「相変わらず、むちゃくちゃだよね、オッサン。
死んで、もらうよ」
アンタと出会ったこの街で、殺し合いの為の合図だ。
もうすっかりこの街は、混沌の色に染まりきってしまった。
ちょっとつついただけなのに、もろい仲だね、金門と雷門は。
どちらも同じ温羅を祖としているのに、きっと些細な事で道を違えたんだろうな。
それを修復させようともしないで、今日まで続いた。他人事みたいに言っているけど、ボクもその中の一つなんだよな。ほんと他人事だけど。
もう雷門がぐちゃぐちゃになろうが、関係ないし、興味のないことだ。
Bエリアの領主でもなくなったしね。心置きなくやれってことでさ、鬼が島からの指令でね。
そんな指令などなくたって…、ボクはこうしていただろうさ。
オッサン、アンタをこの手で葬りたいと願っていたんだから。
――オッサンとやりあってから、ほとんど時間は経ってなかったように思う。
なにが起こったのか、わからない間に、ボクの意識は途切れかけていた。体の奥がじりじりと熱くて、異常な音が頭の中で鳴り響いている。
『ひゃははひゃははははは』
悪趣味な笑い声の幻聴、桃太郎…。
お前はボクから大事なものを奪っていく、ビケ兄も、オッサンからの勝利も…。
くそっ、悔しい、悔しいけど、反撃する気力どころか、体を起こす事すらできそうもない。このままボクは、消えてしまうのか? ビケ兄の心に残らないまま、裏切り者と呼ばれたまま……。
『ゼンビ、お前も一緒にいかんか?』
あいつがそう誘ってくれたけど、断った。あいつは再びあの地へと向かったんだ。あの頃とずいぶん変わってしまった。いろいろと。その変化はいいことばかりじゃなくて。
サカミマは土の中で眠っている。こんな形の帰郷なんてサカミマも望んでなかったはずなのに。
この島でのさまざまな出会い。チュウビと出会って、サカミマと出会って、金酉の奴らがやってきて、桃太郎の奴と出会って…。すべてが始まったんだ。
温羅との出会いも大きい。自分の中では一番にそうだろう。温羅がいなければ、サカミマよりずっと早くあの世にいっていたに違いない。異国の者だと言っていたけど、そんなことは関係なかった。温羅はこの国を守り愛した鬼神の化身。鬼王だ。
温羅がこの世を治めなければ、もっと多くの命が失われていただろう。
彼は救世主で、みなが彼を信じ敬った。温羅に逆らう者は間違いなくこの世の悪だ。その温羅に逆らった悪はいた。桃太郎だ。アイツはどれだけ自分が不利な状況になろうとも、けして己の行き先をぶれさせることがなかった。温羅に逆らい刃を向けた大馬鹿野郎のテロリスト。
その桃太郎の剣は今自分の手の中にある。鷲将、あの男にはめられた結果だ。
何も考えず、生き延びる事だけに集中して、この生まれ故郷の島へと戻ってきた。
桃太郎がいたバケモノ猪のいたこの山の中の祠に剣を隠した。みんなが恐れていた山姥も大猪も桃太郎も、いなくなってしまったこの山に。
ここならもう二度と温羅はこの剣を目にすることはないだろう。自分も二度と目にするまいと思っていた。
がその願いは叶わなかった。桃太郎の剣、それは時を越えて、桃太郎の子孫であるオッサンへと渡った。
島へと逃げ延びたけど、ゼンビはそのまま島に留まらなかった。忘れられるはずがなかった、温羅のことを。
たった一人で、首都鬼が島へと乗り込んだ。鷲将に見つからないように、温羅だけを目指して。
『温羅!』
『ゼンビどうして、どうして私を裏切った?』
『!え、…温羅?』
ゼンビは温羅のもとに帰るのが遅すぎたんだ。最初はゼンビのことを信じていたようだったけど、離れていた時間、ずっとその相手を信じ続けて待ち続けることは、苦痛だったんだろう。鷲将がゼンビに疑念を抱くようにことを進めていたのもあるだろうし。ゼンビはずっと温羅は自分を信じてくれている、味方だと信じ込んでいたから、温羅の言葉にショックを受けた。真実を伝える事もできないまま、ゼンビは世を去ったんだ。
ずっと伝えたいことがあった。やっと、思い出した。ボクがビケ兄に伝えたかった事。
だけどもう遅すぎたんだよな。結局ボクもゼンビの二の舞だ。ビケ兄に裏切り者と罵られたまま、オッサンも倒せずに、このまま消えていくのか。
「お前がここまで役立たずだとは思わなかったわ。何度私を裏切れば気がすむのかしら?」
ビケ兄? 違うボクはビケ兄を裏切ってなんかいない。あの時も、…ゼンビも温羅を裏切ってなんかなかったんだ。全部、アイツが、あの男が…
「言い訳など見苦しいわ、もう二度と私の前に現れないで」
待ってビケ兄、ビケ兄!
