馬 駆ける
第六話 立ちはだかる、鋼鉄の壁


「おおー、すごーい、新鮮だー」
ただ今、あたしはここ青原市のレース会場にきている。
といっても、今回は馬としてではなく、一観客として。
「おい、なにをきょろきょろしている。早く来い! カケリ」
マケンドーがうるさく急かすので「はいはい」と席のほうへと向かう。
あたしとマケンドーとカツさんとで並んで席に着く。
走っている時とはまったく見えてくる景色が違うな。物珍しくてついきょろきょろしてしまう。
行ったことはないけど、スポーツの観戦とさほど変わらない感じかなぁ。結構お客さん入ってるんだ。
チケットは青原市民であれば購入できるらしい。…青原市民でなければ、原則不可。入場時に身分証の提示を求められるからね。

観客席に座るのは初めてのことだ。レースには何度か参加しているけれど、見る側ってのは初めて。ふぅ、楽でいいわ。チケット用意したのもマケンドーだし。
で、なんで今日はレースを観戦しているのかというと。
「今日は遊びに来たわけじゃない。偵察も兼ねてだな」
そういうのってマケンドーやカツさんの仕事じゃない? あたしが来ることになにか意味でもあるのだろうか。
「中央東区…、前期のチャンピオンが今日出る」
「中央東って、まだ対戦してないとこだよね。チャンピオンってことは強いの?」
「…チャンピオンだから、な」
まあたしかに。
「中央東区の馬ですが、毎年変わっていますね。ただ、…変わらないのは…」
「カツ、お前のいいたいところは俺も気になっている部分だ。中央東の馬の特徴…」
「ん? あ、そろそろスタートみたいだよ」
眉間にしわ寄せているマケンドーたちからあたしはコースへと目を向ける。


『皆様大変長らくお待たせしました! 本日の第一レース不動のチャンピオン中央東区、それに挑むは花本区! 中央東の馬、鋼鉄の天使の独走を花本は止めることができるのか!? 注目のレースまもなくスタートとなります!』
アナウンスが流れて、会場のテンションも上がり観客の声がところどころで上がる。
「鋼鉄の天使? なにそれ、なんかのアニメ?」
「マスコミがつけた異名だろう。…よくつけたものだ、一つ前の中央東の馬は…たしか【鋼鉄のカモシカ】だったな」
「ええたしかにそうでした。鋼鉄シリーズと呼ばれているようですが」
鋼鉄シリーズってなんだ? シリーズもののアニメみたいな響きか? て好きだなマスコミはそういう変なあだ名つけるの。王子だとか天使だとか、こっぱずかしいだろ、そう呼ばれる本人は。
「鋼鉄って単語にこだわってんのかね? マスコミは」
「いや、マスコミがこだわっているという理由ではないと思うが、まあ見ていろ、その理由は今にわかる」
「はぁ…」

