Bエリアは自由の街だ。窃盗暴行殺人など日常茶飯事だ通常運行だ。
「うぎゃああーーー」
今日もどこかで断末魔が響き渡る。物騒な鈍器の音、銃声、人体を切りつけ痛めつけ、ぶっ壊す音。
ガラスが割れ、血まみれの男が横たわる。男を襲った凶器が血に濡れながらコロコロと転がる。
それは不気味にきらめく血に濡れたビー球たちだった。
あのBエリア領主館の騒動から約二ヶ月経過した。クローは変わらずここBエリアにいた。あれ以来、別れたテンやリンネとは会っていないし連絡も取っていない。気にはなるが、なにごともなく、今頃はタカネと再会を果たし幸せにやっているのかも…しれないと思うのは都合がよすぎるだろうか。
クローはクローでなにもしてないわけではなかった。彼は彼の目的のため、日々動いていた。それは、いまだに諦めきれないかつての仲間を探すこと。テンの生存は確認できた、だが他の仲間の安否は十二年経た今でも不明のままだ。目の前で死んだリーダーの生存はありえないとしても、他のメンバーの生存の可能性は0ではない。ハッキリとした証拠を得るまでは、あきらめたくはなかった。またテンとの再会がクローに希望を与えた。他にもテンや自分のように生き延びた者がいるに違いない。リーダーを失い、道を見失ったまま彷徨っているのだとしたら、手を差し伸べたいと。
記憶屋にはよく足を運んだ。もしかしたら、仲間の記憶が売られているかもしれないと。だがそれらしきものには今だ巡り会えず。また、リンネの記憶も探していた。リンネは二年間の記憶を失くしたと語っていた。その記憶ももしかしたら、売られている可能性がある。だが、それにも巡り会えずじまいだ。
「もしかしたら、その記憶に、アイツのことがあるのかもしれない…」
とクローが思うアイツとは、リンネの前世と名乗った桃太郎のことだ。
「おい、あついら倒したけどわかんねーぞ!」
夢の中で何度か見た桃太郎、リンネに瓜二つの顔をしていたが、骨ばった体つきは野性的な少年のものだった。それに乱暴な口調。リンネの声とは違うが、しゃべり方はまんま同じだった。
海岸で、桃太郎は自分に向ってそう叫んでいた。彼の返答には答えてやれなかった気がする。
「私と一緒に戦おう。この島を、人の幸福を守る為に。
もしかしたら、その中に、君の目指す道も見つかるかもしれない」
そう言ったのは自分だ。しかし、自分は桃太郎になにを伝えたかったのだろう?
遠い昔の自分の想いなど、ハッキリとは思い出せず。
クローはぼんやりと考えていた。気にかかるのは桃太郎のことなのかリンネのことなのか。
「はー、Cエリアの領主様に恋人ができたのかい。いいねー、若い人は華やかなニュースに縁があって」
新聞をめくりながらそうつぶやくのはこの店の店主…ヨツバという女性だ。カウンターに向かい合うように座っているクローに「ねぇ」と同意を求めるように話題を振る。
苦笑いをしながらクローは「そうだな、こちとら関係のない世界の話だが」と答える。
クローは店主とは顔なじみだった。十二年前にBエリアと流れてきてから、彼女に世話になった経緯がある。当時店を始めたばかりの忙しい身でありながら、元テロリストで記憶を失くしていためんどくさい男の面倒まで見てくれた。ヨツバと出会えたからこそ、今のクローがあるといっていい。クローはヨツバに感謝していたし、今でもこうして交流が続いている。が、必要以上に関わろうとはしなかった。壁を作り深い関係にはなろうとはしなかった。そのことは、ヨツバも気にかけていたことだ。
「ねぇクロー。あんたもさ、恋人の一人くらい作ったっていいんじゃない? かつての仲間を探すことが第一だなんていって、十二年も経っちまったんだよ? もし生きているとしても、そいつらはそいつらの人生を進んでいるんじゃないかい? 無事を確かめたらそのあとどうするんだよ? 前みたいに一緒に暮らすってわけでもないんだろ?」
クローはずっと一人だ。ヨツバにはある程度心を開いてはいるが、必要以上に交流関係を広げようとはしなかった。その理由はクローも明らかにする。
「もう二度と失いたくないからな。俺は約束を守れなかった男だ。だからこの先も」
「一人でいるって? アンタね、今はいいかもしれない。だけど年をとると段々と寂しくなるんだよ、人恋しくなるんだよ。時代にも置いてけぼりくらって、誰の記憶にも残らないまま、消えていってしまうんだよ」
