馬として駆け抜けた日々。
桜散り、賭けに敗れたあの日、負け犬の底辺へと落ちぶれて。
そんな哀れな負け犬娘は、鬼畜新人区長マケンドーに連れられて、若草区代表の馬にさせられた。
負け犬のあたしに選択の余地などなかった。守銭奴の親は金に目がくらんで娘を鬼畜に売り渡した。
見た目と外面だけはいい鬼畜区長のマケンドーはほんとに嫌な奴で、勝負に勝っても褒めてなどくれず、驕るなとトレーニングに励めと木刀を振りかざした。
嫌な奴だったけど、根っからの悪党ってわけでもなくて、レースに優勝したらあたしの願いを叶えてくれると言った。
あたしの願いは決まっていた。自由になること。
そして、春…、負け犬になったあの日からおよそ一年、あたしは勝者になった。勝者といってもあたし一人の力でなったものじゃなくて。マケンドーがパートナーだったから、カツさんとかワタルとかいろんな人が支えてくれて、それから…あたしの好きだった人アマツカ君。
天使みたいな男の子だった。決勝レースであたしの対戦相手だったアマツカ君。中央東の馬として、二代目鋼鉄の天使としてあたしの前に現れたアマツカ君。あのレース以来、どこでどうしているのか、わからないアマツカ君を、あたしは今でも想っている。
アマツカ君に会えたから気づいた事だってたくさんある。
あたしは、なんだかんだで若草が好きなんだなってこと。それから…、マケンドーは最初思っていたほど嫌な奴じゃなかったってこと。それから、…馬として走ること、嫌いじゃなかった。

自由を勝ち得て、あたしは自分の意思で選んだんだ。もう一度馬としてレースで走ること。若草の馬になりたいんだってこと。そしてあたしは自分の意思で、再びマケンドーに会いにいったんだ。



「若草ぶっちぎりー! 向かうところ敵なしだ!」

わぁっと鳴り響く歓声にハッとなる。大型モニターにレースの勝者が映し出される。そこに映るのは若草の馬、今のチャンピオンの勇姿…。

「勝利を愛する君に!」

ナルシすってる謎ポーズで決めるパン一男ことソドウさん…。愛する君ってのはぼかしているけどあのミチルって女のことだろう、中央西の馬。ソドウさんとは影でお付き合いしているらしい。忍ぶ恋とか二人は二人で盛り上がってるんでしょうけど、昼の濃いドラマのごとく。でも世間はそんなこと知らないから、ソドウさんのファンの人たちは自分に向けて言われているんだと勘違いして、あの決め台詞がでるとキャーキャー黄色い声援が飛びまくるわけ。ソドウさん、うちの母はじめ、女性のファン多数いるようですから。特別イケメンってわけでもないけど、筋肉質の体とさわやかなスマイルと濃い目の顔立ちが女心を捉えて離さないらしい(母親談)まああたしにはさっぱりわからないんだけど、やっぱりアマツカ君みたいな美少年のほうが…。
というか、あたしがソドウさんを客観的に見れないのは個人的な感情からだろうな。


「やあカケリ君、君も応援に来てくれていたんだね!」

馬専用通路であたしと鉢合わせるソドウさん、また勝手に勘違いしたさわやかスマイルで、この男あたしの憎しみの感情を滾らせる。

「若草は応援したいけど、なんでソドウさんの応援なんか」

ギギギと歯をきしませるあたしにソドウさんは「やれやれ」と肩をすくめる。

「うんわかった、君はアレだね、ツンデレというやつだね」

…はい?

「素直になれず、もどかしい君の気持ち痛いほどわかる。だが、すまない、君の想いには応えられないんだ」

ソドウさんの言っている意味がさっぱり理解不能なんですが。

「僕にはミチルという心を決めた女性がいるんだ。ほんとうにすまない」

「ちょっと待てーー! なんかすっっごい嫌な勘違いしてません?!」

本当にすまないと何か勝手な勘違いして頭下げるソドウさんに、ちょっと待てーとあたしが叫ぶ。この人、あたしが自分のこと好きとか痛い勘違いしてませんか? 冗談じゃない、母じゃあるまいし、あたしはパンツ一丁でトレーニングするヘンタイ男なんて趣味じゃない!
あたしがギリギリしているのは別の理由でだ。まあそれも、嫉妬という感情からなのだけど、恋愛とは違うからね! ああやばいさぶいぼ立ってきた。

「こんなところでうるさくわめくな、迷惑だ!」

通路に響く、そっちこそ迷惑だろって声。振り向かなくてもわかる、その声の主が誰か。

「マケンドー…」

相変わらず無愛想な眉間に皺の顔つきでマケンドーが現れる。「ちっ」と舌打つあたしと、「区長今日のレースもグッジョブさ!」とウインクで出迎えるソドウさん。なんだこの構図…。

