島魂粉砕

モクジ

  番外編 呪術師メバル  

家族の者たちが寝静まる丑三つ時。
毎夜ひっそりと、行っている男女の営み。
キョウジとシズクはすでに婚姻の儀を行い、夫婦の関係を結んでいるため、二人の関係は周囲からもすでに認知されているが。
だからと言って人目はばからずイチャイチャできるほどキョウジも常識知らずじゃない。
キョウジと結ばれて以降、性に奔放になったシズクは毎夜キョウジを誘ってくる。
むちむちおっぱいを押し付けられて、キョウジも結局要求に応える形になってしまう。

親父、はともかく、年頃のメバルには気を使って、みんなが寝静まった時間を見計らって、行為を始める。
あんまり激しくしないように、だけどもシズクを満足させなきゃいけないから、なかなか心労だ。

キョウジにまたがって、シズクはいやらしく腰を動かす。

「あっ…やんっ…キョウジぃ」

熱い吐息を絡ませながら、シズクが悩ましく甘い声で鳴く。あんまりあんあん言わせてもメバルに聞こえるからって、キョウジは気を使って動くのだが、どうしても途中からシズクがノリノリになってしまう。

「ちょっと、シズク、抑えろって」

汗の滲んだシズクの尻をむにぃっと掴みながらキョウジが忠告するが、「そんなこといったってー」とシズクは動きを緩めるどころか、挑発的に腰をくねらす。白い指先は艶かしくキョウジの体の表面をはって、指先に体液を付着させて、口に含んだり、残りは自分の肌に擦り付ける。ぷるんと揺れるシズクの乳房は、キョウジの体液に濡れて益々いやらしくテカっている。


「はぁはぁ…シズク姉ちゃん、エロイな」

ぐひひと口元からヨダレをたらしながらメバルが感想を漏らす。引き戸の隙間からこっそりと、シズクとキョウジの情事を盗み見ている。あんまりハアハア言ったらキョウジたちに気づかれそうだが、二人とも今は互いしか見えてないだろう。特にシズクはセックスに夢中になるあまり周りが見えてない様子。
メバルの目線はシズクに視野を絞っている。シズクとセックスしているのは兄ちゃんじゃなくて自分自身だと脳内変換して、ティッシュ片手に、ズボンの中に利き手を突っ込んで自慰に没頭する。

ばれてないつもりだったが、不自然に引き戸が開いていたことにキョウジが気づく、横目でちらりと確認すると、案の定メバルが覗きながらハァハァしているのが見えた。注意しようにもメバルはシズクのほうガン見だし、シズクはキョウジの上であんあん言ってて止まりそうにない。


「キョウジぃ…わたし、もう…イッちゃうよー」

「シズク姉ちゃん、おれも…出ちゃうよぉっ」

メバルの妄想では今シズクの中で射精した事になっている。実際はティッシュの中に放ったのだが。廊下で絶頂に達して戸にもたれてメバルが脱力する。シズクはキョウジに覆いかぶさるように抱きつきながらぐったりしていた。

キョウジはシズクがメバルのほうから見えないように横に寝かせて、掛け布団をかけようとする。ちらりと後ろのほうを確認するが、メバルの姿は見えなかった。背後に安堵するキョウジに前面のシズクが「キョウジv」と甘えた声で抱きついてくる。

「あーもう早くなんか着ろって、風邪引くぞ」

互いの体液が付着した肌をべたべたと密着させながら、シズクは大丈夫必要ないからという。

「わたしはキョウジのにおいを身につけているから、すごーくあったかいの」

うふふと嬉しそうに笑いながらそういうシズクに「(なに言ってんだコイツは…)」と心でつっこむ。恋する乙女の気持ちは理解できそうもない。



「はあ…」

疲労感を感じながらメバルは布団の中で脱力する。
さっきまではエロイシズク姉ちゃんを見て、欲望炸裂させてオナニーで発散させた。
自室に戻って寝床に着くと、妙な感覚に襲われる。正体不明の喪失感。なにかってのはハッキリしない。心にぽっかりと穴が開くという表現。多分そんな感じだ。実際穴なんて開いていないが。浮遊感漂う不安感。
喉の奥がきゅうと苦しい。

