えっと、みなさんこんにちは、ご機嫌いかがでしょうか?お久しぶりと言えばいいのでしょうか?
ああ、えっと、すみません、あたし今自分の状況がよくわかりません。ちょっと混乱してます。
どういうことかというと、ええとこっちが説明してほしいくらいなんですが。
目が覚めたら、あたしはベッドの中で、たぶんここはBエリアの領主館の中と思われるのですが、今現在あたしがここにいること自体謎なわけで。
桃山リンネ19歳、再び学道に戻るため、勉強に明け暮れる日々でした。住む場所のなかったあたしは、おばあちゃんの旧宅を借りて、ひっそりと一人暮らしをしていたわけで。
その際、キンには金銭的に世話になっていたから、何度かBエリア領主館へは足を運んでいたのだけど。
だが、たからといって、なぜあたしは領主館内のベッドの中寝ていたのか、しかも全裸で! しかも隣には裸男が寝てるんですけど!?知らない男、ではないはず、どう見てもコイツはショウなんですが?
若干、大人っぽくなっているけど、見まごうことなくショウなんですが。
この状況を第三者が見たら、絶対誤解されますよね?情事のあとだって、そんなそんなありえないんですけどッッッ!
「なに、さっきからうるさいんだけど」
あたしの横の男が目覚める。てか、やっぱりこの声は間違いなく、
「ショウですよね?」
「なに言ってんの?リンネ」
はー、とため息吐いて顔をこちらへ傾ける、のはやっぱりショウだ。
「ショウ、…アンタちょっと老けた?」
「はあ? 寝起きのリンネのほうが酷いんだけど、鏡見てきなよ」
どうせいつもの悪態なんでしょと思いつつも、嫌な予感がして、あたしはベッドから降りて、室内にある全身鏡に向かう。
「うええーー、あたしいつ髪切ったの?」
さらりと頬にかかる黒髪のストレート、肩ほどの長さに切ってある。おかしい、こないだまで桃色のウエーブのロングだったのに、頭部は黒くなってたけど、そのうち切ってしまおうとは思ってたけど、勉強で寝る間もおしかったくらいだから、髪も伸ばしっぱだったはず。それにどことなく、あたし自身も…「老けてる?」ね、寝起きだからですよね?
「なに、寝ぼけてんの?」
「あたしいつ髪切ってたっけ??」
「…一月くらい前だろ? て、そんなこと自分のほうがわかることじゃないの? 痴呆なの?」
た、たしかにそうですよね。普通いつ髪切ったかなんて他人より自分が知ってなきゃおかしい情報ですよね。たとえば、記憶喪失とかでなければ。
! まさか、また、あたしは記憶が、飛んでる?
もう一度鏡を見る。新鮮に見えてしまう自分の姿、髪型が変わっているけど、顔も少しだけ大人っぽくなった気がする。いやあたしはそんなに変化してない気もするけど、ショウはいつもより男っぽくなって見える気がする、ってことはまさか…。
「ね、念のため聞くけど、ショウって今何歳だっけ?」
「はあ? …何歳ってリンネと同じだけど」
怪訝な顔してショウが答える。いやだから、そのあたしの年齢を知りたいんだっての。桃山リンネ、記憶が確かなら、
「19歳、だよね?」
「…寝ぼけてんの?」
いやいや意識ハッキリしてますしって、ショウのこの返しってことは、…まさかあたし、また記憶が?
「もうすぐ22になるけど」
「えっ、てことは、あたし二年間の記憶が飛んで…」
さあーっと血の気が引いていくような。こんなこと前にもあった気がする。…目が覚めたら急にBエリアにいて、二年間の記憶がなくなってて。また、またですか?
またあたしは二年間の記憶がなくなっているんですか?
「意味わかんないんだけど。昨日まで覚えていたじゃん。もりもりビーフシチュー食いまくっててさ」
もりもり、ビーフシチューを食ってた?なんと羨ましいあたし昨日のあたし!
「そんで毎回食った後で、おっさんの作ったほうが絶品だったとかぐちぐち言いながらおかわりしてさ」
もりもり食っておかわりするくせに、ケチつけるとか酷いやつですね。え、あたしが?
「で飯食ったらすぐセックスするするってバカみたいに盛ってさ。毎日毎日相手するこっちの身にもなってよ、寝不足でキツイんだけど」
え、え、なんですかそれ誰の話ですか?