レースが始まる。ファンファーレが鳴って、観客席のそこかしこでパンパンと爆竹が鳴るような派手な音がして、レースという名の祭りの始まりを伝える。
観客席からは馬が走るコースが見渡せ、上や下や横から次々とトラップが姿を現す。うん、でも中には隠れているトラップもあるんだよね。あのあたりやあのあたりなんて怪しいな、馬としての勘も含めつつコースを見渡す。それから観客席からは、正面に大きなモニターがあって、映画を見るような感覚で、あそこに馬たちが走っているところをズームアップして見られるんだろうな。て今モニターの映像が先ほどまで流れていた青草の観光案内や地元ニュースから切り替わって、本日のレース、中央東区と花本区の名がデカデカと表示された。
カウントダウンが始まると、自分が走る時とは違う、ドキドキを感じながら、スタートのあと少しの時を待つ。
『スタート!』
わぁっと観客席から湧き上がるような歓声が上がって盛り上がる。二人の馬が、スタート地点より飛び出す。モニターにグンと馬の姿が映し出される。花本のほうは二十代くらいの男性で、中央東のほうは、女の人、しかも若い感じ、いやそれ以上に気になったのは、彼女の足……。
「変わったブーツ、走りにくくないのかな?」
キラキラに光る金属のような素材に見える膝元まであるブーツで彼女は走っている。走りにくそうな見た目に反して、馬の彼女は表情変わらず華麗に走る。走りにくそうどころか、グングンと加速して、スタートして五秒もたたない間に、対戦者との距離を十メートルは引き離していた。トラップのほうも次々と解除されてく、そのスピードも早い、彼女の走りを止める事がないくらいだ。
「すごい、速い」
『圧倒的ーー! 中央東区鋼鉄の天使、ぶっちぎりのスピードでレースを制しましたー! 王者の独走はどこまで続くのか、こうご期待ー!』
二つに結った長い髪がなびいている。走り終えたチャンピオンの馬は、よく見たらかなり若い女の子だった。
「鋼鉄の天使、あの鋼鉄の義足を指してそう呼ばれている」
隣のマケンドーのそれにあたしは「えっ」と声を上げて話した本人のほうへと向く。
「義足って、ブーツじゃないの?あれ」
てっきり変わったブーツだと思ってた。義足ってことはブーツてことじゃないよね?えどういうこと?
「中央東の今期の馬、マスコミが鋼鉄の天使と呼んでいるのがあの娘…テンカワ・ワタルだ」
「テンカワ・ワタル…、鋼鉄の天使」
「中央東の馬には共通のシンボルがある、それがあの鋼鉄の足だ」
モニターに映るテンカワさんへと目を向ける。その鋼鉄の足、も気になるけど、あたしが気になったのは表情のほうだ。疲労を感じさせないクールな表情。只者じゃなさそう、走りから、あの独特の足から、それから崩れない表情。
「ぶっちぎってたよね、さすがチャンピオン。ていうかさ、ひょっとしてあの鋼鉄の足になにか仕掛けがあるんじゃない?」
見た目からして走りにくそうなんだけど、あのぶっちぎりのスピードは、普通に考えてもあの異様な足に仕掛けがあるような気がする。そこはマケンドーも否定しなかったけど、渋い表情で。
「かもしれんが、反則では無いからな、義足で走るなというルールはない」
「さっきからひっかかってたんだけど、義足義足ってどういうこと? あれって特殊なブーツじゃなくて…」
義足ってのはつまり、自分の足ではなくて…ていう意味の…、え、あれ?
「一見してわかりにくいが、テンカワに足はない」
「……、足はないって、え、じゃあ、あの速さで、えっ…」
「カケリ様、大丈夫ですか?」
ショックで軽く目眩を起こしたあたしを、隣のカツさんが心配してくれた。「ああうんだいじょうぶ、…ちょっとびっくりしたよ。…義足で。あんなに走れるなんて、すごいよテンカワさん…」
事実を知ってから、再びモニターに映るテンカワさんを見て、すごく高いところにいる人のように見えた。
なんだか、のどが渇いた…。
「ちょっと、ジュース買ってくる」
「ああ、ヘンなところに行くなよ」
客席から離れて、あたしは自動販売機の場所へと向かった。ジュース飲むついでにトイレによって。ここなら若草市民しかいないし、ヘンな連中もいないだろうから、カツさんたちも心配はしてないようすだ。あたしもそのほうが気楽でいいしね。オレンジジュースを飲み終えて、客席のほうへと戻るあたしは、意外な人物と遭遇することになる。意外というか、予想外というか、だけども、こうしてまた出会うことは不思議じゃなかった気もするその相手。
「カケリ」
エンジェルボイスがあたしの耳をくすぐる。キラキラオーラに目をしばたかせる。これは夢ではなくて、現実の続きで、たしかに今目の前にいる。夢のような相手。
「アマツカ君!?」
驚くあたしに、アマツカ君は優しいエンジェルスマイルで「そうだよ」と答えてくれた。
先日、遊園地で会って以来、また会えるってアマツカ君は言ったけど、こんなに早く、さらにこんな場所で会えるなんて思ってなかったから、あたしは慌てふためいてしまう。
「ぐ、偶然だね、こんなところでまた会えるなんて」
「え、偶然? そんなことないよ、カケリ」
にっこり。とまたアマツカ君ってば、キラキラエンジェルスマイルで微笑むもんだから、あたしの脳内きゃーーって祭り状態になっちゃうよ!え、でも偶然じゃないって言い切るなんて、それってつまり、アマツカ君はこういいたいわけ?「偶然ではなく、運命なのだと」
なんて都合のよい解釈をして、あたしは頭をげんこでぐりぐりする。
「そっかアマツカ君も地元なんだ…、若草の人?」
それにはアマツカ君は頷かなかった。若草じゃないのかな、…となるとその周辺の区の人かな。よく若草で会ったし。行動範囲は近いのかも。
「ここには、よく来るの?」
話題を変える。こんなところで会うとは思わなかったけど、ここには青原市民なら入れるわけだし、アマツカ君がいたっておかしくないし。でもよくレースを見に来ているのなら、…あたしが若草の馬だってもしかして、ばれているのかもしれない。
「ううん、たまたま」
「え、たまたま?」
拍子抜けしたあたしが聞き返す。アマツカ君は「そうだよ」とまたさわやかな笑顔で答えた。
「あ、あたしもたまたまだよ。知り合いに誘われてね」
うん、うそじゃない、たまたまだし。観客としては来るの初めてだし。ちらり、とだいぶ先にあるあたしが座ってた席へと視線をやる。もしマケンドーに見つかったら、怒られるだろうな、どころか…アマツカ君に会えなくなるかもしれない。それは困る。早く席に戻らないと探しに来られたら困るし、でもせっかくアマツカ君と会えたから、もう少し一緒にいたいし。
「うん、そっか。じゃあ、またね、カケリ」
「え、あっアマツカ君?!」
さわやかスマイルで、ひらりと片手を挙げると身を翻してアマツカ君は客席の向こうへと走り去ってしまった。追いかける余裕もなくて、あたしは開いたままの口でぼーぜんと立ち尽くしていた。風のごとく現れて去ってしまうアマツカ君。
あ、もしかして知り合いといるって言ったから、気を使ってくれたのかな。…でもここに観に来ているのなら、また会えるかも。ううん、ここじゃなくてもまたどこかで会えるかも、そんな気がする。運命の相手ってそういうもんだよね!
「おい、なにをにやにやしているさっきから」
「うぐわっ」
客席についてから、ずっとにやけていたらしいあたしの表情に、マケンドーがつっこんできた。うううそんなに顔に出ていたかなぁ? 出ているよね、自分でもわかるわ。ああでも自然とにやけるよ、うへへ、アマツカ君v
「なにか嬉しい事でもあったのでしょうか?」
「えっえええっと、それは…」
しどろもどろになるあたしに、マケンドーが疑念の顔になる。
「お前まさか、知り合いと立ち話でもしていたのか?」
ぎくぅっ!
マケンドーとは契約期間中は、知り合いとの関係ももつなって言われてるんだよね。アマツカ君のことは絶対にばれてはいけない。
「ううん、そうじゃなくて、その…すっごくおいしいジュース見つけてね、それで」
なんかすごく苦しい言い訳になったんだけど、あわわわわ。
「どのような味のジュースですか?」
横のカツさんのツッコミにあわわわわと内心焦る。そんなつっこまないでくださいよ。
「ええっと(さすがにオレンジジュースとかだとうそくさいし)、えっとですね、なんというか不思議というか、トロピカルな味わいというか…」
そんなジュースあとで教えろとか言われたらどうしようかとかね、もうパニックになりつつ言い訳する。
「なるほど、好みの味を見つけると幸せになりますよね」
よかった、カツさん、詳細訊ねてこなくて。
「単純な奴だな、お前は」
「う、うるさいっっ、いいじゃないか、おいしいもの好きなんだよ」
ありもしないジュースのことで意地になるのも馬鹿馬鹿しいね。
「まあここで知り合いに出会ってもおかしくないだろうが、余計な話などするなよ。挨拶程度に留めておけ」
「はいはい、わかりました」
アマツカ君とのこと、マケンドーにはばれないように気をつけないとね。…またどこかで会えるといいな。…また二人っきりで。うん?そういえばいつも会うときは二人っきりだった。ひゃっ、なんだか秘密の関係みたいでどきどきするかも、どきどきする!
「さて、レースも見終わったことだ、戻るぞ」
すっくとマケンドーが立ち上がる。
「え? 次のレースがもうすぐ始まるんじゃ?」
「中央東がすんだからな。今日の目的は果たした。時間は有効的に使わんとな。帰ってすぐにトレーニングだカケリ」
うへー。のんびりできるわけではないのか。…まあそれが目的とは言ってたけど。
中央東のテンカワさん、さすがチャンピオンだけあってぶっちぎりの速さだった。
「不安か?」
心を見透かしたようなマケンドーの言葉に、あたしは「そりゃ」と頷く。
「勝てる気がしないんだけど、テンカワさんに」
素足でなら速く走れるといっても、あの走りに全力でも敵わない。それはあたし自身だけじゃなくてマケンドーだって感じてる事だと思う。
「なら不安を感じなくなるくらいトレーニングに励む事だな、その他の事は俺にまかせとけ」
「えっあっ」
「いつまでのんびりしている。とっとと戻るぞ」