「残念ね、ビケさんじゃなくて」
夢の世界から別世界へと切り替わる。よりによってこいつかよ、どうしてお前がここにいるんだ、リンネ。
「くっ、ここは…」
「覚えてないの? アンタは桃太郎に、いや正しくはテンにか?」
「覚えているよ!だからなんでリンネが」
そうだ、ボクはオッサンにやられた。その瞬間の記憶はある。そしてアイツの桃太郎の気持ち悪い笑い声が、聞こえるはずのない声が聞こえた気がする。オッサンが振りかざす桃太郎の剣。まさか、遠い昔ボクがあの島に隠したその剣で、この身を貫かれるなんて、なんつー皮肉だよ。
視界が暗転して、ボクは記憶の世界を彷徨っていた。忘れていた大事な記憶、温羅との最後の別れの。
あの時温羅に伝えたかったゼンビの無念な想いを、ボクはずっと引きずって、知らないところで捕らわれ続けていた。
意識がハッキリしてくると、痛みに襲われだす。痛みを感じるってことは、生きているってことだ。知らないうちに手当てを受けていた。ちゃんと巻かれた包帯は、リンネじゃないだろうな。だけど、助けを呼んだのはきっと、いや間違いなくコイツだろう。
「下手したらほんとに死んでいたのよ? 桃太郎はアンタとあたしを殺す気マンマンだったし…。
でもなんでアンタテンと? ビケさんに捨てられてヤケ起こしたの?」
「は?なにそれ。なんでボクがビケ兄に捨てられるんだよ。リンネと一緒にしないでくれる?不愉快にもほどがあるんだけど」
実際Dエリアのゴミ捨て場に捨てられたリンネと一緒なんて、バカにされるにもほどがある。
「まだわかんないの?ううん、ほんとは知っていたんでしょう?ビケさんの気持ち。
ビケさんはショウが死のうがどうなろうがどうだっていいって思ってる。あの人にはおばあちゃんしかいない、おばあちゃんしか見えてないんだもの」
「うるさいんだよ! お前にビケ兄のなにがわかるっていうんだ? ビケ兄のしてきたこと、ろくに知りもしないくせに、勝手なこと言うなよ。ビケ兄がいなければ、…ボクはずっと地獄の中にいたんだ」
忌まわしい記憶、ボクをその地獄から救ってくれたのは間違いなくビケ兄だった。ビケ兄がどんな目的を持って鬼が島に乗り込み、ボクに近づいたのか、その意図はどうだっていい。結果としてボクはビケ兄に救われたのだから。
「ふ、元をたどれば、桃太郎だ。アイツがいなければ、あの島から離れなければ…」
過ぎた過去を、もしもなんて仮定の話をしてもむなしいだけだ。それでも、アイツのせいにして、ボクは逃げたい想いに駆られる。ビケ兄は言った。ボクを信じられなくなったのは、ボクがリンネを処分しなかったからじゃない。もっと昔、前世の頃に遡る。あんまりだ。ビケ兄は最初からボクを信じていなかったってことになる。
桃太郎のせいにして、ボクもまたビケ兄に疑念を抱いた事実を打ち消そうとしている。無神経なリンネになにがわかる?
睨みつけたら、憎々しく笑い返してきた。
「その桃太郎ももういないのよ。桃太郎の奴はもういない。あたしには前世の因縁とかよくわからないけど、あたしは桃山リンネで桃太郎じゃない。
ショウアンタだってそうでしょ。鬼が島の下僕なんかじゃない」
ビケ兄と反対の事言うなよ。
「あたしはあたしの見たことを信じているから。ショウがいたから、今のあたしがいるんだもの。
少し前のあたしなら、ビケさんさえいればいいって思っていた。
でも今は違う。
おばあちゃんがいて、テンがいて、キョウがキンがいてよかったって思う。
それからショウ、アンタのことも」
晴れ晴れとした顔で何言ってんだよコイツ。捨てられたくせに、ゴミだってビケ兄に言われたくせに。
…地獄から這い上がってきたんだよな、リンネ。ほんとウザイほどウザイんだよリンネは。
ボクはお前が大嫌いだ。
きっとそれは別の感情の反動なんだろう。
ゼンビの桃太郎への感情ともまた違う。違うと感じるからこそ、ボクはゼンビを越えられる。ゼンビがあきらめてしまった事も、まだ諦めなくていい。目の前のウザイコイツは、そう言う。
「這い上がってきなさいよ!」
――鬼が島、またこの地を踏む事になるなんてね。あんなにイヤだったのに、ここに戻ることが。
でも今は、自分の意思でここにきた。鬼が島のシンボルでもある唯一の建造物鬼城。城内の鬼王の間へと続く階段の踊り場で、ボクはその時を待つ。祭りの時……。
胸が高鳴る。ずっと待っていたんだ、その瞬間を。お前を迎えうつその瞬間を。
心の底から戦いたいと願った。ボクが望んだのは桃太郎の生まれ変わりじゃない、無謀で調子こいてバカなアイツ桃山リンネ。
真正面からボクにぶつかってきたあのバカへと、ボクは本気でぶつかり合いたい。あ、キン兄なんかと一緒にするなよな。
「あたしの目的はビケさんをぶっ倒すこと! だからそこ空けてもらうからね」
遠い昔の景色が重なって見える。だけど今とは全然違う。ゼンビは温羅のためにここに立ったけど、ボクはボク個人の感情でもって立っている。
「力ずくでもどかすからね!」
「やっと、会えた」
ボクが待ち望んだリンネに。
ショウの記憶 完 2010/5/17UP
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