回想 少年魔法使いが生まれた日3

来訪者はドーリアだった。「こんばんは」とドーリアの声を耳にしてホツカの心臓はどきんと跳ね上がる。リビングにて、ドーリアと父の会話が始まる。話の内容はドーリアが町で行っているボランティア活動のことが中心だ。ホツカは夢のことを確かめて欲しいと思っているが、さすがに父はそのことを聞きはしない。だが、気にかかっているのか父ファンザはドーリアにそれとなく訊ねた。

「ところでドーリアさん。ご両親はお元気にされてますか?」

はっきりと夢のことは話さなかったが、あんな夢を見たせいでファンザもドーリアの両親の現状が気がかりだったのだろう。父の問いかけに傍らで話を聞いていたホツカの胸もどきりと跳ねる。ドーリアの様子を伺うが、一瞬問いかけにぴくりと驚いて顔をこわばらせたドーリアだが、すぐに人のよさそうな穏やかな微笑みに戻り、「ええ、二人とも協会の活動を続けています」と二人とも元気で健在であることを伝えた。彼女の返答にファンザはほっとする。そのあとはなにげない談笑をして、会話の中に母も加わり、ホツカは一人席を外した。父もドーリアもどうして言いたいことをハッキリ言わないんだろう。そのことに憤る。ドーリアは父に魔法使いになるという予知のことを、父はドーリアに夢の話を…。どちらもとても重要なことなのに、気を使うように、そのことには触れない。

「それでは、夜分遅くに失礼しました」とドーリアが立ち上がると、ファンザが「ドーリアさんを宿まで送ってくるよ」と言って二人が家を出た。二人が出た後ホツカもこっそりとあとを追った。二人きりになったときにドーリアは父に話すに違いない。気になることはそれだけではないが。二人から適度に距離をとりながら見失わないように追いかける。民家から離れた町の広場の一角の外灯の下で、ドーリアからファンザに「お話したいことがあるのです」と切り出した。

立ち止まり振り返るドーリアの表情が外灯に照らされてホツカからもよく見えた。その顔は思いつめているようにも見えて、そばにいたファンザもドーリアの心中を察したようだ。「大事な話なんですね?」とのファンザの言葉にドーリアは真剣な顔のまま「はい」と頷く。

「協会のことですか?」

ファンザの問いかけにドーリアは静かに肯定するように頷いた。ドーリアは悩みを抱えていた。それを表に出すことはなかったが、ファンザは見抜いていた。ドーリアはずっと一人で悩み抱え込んでいると。それは口外できないような事情に違いないと。ファンザには心当たりが合った。彼女が悩んでいることとすれば協会のこと、つまりは両親のことだ。人々のため活動するボランティア団体であるキューセー協会だが、最近はいい噂を聞いていない。ドーリアの両親は利益を求め、さらには民共通の資源でもあるMストーンと、その起動装置である魔高炉の独占を進める行動をしているという。両親の暴走をドーリア一人では止めることは難しいのだろう。協会の悪評が広まりつつある中、名誉を回復するためドーリアは個人で活動をしているそうだが、焼け石に水状態に近い。

「父と母が変わってしまった原因は、私の中にあります」

悪いほうへと人が変わったというドーリアの両親、その原因がドーリアの中にあるという。二人の話を聞いているホツカにはわからないが。ドーリアの中の原因、ドーリアの口からそれがなにかはハッキリと伝えられはしないが。ファンザは深く追求することはせず、じっと彼女の話を聞いている。そして口を開く。

「私にできることなら協力します。ですからドーリアさん、教えてください。私に望むことはなにかを」

「! 父さん」

思わずはっと息を飲み込むホツカ。父は知っているのではないのか?気づいているのではないのか?己の使命を。ドーリアがどうしてこの町にやってきたのか。それは近々魔法使いになる父に協力を頼むためだと言っていた。父ならドーリアの頼みを快く引き受けるのではなかろうか。悩みを抱えるドーリアに親身に接している。ところで、ドーリアの頼みってなんなのだろう?次の瞬間、ホツカは信じられない言葉を耳にする。