「鋼鉄の天使のレース観戦してきたのか」
モリオカさんとトレーニングの合間にした会話に、鋼鉄の天使ことテンカワさんの話題が出た。
「あ、はい。テンカワさんのこと、知ってるんですか?」
「いや知り合いではないけどね、レースは見にいった事があるからさ」
なるほど、それなら知っててもおかしくないよね。…あたしは見にいくまで知らなかったけど。
「すっごく速いんですよ、さすがチャンピオンというか」
「自信なくしたのかい?」
「…そもそも自信なんてありませんけど、あたし素人中の素人だし」
なんで、マケンドーはあたしを馬に選んだのか、いまだにわかんないけど。
「力をつければ自ずと自信はついてくるものさ。それにはひたすら努力するほかない。鋼鉄の天使の子だって最初から速かったわけじゃないと思うぞ。あの足に慣れることや、速く走ることに努力してきたに違いない」
義足って言ってたし、自分の足じゃない足で走るのってそこに至るまで大変な努力があったのだろうな。あんなに速く走れて、涼しい顔でいられるのも、そこにたどり着く為に流した汗だってとんでもないに違いない。特別に見えていたテンカワさんが少しだけ近づいて思えた気がした。
「きっと区長もそういうことに気がついてほしくて、レースを見せに連れてったんじゃないかな?」
若草の勝利にこだわるマケンドーが、あたしが自信失うような選択なんてするとは思えないし、…でもだからってテンカワさんのレースを見て、あたしが高みに昇れるなんて展開には確実になるわけがなくて。
あたしはまだマケンドーのことをろくにわかってないんだよな。


