『サカミマ、ゼンビ、私の友はそなたたちだけだ』
私は夢の中で何度か温羅に会った。夢という、前世の記憶の中で…。
私は桃太郎たち黒狼を離れ、温羅の勢力に加わった。その時はすでに戦乱の世は納まっていた。
温羅は初めて会ったときから、信頼できる男だと思った。正義感に溢れ、混沌の世を救ったことからますます彼を信頼するようになった。いや、私が彼に好意を抱いたのはそれだけが原因じゃなかった。
彼は私と同じ想いを抱いている。お互い口にはしなかったが、わかった。彼のビキに寄せる強い想い。
それは私も同じだったから…、だからそのビキが心を寄せる桃太郎に対する特別な感情。
サカミマは温羅に同情していたのだろうか。いやそれだけの感情で彼の側にいたわけじゃない。
温羅はサカミマを、友として想ってくれていた。それはサカミマにしても同じだった。
温羅、彼は強かった。伝説の鬼神の化身と呼ばれることにだれも異論を唱える事などなかったほどに、強かった。だが、精神は、…彼は孤独に耐えられないほど心はもろかったのかもしれない。あの強い信頼を寄せる眼差しはきっとそのせいだったのかもと。
私をまっすぐに見据える温羅の赤い瞳…、揺らぐ事のない信頼のまなこ。私もまた温羅を信頼していた。
温羅…、彼は、彼の見た目はビケ兄さんに似ていた。正確には、ビケ兄さんよりも背が高く、体格もガッシリと男らしい体つきではあったが。
『温羅はビケだ』
Z島で会ったあの老人の言葉が頭の中で流れる。
たしかに、似ている、ビケ兄さんと温羅。私は父王の顔をよく思い出せず、だからだろうか、余計にビケ兄さんと温羅がだぶる。
『俺様はお前の事見くびっていたぜ、サカミマー!』
桃太郎…。サカミマは桃太郎と戦い、桃太郎の刃に命を貫かれた。
あの瞬間、桃太郎が初めて私を見てくれた気がした。
迷いなく走って、刃を向けて、無謀とも言える命知らずな道を突き進む。
無念だった、後悔もしていた、だがそれだけじゃない気持ちもあった。
なんて迷いない瞳、桃太郎…、あなたはなんて愚かなんだ、だけども、私にないものを持っている。
私はそんな桃太郎に憧れたのだろうか。サカミマは、複雑な感情を抱えていた。それを知った今でも、私は桃太郎に、その桃太郎に重なるテンに憧れる。
愚かな選択だろうが、己の信じる道を突き進む信念の強さ。
疑問を抱いたまま、私はこのまま鬼が島に従うだけでいいのだろうか?
「桃太郎なしで、あなたが勝てるのですか?」
「あたしは桃太郎じゃない、桃山リンネ!
みんなして桃太郎桃太郎って、あたしをなんだと思っているのよ?!」
リンネは必死に抵抗を続けた。私の攻撃から、ムチャクチャなやり方ながらも、しのいでいる。
正直、私はあなたのことを見くびっていた、桃山リンネ。
恐怖で見開いていた目は、今は負ける気などさらさらないというような強気なまなざしで私を睨んでいる。
! 桃太郎とリンネが脳内でかぶる。
私の記憶の桃太郎とリンネは、見た目は瓜二つだ。性別が違うだけで、顔のパーツはほぼ同じといっていいくらい重なる。やはりリンネは桃太郎の生まれ変わりだ。だが、サカミマの生まれ代わりである私とは、違うのだろう。彼女の場合、桃太郎の記憶がないという。さらに桃太郎と魂が分離している。その桃太郎も今は、リンネから離れテンと手を組んだという話だ。
桃太郎を叩き潰す。器であるリンネを葬れば、桃太郎を追い詰める事になる。
それが鬼が島の正義だ。鬼が島に牙を向くテロリスト桃太郎。その因縁は千五百年時を経てもなおあり続ける。温羅の一族である鬼が島が、温羅の生まれ変わりである父王が、桃太郎をその血族を敵視するのは当然のことだ。私たち四領主も、鬼が島の命に従い、リンネとテン、二人の桃太郎の末裔を監視してきた。
先日はBエリアにてテンを捕らえる指令を受けて、私は雷門軍団の力を借りて彼を追い詰めた。たいした傷も負わせられなかったが、すぐに指令は撤回された。その後私に下った指令は、桃山リンネの抹殺だった。
桃太郎の魂はリンネから離れ、テンと行動をともにしているらしい。鬼が島からの情報だった。
ならば警戒すべきはテンのほうであると思うが、桃太郎の生まれ変わりは桃山リンネ。先に彼女を潰しておかねばならないと、鬼が島はそう考えるらしい。
どうして私なのだろう…?
リンネの抹殺なら、恋人としてそばにいるビケ兄さんのほうが適任じゃないだろうか?
『新たな指令を受けたそうね、キョウ。大丈夫なの?』
鬼が島からの指令を受けてすぐ、ビケ兄さんから通信があった。
指令の内容、ビケ兄さんの声色で悟った、きっとビケ兄さんは指令の内容を知っている。だから訊ねて来たのだろう。いつもならそんなことはなかったはずだ。
「ええなんの心配ですか? 私がヘマをすると思われているのでしょうか?」
くすくすと通信機の向こうからビケ兄さんの笑い声が聞こえる。
『お前は優しい子だから見知った女の子相手じゃ、腕も鈍るんじゃないかと思って』
「優しくなどありませんよ、私は案外、自分の事しか考えていないようですから」
やはり知っている。ビケ兄さんもまさか…
「ビケ兄さんも同じ指令を?」
『そうね、ただ私はすぐに動くつもりはないわ、どうしても気にかかる事があるのでね』
気にかかる事、テンのことだろうか?
