「師匠、カラスさんのおかげでこの世界の情報が頭に入りました。近くに、チャボ族の隠れ里があるはずです」

ホツカは師匠にそう告げ、気を失ったままのスズメを木陰の下へと移動させ寝かせる。スズメは小柄な少女だが、ホツカはさらに小柄になるため、担いでいくのは難だった。近くにチャボ族と言う少数民族の村があるはずなので、そこの住民に助けを乞おうと思う。

カラス少年はホツカの力の一部も解放されるといっていたが、魔法の力すべてというわけではなかった。やはり精霊の力を行使することはできなかった。ホツカの力は、スズメが目覚めぬことには使うことができなかった。だからまずはスズメを救うことが第一だ。

『うむ、スズメの様子はワシが見ておこう。頼むぞホツカ』「はい」

師匠とスズメを森の中に残し、ホツカは里のある場所へと向かう。途中、しくしくと泣きながら道にしゃがみこむ幼い少女に遭遇した。もしや、里に住む少女だろうか? 無視するわけにもいかず、ホツカが声をかける。

「ねえ、君、ちょっと聞きたいんだけど…」

「ひっくうっく、あああたしのしぇいで、タゲリが、おねえしゃんがぁぁぁ〜〜〜」

ひっくひっくとしゃくりあげながら、こぼれる涙を手の甲で必死にぬぐうがそれも追いつかない勢いで涙が溢れる少女。鼻水も一緒に洪水になって顔面ぐしょぐしょだ。本気で泣いている。助けを求めたいのに、それを言い出しにくい雰囲気で、ホツカは困惑しながら少女に近づく。

「あの君、なにかあったの?」

「ひっっっ!! ごめんなしゃいごめんなしゃい!!」

ホツカに気づくと、驚いてのけぞりながら少女は泣きながら謝罪した。ホツカはますます困惑してしまう。

「いきなり謝られてもわけがわからないよ。どうしてこんなところで泣いているの? 君はチャボ族の女の子なの?」

できるだけ優しい口調でホツカは訊ねた。少女はホツカと同じ歳かもしかしたら年上かもしれない。しかし口調からして見た目以上に幼い印象を受ける。数度呼吸して、少女は少し落ち着いたのか、涙を拭いて首を横に振った。

「違いましゅ。あたしはチャボ族じゃないでしゅけど、チャボ族の人たちのところで、お世話になってるんでしゅ…」

「そうなんだ。悪いけど里まで案内してくれるかな? 僕の仲間が怪我をして助けが必要なんだ」

少女は「わかったでしゅ」と頷いて、ホツカを案内してくれた。森の中隠れるようにしてあるチャボ族の里へと着いた。「こっちでしゅ」少女はホツカをある民家へと案内する。

「ヤケイしゃん、レグホンしゃん、お願いがあるでしゅ」

「ああケリちゃんおかえり、あれ? そちらの男の子はお友達かい?」

真っ赤なアイマスク、派手なイヤリング、キラピカスーツにマント…、ホツカが本で得た情報どおりだが、実際目にするとびびってしまう。チャボ族の青年たちの民族衣装に。

「すみません、お邪魔します。森の中で僕の仲間が怪我をして動けなくなってるんです。ぜひ力を貸していただけないでしょうか?」

突然の訪問者の願いにも、ヤケイとレグホンの二人の青年は「わかった、すぐ行くよ。案内して」と快く引き受けてくれた。

彼らのおかげでスズメを里に無事運び終え、彼らの民家の中で寝かせてもらった。さらにおいしいスープまでごちそうしてもらった。

スズメの怪我も、ケリが森で調達してきた薬草で徐々に回復をしている。彼女がヤケイたちとどういう関係かまではホツカにはわからないが、懸命に働き、献身的な性格のようだ。

「よかった。スズメさんも時期に目を覚ますよ」『そうだな…。おっスズメ! 具合はどうだ?』

寝台で横たわっていたスズメが目を覚ました。横に座るホツカと師匠を確認すると「二人とも無事でよかった」とつぶやいて、しばし後現状を聞いてきた。ホツカが状況を説明すると「そうだったんだ」と言って体を起こした。

「ここはチャボ族の里ね? あ、ヤケイさんにレグホンさん、またお世話になったみたいで…」

隣の間から姿を見せた家の住人ヤケイとレグホンにお礼を告げるスズメ。どうやら二人はスズメの知り合いのようだ、が…

「えっと、君誰だっけ? 前にあったことあるかな?」

「え…?」

ヤケイとレグホンは互いに確認するが、どちらもスズメとは初対面だと言う。

「どういうことだろう? あたしはたしかに二人を知ってるし、二人があたしを忘れたなんてことが…」

よく似た別人ではないらしい。スズメが知る二人もチャボ族の同名の青年であるという。以前、スズメはカラス少年とともに彼らの世話になったことがあるという。混乱するスズメだが、大事なことを忘れてないだろうか? 師匠が指摘する。

『スズメよ、ここはお前の世界ではない。シラセナンキョクが作り出したダンジョンだぞ』

「あっ、そうか、じゃああの二人も…」

「シラセナンキョクの手下…なのでしょうか。それにしては、まったく邪気を感じないし、とても親切な方たちに思えます。それからケリという女の子も」

「ケリ?」

きょとん、とスズメが聞き返す。そのとき例のケリがスズメたちの前にやってくる。

「あっ! ケガのしと、治ったんでしゅね! よかったでしゅ」

おかっぱ頭の少女は、スズメの回復を知るとわがことのように嬉しそうに微笑んだ。

「彼女がスズメさんの傷を治してくれたんですよ」とホツカがスズメに説明する。「そんな大したことじゃないでしゅよ」とケリは照れたように言った。

「そうなんだ。この薬草…、懐かしいな。あたしたちも昔、この薬草で大切な人を助けたことがあるんだ。きっと、あの時のハヤブサさんも同じ気持ちだったのかな…。ありがとう、ケリちゃん」

体に貼り付けられた薬草を見ながら、スズメは似た様な経験をしたのだと語りながら、そのときのことを思い出すのか目を細めていた。礼を言われたケリは「でへへ」と照れくさそうに笑った。

「ところで、ケリちゃんってヤケイさんかレグホンさんの妹?」

スズメの問いかけに、「え?」と丸い目をしたヤケイとレグホンとケリが、スズメの問いかけを否定するように揃えて首を横に振った。どうやらケリはどちらの妹でもないようだが、スズメの発言がケリの泣きにスイッチを入れてしまったらしい。

「妹…、ううう、うわわーーん、タゲリーー」

一変号泣し出すケリに、皆彼女を落ち着かせようと慌てるのであった。


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