「カケリちゃん!」
トレーニングが終った直後、モリオカさん退出後に入れ替わりで現れたのが、ショーリン君だった。外の窓から泥棒みたいに入ってこなくても…。
「大丈夫だった?!」
すごく心配気な顔であたしのほうへと駆け寄ってきた。ああそういえば緑丘の区長に拉致された時以来だ。
「ほんとごめん、おれがついていながらカケリちゃんを危険な目にあわせちゃって」
「いいよ謝らなくても、なにもなかったんだし。それよりショーリン君のほうこそ大丈夫だったの?」
「おれは怪我したってかまわないけどさ、悔しいよ、カケリちゃんを守れなかった事が…」
「ああそんなもう気にしなくていいからほんと、二人ともこうして無事なんだしさ、ね!」
キリキリと悔しそうな顔で俯いていたショーリン君が顔をあげる。でもその顔はほっとしたものではまったくなくて、どこか不機嫌を思わせるような顔つきで。
「カケリちゃんは兄上が助けに来てくれるからって信じていたから?平気だったのか?」
「え? いや信じていたからって言うか、まあ結果助けに来てくれたけど」
実際助けてくれたのってウミコさんなんだけどね。もしウミコさんが味方じゃなかったら、マケンドーが助けに来てくれてたんだろうか?
「兄上の事信じたって後悔するだけだよ、あのさカケリちゃん、マジで兄上のこと信じるのやめなよ」
冗談ぽくなく、怖いくらい真剣な表情でショーリン君はそう言った。そういえば、ショーリン君あの時もマケンドーのこと悪く言ってた。マケンドーはカクバヤシの出来損ない、恥ずべき存在だって。それってどういうことなんだろう?でもショーリン君そんな言い方するのってつまり、…ショーリン君はマケンドーに裏切られたことがあるからってことなのかな?
「ショーリン君は、マケンドーに裏切られた事があるの?」
聞いてもいい事なのかな?と恐る恐るとたずねてみた。
「そうだよ、裏切られたね。あの人は学歴だって三流だし、エリート街道をひた走ることが義務付けられてるカクバヤシ家に泥を塗ったも同然なのさ」
エリート街道を踏み外したってことがマケンドーを許せない理由? 失敗を許せないなんて、厳しすぎる家柄なんだな。
「信じるに値しない存在だってわかっただろう?」
「えっ、ああ、うん…」
ショーリン君の迫力に押されて頷くしかなかったけど、ショーリン君ちょっと厳しすぎるよ。