「それでいい」
クローはふっと切なく笑い席を立つ。
「仲間の無事を確かめる。それだけが俺の使命、生かされた俺のやるべき事だ。それ以上それ以外のことなどなにもない」
夢や野望なんてものは、クローにはなかったのかもしれない。ただ、テンに出会ったとき、なにか感じるものがあった。なにかと問われればよくわからないが。
リーダーは特別だったが、Dエリアの人間として勝者への忠誠心のようなものだった。
そのころは、前世の記憶なんてかけらもなかったが。少しずつ思い出した今ならなんとなしにわかる。
孤高のテンの姿が、桃太郎に重なって見えたのかもしれない。
そして今はリンネが桃太郎に、いや桃太郎そのものだと名乗った。リンネには自覚がないが。
守れなかった約束…、桃太郎に答えてやれなかったこともある。
「そういえば…」
思い出した果たせなかった約束もあった。
十二年前。
「クロクロクロ、クロっちゅわんょお〜」
ねちょねちょしたしゃべり方のげへげへと舌を出しながら笑うキメッサーの一員のロクロー。
「なんだ? ロクロー」
とクローが尋ね返す。
「のぅのぅ今日こしょ今日こそはさ、おみゃーのケツん穴さオリャーに、オリャーに掘らせてくんろ」
うねうねと気色悪く動かしながらしゃがみ込んでくるロクローを足払いで払うクロー。
「勘弁願う。他をあたってくれ」
いつものことで、クローは冷静な対応でロクローのセクハラをかわす。
「なーんねーつれんおちょこさ。あっふぁーージーロー」
あまりショックを受けた風でもなかったが、くるりと向きを変え、今度は別のターゲットへと向う。
「…悪い奴じゃないんだけど、ああいうのは勘弁してほしいな」
Dエリアでは男色は珍しいことではないが、ロクローは自重しないセクハラのプロで変態だった。男のケツが好きで好きで四六時中そのことばかり考えている。エロいことを考えていない瞬間がないほどに、変態だった。
そんな変態でも、キメッサーの中では一員として認められていた。変態だが根っこでは仲間を思いやっていた。変態だがリーダーであるリーダーには忠実だった。年長で面倒見のいいジローなどはなんだかんだでかまってやっていた。さすがに人前で股間を触ろうとしたら容赦なくDエリア流の仕置きをしていたが。殴られ蹴られても、ロクローはセクハラをやめなかった。セクハラこそがロクローの自己表現であり、すべてだった。変態しかとりえがないように思われそうなロクローだが、Dエリアで生残ってきた男だ。戦闘能力はバツグンだった。
いつも大量のビー玉を持っていた。おもちゃではない。それこそがロクローの武器だった。
鬼が島へと突入の直前、ロクローはクローとある約束をした。
「にゃあにゃあクロー、この戦いが終えたらさー、オリャとーデートしてけれv」
にぱっと舌を気持ち悪いほど出してゆらゆらしながら、いやらしく目を細めながらいつもの態度でロクローは言った。緊張などないこの男のマイペースさがこんなときだからこそクローは嬉しかった。
「そうだな、生きて戻れたらその時は…考えてやろう」
「まーじーでかー、うひあひゃっっほーーい。やっくそくしちょけれよーvv」
テンション高く、ロクローは戦場へとつっこんでいった。激しい爆発が起きて、ロクローがどうなったのかわからない。クローが見たのはそれが最後のロクローになる。
「ボースゥ、ボボボボスゥー」
港通りを歩くショウの背後から段々と近づいてくる男の気持ち悪い奇声、ショウはイラっとしながら振り向き様に発砲する。
「あっひょーー、わたたたー」
ぐにょんぐにょんと気持ち悪い動きで弾丸をすべてかわし、「なんにするさ、ボスゥー」とモヒカンあたまの顔面ピアスだらけの気持ち悪い男が叫ぶ。姿勢も悪く、背を曲げ常にぐねんぐねんと揺れている。れろれろと舌を出し入れしながらしゃべるのでかつぜつが悪い。顔面ピアスにザラザラとした肌、白目をむきがちなギロッとした目つきが余計に男の気持ち悪さを増幅させる。外見だけでなく内面から滲み出てくる気色悪さもある。
ショウは男を見ると嫌悪するようにわざとらしく顔をしかめる。
「キモいんだよ近寄んな! あとボスって言うのやめろ」
「あんはー、しょーゆわりてもー、オリャはレイトんのきゃわりとしてー、ボースの側近せれーってゆわれたわけやしー」
「ストーカーすんのは入ってねぇよ、あとキモいから二度とボクに近づくな!」