「ありがとうございます、ファンザさん。私が誤った道へと進みそうな時は、どうか遠慮なく、私を殺して欲しいのです」

ドーリアの要求はとんでもなく物騒で、だけども彼女の声には冗談めいた感情はなく、純粋にまっすぐな想いしかなかった。ショッキングなその要求を、ファンザは彼女を真っ直ぐ見据えたまま、「わかりました」と承諾した。父に殺人を要求したことも、父がそれを了承したこともホツカにとってはショックだった。呆然と佇むホツカは、肩を叩かれて驚き気づく。叩いたのは父ファンザだった。まだ青い顔をしたままのホツカを気遣うように、「帰ろう」と声をかけた。すでにドーリアは宿へと戻ったようで、父とホツカの二人っきりだ。

「聞いていたのか?」

責めるのとは違う。父の声色は優しい。それにホツカはこくりと頷き

「本気、なの?」

信じたくない気持ちで確かめるように問う。

「ドーリアさんは心優しい娘さんだ。だからこそ、辛いことも大変なことも、一人で抱え込んでしまうのだろう。そんな彼女がああまで言うのだから、かなり追い込んでいるところがあるのかもしれんな。
正直、彼女の前では言いづらいが、協会は悪いほうへと向かい出しているし、反感を抱いている人もたくさんいる。両親を尊敬していた彼女だから、心中耐え難いものもあるのだろう。
だが、それだけじゃなくて、彼女はなにか得体の知れない巨悪と戦っているように感じる。
それがなにかはわからないが、ドーリアさんの不安の要因なのはたしかだろう。私にできることなどたかが知れているだろうが、できるだけ、彼女の不安を取り除いてやりたいと思うよ」

「じゃあ、殺さないの?」

不安な顔で見上げるホツカの頭をファンザがくしゃと撫でながら、「当たり前だろ」と答えた。




ドーリアが思い悩んでいるなんて、思わなかった。だが、先日ホツカが魔法使いになりたいと知ったときの彼女は、「魔法使いになることはいいことばかりじゃないわ」と悲しげに訴えていたのを思い出す。一体、ドーリアはなにを経験したというのだろうか。父が言っていた得体の知れない巨悪とは存在するものなのだろうか、それとも抽象的なものなのだろうか。
翌日、町の施設にて、子供たちと楽しそうに語らいながら過ごしているドーリアを見つけた。昨夜の、父に対して「殺して欲しい」と言っていた彼女からは想像もつかない、明るく幸せそうな笑顔の彼女がそこにいた。だが父が言うとおりなら、その笑顔の裏には悲痛な想いを抱えているに違いない。

どうして父にあんなことを言ったのか。なぜ魔法使いになることを伝えなかったのか? ドーリアからちゃんと聞きたいと思った。目的を、教えて欲しいと。そんなことを悶々と考えながら、施設の入り口でしゃがみこんでいたホツカに声をかけたのはドーリアだ。

「うわっ、ドーリア、あの…」

うろたえるホツカにドーリアはいつもの優しい笑顔で、

「今みんなで手作りアクセサリーを作っているの。ホツカ、あなたも一緒に作りましょう」

ね、と言ってドーリアに手を引かれるままホツカも子供たちが集う間へと連れてこられる。たじろぐホツカだが、みんなアクセサリー作りに真剣になっている様子。「一緒に作りましょ」と言うドーリアも製作途中のアクセサリーに取り掛かる。ホツカも渋々目の前に用意されたアクセサリーキットに手を伸ばす。みんな黙々と取り掛かりながら、作りかけのものを「お姉ちゃんどう?」とドーリアに見せに来る。「まあ上手にできてるわ。きっとお母さんも喜んでくれるわ」とにこにこ顔で返す。

