大海原を駆ける一隻の船があった。船を操るのは、ダロスという船乗りの男だった。
海の男そのものといった風貌は、がっしりとした大きな体に、太陽にギラギラに焼けた黒い肌。海と共に生き、海に愛され海を愛した男。
しかしこの男、一船乗りで終えるのはもったいないくらいだが。それもそのはず、ダロスはただの船乗りではなかった。
少し前まで、ここアカネイア大陸は、戦乱の世真っ只中であった。大陸の中心であるアカネイア王国は、マムクートの王メディウス率いるドルーア帝国によって滅び、それに従ずる国々も滅亡へと追いやられた。
が、アリティアの王子マルス率いるアリティア解放軍によって、アカネイアは解放され、メディウスは封印され、長く厳しい戦争は終わった。残された傷跡はけして小さくはなかったが、復興へと歩みだした人々の心には未来にかける希望が満ちていた。
平和を取り戻せたのは、英雄であるマルスの功績も大きいが、彼を支えてきた数多くの同志達の力あってのことだった。国境を越えて、目的のために手を取り合い、ドルーアを倒すという偉業を成し遂げた。ダロスもその中の一人だった。
ダロスがマルスに出会ったのは、ガルダの港町でだ。その頃は、タリスへと亡命していたマルスが、タリスを占領したガザックとの戦いをきっかけに、祖国解放の為旅立ったばかりのころだ。解放軍はマルスと共に亡命した数名の騎士と、タリス王の命を受けた傭兵オグマ率いるタリス軍の小規模な団体だったころだ。

「懐かしいなぁ。マルス王子…」
出会ったころの事を思い出す。
当時船乗りだったダロスは、海賊ゴメスに騙されて、マルスと戦おうとした。がゴメスはすぐに本性を現し、ダロスはゴメスを止めようと奮闘した。それまで戦いなど無縁だったダロスが、人々を守る為、ゴメスを止める為、初めて武器を取って戦った。マルスたちと協力し合い、ガルダの町を守る事ができた。その時に出会った僧侶リフとの思い出も多々ある。リフを守ったダロス、リフもまたダロスへ恩義以上の感情を抱くようになった。ダロスのほうも何度リフに救われたか、数え切れないほどだ。リフだけではない、共に戦った多くの仲間たち。今はこうしてそれぞれの生活へと戻っていったが、絆は今でも消えないでいる。

「みんなのがんばりがあったから、こうして今の平和があるんだな」
辛い戦いも多かったが、仲間との絆はそれを越える宝物だ。それは今もダロスを支えてくれている。こうして船を走らせるのもそのためだ。近々婚約したマルスとタリスの王女シーダが式を挙げるとの噂を聞いたダロスは、その前祝とばかりにとれたての魚を持っていこうと思った。アリティアにはなつかしい顔もたくさんいるし。リフも今はアリティアで孤児院を開いている。いつだって自分の事より人のことを優先してきたリフらしいと思う。
「リフさんにも持っていってあげよう。子供達も喜ぶだろうしね」
リフの孤児院には一度顔を出したことはあるのだが、子供達に泣かれてしまってダロスはちょっとショックだったことがある。しかたない、ダロスは大柄で見てくれが海賊のようだから、怖がられてしまうし勘違いもよくされる。
「そういえば最後まで誤解されたままだったんだよなー」
ダロスがためいきをつく。誤解されたままというのは、ダロスも気になっていたことだ、最後まで海賊だとみんなに思い込まれていたことだ。たしかに一時期ゴメスと一緒にいたことはあるが、それはゴメスをいい人だとダロスが思い込んでいたためで、海賊だと知った後はすぐにゴメスをとめようとした。ダロスは一度だって海賊なんてやっていない。人のいいダロスが悪いことなんて頼まれてもするわけがない。がこんな見てくれで、船乗りとしてはガタイもよすぎるし。海賊だと思い込まれて矢で射られた事もある。ダロスにしてはちょっとしたトラウマになってた。何度も誤解を解こうとしたが、そのたびにリフに間違った方向にフォローされて、「今では改心されたのですから」とか、時には仲間のサジたちからは「今では正義の海賊だしな」と変な褒められ方をして、結局海賊だったという汚名ははらせてないままだった。
「それでもボクがゴメスに加担していたのは事実だし、今まで悪い事しなかったってことはないし。…罪の償いはしないといけないな」