「まあそれはいいとしても、やってる時にビケ兄の名前連呼したりさ、キン兄のほうがよかったとか言うのはさ、いい加減やめてほしいけどね」
うわー、酷いクズですねーって、あたしがそんなことするわけないでしょって反論したいけど、ショウのジト目が冗談言っている目に見えなくて、なんかひたすら嫌な汗がじわじわとにじんで、いやそんな話急に信じられるはずもないんだけど。
いろいろ聞きたいことがあるけど、さすがにショウには聞きづらいというか、二度寝しているのを起こすのも悪いし、まだ混乱しつつもあたしは着替えて部屋を出る。なにか手がかりはないものかと。キョロキョロしているところへ「おい桃山リンネ!」と男性に名前を呼ばれてどきっとなる。階段の下から、鋭い眼差しであたしを見ていた、レイトだった。あわわ、長らく会ってなかったけど、あたしに殺意バリバリで苦手なんだよね。ショウとの今の関係もよくわかんないのに、レイトとの関係が上手くいっているとも思えないし。こっちは無視したいけど、名前を呼ばれて向こうは用があるみたいだし、「な、なんですか?」とおそるおそる近づく。
「頼まれていたものだ」
とレイトが無愛想に袋をあたしに突きつける。なんなんだろ、ショウからの頼まれ物かな?よくわかんないままあたしは受け取る。
「私は今でもお前を認めていない。カイミお嬢様の命で仕方なくだからな」
ギリギリと鋭い目で睨みながら、そういうレイト。そんないやいや認めてもらいたいとは思いませんけど。カイミさんからなにを命じられてなんだろう。相変わらず、あたしはレイトに嫌われているようなんですが。冷たい視線に背を向けて、あたしはレイトから預かったものをショウのところへ持っていった。
「コレ、レイトから頼まれていたものって…」
「リンネが自分でアイツに買わせにいったんだろ。それすら忘れたのかよ」
うえ?ショウじゃなくてあたしがレイトに頼んだもの? 一体なんなんのかって袋の中から取り出したら、「これって、避妊具?! な、なんであたしがこんなものを!?」
どういうことなんですか?て軽くパニックなあたしに、ショウがなにをいまさらって顔して、
「ちょっと前までボクの上で腰振ってて、したりないからってレイトのやつにおつかい行かせたんじゃん。マジでセックスやりすぎてバカになったんじゃ?」
ショウの言っていることが事実か、あたしはまだ信じられないけれど、本当だとして、どうして記憶が飛んでいるのか? あんなにがんばっていたのに、あたしは何でセックス中毒みたいになってて、バカみたいになってんのかっていう。まるであのときみたいに、記憶が飛んでるってことは、記憶を売ったとしか思えない。
「あたし、記憶がないみたいなのよ。…ほら、最初にショウに会った時、あたしは二年間の記憶がなくて…、あの時はあたし自分で記憶を売ったからなんだけど」
もう二度とそんな過ちはしないって誓ったのに、またあたしは記憶から逃げることをしたんだっていう、やっぱり信じられないけど、そうとしか考えられない。だけど、それをショウに否定されて、ますますわからなくなる。
「ついさっきまで覚えていたくせに? 後でビーフシチュー食べようとかいってた奴が、記憶売りに行くの?」
「うっ、どんだけ能天気なんですかついさっきまでのあたしは。…たしかに、そうなんだけど、本当にあたし覚えてなくて、だから現状教えてほしいの。今あたしはどういう状態なのか、聞いたら思い出せるかも、しれないし」
はー、とめんどくさげに息吐きながらも、ショウは語ってくれた。
「キン兄がBエリアの領主だったころは覚えてんの?」
「うん、Dエリアの領主やめて、Bエリアの領主やってたよね?」
そのキンに、あたしは金銭的にもお世話になってて、早く借金返さなきゃって、がんばってるはず、なんですが…。
「キン兄からもいっぱい借金してて、試験に合格したら必ず返すからなんて言ってたくせに、結局返すあてもないからってキン兄の厚意に甘えて、愛人になってた」
え? あたしはキンの愛人になってたの?
「けどキン兄は堕落したリンネにあいそつかして、鬼が島に行ったんだよ。ちょうどビケ兄が鬼王をキン兄に継がせるって話になってて、リンネと縁切るいい機会だったんだろ。で、ボクがBエリアの領主やることになってすぐ、リンネが行く当てないからって転がり込んできた」
「…で今はショウの愛人になってるってこと?」
それにショウは「そう」とも答えず、
「忘れたってことはろくでもないって自覚でもあったんじゃないの?もういいじゃん、めんどくさいことは考えなくて、ずっとそうしてきたんだし」
ビーフシチューに狂って、セックスに狂って、あたしは堕落した人生を歩んでいたってことなの?