「水飲んでこよ」

喉の渇きだと判断して、水のみ場にと向かう。

ごくごくとコップに注いだ冷水を飲み干す。その瞬間喉は潤ったが、やはりなんともいえない渇きを感じる。体の乾きなのかどうなのか、よくわからないが。

「シズク姉ちゃん、ほんとに兄ちゃんのこと好きなんだな…」

解封の儀を行った日、キョウジと結ばれたことを報告するシズクは幸せそうに微笑んでいた。
大好きな兄と、大好きなシズク姉ちゃんが結ばれることは、メバルにとっても嬉しいことのはずだ。実際嬉しかったし。ただ、ぐさり、と冷たい刃みたいなもので胸を貫かれたショックもあった。
内心、シズクが婚姻相手に自分を選んでくれるかもと願望を持っていたし。
妄想の中では、シズクはメバルにラブラブで、メバルが望むことをいっぱいしてくれた。むちむちおっぱいをちゅっぱちゅっぱさせてくれた。
もちろん今だって…、妄想の中では。

しかし現実のシズクが見ている相手はキョウジだけだ。メバルの想いには気づくどころか、おっぱいちゅっぱさせてと言ったところで、「そんなこと言っちゃだめでしょ」と叱られ、本気にすらされない。

ざわざわ…
不可解なノイズが聞こえ始める。呪術の修行を始めてから、まれにあったが、特に儀式以降、頻繁に聞こえるようになった。なにかの声のようにも聞こえる。人の声とは違う、なにか。



「おい、メバルちょっとこい」

翌日、メバルは学校が終わって自宅に帰ると、兄のキョウジに呼ばれる。

「なんだよ、兄ちゃん」

「お前、昨日僕とシズクがやってんの覗いてただろ」

半目で腕組状態のキョウジに指摘されて、ギクリとなる。こそりと覗いてたつもりだったが、ばれていたか。

「てへ、ばれてたのかー。いいじゃん、別に減るもんじゃないだろー」

「そういうもんじゃないっての。お前だってオナニーしてんの人に見られるの嫌だろ」

「え、…いやかえって興奮するかもっっ」

メバルの開き直ったエロバカっぷりにキョウジも呆れて頭を抱える。

「今回は見逃してやるけど、今度から覗くなよ。したら親父に言うからな」

ガッと頭を掴まれて、バシッと肩を叩かれた。「いって、なんだよ…兄ちゃんシズク姉ちゃん独占しすぎなんだよ」とぶーたれながらキョウジの背中に向かってぐちた。


「はー、おれだって、シズク姉ちゃんとせっくすとかエロいことしたいっての…」

自室に戻ってから早々にエロ本をめくる。お気に入りのページにはきっちりと形がついてしまっている。モデルの女性がどことなくシズクに似ている。いやシズク姉ちゃんのほうがもっとかわいいし、おっぱいの形もキレイだけど、と心の中で言い訳しながら。その本の中のモデルを妄想力でシズクに変換する。短パンの中でパンパンに膨れ上がる欲望が切ない。

「シズク姉ちゃん…イーおっぱい…」

妄想世界にいざ、トリップ…しかけたその時

「メバル? ごはんできたよ」

「うわっシズク姉ちゃんっ」

オナニータイムはシズクの登場によってキャンセルされた。妄想具現化ではなく、本物のシズクの登場だ。

「あっ、いけないんだー、えっちな本読んじゃってー」

さすがに脳内で妄想していたことまではばれてないが。
シズクも過剰な反応はしない。「男の子はえっちなこと考えちゃうよね。キョウジももう少し、えっちになってもいいと思うのになー」とまたのろけ全開の独り言を漏らす。