とにかく今は、この魚をマルス王子たちに届けよう。ダロスはアリティアに向けて船を走らせた。


――だが、ダロスの船はアリティアへとたどり着く事はなかった…。
ダロスの愛船は、ゴメスたちによって改造されて壊されてしまった。その船も、戦いが終ってからダロスはがんばって修理することができた。大陸の平和の担い手となった一人の戦士は、かつてのようにきままな船乗りへと戻ったのだ。
ガルダの港町につくと、懐かしい昔の仕事仲間と再会した。ドルーアと戦ったなんて話しても、「そうか、お前も裏方としてがんばったんだな」と、雑用でもしていたのかと思い込まれていたが、まあたしかに、昔のダロスを知る者ならお人よしのダロスが戦いなんて、想像もつかないだろう。仲間たちの協力もあって、船は無事復活し、また仕事へと戻ることができた。「ダロス、お前しばらく見ないうちに逞しくなったんじゃないか」なんて笑われもして、ああもう斧を振るわなくてすむんだな、大好きな海に戻れるんだなと思うとダロスは嬉しかった。

ダロスは海が大好きだった。海を愛する為に生まれたといっても過言ではないくらいに、そう思っていた。しかし、現実は無情だった。
「うわぁあああーーー」
ダロスの悲鳴は激しい風の音に飲み込まれた。突然の嵐に巻き込まれ、ダロスの船は操縦不能に陥った。激しく波が船内へと叩き込むように流れ込み、船のパーツはおもちゃのように簡単に壊れ、波や風の中に飲み込まれていく。
「くぅっ」
なんとか船にしがみついてダロスは耐えた。だが自然の力に、歴戦の戦士といえど太刀打ちできなかった。ダロスの意識は途絶えてしまった。



「――う、ううう、うあ…?」
ダロスが意識を取り戻した頃、そこは海の上ではなく、砂浜の上だった。浜辺に倒れこんでいたダロスは、意識を取り戻して体を起こす。
「い、いてて」
体のあちこちに傷を負っていたが、動けないほどではなかった。海のほうへと振り返ると、無惨な姿の愛船がいた。…なんとか船の姿をしているが、酷い有様だった。すぐに船へとダロスは走り、確認したが、とてもすぐに動ける状態ではなかった。修理をするにも、部品を調達しなくては。
「ここはどこだろう?」
浜辺のほうへと移動し、ダロスは陸地を見る。初めて見る景色だ。高くそびえる山々が先に見える。アリティア…についたわけではなさそうだ。もしかしたら、別の大陸に流された可能性もなくはない。
「とりあえず、現地の人に聞いてみよう。それから、船の修理、部品を譲ってもらえたら助かるんだけどな」
よっこいせ。ダロスは浜辺を離れ、集落を探した。

ダロスはすぐに現地の住民を発見した。簡素な集落がすぐに見えた。そこで動く人影にダロスは近づく。
「あのー、すみませーん」
声をかけて近づいて、ダロスはぎょっとした。その住民、ほとんど裸といっていい格好で、申し分程度に布があるといったかんじの、体はダロスに負けず劣らずのマッチョ体型で、ダロス以上に色黒で日焼けしていた。赤く逆立った髪型に、目つきは鋭く、開いた口からのぞいた歯は、サメのように尖っていた。なんというか、ワイルドすぎる住民だ。とてもアリティアとは思えないからアリティアでないことは確実だろう。
「別大陸に来てしまったのかもしれない…」
たらたらと嫌な汗が垂れてきたが、ダロスは住民へと勇気を持って話しかけた。
「あの、すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが」
「おい!」

