんという存在に夢を見ておった。
そして代々の鬼王が・・・わしも含めて皆、タカネちゃんに心を奪われておる。
ビケもしかりじゃ。
あやつは、タカネちゃんに会いたがっていた。
そのために本土に渡ったのだ。
今から十年前のあの日に・・・
テンのやつと一緒に、船をこさえて、この島を発った。
その後のことは、テンの奴も詳しく話してはくれなんだが・・・
Bエリアで消息不明になったらしい。
鬼一の元に向かったのだろうな・・・、わしはそう思っておる。・・・鬼一
もしや鬼一は、もうこの世にはおらぬのかもしれん、あれから毎晩のように夢に見るのだ。
闇の中へと葬られていく鬼一の姿を・・・」
青い顔して顔を手で抱え込むおじいさんは病的にぶつぶつとそう言っている。
大丈夫だろうか?いやあまり大丈夫じゃないのかもしれない
だってこのおじいさん、言っていることがなんだかめちゃくちゃだし。
それに、テンといいなんでそんなにビケさんを悪者みたく言うんですか?!
「わしはビケが恐ろしくて仕方ないんじゃよ。もう離れて十年になるというのに、わしの中には
毎日毎秒襲い来るビケの幻想が・・・今も尚・・・」
「なんでそんなこと言うんですか?ビケさんはおじいさんの孫なんでしょ?
肉親からそんな風に思われて、居心地よく無いからこの島を出たんでしょ?
温羅だとかおばあちゃんのこととかそんな問題じゃないと思うんですけど」
「なにもわかっとらんなリンネさんや。
わしら温羅一族の人間がずっと温羅という偉大な存在にすがってきたプライドを
簡単に捨てられぬそれを、どうでもいいと思えるようになったのがタカネちゃんという存在じゃ。
タカネちゃんはわしにとっての救い、聖域。
だからこそわしはテンに託したのだ、タカネちゃんを救い出してほしいと。
守ってくれと。
あれは、鬼王が手に入れていい存在ではない、そう思うのだ」
このおじいさんは・・・なにを?
「人は桃太郎の血を引くテンを悪だと感じるだろう。
だがわしは、わしにはテンを正義だと思っているんだよ。
それはわしが・・・・・・温羅に立ち向かえぬただの臆病者だからなのかもしれんがな」
「・・・テンは?テンはどこにいるんですか?
おばあちゃんは?」
あたしはすぐに外に出た。
おじいさんからはテンは外だとしか聞いてないけど、でもよくわからず走っていた。
おじいさんの話を聞いて、よくわからないもやもやしたものが胸の中にあった。
あのおじいさんの話はただの幻想なんじゃないかとも思えるし、ちょっと普通じゃなかった。
あの目も言葉も、ずっと遠いなにかを見ているようで
ビケさんが幼い時にこの島に流されて、ずっと孤独の中生きてて
そしておばあちゃんの歌と出会って、そしてテンと出会った・・・。
ビケさんがほんとは温羅で、みなしごのテンが実は桃太郎の血筋で
おばあちゃんも桃太郎の血筋で、それで孫のあたしも桃太郎の血を引いているっていうの?
それでおじいさんは、かつての鬼王は、ビケさんを恐れていて、テンに期待していて
おばあちゃんの失踪にビケさんが関係しているって思っている。
なんか・・・なんか・・・もう・・・
むかついてきた!!!
んかー、なんなんだ、テンといいあのおじいさんといい、やたらとビケさんのこと悪く言ったりして
しかもほとんど思い込みみたいな理由からじゃない。
あたしはたしかにビケさんのことほとんど知らないし、ビケさんは優しくてステキで、あたしのこと助けてくれたし、おばあちゃんのことだって協力してくれるって言ってくれたし。
コロッシアムで、ちょっと不安になることもあったけど、それでもあたしは
ビケさんが好きだし、ビケさんの言葉を信じる。
だってそうだよ。出会ったばかりのあのおじいさんの言葉を信じるほうがムリなんだよ。
でも、ここに来て妙に胸がざわつくのはなぜ?
どこか懐かしく感じたりするのは・・・
それにビケさんとおばあちゃんの繋がりと
テンとの関係が・・・
余計にあたしの中のざわざわを刺激しているみたいで・・・
テンの奴に一言言いたい!
あたしはテンを探した。
おじいさんの家を出て、あたしが向かったのは海岸近くの山道。
なぜか足がそこへと向かった。
その道は、初めて来るはずなんだけど、でもどこかでこんな場所見たような知っているような・・・
夢の中で、見た景色と似ている気がする。
狭い山道を登った先に、開けた場所に出た。そこは小さな公園くらいの広さの広場で、特になにもなかったけど、そこからは海が見渡せる。どこかで見た景色・・・。
そこに見つけた後姿は・・・
「テン!!」
息切れ切れのあたしが、その後姿に向かって叫んだ。
「テン・・・」
あたしに気づくとテンは振り返った。朝日がそのテンの男らしい輪郭をなぞっている。
テンはここでなにをしていたんだろ?なにを思っていたの?
一瞬遠い目をしていたように見えたから・・・朝日がまぶしかったから錯覚かもしれないけど。
「テンどうして、ビケさんとのこと、あたしに教えてくれなかったの?
やっぱりビケさんとは元々知り合いだったんでしょ?二人ともほんとはCエリアじゃなくって、この島で
十二年前に出会っていたって・・・」
「・・・」
「あたしはテンのことほとんど知らないのに、ビケさんのことだって・・・なのに初めて会った時からあたしのことは知ってて、勝手に散々振り回しておいて、ビケさんのことは話してくれなくてー
あー、もうむかつくんだってばー、なんかもう置いてけぼり状態で、わけわかんなくて」
「朝っぱらからぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー頭悪くわめきやがって」
「むっ、だからー、だからー、あたしは・・・
あたしは、知りたいの。テンとビケさんのことを・・・」
あたしは、テンとビケさんのことなにも知らない、知りたい。
どうしてテンがビケさんのこと嘘つき野郎なんて言ったのかを。
「俺の過去など・・・どうでもいいだろ・・・」
そう言ってテンは軽く笑んだ。それはあたしに対してしょうのない奴だといった感じの笑みにも
どこか切なそうな笑みにも見えて
そうどうでもいいと言いながら、テンは少しずつ話し始めた。
自分の過去のことを、あたしに話してくれなかったこの島での記憶を・・・
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