「いろんなプレイも載ってるし、シズク姉ちゃんも参考にしてみたらいいんじゃない?」

「な、なるほど。…こ、こういうのもあるんだ」

ごくり、と喉を鳴らしながら、シズクは意外にもエロ本に食いついてきた。あんまり女の子向けではない、かなりハードな変態プレイのグラビアを見入る。

「おい、お前らなにやってんだよ…」

メバルとシズクの二人がその声にびくっと肩を震わせて振り向く。入り口にこっちを半目で見ながらキョウジが立っていた。

「メバル、お前ちっとも反省してないだろ…」

「まあまあキョウジ、メバルだって好きな女の子ができれば、こういうのも卒業できるわよ。ね」

と言ってシズクがメバルを庇うように笑顔で振り向いた。

「え…」

「(シズク、お前が言うよな)」
とキョウジが心で突っ込む。シズクは未だにメバルの気持ちには気づいていない。単に年上のお姉さんに甘えたい弟心みたいに思っているのだろう。


「シズク姉ちゃん…、おれ別に卒業したくないし」

風東の修行場でひとりメバルはぼやく。エロ本を卒業する条件が、他の人を好きになることなら、そんな卒業は望まない。というか考えられない。エロ本が、じゃなくて、シズク以外の人を好きになるということが、考えられなかった。
憧れのお姉さんから初恋の人にいつスライドしたのかはハッキリしないが、メバルの成長の過程でシズクへの想いもいつの間にか成長していたんだろう。

感情がもやーっとなりそうになって、慌てて精神を集中させる。自然の声に耳を傾ける。呪術を極めることは、自然をよりよく知り、そして自分もその一部分なのだと自覚することだ。
個であることを意識しない。遠くで聞こえた脈動が、すぐ足元で感じるように錯覚する。

あ、まただ。
いつものように声が聞こえた。なにものか知れない声。禍なのだろうか、それとも霊的なもの? それとも生あるものの心の叫びなのだろうか?



「声だと? さあな、そんな経験は特にないがな」

父アラシに訊ねてみたが、呪術の修行で変な声が聞こえるようになったことはないと返答された。
ジンヤに会うことがあったのでその時に訊ねてみた。ジンヤは積極的に呪術の修行に励んでいる一人だ。

「なんだ、それは。俺はそんな経験はないが…」

「やっぱり、おれだけなのかな。父ちゃんも兄ちゃんもないって言うし。これって霊感が高まってる系なのかな…」

気が滅入りそうだというメバルに、ジンヤは「あ、そういえば」となにか思い出したように。

「以前マサトさんが話していたんだが、呪術を極めすぎないほうがいいと言われたんだ」

「え、なんだよそれ、どういうこと?」

「いや詳しくは話してくれなかったんだが…。自分の存在する意味を見失うかもと」

なんだよそれ、さっぱり意味がわかんないんだけど。
知りたければ直接マサトさんに訊ねてみろとジンヤに言われたが、マサトは苦手なので、「じゃあいいや」とメバルは帰った。
結局、この症状についてはわからずじまいだ。

しかし、やはり呪術が原因になっていたのだろう。
儀式の前後から、この症状が気になるようになった。ちょうど呪術の力が高まってきたことを実感したころだ。空耳とは思ったが、こうも頻発すると空耳では通らなくなる。あと耳に異常がある感じでもない。耳にではなく、魂に語りかけてくるような声、なのだ。


見えなくていいものが見えるようになる。自分の存在する意味を見失う。
それがどういうことなのか、ハッキリとはわからない。
ただなんとなく、わかる気がするのは、人の気持ちなんてほどほどに知れたほうがいいということだ。
読心術というわけじゃないが、好きな相手の気持ちはよくわかる。
禍と離れた今のシズクは、好きだという感情を隠すことなくオープンにしている。キョウジを好きだという気持ちは本人の口から毎日のように出ているし、態度や表情からも明らかだ。

気づかないでいられたほうが、よかったかもしれない。
日に日に想いと欲望が募るばかりで、このままじゃいつか破壊されてしまう、身も心も。

それでも離れてしまうよりかは…。
ずっと一緒にいてくれる。禍との決着を前にして、メバルはシズクと約束した。シズクのほうは大した意味に受け取っていなかっただろうが、メバルにとっては支えとも言える約束だった。



「――あのなメバル。シズクちゃんはキョウジと一緒に島を出たんだよ」

え? なんだよそれ、どういう意味?

