ずいぶんと激しい物音がしていた。
Cエリア領主館内。ビケ兄不在とはいえ、館内に使用人もたくさんいるんだけど、誰一人としてその物音の現場には駆けつけない。ビケ兄の指示で勝手に動けないんだろうけど、まあこちらとしてもそのほうが都合がいいかも。
リンネがビケ兄から借りている寝室、電気がついていないけど、外の月明かりや街の灯りだけで十分見渡せる。
ひっでーありさま、…倒れている男はたしか、リンネを狙っていたハイセーズとかっていう金門の暗殺者だっけ? こいつらを倒したのって…、リンネ? いや、別の気配を感じる。窓の外、あれは、物騒な剣が光って見える。オッサンだ。

「リンネ・・・・・?いや、貴様は、あの時の・・・・・・」
「前に名乗っただろ。俺様は桃太郎だ。」
オッサンとリンネの会話が少し聞き取れた。
リンネは桃太郎と名乗った。…ふ−ん、やっぱり今のリンネはいつものリンネと違うみたいだ。
Bエリアでボクの意識を失わせたアイツ、Dエリアでキン兄を倒したアイツ。リンネじゃないもう一人のリンネ、それこそが鬼が島が警戒する桃山リンネの正体だろう。

「よう…、また会ったな」
窓から下品に室内に戻ってきた下品なリンネが、ボクを見てそう言う。また会うってのもヘンな言い方なんだけどね、ずっとここにいたわけだし、ボクとリンネ。
つまり、こいつにとって、ボクはいつも会っている存在じゃないってことだ。
「だれ? お前…」
「くっくっくっ…」
わざとらしくリンネが笑う。
「忘れたのか? 俺様を、この桃太郎様を」
桃太郎ね、リンネは自分を桃太郎だと思い込んでいるのか? リンネ自身意識していないところで。
「お前たしか、ゼンビだったな。俺様に会いたかったんだろ?」
にまりと気持ち悪く口端を吊り上げるリンネ。ゼンビ?聞いた事ない名前でボクを呼ぶ桃太郎を名乗るリンネ。
「…意味わかんないんだけど」
「ふっ、じきにわかるだろうぜ。そばに小憎たらしい温羅の野郎がいるんだからよ。てめぇも前世ってのを思い出すだろうよ。…じゃあな、後始末はまかせたぜ」
「は?」
ふっと急に意識が途切れたリンネがボクのほうに倒れ掛かる。反射的に受け止めてしまったが、…重てぇっ、やせろよリンネ! 逆方向にリンネの身体を押して、ベッドの上に横たえた。
「すかーー」
…のん気に眠ってやがるし。なんなんだ、一体…、これを片付けろっていうのかよ、…ボクがビケ兄以外の命令なんて聞くわけないだろ。