信じられないし、信じたくない。ダメ人間なりに、がんばって人生再スタートさせようとがんばっていた桃山リンネじゃなかったんですか?
領主館をとりあえず出たあたしは、早々にある人物と出くわした。赤ちゃんを抱っこして仁王立ちしている…カイミさんだった。
「レイトから聞いたもん。相変わらず腑抜けな日々を送っているらしいもん」
「は、はあ…そのようで」
カイミさんがご立腹なわけは、あたしの行いのことなのだろう、ショウの話が本当なら、あたしはろくでもない女らしいし。ぎゃーぎゃー泣きわめいている赤ちゃんが、自分が怒られていると勘違いしているのかかわいそうなんだけど、だ、だれなんだろうこの赤ちゃん…もしかして?
「他人事みたい言うなもん! お前がそんなだからショウも堕落して、いつまでそんな状態でいる気なんだもん?」
「そ、そうですね、なんとかしなきゃとは思っているんですけど、ところでその赤ちゃんは…」
おずおずと尋ねるあたしに、「はあ?なに言ってるんだもん! あたしの息子のシャカだもん。三日前に会ったばかりなのに何言ってるんだもん」とカイミさん。二年の間にカイミさんとキョウの間に子供ができていたのか。なんか急展開すぎて、びっくりだけど、カイミさんの言うとおりならあたしがボケてるってことなんだよね。
「ところでキョウは元気にしてる?」
「三日前に会ったのになに言ってるもん。キョウ兄も迷惑しているんだもん。リンネを信じて鬼が島を裏切ったあのころの自分が愚かだったとあきれているのに、いい加減にするんだもん」
「は、はいごめんなさい」
キョウにまであきれられているって、今のあたしってどんだけ、酷いんですか?あっちこっちに迷惑かけてて、情けなくなってきた。いったい、あたしはなにがしたいんだろう、なんのために生きているんだろ。ビーフシチューのためだけなんでしょうか?
ああ、テンの絶品ビーフシチュー食べたいな…。
ふらふらとあたしは向かう、絶品ビーフシチューを求めて。なんかおなかすいてきたし、ないおつむがヒートしそうで、疲れてきた。こんなときは食べるしかない、絶品なビーフシチューを!!
港通りのカフェテンは、二年後の世界でも変わらず繁盛していたようだ。窓越しに中を確認すると、店内にテンがいて、あたしと目が合う。
すぐにテンは店の外に出てきた。うーん、テンとは久しぶりなのだろうか、それともちょくちょく会ってるのかな?あー、とにかく絶品ビーフシチュー食べたい!
ヨダレをすするあたしと向かい合うテンは、相変わらず眉間にしわ寄せてな顔つきで、…心なしか厳しい眼差しなんだけど…。
「リンネ、よく俺の前に顔を見せられたものだな」
「は、へ?」
どういうこと? テンはどの面下げて俺の前に現れたと言ってるんですか? あたしのだめっぷりにテンもあきれているってこと?
自分にも他人にも厳しいテンだもの、説教なんて今更ってかんじ。あ、ところで
「おばあちゃんは…」
てあたしが口にしたとたん、テンの表情がギャンってさらに険しさを増す。
「俺は今でもお前を許すことができん。タカネが望んでないとしても、それでも俺はこの感情を押さえつけることができんのだ」
?なにを言ってるのかわけわかめできょとんとするあたし、テンだけは熱い怒りの篭った声色で、
「俺からタカネを奪った貴様の顔など二度と見たくないと言っただろうが!とっとと消えろ!」
「うえっええ? な、なんなのいったい」
その手には刀はないけれど、あったら間違いなくぶった切られていた気がする強い殺意。なんであたしそんなにテンに憎まれているの?さっぱりわからない。おばあちゃんを奪ったってどういうこと?
「テン! おばあちゃんは?「黙れ!早く消えろ!そして二度と俺の前に現れるな!」「テン!」
あたしに振り向かず、テンはお店の中に戻ってしまった。…あんなにテンが怒るなんて、あたしなにをしたっていうの?あたしの二年間、なにがあったっていうのよ?