いきなりすごい形相で近づいてこられたので、ダロスはビクリと驚いて固まった。住民のワイルドな男はダロスのほうへと近づく。
「なにしている。とっとと世話をしろと言っただろうが」
「え? ええっ?」
なにかよくわからないが男は怒っている様子。理由はもちろんダロスにわかるはずもない。もしかしたら、ダロスを別の誰かと勘違いしているのだろう。だがその勢いに押されてダロスは男に連れられるままあるところへと連れて行かれた。どうも今この男はご立腹で、まともに話ができそうもない。様子を見つつ話をしようとダロスは判断し、とりあえず男に連れてかれるままにした。
集落から歩く事約三分、ダロスはそこで驚きの光景を目にすることになる。
「え、えええーーーー」
乱雑に鎖でつながれたのは、巨大な…火竜。竜だ、赤いボディのサラマンダーだ。それはマムクートのバヌトゥや、ペラティの王マヌーが変身した姿の火竜のようだった。
しかし、バヌトゥたちとは様子が違った。その目は野性の本能むき出しといった凶暴な目で、半開きの口からはヨダレが垂れ、ただの獣といったかんじであった。
「コイツラに餌をやっとけ。もう逃げ出すなよ。逃げたら今度こそぶっ殺す」
「ひっ」
ワイルド男は、ダロスを脅すようにデビルアクスをダロスへと向けた。デビルアクス、それはダロスにとっても思い出したくない、嫌な斧だ。第一呪われているし、その悪魔の斧。なぜこの男がそんな物騒なものを持っているのか、だれかデビルアクスの出所について調べてもらいたいものだ。
「もしかして、あの斧のせいであの人おかしくなっているんだろうか」
だが、ここの住民、火の部族たちは、元々そういう気質であり、あの男だけが特別というわけではなかったという事実をダロスは近いうちに知る事になる。そしてそろいもそろってデビルアクスを日常生活品のように持ち歩いているから、まったくダロスの心臓としてはたまったものじゃなかった。
「餌をあげろって…」
男に渡されたのは、なんの肉なのかよくわからない気持ち悪い肉だった。赤い身からは赤い血が並々と流れている。金属の巨大なボールの中のそれを、ダロスはビクビクしながら、竜へと持っていく。
「ギャアアオゥーー」
「ひぃーーーー」
ダロスごと食われそうな勢いで、ダロスはすんでのところで竜の口から逃れた。鎖は竜の檻の背後の岩へと打ち込まれているようだが、乱雑なそれはいつ外れるかわからないといった不安定なゆれをしていた。もしあれが外れたら、…考えるだけでちびりそうだった。
それから数日、ダロスは男に命じられるまま竜の世話をした。この竜、ダロスは前の戦争でドルーアのマムクートたちと何度も戦いをしたが、マムクートとこの竜はどうも違った。なにが違うかといえば、話がまったく通じない感じだ。野性むき出しの獣なのだ。どうも今までダロスが見てきた竜族とは違う。バヌトゥたちも変身した姿は恐ろしい竜だったが、ちゃんと理性はあったし、普段はお茶目なおじいさんでしかなかった。だからダロスたちともわかりあえた。種族が違うだけで、中身は変わらない。だが、この竜たちは違う。ダロスのことも、下手したら獲物としか見てないのかもしれない、という目で見てくるのだから。
火の部族たちは、ダロスを仲間と勘違いしているようで、ダロスに竜の世話をまかせた。ダロスは何度か船の件で話をしたいと接するが、まったく話が通じなかった。しつこく言おうとすると、あの悪魔の斧で脅されて、ダロスはなくなく恐ろしい竜の世話をし続けた。こうして日々は過ぎていった。

「あれから何日経っただろう。…マルス王子たちのお祝い、間に合わなくなっちゃうな」
マルスとシーダの結婚式、二人のお祝いに行きたかったのに。なんでこんなことになったのか、早く行きたいのだが、船が直らない事はどうしようもない。ここはどうも、辺境の地で、陸地からではまともな移動手段はないようだった。外部からの移動はほぼない。たまに空をかける竜を見て、ダロスはマケドニアの竜使いかもと期待をよせたが、それはただのはぐれ飛竜だった。そのはぐれ飛竜がたまにこちらに飛んできて、火を吹いて追いかけられるのだから、何度寿命が縮まった事か。マケドニアの天馬騎士カチュアたちとは顔なじみだから、彼女たちかもと期待を寄せた事は多々ある。だが、冷静に考えて、こんなところ来るわけないよな。


――ダロスがこの地に流されてきてから、すでに二月が過ぎようとしていた。人のいいダロスは、断るタイミングを逃しまくり、火の部族のペットである竜たちの世話をさせられていた。すっかり世話役も板についてきた。凶暴な竜たちと戯れているうちに、みるみるレベルも上がっていき、ダロスはすっかり火の部族になじんでいた(見た目だけ)。
そしてある日、ダロスに悲劇が…
「う、うわーーーーー」
ダロスの船、岩陰に隠して置いたのだが、誰にも見つからないようにと隠して置いたのだが、無惨な姿になっていた。完全復帰は絶望的な姿だった。あちこちに焦げ付いた跡があり、おそらくはぐれ飛竜にでも壊されてしまったのだろう。ダロスもう泣きたくなった。実際涙が零れてしまった。もういい加減にしてほしい。
そんなダロスの絶望など、荒くれの火の部族や火竜たちは知ったこっちゃなかった。非情にもダロスを奴隷のごとくこき使った。ダロスの力なら、抵抗すれば倒せる相手ではあるのだが、人のいいダロス、争いごとにはしたくなかった。それなら自分が我慢するほうがよほどマシだからだ。