汚物を見るような目つきでショウは男にまた容赦なく発砲する。
男はレイトの代わりにBエリア領主館へ呼んだ雷門一族のロク。見た目も中身も気持ち悪い男だが、戦闘員としての腕はピカイチだった。だが、性格にかなり問題があった。ダメといったこともすぐに忘れてしまう。散々レイトをうざいと思っていたショウだが、今になればレイトのありがたみが身にしみてわかる。ロクのろくでもなさっぷりと比べたら。
まともに付き合おうとすれば、なにかを犠牲にしなければならない。なにかと言えば、…ロクはとんでもなく変態で無類の男好きだった。男の尻を見るとすぐに発情し発狂する。病気だ。
さすがにショウはロクに触れられないよう鉄壁のガードを続けているが、ロクはロクでそれほどショウにはこだわってなかった。彼いわく、ずっと心に決めた相手がいるので「オリャのハートとオリャのケツはそやつのもんなんよ」とのことだ。誰も嫉妬などしないが、むしろその相手に同情する。
威嚇したら姿を見せなくなったので、ショウは己の目的へと戻る。
「たくホモの性欲ほど無駄なもんはないだろ。アイツ勃起不全にでもならないかな。ていうか死んでもいいや」
とは思うが、ロクの戦闘能力と雷門への忠誠心はそうそう代わりになる者もいないのが現状。
ショウが向う先はここ港通りにある某カフェ。姿を見たのはCエリアのある夜以来になるが、凶悪だったテロリストがなにがあったかこのカフェのオーナーをしていた。
店の外から中の様子を除き見る。おいしそうに食事をする客に、忙しそうに接客をしている女の子、そのさらに奥…カウンターの中で作業をしている長身の男、それはテンだった。
Bエリア領主館に攻めてきたテンとリンネと、あのあとはAエリアそしてDエリアからCエリアへとショウも同行していた。がその間絆が芽生えたとかそう言うものはいっさいない。テンは常に敵意むきだしだったし、ショウもまたテンにはすきを見せなかった。殺伐とした間柄、ただリンネだけは二人のやりとりにあきれながら、ショウに対してもたいした警戒心は持ってなかった。ショウを信頼していたというよりも、単に馬鹿なだけだとショウは感じていた。警戒するところはあるにはあったが、それはリンネ自身ではなく、リンネの中のある存在に対してだ。
鬼が島も警戒する、危険な存在…桃太郎。
Cエリア領主館でショウは桃太郎に遭遇している。その前のDエリアでもだ。当のリンネはのん気にそれに気づいていない。
「キョウ兄から聞いていたけど、マジだったんだ…。しかしなにがあってああなったんだろ?」
テンの変貌。兄のキョウから聞いた話では記憶喪失になっているらしい。あのバイオレンスなテロリストのテンが、カフェで女の子と白猫に囲まれてカフェの店主をしているのだ。テンを知るものなら我が目を疑う現実だ。
「きゅるるぅ」
テンを見上げスリスリとテンの足に擦り寄る小さな白猫。テンになついている様子。ギリギリとショウの口から耳障りな音がし始める。
「くそがっ、オッサンくたばれよ」
邪念を放ったところで、テンから離れない白猫。
「熱い眼差しビンビンやん! ボスぅー、浮気はあかんみょ! 何万回嫉妬すりゃーえーんさ? あはん」
すぐ真横にいったキモイモヒカン男ことロクに、しゅばっと反射的にショウは距離をとる。露骨に避けられても大して気にする様子もないロクは、ムダに長く粘着質な舌をれろんれろんと動かしている。
「お前はもう帰れっていった「! ありゃは…テン? テンとね? なんでここにおるっぺや? ちゅーかー生きとった?」
丸くなるロクの目に、ショウも驚いた。オッサンの名を呼ぶロクは、テンの知り合いなのか?
「お前、オッサンのこと知ってんのか?」
「しってんもなんも、あではおでのもといオリャの恋敵でんがーにゃ!」
「はあ?」
ぽかんとなるショウの横をしゅばっと通り過ぎ、うりゃーとばかりにロクは店内に飛び込む。
「覚悟しぃやー、テーン!」
突然窓ガラスをブチ破り、店内に侵入してきた全身からキチガイオーラを放つ気持ち悪い男に、店内はパニックに陥った。
ギロリと剥いた目がテンを捕らえる。
「きゃあー」
店内に女性の悲鳴が響き渡る。無数の弾丸、いやそれはロクの手より放たれたビー球が、人の目に止まらぬ速さでテンを襲った。
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