「はっ、相変わらずアホそうな顔しているな、リンネ」
顔を上げると、いつのまにか目の前に男の子がいた。知らない男の子、のような、いやそうじゃない、あたしによく似ただけども憎たらしい顔つきの、こいつは…
「桃太郎?!」
幻?存在するはずがないそいつ。だけど不敵な顔つきで、フフンとこぼし笑いしながらあたしの前に仁王立ちしている。間違いないと感じる、コイツは桃太郎だ。鬼が島であたしたちの前から消えた元凶で、あたしの前世っていう奴。
「察しろよ、タカネはもうこの世にいねぇんだ」「え、なにそれ、どういう「お前が殺したようなもんだろ」
ケロッてコイツは残酷なことをあたしに告げる。なに?殺したって、なんなのよさっぱりなんだけど。そんなあたしにコイツはご丁寧に話してくれた。
あたしはキンだけでなく方々で借金していたらしく、おばあちゃんにお金を借りにいったときに、借金取りに追われてて、あたしをかばっておばあちゃんがそいつに殺されたんだって。ちょうどテンがおばあちゃんのそばを離れていたすきの出来事で、おばあちゃんは助かることなくそのまま死んでしまったんだって。
記憶にないから、そんな話されてもあたしは自覚できない。だけど、テンのあの態度、おばあちゃんが死んだのが本当なら、納得できる気がして。
…あたしは、おばあちゃんを巻き添えで死なせてしまって、そんなクソみたいな人生から逃げたくて?
「おいリンネ、なにもそんな落胆することねーぜ。これはお前のくそな未来のひとつにすぎねーんだからよ。
お前は気づいてねーかもしれねーが、お前の人生いろいろと分かれ道があったんだぜ。その中には俺様と一緒になって温羅をぶったおすってのもあったんだが。
てめーがビケの野郎を信じるつって、テンの奴に歯向かったことがあったのを覚えているか? あれがな、てめーの人生の最大の分岐だったんだぜ」
「そんな話今更されても、過去には戻ることなんてできやしないのに…」
ああもう頭おかしくなりそう、ショウのところに帰ってビーフシチュー作ってもらう、そうする。もう食べなきゃ気がおさまらない。
「おいまてよ、少しは俺様の話を聞きやがれ」
桃太郎の話って長いし自分語りうざいからうんざりなんですけど、それよりビーフシチュー食べたい。
「たくどうせビーフシチュー喰いたいとかクソみたいなこと考えてんだろ。あのときお前がアホな選択をしたから、タカネは死なずにすんだんだぜ。
それからショウって奴の運命もお前は変えてんだ。リンネ、お前の人生にはいろんな奴の運命ってのが深く関わってやがんだ。俺様も、だしな」
あたしに関わったせいでおばあちゃんは死んだ。テンは不幸になった。そういうことなんですね。
「だから自暴自棄になんなよ。これは俺様がお前に見せてる未来の一つなんだよ。リンネ、てめーはまだ……だぜ」
は?なに、なんか聞き取れない。てか、視界がゆがんでく、あれ、足が動かないよ、あたし食べに行きたいのに、食べたいのにビーフシチュー!!
「ビーフシチュー!食べたい!」
「うるさい、なにを寝ぼけている大丈夫かリンネ」
カチン、スプーンの先端がお皿にぶつかる甲高い音に、あたしはハッとさせられる。急に視界が眩しくなって、そして芳しいにおいがほかほかと、「ビーフシチュー!うわーい」スプーンにすくって、お肉もジューシー、野菜もほくほくのこれはなんて絶品なビーフシチューなんだろう。もうこのまま死んでもいい、天国にいきそう。そうだそうしよう、そしておばあちゃんに会って謝るんだ。
「おばあちゃんごめんなさい。あたし、あたしちゃんとおばあちゃんに」「あらあらなにかしら?リンネ」
「うえっ、おばあちゃん?なんで?」
にこにこと笑顔のおばあちゃんがいた。てかここは、カフェテンのテーブル。あたし、いつのまに…?
「テンのビーフシチューがおいしいからって、リンネしばらく放心していたのよね。もしかして夢の世界にいたのかしら?」
「夢、夢なのか。よかったー、て今あたし何歳ですか?」
それにテンが「自分の歳も忘れるほどボケたのか」てあきれるし。それにしても妙にリアルな夢だったな。セックス中毒になって、堕落した日を過ごして、がんばってた日々を無駄にするような、あんな未来…まっぴらですよ。
今からでも、真面目に真剣に、あたしはあたしの人生を考えたい、そう思いながら、今は目の前の幸せ(ビーフシチュー)を堪能しよう。
「十年後のあたしはなにしているんだろう。こんなふうに絶品ビーフシチューで幸せを噛み締めているといいな」
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