馬の扉
ホツカは馬の扉を選んだ。
馬の扉がシンボルらしき少女カケリは、この中では一番平凡で、スズメのような特殊能力がありそうな感じでもなく、一人で何かを成しえそうなふうにも見えなかった。とにかく、オーラがない。
「ええっ、いいの? あたしで。そりゃ、早く帰りたいし、選んでもらって嬉しいけど」
そう言いながら、カケリは申し訳なさそうにみんなを見た。
「オレなら自力で何とかしてみせるよ」
とアオ。
「うん、あたしたちのことなら心配しないで」
とスズメ。
「ええっちょっなんでみんな冷静なんですか? あたしたちつまり見捨てられたってことですよ?」
と情けなくうろたえるのはリンネ。そのリンネの首にふとましい腕を絡ませて「ぐえっ」とうめかせながらアメジが「そうそうアメジ様にあとのことはまかせなって」「ま、またこの人は無責任な発言を」と涙目でぼやくリンネ。
「行こうカケリさん、師匠。まずは扉を開けないことには先に進めない。きっと、あの人たちなら大丈夫だって思えるんです」
アメジたちに見送られながら、ホツカとカケリと師匠は馬の扉をくぐった。
「ひゃっまぶしっ」「っっここは…」
開けた瞬間眩い光に包まれて、ホツカたちは一瞬視力を奪われる。次第に視力が戻り、目に映る景色は先ほどの暗闇空間とは異なり、出口の見えない長い無機質な通路の中にいた。振り返るとくぐったはずの扉は見当たらず、引き返すのもためらうような、前方と同じように出口の見えない長い通路が続いていた。
「なんなんだろ、ここは」
「シラセナンキョクの言っていたダンジョン?」
カケリとホツカは周囲を見渡すが、生命の息吹を感じられず、不気味なほど静まり返っている。前後、進むとしたらどちらかしかないが、どうすればここを脱せるのかは、例の声が突然響き渡り、その声が教えてくれる。
「ククク、そうかホツカ、お前は【馬の扉】を選んだのだな。うむ、いい選択だ。ぜひとも私を楽しませてくれ。これからあるゲームを開始する」
「シラセナンキョク?」
まるでスピーカーを通して響く声のように聞こえるが、見渡す限りそのような装置はどこにもない。「ゲームって?」と疑問に思うカケリたちのはるか前方にデジタル時計に似た形状の人形のようなおもちゃのような生き物?が現れた。デジタル時計の部分からアニメのマスコットキャラのような手足がはえており、じたばたと動いている。
「なんだろう、あれ。おもちゃ?」
カケリが謎のマスコットを指差す。
「あれはデジカケくんというまあいわゆるゆるキャラみたいなものだ」
「ゆるきゃら? いったいなんのことでしょうか」
『ふむ、よくわからんが、あの物体の属性のことではなかろうか』
「聞いたこともない属性ですが…」
シラセナンキョクの説明ではホツカたちはいまいちわからないようだ。デジカケくんの仕組みはよくわからないが生物とはまた違うらしい。
「細かいことは気にするな。思いつきで生み出した便利キャラだ。ふむ、だがゆるキャラか。ダロ船にも看板になるようなゆるキャラがいてもいいかもしれない…」
「なにか言ってるけど。あのデジカケくんとゲームでもするっていうの?」
カケリの問いかけにシラセナンキョクは「そのとおりだ」と答えた。ただしゲームなんていう楽しげな内容ではなかった。
「デジカケくんの顔に注目したまえ」
デシカケくんの顔。遠方にいるが、突然ホツカたちの頭上に巨大なモニターがにゅるっと現れ、そこにデジカケくんの顔がドアップで表示される。
「顔…って、顔なんてないよね?あれ」
とカケリのツッコミにホツカと師匠も頷く。顔なんてどこにもないぞ。顔といえる部分はデジタル時計のような数字が六桁チッカチッカと点滅しているだけで、目やら口やらは見当たらない。
が、シラセナンキョクが言うには、その数字部分がデジカケくんの顔、ということらしい。
「デジカケくんはお前たちから必死に逃げるように設定してある。スタートの合図でデジカケくんの顔のタイマーがカウントダウンを始める。タイマーが0になる前にデジカケくんを捕まえることができればお前たちの勝利となりステージクリアとなる。捕まえるためならお前たちはどんな手段をとってもかまわん。ただし、タイマーがゼロになった時点でゲームオーバーやり直しは一切認めん。
もちろんゲームオーバーになればお前たちの敗北となり、お前たちの世界は消滅となり、お前たちはデジカケくんの中の人になってもらうぞ」
「うええー、なにそれ。アルバイト…とは違うのかな…」
『あの変なものになるより、カラスのほうがはるかにマシじゃな』「ですね」
デジカケくんの不評っぷりはともかく、理不尽なゲームはシラセナンキョクの合図で開始される。
「フライングはなしだぞ、一発で反則終了だからな。では、いくぞ。スリーツーワン、ゴー!」
プオーとラッパのような音とともにゲームスタート。デジカケくんがじだばたと走り出す。背中側からもタイマーの数字はホツカたちのほうからもしっかりと見えた。タイマーの数字は60秒だ。すでに50秒台になりどんどん数字は削られていく。
「だめだ、ここもあそこと同じで魔法が使えない」
手段はなんでもOKとシラセナンキョクは言ったが、ホツカの魔法はここでも使えない。精霊の存在をまったく感じられない不思議な空間だ。魔法さえ使えれば、デジカケくんを捉えるのも容易いはずなのに。
「ここは馬の底力を見せるとき」
そういって駆け出すカケリは走りながら靴を脱ぎ捨て、デジカケくんを追いかける。
『迷っている暇はない。ワシらも追いかけるぞ』
師匠もカケリに続きデジカケくんを追う。たしかに考え込んでいる間にタイマーは0へと近づくばかりだ。魔法がないなら己の体でなんとかするしかない。カケリたちの後を追うホツカの目の前に、突如発光する謎の本が現れた。思わずその本に触れる。本の表紙には扉と同じ馬のシンボル、タイトルは【馬 駆ける】とあった。ホツカが触れた瞬間本はホツカの体に吸い込まれるようにして消えていった。
「今の本は、…カケリさんの世界の情報だ。馬、レース、鋼鉄の天使、派手な市長」
カケリの世界の情報はすべてホツカの中に流れ込んだ。
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