「――ョウ? ショウってば!」
「なんだよ、うるさいな、リン…ネ?」
ボクを覗き込むのは、あの悪趣味なピンク頭のリンネじゃなくて、黒い髪のほうのリンネ…、てそうかこっちはゲームのほうだ。
なんか最近頭の切り替えが悪いな。…まあオッサンとか桃太郎とか、ヘンな奴暴れすぎだろう。
…あのリンネの気持ち悪い笑顔思い出して、また気分が悪くなる。
「ええっとほら、あの…あたしあの人に追いかけられているって話…」
ああー話どこまで進んでるんだっけ? こっちもこっちでいちいちややこしいんだよな。何度かムカツキながらもやり直して進めたこのクソゲー。ゲームオーバーの条件はボクの死亡かリンネの死亡のどちらか。つまりボクはリンネを守りつつ、自分の身も守りつつ、…唯一のヒロイン(うげーー)のリンネとの友好を深めることでストーリーを進めていかなきゃいけない。…ゲームのクソっぷりには何度も投げ出したくなったけど、…鬼が島の指令だからね、リンネを探る事。このゲームの基盤となったリンネの記憶、その中にリンネの重要な秘密があるかもしれない。鬼が島が危惧するほどのなにかが。
で、ボクもゲーマーの端くれだから、コツを覚えればまあ楽なもんだよね。リンネを付け狙っているあのキモイ野郎からリンネを守り、リンネとの友好を深める為ひたすら親切にする…、血管切れそうになりながらも、ゲームゲームと割り切ってここまできたわけだ。さすがに気がめいりそうになったけど、ミントの奴ちゃんとお遊び要素も入れてくれていたみたいだ。気晴らしもしつつ、リンネの機嫌とっとけば楽勝だね。
好感度は確実に上がってきているようだし、レベルアップの音も数度聞いたから、レベルアップしているはず、だけど、…あまり強くなった気がしないんだよな…、ステ非公開だからなんだろうけど、もう少し実感できる要素はほしいところだな。
ここまでの簡単なおさらい。学園内でリンネと出会い、リンネとの友好を深めるイベントをクリアして、あのキモ野郎を上手くかわして、ゲーム内での月日が過ぎてきたわけだけど。今現在、リンネはかなりボクを信頼している。そのせいで、ことあるごとにボクを頼ってきやがる。リアルなら撲殺したいレベルでね。ゲームも中盤くらいだろうか、敵も凶悪になりつつある。出現頻度も上がってきたし、ついにはリンネのいる女子寮に高頻度で現れるようになった。女子寮がリンネにとってもっとも危険なエリアとなった今、リンネは男子寮のボクの部屋へと避難してきたわけ…←今ココね。
「ああだっけ…で?なに」
「ショウにかくまってもらってから、怖い思いすることも減ったし、感謝してるんだ。いつもありがとう」
なにを溜め込んで言うかと思ったら、なにそのくだらないセリフ、むずがゆいしサブイボでまくるんだけど。…いい加減にしろよなミント。…いやミントはシナリオ自体いじってはないんだよな??リンネの記憶ベースにパズルみたいに組み合わせていったらしいし。
「あー、やっぱり持つべきものは友達だよね。あたし、今本当に友達っていうかけがえのないものに巡り会えてすっごく嬉しい」
ぐっと両手を組み合わせて、リンネは気持ち悪いほど目を煌かせている。
友達ねー、…どうもひっかかるんだよな、純愛シミュレーションとか言ってたわりにらしき要素ってのがない。
「友達ね、リンネの言うソレは、単に都合のいい相手としか聞こえないんだけどね」
「え、いやそんなつもりはさらさら」
「自分のために無償で動いてくれる?そんな都合のいい相手が友達っていうんならさ、ボクは違うね」
まどろっこしい純愛(笑)シミュレーションに律儀に付き合ってられるか。陵辱ゲーにしてやる。ボクに襟元を掴まれたリンネは、後ろの壁に軽く頭をぶつける。
「うっ、…ショウ?」
「ギブアンドテイクってやつだよ。アイツから守ってやってる代わりによこすもんあるんじゃないの? 例えば…性奴隷になるとかね」
「え…ナニソレ?」
辱めて痛めつけて、歪んだ顔にしてやりたい。女なんて、そもそもビケ兄以外の人間なんてどうだっていい虫けらみたいな存在だ。そんな虫けらに一時でも価値を見出してやる。快楽のはけ口としての利用価値くらいはね。結局リアルではリンネとヤってないんだよね。…もし鬼が島からの指令がなかったら? リンネはBエリアで女の醜態さらして、レイトに処分されちゃっていたかもしれないな…。
『俺様に会いたかったんだろ?』
襲撃の夜のあのムカツク気持ち悪い笑顔のリンネが脳裏に浮かぶ。胸の奥から押し上げてくる不快な感覚、ボクはあいつのあの顔を思い出すだけで、得体の知れないストレスが膨らんでいく。
全力で否定したかったのに、そうかもしれないと感じてしまった気がした。
「えっと、意味よくわかんないけど、たしかにあたし間違ってた。自分の事ばっかりで、なんか舞い上がってて、大事な事わかってなかった」
襟元を掴んでいたボクの手をリンネが両手でぎゅっと掴んできた。
「友達って助け合うものだもんね。…あたしもショウの力になるよ、だから遠慮なく頼っていいからね」
「……はぁ?」
全力で殴るという選択肢がなぜ出ないんだ? リンネ…こいつのあさってに向かいまくりのアホ思考、なんとかならないのかよ…。
「うん、あたしも、逃げてばっかりじゃいけないって思ってるし、がんばって強くなるから…、ショウを助けられるくらいにね」
「は、なにその思い上がり…『てけれけれーん♪レベルが上がりました』
! 何で今ココでレベルが上がるんだ?…そして非公開ステは確認できず、相変わらずレベルアップを実感できない仕様がまた妙に腹立たしい。
「言っておくけど絶対ムリだね」
「え、…いやそりゃ今すぐにってのはムリかもしんないけど、あたしだってそのうちに」
「永遠にムリなんだよ、ボクを救えるのは唯一人…」
……てゲームのリンネごときになにムキになってんだよ、馬鹿馬鹿しい。
「もしかして、ショウの大事な人? そっかいるよね、普通…あたしには誰もいないけど」
ゲ、またなんかネガティブなBGMが流れ出した。ああもういちいちめんどくさいやつだよな。
「え、いやいるんじゃないの? どっかに…潜んでいるとかさ」
「そっか、そうだよね、希望は持ってなきゃだめだよね。よし、がんばって探してみようかな。どっかに埋まっているかもしれないしね」
埋ってねーよ。なんだ、ゲームのリンネウザイほどポジティブだな。…あ、BGM通常に戻ったな。…これで問題なく進んでいるみたいだ。
結局陵辱展開はスルーか、まあいいや、今はゲームの中のリンネを探ることを先にすればいい。それさえ終ったらゲームなんてどうでもいいし、好き放題してやるか。
『コンコン』
「あれ? だれかノックしてるよ、お客さんかな?」
お前は何でそう不用意に近寄ろうとするんだよ。どう考えても客なわけないだろ。もしかすると、あのストーカー野郎かもしれない。ボクはアホみたいにドアを開けようとするリンネの肩を掴んでドアから引き離した。が、リンネが開けるまでもなく、ドアは強引にぶち開けられた。
「なっ!」
ドアをブチ開けたのは…、見知らぬ女子だ。が、そいつふつーの女子じゃない、目が血走り鼻息が荒く、その上手にはナイフが…、ておいおいなんなんだよこいつは。
「桃山リンネ、アンタが、アンタがあたしからショウ様を奪ったのね」
「え?」
「はあ? お前、だれなんだよ」
…あ、そういえば途中で遊んだ女だったかも? いちいち顔までまともに覚えてなかったけど。てあれっぽっちでボクを自分のものて思い込んでいたのか、キモイ思考回路だな。
刃はリンネに向けられている。ここでこいつにリンネが殺されたらゲームオーバーだ、もちろんボクが殺されてもね、でもここまでレベルアップもしてきたし、こんな女くらい撃退できるはず。
「死ねっ」
「くっ」
体が綿みたいにナイフを貫通させた。
「いやぁぁぁぁーーー」
おいおい、どんだけやわい体なんだよ、この世界のボクは、て…ちょっとまて、また画面が真っ赤になって。