父から聞かされた真実。兄をフェリー乗り場まで見送りにいった。その時はキョウジ一人だけで、シズクも一緒に船に乗っていたなんて思いもしなかった。実際キョウジも知らされてなかったし、シズクとアラシの二人が秘密裏に進めていた計画だった。

夕食の席にも現れないメバルを心配してアラシが席を立つ。
メバルは儀式の間に繋がる渡り廊下の上で膝を抱えてぼんやりと座っていた。
アラシが「おいメバル」と呼びかけるがこちらを向きはしない。なにを思うのか、ぼーっと座ったまま、はぁと重い息を吐いている。

「そんなにショックだったのか。シズクちゃんのこと。…寂しい気持ちはわかるがシズクちゃんの気持ちも考えてやれ。やっと婚姻で結ばれたのにキョウジと離れ離れで暮らしていくほうがかわいそうだろ」

「寂しいとかそういう次元じゃないよ。おれ、シズク姉ちゃんのために修行がんばってきたのに…、なんのために修行するのかわかんなくなりそうだよ」

メバルが真剣に取り組みだしたのも、シズクを禍から救い出すため。そして今後もそばで守りたいがため、呪術を極めたくて励んできたというのに。その根源となっていたシズクがいなくなって、メバルの心にぽっかりと穴が開いてしまった。

アラシがしゃがみこんで、メバルを励ますように背中をぽんぽんと叩く。

「それほどシズクちゃんのことが好きだったのか。落ち込む気持ちもわかるがな。シズクちゃんはキョウジのお嫁さんだからな」

「でもうちに嫁いだってことは風東の嫁ってことじゃん。兄ちゃんが独占する理由にはなんないよ」

「まあそういうな。シズクちゃんはキョウジが強制して連れて行ったわけじゃない、本人の意思で出て行ったんだ、そこは尊重してやろうじゃないか。
キョウジが羨ましく見えるのかもしれんが、お前にだっていつかいい人が見つかるさ。キョウジに嫉妬していたことも忘れるほどのかわいいお嫁さんが、な。元気出せ」

父にせかされて飯の席に来るように言われた。

シズクにしてもアラシにしても、みんなそういう。無責任に「いつかメバルにもいい人が見つかるから」と。そんないつかなんてあてにならないし、メバルは望まない。シズクのかわりに誰かを求めるなんてしたくない。


修行場に行くとますます【声】は聞こえるようになった。たくさんの声、願望や救いを求める声、感情の叫びとか、そして禍を感知できるようになっていた。
いたるところに禍はいた。見つければ呪術で撃退するが、またすぐに現れる。まるで人が呼び寄せているように。悪人が、というわけではない。いたるところで、人は負の感情を沸かせている。些細なことで、時にはとても深刻な状況で。
SOSは容赦なく飛び込んでくる。それはメバルに対してのものじゃないが、メバルにだけ聞こえる声。ときに切ない願いは胸を苦しめる。だけど、スーパーヒーローじゃない。すべての願いに応えることもできない。禍ははらってもはらってもきりがない。

見えなくていいもの、知らなくていいもの。
それがこういうことなのかわからないが、感性が鋭くなったのも呪術の力を高めたせいだ。
最初は気分がよかった。人知れず人々を守っているヒーローのようで。だけど感謝されるわけでもない。そして一度救った人が再び禍を呼び寄せる。同時に複数箇所で。
ほおっておけばいいものまで過敏に感じ取り、声は無数に飛び込んでくる。
愛する一人を守るため。その想いがほどよく盾になっていたのだろう。シズクへの想いをとっぱらえば、無防備になった心に容赦なく降り注いでくる凶暴な願いたち。

一時期呪術をやめたいと思ったこともあった。それでもメバルは呪術の修行を続けた。シズクへの想いをふっきるためじゃない。それはメバルにとっての原動力だ。だから奥底で強く秘め燃えている。メバルは己の心に呪術をかけた。封印の儀を施した。
ネガティブな思考ではなく、より高みを目指すため。
願いに優先順位はつけない。そのため感情に左右されるわけにはいかない。感情を捨てたのは己の意志で。
父は心配しているが、メバルは自分が間違っているとは思ってない。そしてこのまま突き進もうと堅く誓う。


メバルは呪術師として多くの人たちを影ながら救うことになる。それはさほど遠くない将来の話になるだろう。
モクジ
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