「なんだ? ぼーっとして、臆したか?カケリ」
マケンドーの声であたしはハッとして顔をあげる。隣に立つのはマケンドーで、レース本番へと向かう通路の途中だ。
「テンカワさんはテンカワさん、カケリ様はカケリ様です。ご自身の力を信じてがんばってください」
にこりと優しく微笑むカツさんに、「はい」とあたしも笑顔で返す。
「いや別にテンカワさんのことを考えていたわけじゃないですけど」
あたしが考えていたのは先日のショーリン君の言葉だ。
マケンドーを信じるなと言ったショーリン君の言葉の意味を考えていた。具体的なことはわかんないけど、ショーリン君はマケンドーが犯した失敗を許せないんだろう。信じるに値しないとかちょっと言いすぎなんじゃとも思ったけど、…あたしは結局マケンドーを信頼しているのだろうか?
「失敗を恐れるな、もしつまづいてもそこから立ち直ればいい。確実に踏み進めることを考えろ。最初からぶっちぎりで強い者などない。チャンピオンのテンカワにしてもそうだろう。お前も上を目指せる可能性はあるのだからな」
きっと、ショーリン君とマケンドーは考え方が違いすぎるんだろうな。マケンドーのその言葉を聞いてあたしはそう思った。
「わかってるよ、じゃあ行ってくる」

一個人として、マケンドーのこと信頼しているかどうかは置いといて、レースに関してなら、あたしはマケンドーを信頼しているのだろう。じゃなきゃ、こうして走ることなんてできやしない。



若草の郊外にある霊園。そこにマケンドーはいた。
その日は彼にとっては特別な日だった。公務は午前中で切り上げて、その日は欠かさずある者の墓前へと参っていた。線香と花を添え、静かに手を合わせる。
そこに眠るは、マケンドーの剣の師であり、実際は剣だけに留まらず彼の人生の師でもあった。元軍人であり厳しい環境に常に身を置き生きてきた師。彼には優しさなど欠片もなかった。常に厳しく、鋭く研がれた刀の刃のような人間だった。眉間にしわ寄せ、恐いと思われるような人相で、身内ですら近寄りがたいような人だった。マケンドーがカクバヤシ家の人間であっても、特別扱いなどなく、非情なまでに厳しく冷たく指導してきた。
この世を去ってもう七年は経つ。この世から去っても、彼は強く生きていた、マケンドーの心の中に。
「師匠、…俺は少しでもあなたに認めてもらえる人間になれたのでしょうか?」
物言わぬ墓石へと、マケンドーは一人つぶやいた。


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