「ソドウ、よくやったとは言わんぞ。チャンピオンだからといってけして驕るな。追うより追われる立場のほうが精神的にきつくなる。常に気を張っておけ。トレーニングも怠るなよ」

「ああわかっているさ。いつだって全力で命がけ。それがレースに生きる男のさだめさ」

恥ずかしいセリフも、ソドウさんが言えばそんなに恥ずかしく聞こえないような、いや存在そのものが恥ずかしいからセリフうんぬんどうでもいいレベル。

マケンドーは顔色変えずにカツさんと一緒に出入り口のほうへと向かう。あたしを気遣うとか、優しい言葉をかけるとか、こいつはそんなことするような奴じゃない。わかっているのにどこか期待しちゃうあたしは、弱い人間なのだろうか。いいや、わかってるはずだ。マケンドーは敗者には厳しい。勝者にもだけど、弱い者にはもっと厳しい、そういう考えの奴なんだ。

「カケリ」

振り返らないまま、マケンドーがあたしの名を呼んだ。

「悔しいならその想いを行動にかえろ。お前も…這い上がってこい」

背中を向けたまま、マケンドーはそういって駐車場のほうへと歩いていった。
胸の奥が、固まっていたものがさーっと溶けていくようだ。ああ、勇気づけられてる。マケンドーはあたしのことを信じてくれている。



バイト帰りのあたしに声をかけてきたのは懐かしい人だった。

「あれ? カケリ? カケリだよね! 久しぶり元気してた?」

「モエキ? 久しぶりー。卒業して以来じゃん」

彼女モエキは中学の友人だ。彼女は卒業して進学したはず。

「ねぇ時間あるならちょっと寄ってく? いろいろと話したいしさー」

モエキに誘われて、カフェに入る。ドリンク頼んで席について、昔話に花が咲く。だれだれは今どうだの、うちの学校にこんな奴いんのとか、あとは近況とか。
話を聞きながら、えーとか驚かされることとか、そうなんだと感心させられることとか。モエキはモエキで趣味が高じて文学のコンクールに出品したんだとかとか。あたしの同期の子はほとんどが進学したわけだけど、みんな勉強とか部活とか趣味とか、いろんなところでがんばってて、着実に進んでいる。もしかしたらそれが当たり前のことなのかもしれないけど。…負け犬からの僻み視点。
一年間のギャップがすごい。なんだかみんな、グングンと進んでいってるんだ。それに比べてあたしは…。
馬になって、チャンピオンになって、だけど今はそのポジションもソドウさんになってて。
結局負け犬人生を送っている。時給650円の仕事でなんとか食いつないでいる程度で、こんなんで区民税とか払えるの?なんて将来の不安がぬぐえない現状。
語るモエキの瞳も生き生きとしている。ああいいな、興味のあることがある人って。

「ねぇねぇカケリはさどう思う? 区長とソドウさん」

「ぶっふーー、いきなりなんの話よ」

ジュースおもっくそ噴出したじゃないの。変な質問してこないでよ。思い出したじゃないか嫌なことを。あのパン一男、あたしが自分に惚れているとか勘違いして、不愉快だ。

「あたしは別になんとも思ってないけど!」

「いや、アンタの想いじゃなくて。私が聞いているのは、あの二人の関係vについてよ!」

関係のところに妙なニュアンスを交えながらモエキが聞くのは?
あの二人の関係って、ただの馬とその主ってところじゃないのか。

「だからー、ラブ的な雰囲気っていうの? あると思わない?」

なぜ目をキラキラさせながら言うのか。え、なに誰と誰のラブですと?

「昔さ、カケリと区長が噂になったじゃない、でもあれは嘘だって明らかになったし、区長も完全に否定してたし、私は確信したのよ。区長がカケリを置いたのはカモフラージュじゃないかって、だってありえないもんね。カケリじゃつりあわないし」

モエキ、さりげに失礼なこと言ってないか? でもまあ、マケンドーとはなにもなかったし、いろいろと思わせぶりなこともあったけどさ、なんもなかったし。アイツは結局ソドウさんを選んだしね!ええ、アイツはソドウさんのこと好きなんじゃないのー。

「やっぱりやっぱりそうだよね。やばーい、萌えるー。いいわーいい男同士二人とも独り身だし、問題なっしんぐ! よーし、今度レース見に行こうっと。そして区長とソドウさんの愛を見守るんだ」

きゃっとか嬉しそうな声上げながら、飲みさしのジュースの氷をカラカラとストローでかき混ぜるモエキ。…ああこの子中学の時もちょっと変な趣味あったよね。少女漫画読んでいるのかと思っていたら、少女漫画みたいな男同士の恋愛マンガ…、ごめんあたしにはあれのどこがいいのかさっぱりわかんないんだけど。
いや、そんな風に考えたことないけど、でもそういう見方もあるんだなんて思ったら、…ヤバイ!