『ゲームオーバー』
「ちょっとショウ!」
「うわっ、なにバグ? リンネが急にキモくなった!?」
「は? なに失礼な事言ってんのよ。たく、今日も金門の奴らに狙われて、危うく死にそうになったっていうのに」
ああこっちはリアルのほうか、リアルのピンク頭のリンネを見て再確認する。リンネの奴は変わらず金門に追われているみたいだね。
「はぁー、くっそつまんない」
「はあ? 人が死にそうな思いしているのがくそつまんないって、もうほんとむかつくんですがっっ。はぁぁ、ビケさんにはなかなか会えないし…、ううう」
「ところであいつは?」
「は? あいつって…あのハイセーズとかっていう三人組? 知りませんよ、あんな失礼な奴ら、…あ、あの夜以来テレビでも見なくなったし…。…なんで? あ、いや知らないほうがいいことなのかもうん」
お前とオッサンがぶっ殺したんだろ。…リンネっていうか自称桃太郎のアイツか。リンネはいまだにそいつの存在を自覚してないみたいだな。
あ、そういえば今日ビケ兄帰るって言ってたっけ。リンネにはウザイから黙っておこう。
「ううう、このままじゃあたしの夏は金門に追われながら終ってしまう、せめてビケさんに会えたなら、ビケさーーん」
あー、ほんとウゼーー!!


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