島魂粉砕

モクジ

  海坊主とわざわい  

広い広い海の上に、ぽつんと小さな島がありました。

島は遠い昔、呪術師(じゅじゅつし)と呼ばれる不思議な力を持った人たちが、その力を使って、恐ろしいわざわいを封じ込めたのです。
月日が流れ、島にはたくさん人が移り住みました。
島にひかれて集まってきたのでしょうか? それとも、なにか別の理由があったのでしょうか?

きっとそれはだれにもわからないことなのです。
海坊主にもわかりませんでした。

海坊主は、広い広い海の中にぽつんと浮かぶ黒くて丸い頭の生き物。
いつも頭のてっぺんしか現れないので、だれも海坊主の姿を見たことがありません。

海坊主は、島を出て行く悪い人間の船を転覆させると言われていました。
この島の海を守る、島の守り神とも言われていました。
もちろん、海坊主は海の生き物で、神様ではありませんでした。
だけど、島の人間は疑いをもちませんでした。島の人間が海坊主を守り神様だと信じるなら、守り神様になるのでしょう。

海坊主はいつも、島を見守っていました。ただ海の中で、じっと島の真ん中を見ていました。
海坊主にはわざわいの声が聞こえました。わざわいはそばにいろと言いました。はなれるなと言いました。わざわいの言うことを聞かないものに罰を与えろと言いました。

海坊主はわざわいの言いなりと言うわけではありませんでした。
海坊主は離れたくない理由があったのです。海坊主のいるずっと下、海の底深くに、海坊主が守りたいものがあったからです。

海坊主はひとりぼっちです。でも昔はひとりぼっちではありませんでした。
海坊主にも家族がいました。海坊主のお父さん、それからおじいさん、さかのぼってのご先祖様。皆この島を離れずに、この海域にいたのです。
どうしてでしょうか。わざわいがいたからでしょうか?
その理由はわかりません。ただ海坊主は、家族のそばを離れたくありません。だからここにいる。きっとお父さんやおじいさんも、同じように家族を守りたかった、ご先祖様の骨を守りたかった。簡単な理由だったのでしょう。

海坊主はわざわいだけじゃなく、島の人たちの声も聞こえていました。大きな声ではなく、心の中に響いてきたのです。だからきっと、その声は海坊主しか知らないのでしょう。

ある日、一人の女の子の悲しそうな声が聞こえてきました。
大好きな友達が島を出たいと言っている。女の子はお別れがしたくない。だれか助けてほしいと、強く願う声でした。
海坊主は女の子の願いを叶えられる神様ではありません。だけども、島を出る人間は悪者だから、海へ引きずり込むことはできます。
女の子は海坊主にではなく、わざわいと約束をしました。
その後、女の子やその友達がどうなろうが、それは海坊主には関係のないことでした。

また後々のある日、海岸をのんびりと歩く白猫の声が聞こえました。

「そろそろおうちのごはんが恋しいにゃー」

白猫は家出をしていたようです。白猫はとても自由でした。白猫はわざわいに願うことなく、自分の足でおうちに帰っていきました。

女の子も白猫みたいに自由だったら、悲しまなくてもよかっただろうに。
ふと海坊主は思いました。自分も自由ではないのだろうか?と。
ここにいるのは自分の意思なのか、そうではないのか?
しかし、そんな考えはすぐに消えてしまいました。どうでもいいことだったからです。


さらに月日は流れて、海坊主はたくさんの声を聞きました。
「わざわいを島から追い出そう」と。
それは呪術師の子孫の者たちの声でした。不思議なものです。わざわいを島に閉じ込めた呪術師たちが、今度は島から出そうと言っているのです。
わざわいがざわざわしているのが海坊主にはわかりました。その時とても不安な気持ちになりました。そこにあるはずのものがなくなってしまう。変わってしまうことが不安に思いました。
海坊主はブルブルと震えました。空は黒い雲がかかり、雷が鳴り、雨が降りました。波は激しくなり、砂浜を波立てました。


なにをどうしたのかはわかりませんが、呪術師たちはわざわいを島から追い出したことに成功したようです。
空は晴れ渡り、波は優しく揺れるようになりました。港から出入りする船、島には活気が溢れていました。

わざわいの声はもう聞こえません。
白い尻尾をゆらゆらと揺らしながら、白猫は優雅に港を歩いていました。

「こらっミルキィ! だめだろ、また家出するつもりかよ」

少年が白猫を抱きかかえてなにやら叱っています。どうやら白猫の飼い主のようです。家出癖のある白猫は本当に自由ですね。

少年に抱えられながら、白猫はくるりと海のほうを見ました。海には船の姿が見えましたが、海坊主の黒い頭はどこにも見えません。

わざわいがいなくなり、島を離れる人間は悪ではなくなりました。港から出る船には大勢人が乗っていました。これからは島を行き来する人間が増えていくでしょう。
わざわいが消えて、島は自由になったのです。

だから、海坊主も、船を転覆させる必要がなくなりました。
守ってきた家族のなきがらも、自然にかえることを理解しました。
寂しくはありませんでした。海坊主は自然と、沖へ沖へと泳いでいきました。
海坊主はどこへむかったのでしょう。それはだれにもわかりません。

漁から戻ってきた船かごにはピチピチとれたての魚がいっぱいでした。
白猫は目をランランと輝かせて、飼い主の腕から飛びたし、新鮮なお魚にまっしぐらに駆け出しました。
モクジ
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