『鬼が島はリンネを邪魔だと判断したみたいね。刺客を仕向けるにしても、リンネはいろいろ…そういう経験をしているから今までのような相手では警戒されてすんなりいかないかもしれない。私はね、キョウお前こそ適任だと思うのよ。リンネが一番警戒しない相手はお前しかいないわ』
「え…?」
指令が下ったのは、四領主ではなく私だけということか? その理由がリンネが最も警戒しない相手だからと、どうして鬼が島がそんな判断を? いや、違う…。鬼が島の判断じゃない、ビケ兄さんの判断だ。私はそう直感した。鬼が島とビケ兄さんは通じ合っている。四領主は平等であるはずなのに、ビケ兄さんは鬼が島と通じ合っているとしか思えない、ずっと不審に思っていたこと。父王がビケ兄さんを特別視する理由があるというのか、いやそれとも、鬼が島は……。
鬼が島の存在に、私はずっと疑問を抱いていた。鬼が島…それは鬼王、我らの父王だ。
だが私はいまだに父王の顔すら思い出せない、靄がかった黒いシルエット。姿すらまともに見えてこないその存在をどうして強く信じられるだろうか?
鬼が島が重要視するのは、桃山リンネではなく、桃太郎そのものだとショウが言っていた。
兄さんのように、迷いなく鬼が島を信じられたなら、私の心は揺らぐ事はなかったろう。
それから、桃山リンネ。鬼が島から排除せよと命じられた哀れな少女、…彼女が逃れたいと、助かりたいと命乞いをしたなら、…私の中に愚かな夢など生まれなかっただろう。
そう、私は愚かな夢を持ってしまった。
くすぶっていた感情が一転した。
鬼が島との縁を絶ち、ビケ兄さんから離れる事、リンネはそれを強く拒んだ。ただ一点、どうしても譲れない想いのために、彼女は一人で戦うのだと吐いた。
「ビケさんへの想いを捨てろって、あたし自身を捨てろってこと絶対ムリ!
邪魔するなら、テンだろうがキョウだろうが鬼が島だろうが、あたしは戦う!」
「桃太郎はあなたを捨てた。そしてテンも、もうあなたの側にはいない。
たった一人で、なんの力もなく、味方もいないあなたが、そんな状況でも戦えるというのですか?」
「桃太郎もテンもあてになんてしてない。
あたしに力をくれるのは想う心」
きっと誰もが愚かだと呆れる道を、彼女は迷いのない強い眼差しで答える。
テン…リンネにとって唯一とも言える、そして彼以上の頼れる味方はいなかっただろう。
桃太郎…彼女にとっては元凶とも言える忌まわしい存在だろうが、桃太郎の力なしにリンネがキン兄さんや金門と渡り合える事などできなかったろう。
桃太郎とテン、二人の協力なしにリンネが鬼が島に抗うことなど無謀でしかない。
そう思いながらも、私の心は揺さぶられた。リンネの迷いない力強いその目は、遠い昔私が憧れた桃太郎のようだった。後悔の中消えていったサカミマ、私は…彼のように悔いの残る人生は歩みたくない。己の正義に欺けば、きっと私は後悔することになるだろう。
すっと、霞はひいていき、目の前に道が見える。まっすぐと伸び行く道。それこそが私が選びたいと願う道なんだ。
道の先に見える背中、リンネがいた。彼女の見据える先には鬼が島が…。
「ふっ…」
「な、なに笑ってんのよ! あたしはまだこれっぽっちも負けて」
「道が見えたんですよ」
「え??」
自分で導き出した意外な答えに、笑ってしまった。ああ私は思っていた以上に大馬鹿だったのだと。だが、そんな自分が清々しい。
リンネはビケ兄さんを信じている。ビケ兄さんはリンネのことなど、想っていない。あの人の目には、リンネも私も映っていない。温羅はサカミマを友として信じてくれた。でもビケ兄さんは、私の事を…。鬼が島は、…ビケ兄さんはキョウを信じてはいない。私の中で答えが出る。
鬼が島と戦うという、とんでもない答えが。
「リンネ、あなたのおかげで決心がつきました。
私は鬼が島と戦います。自分の正義を欺いていくなどやはりできない」
私はリンネとともに鬼が島と戦う決意をした。それはとても困難でおろかな道だろう。だのに、私の中には不安よりも勝る感情がある。その感情のために突き進むのも悪くない。
鬼が島を倒して天下をとる。桃太郎でもテンでもない、このリンネが。
私はなんという夢を見てしまったのだろう。リンネが天下をとる。鬼が島と戦う、鬼が島…それは父王じゃない。私は確信した、鬼が島はビケ兄さんだと。顔の見えてこない父王より、よほど鬼が島に繋がる。
この道は茨の道だろう。味方などいない。鬼が島に抗う、兄さんたちも敵に回す。弱き者が強き者に牙をむく。困難な道だからこそ歩みがいがあるというものだ。
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