「おい、お前こい」
「えっ」
部族の男に言われるままにダロスはついて行った。船の修理にも途方にくれて、ダロスもうほぼ抜け殻のようになっていた。
ダロスが連れて行かれたのはフレイムバレルと呼ばれる場所だった。そこは理性を失った火竜たちが死を待つ場所とされている。現に暴れ狂う野性の竜たちがあちこちで蠢いていた。谷のそこは赤い川が流れている。溶岩だ。歴史を感じる石の橋。意外なほど丈夫なつくりのようだ、がもし壊れたなら…、溶岩の川にまっさかさまだ。落ちたらほぼ百パーセント死亡だろう。いや、落ちなくても、そこらを飛び回る飛竜に焼かれて死亡も大いにある。
「なんて暑い…」
そんな恐怖を省いても、尋常でない暑さに体力を奪われる。体力に自信のあるダロスでさえここは堪える環境だった。こんな場所でピンピンしているこの火の部族って何者なの?新人類なの?そんな疑問を抱かずにはいられなかった。
「なにをさせられるんだ、こんなおっかないところで」
もうどうにでもなれな心境だった。ダロス、まさかこんなところで最期を迎えるなんて考えもしなかったあの頃。やっと長く厳しい戦いの世が終って、平和な日常が訪れて、みんなまだまだ大変だけど、少しずつ幸せな未来に向けて歩みだした。仲間たちの幸せはダロスにとってもそうだった。マルス王子とシーダ姫が結ばれて、みんな国の家族の元に帰って、リフは身寄りのない子供達のもとで、導き手となって彼らを育てようとしている。その先には明るい世界が待っていて、そんな世界をダロスは生きたいと思っていたのに。どうしてこんなことになったんだろう。

『ダロス!』

「(ゴメス…)」
こんな時になぜかダロスはゴメスのことを思い出した。ゴメスのことは、今でも忘れるわけがない。ダロスは後悔していた。あの時もっと早く気づいていれば、ゴメスをとめられたかもしれないのに。
「(きっと、罰なんだ)」
罪深い存在だと改めて思い知らされる。ダロスは海賊ではないと言い張ったが、そう思われても仕方ない事をしたのだ。


「おい!」
男の呼びかけでダロスは我に帰る。
ひたひたと汗が流れ落ちるダロスに反して、火の男は暑がるそぶりも見せない。乱暴な呼びかけでダロスの背を押した。他の男が鎖で繋いできた火竜を解き放つ。
「うっうわ、な、なにしてんのーー」
情けなくもダロスは慌てふためいた。だってあの凶暴な竜を野放しにするなんて、正気じゃないだろ。
「俺たちの縄張りを荒らすよそ者が侵入した。排除しにいくぞ」
「えっ」
なにこの展開、また戦いなの?
ダロス気が遠くなりそうだった。

こんな辺境の地に来るなんて何者なのだろう。ダロスはいまだにここがどういうところなのかわからずにいた。もうやけっぱちで、恐ろしい火の部族に言われるままに、銀の斧を担いで、火の谷を渡る。
頭上を何度も飛竜が飛び交い、火を吐いていた。が竜たちはダロスたちを無視して別のほうへと飛んでいった。なにかを目指しているようだった。
「なんだろう?」
目を凝らして見て見ると、竜が飛んでいった先で、風や炎に裂かれたり焼かれたりしている竜が見えた。どうやら竜たちと戦っている集団がいるみたいだ。それにあの炎など、竜達のブレスとは少し違う。あれは魔法によるものだ。時に雷も光っている。
「あいつらが、悪い奴らなのか」
ダロスは斧を握り締めて、混戦のそこへと走っていった。