「みんな家族や友達にプレゼントするために作っているのよ。ホツカもお母さんにプレゼントしてあげたらいいんじゃない?」

「え…、プレゼントなんて」

作りながら、ホツカは言葉に詰まる。ドーリアに強引に誘われるままに作っているわけだが、これを母にプレゼントなんて、考えもしなかった。

「きっと喜んでくれるわよ。ホツカが作ってくれたものだもの」

「そうかなぁ…」

母はホツカに他の少年たちみたいに男の子らしくなってほしいと思っている。こういうものを作る少年は女々しいと感じるんじゃないだろうか。いや、それ以前に、母にプレゼントなんて、どうやって渡せばいいものかわからない。子供のころならともかく、他の子供たちはホツカよりずっと年下だ。ああいう無邪気な年頃の子供なら考えなしにできることなのだろうが。いろいろ考え込むホツカに、ドーリアは

「大丈夫よ、いつもありがとうって言って渡してあげれば、きっと喜んでくれるわ。大切なのは気持ちなのよ」

ふふっ、と真正面で微笑むドーリアに、照れくさくなって俯きながらホツカも訊ね返す。

「ドーリアもそれお母さんにあげるんだ?」

「え、ああ…私は、弟にあげるつもりよ」

一瞬戸惑うような顔つきをしたのが気になったが、ドーリアは弟にあげるつもりだと語った。

「弟がいるんだ」

「そうなの。そういえばホツカとは同じ年頃になるかな。もし会うことがあれば友達になってやってほしいの」

ドーリアが作ったのはペンダントだ。シンプルなデザインで弟をイメージした紫色の石が揺れている。ホツカもペンダントを作った。あまり派手なものではないが、喜んでもらえるだろうか。

「あの、聞きたいことがあるんだ」

ホツカが聞きたいとしていることを察して、ドーリアは「わかったわ」と頷いて、人のいない場所へと移動することになった。向かった先は町外れの丘。ドーリアが魔法使いであることを打ち明けた場所だ。風が吹き抜けていくその場所で、ホツカはドーリアに訊ねた。

「ドーリアの両親はほんとうに元気にしてるの?」

ホツカの問いかけにドーリアの目が見開き、わずかに揺れていたのがわかった。何度かおかしいと思っていたが、これで確信した。ドーリアは嘘をついていた。「ええ」とドーリアは答えたが、視線は地面へと落ちていて、動揺しているようだった。やっぱり、とホツカは心の中でつぶやく。

「父さんが夢で見てるんだ。ドーリアの両親が死んでしまうって」

『いつ見た夢か知らんが、すでに起きてしまったことだな』

羽音がして、木の枝に白カラスツセンデが止まる。
すでに起きてしまったこと、ということは父の見た夢は現実になっていたということだろうか。つまり、ドーリアの両親はすでにこの世にいないということになる。なぜドーリアは健在であるように嘘をついたのだろうか。言いよどむドーリアに、ツセンデが言う、『坊主には事情を話してもいいんじゃないのか?』と。数拍して、ドーリアは語り始める。両親の死は緊急事態らしくまだ公にしていないことなのだという。事実を知るのはドーリアと彼女の叔父とツセンデだけであり、彼女の弟ですら知らないことだという。とはいえ両親の死は隠し通せることではないから近々なんらかの形で公表するというのだ。

「父と母はいつからか人が変わった様になってしまったわ。人を陥れたり、自分の欲望を満たすことばかり考えるようになって…。だけどある日私はその元凶を突き止めることができた。人には見えない存在だけど、私には少しずつ感知できるようになっていった。ソレに名があるのか、どういったモノであるのか、ハッキリしなかった。ただ、人にとって悪影響となる恐ろしく禍々しいものであると思ったわ、本能的にね。ソレはついには父と母の命を奪った。私の目の前で二人は倒れた、怒気に満ちた形相で。おぞましき存在は欲望を飲み込みながら膨らんでいき、協会に救いを求める人たちにも害を与えるようになって…。幸いにも私と叔父は影響を受けずにすんだけど、弟に影響が出始めた。私は強く神に願ったわ、力が欲しいと。おぞましきものからみんなを守ることができる力が欲しいと」

「それで、魔法使いに…」

ドーリアが魔法使いになったきっかけが両親の死だった。二人を死へと追いやった元凶の【おぞましき存在】に対抗するために、力を欲したことだった。彼女の真実を知って、羨ましいなどと思えはしなかった。