「アイツとパン一さんできてんのーー?」

「パンがどうしたの? カケリ」

思わず心の声が漏れていたことに驚く、いやそれだけじゃなくて、今あたしに突っ込みいれた声、今の声は…、懐かしいそして、忘れもしない声。

「アマツカ君!?」
「久しぶりだね、カケリ。元気だった?」

あの頃と変わらない美少年っぷりのアマツカ君。少し髪が短くなったけど、でも全然美少年だよ。

レース会場に観客としてきていたあたし。レースには何度も来ているけどアマツカ君に会うのは初めてだ。あの最終レースで戦った時以来。
マケンドーは言った。アマツカ君は帰ってくると。故郷のために、アイツなら這い上がってくるだろうと。あたしもそう信じて、アマツカ君を待っていた。…まだレースの舞台に彼の姿は現れないけど、こうして再会できて、元気でいたことに嬉しく思う。

「不思議だね、こんなに早く会えるなんて」
とアマツカ君は言うけれど、あたしからすれば全然そんなことない。ずっと君の事考えていたんだから、やっとって心境なんだよ。だけど、嬉しいってのはたしかだからね。あたしも「うん」と頷く。

「もう半年近く経つんだよね。あたしたちが、あそこで戦いあって…」

あの日、アマツカ君はシモウメって人と一緒に表舞台から姿を消した。あれからいろいろあったんだろうと思う、アマツカ君はアマツカ君で、きっと。

「カケリには話したよね。どうしてボクが馬になったのか。人として正しいといえないやり方だったけど、ボクは自分の選択を後悔はしてないよ。あの選択があったからこそ、君やマケンドーに出会えた、ぶつかり合えた」

アマツカ君はレースを眺めながら、目を細めてそう語った。少し嬉しそうにも見える顔で。

「アマツカ君は、もう走らないの?」
きょとんとした顔でアマツカ君が振り向く、そして「カケリこそ、若草の馬どうしてやめたの?」て聞き返されるし。

「えと、それは、やめたというか、やめさせられたというか…」ぐぬぬ、アマツカ君あまり深く追求しないでよ。またむかつくソドウさんの顔思い出すから。

「またカケリと走りたい。ううん、今度こそ、純粋な気持ちで、カケリと走りたい」

「アマツカ君…」

青空みたいな晴れわたった眼差しで、アマツカ君はあたしと走りたいと言ってくれた。心の奥がぽかぽかしてくるような、気持ちよく体が温まってくる様な、心地よい感情が湧いてくるようだよ。
嬉しいな、あたしも同じ気持ちだよ。

「あたしもだよ、アマツカ君」

あたしもレースへと視線を向けながら答えた。ねぇでもアマツカ君、その願いって叶えられるよ。レースじゃなくたって。

「走ろう、アマツカ君。場所はどこだっていいよ。馬じゃなくたって、あたしたちは走れるよ」

約束しよう。あたしもまた走りたい。君への想いとか、友達との思い出とか、若草のこととか、気持ちなんて語りだしたらきりがないけど。きっと全部全部抱えて走ることできるよね。負け犬だって足がなくなってない限り走れるよ。足のない天使だって走れるんだから。



「しかし意外だったねぇ。君はあの馬で続投するものだとばかり思っていたよ」
市庁内のいつもの市長の間で、市長コヒガシは対面する相手にそう話しかける。

「ずいぶん特別視しているように見えたが、一体彼女はなんだったのかねぇ?」
にこにこと相変わらず気の抜けない不敵な相手だ。長い付き合いになるが、マケンドーはそう思う。

「市長、彼女は一市民ですよ。今の私からすれば若草区民の中の一区民に過ぎません。特別扱いなどいたしませんよ」

「冷たいねー、君も。いいじゃないか特別扱いしたって誰も文句言わんだろうよ。彼女は若草の功労者だろう。なにかしてやってもいいと思うがねー」

ちらりと派手なメガネフレームの下の目が光り、マケンドーを意地悪げに見る。市長の茶化しにもマケンドーは態度を崩さない。

「必要ありませんよ。彼女は、私の手などなくとも、十分に走っていける女性です」

ああそうか、君は十分満たされていたわけだ。言葉にしなくとも、晴れやかなマケンドーの表情を見て市長は理解した。

「今期のレースも大いに期待しているよ! マケンドー君。私を目いっぱい楽しませてくれたまえよ!」

マケンドーが誰よりも驚かせたい相手は、この男コヒガシだ。今期のレースでも大いに期待に応え予想を裏切り、悦ばせてやろうじゃないか。静かに闘志を燃やし、レース会場へと向かうのだった。


BACK  2012/11/01UP


アマカケとみせかけて、コヒマケという罠でしたw
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期間中はサブキャラ中心に短編UP予定です。
あと最終回で入れ忘れていたマケンドーのセリフ(すぴばる小説部では追加してあります。エピローグの追加シーンもあり)の補完も兼ねてます。アマツカは帰ってくるうんぬんのあたりね。