「魔法使いになった私はおぞましきものを滅するため戦った。どうも精霊の力が有効だとわかったから、これでみんなを救えるはずだと思ったわ。さらに伝説の魔法使いである大先生も力を貸してくださった…」

語りながら歯切れが悪くなるドーリア。おぞましきものとすでに戦ったというが、父に力を借りに来たということは、ちゃんと倒せなかったということだろう。

「でも倒せなかった。だから父さんの力を借りにきたんだろう?」

「いいえ、おぞましきものを封じることはできたの。だから、父や母のように犠牲者が出る心配はなくなったわ」

「え?」ホツカの予測は外れていた。おぞましきものは封じたというのなら、ドーリアの目的はなんだというのか?それには白カラスツセンデが補足する。

『封じはしたものの完全ではないことがわかってな。仕上げの作業にもう一人魔法使いの力が必要となるから、お前の父に会いに来たというわけだ』

そうだったのか。ドーリアの目的ははっきりした。だが少しひっかかる。力を貸してほしいのに、なぜあんな物騒な言い方をしたのだろうか。両親を救えなかった自責の想いからだろうか。幼いホツカにはドーリアの心情すべてが理解できるわけではないが。ともかく、父の見た夢は真実だった。…そういえば父の夢はそれだけではなかった。ドーリアがホツカの家を燃やしてしまうと言っていた、そして父が邪魔者だとして…。ホツカ自身も見た胸糞悪くなるあの夢とも繋がるような内容だ。ホツカの見た夢も予知夢であるならば…。

「死んだ人間を生き返らせること、時を戻すことは魔法の力でもできることじゃない。両親を救えなかった後悔は今でも強くあるわ。だからこそ弟は守りたい。人として誇れる人生を歩んで欲しい。大切な人を失うことは、自分が傷つくことよりずっと辛いことだから。魔法使いになっても、私は私、人としての心は変わらないの」

今ここにはいない弟を強く想うように、ドーリアは弟に贈るためにと作ったペンダントをぎゅっと握り締める。優しいドーリア、父ファンザが彼女を思いやったように、ホツカも傷つけたくない、と思った。いや、単に信じたくなかっただけかもしれない。そんなことあるはずないと。結びつくはずもなかった、優しい彼女と夢の中の行動が。きっとなにか別の理由があって、いや、夢自体間違いだったのだと言い聞かせて、ホツカは家へと帰った。


家に戻るとキッチンから甘いにおいが漂ってきた。母がケーキを焼いていた。

「あらホツカおかえりなさい。今夜はドーリアさんをもてなしてあげようって父さんと話したのよ。彼女まだ若いのに、ボランティアがんばってて、町のみんなも感謝してるんですって。今夜が最後と言うから急仕立てだけど、少しでも感謝の気持ちを伝えてあげないとね」

「最後って?」

「さっき父さんから聞いたんだけど、ドーリアさんが町に滞在するのは今夜までらしいのよ。ホツカ、あなたもお世話になったのだから、きちんと感謝の言葉伝えておくのよ」

聞いてなかった。父の言うとおりなら、ドーリアは今夜中に目的を果たすということだろうか。

「ホツカ、聞いてるの?」

「わかってるよ」

母の言葉にぶっきらぼうに返してまた家を飛び出してしまった。言われなくてもわかってるのに、駄目な子供に言い聞かせるような母の物言いについカチンときてしまう。とはいえ、感謝の気持ちを素直に伝えることなんてできるのだろうか。ズボンのポケットの中に入れていた作ったペンダント。とても母に渡せそうにない。別に今すぐ渡す必要なんてない。今日が特別な日だとかそういうわけじゃないし。ふてくされた気持ちでそんな言い訳を心の中で唱える。それが母との最後のやりとりになるとは、このときのホツカが知るはずもなかった。


「――なんで、こんなことになったんだろう」

炎がホツカの家を燃やしていく光景をただ見ていることしかできなくて、それも無理はない、ホツカは血だらけで、息も絶え絶えで、父と母が炎に焼き殺されていく残酷な様を目に映していた。

ホツカが見た悪夢が再び、いや、夢ではなくそれは信じたくない現実の出来事だった。


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