「うわ、まだ竜が湧いてくるよ」
「早く弓兵!」
「ちょっ、前見ろよ。賊がまたこっちに向かってくるぜ」
集団の中で混乱を表すように叫び声が飛び交う。
「やれ!やれ!」
ダロスの後ろからの急かす声は火の部族の男の声。
「先手必勝だ!」
「コラ!ルーク陣形を乱すなー!」
若い男の声と、それを制止する様な少女の声にダロスは「ん?」と一瞬首をかしげた。こんな場所に似つかわしくないような気がしたからだ。がそんなのん気な事を考えている余裕はなかった。混戦の中から一騎突出してきた者がダロスへと剣を振り上げながら襲い掛かる。ダロスはそれをなんとか斧で防いだ。間近で確認した相手は、ダロスの見知らぬ少年だったが、どこかで…という既知感があった。鎧の装飾からして、どことなくダロスの見知ったものに似ているような。その予感は的中した。
「く、このおっさんつえぇ。だかしかし、こんなところでやられるルーク様では」
「このバカ命令を無視す、…!? あなたはダロス?」
ダロスを襲った騎士を追いかけてきた彼の仲間と思われる少女は、ダロスを見て驚いた顔をして彼の名を呼んだ。それにはダロスも驚いて目をパチクリさせた。
「どうしてボクの名前を…」
ダロスは記憶をめぐらせた。…が彼女が誰なのか、ダロスはわからなかった。一瞬きょとんとした二人だったが、すぐにハッと我に帰った。
「なんだよ、このおっさん蛮族の仲間じゃないのか?」
「え、ええおそらく、この人はマルス様の…」
少女の口からマルスの名を聞いて、ダロス「ああっ」と驚の声をあげた。この人たちはアリティアのマルスの関係者に違いない。そう感じてすぐに、その当の本人と再会を果たす事になる。
「ダロスさん? ダロスさんではありませんか」
「えっえええ、どうしてこんなところにいるの?リフさん」
少女の後ろから現れたのは、懐かしい顔、ダロスも世話になった僧侶リフだった。どうしてここにと互いに驚いた顔で見合う。
「ちょっおま、こんなとこでなにやってんだよ!マジかよ」
とこれまた懐かしい顔が、タリスのきこりのサジだった。
「なんだサジ呼んだか? っておまっっ、ダロスじゃねーか!お前どんだけデビルアクス三昧なんだよ!」
とはサジの相棒で同じくタリスのきこりのマジだった。混乱気味のようである。
「サジにマジまで、みんなしてこんなところまでまさか、ボクのこと探しにきたのかい」
そんな答えがダロスの中で生まれ、感動で涙ぐみそうになった。が実際はそうではなかった。彼らにしてみてもダロスとここで再会するのは予想外だったのだから。
「なにをごちゃごちゃやってるのよ。! ダロス、ダロスじゃない。生きていたのね」
白い天馬を操る白い鎧を身に纏った少女も、ダロスの馴染みの相手だ。
「い、生きてたよ、君ともまた会えてよかったよカチュア」
感動の再会、となりそうな空気に思えたが、そうはならなかった。ギランとカチュアの目には敵意の光が走る。
「蛮族の仲間にまで落ちぶれているとは、見損なったわダロス! せめてこの手で、一気に」
「ちょカチュア目がマジだよ、や、やめてお願いだからキラーランスはやめて」
「よーし、俺らも」「ああ、いくぜ」
槍をダロスに振り上げるカチュアを見て、サジとマジも彼女に続けとばかりに斧を持ってダロスへと突進する。
「うわぁああああ」
彼らなりのダロスの歓迎。やんややんややりながら、あの頃のようなやりとりにダロスの胸の奥も熱くなる。
「ちょっと、なにやってんのよ、早く進んでよ、もうすぐ後ろまで竜たちが迫ってて、マリーシア困っちゃう」
「困っちゃうなんてのん気な事言ってる場合じゃないよー、みんな早く進んでー」
シスターマリーシアとしんがりの重騎士ロジャーの声が響く。すぐ後ろには竜の赤いボディがゆらゆら不気味に揺れている。そして開く巨大な口。赤い物がチラチラしだしたのに、皆ぞわぞわと全身の毛を逆立てる。
「待て!!」
ダロスは反射的に叫んでいた。ぴたりと一瞬竜たちの動きが止まる。
「い、今のうちだよみんな北の砦まで走って」
一気に橋の上を駆けていく。ふぅ、こんなところで火の部族での経験が役立つなんて。
「ダロス!」
ダロスのすぐ横を併走している少年に呼びかけられて、ダロスは首をそちらへと向けた。
「マルス王子!」
「よかった元気そうで、また、ダロスの力を貸してもらいたいんだけど」
「頼まれなくたって、いつでも王子に協力するよ」
「駆け抜けるぞ!」
マルスたち一行と共にダロスは橋の上を駆け上がった。
「ご、ごめん、みんなできるだけ戦いは避けて欲しいんだ。とにかく逃げて」
迫り来る竜や蛮族たち。殺気漲らせてマルスたちを遅い来る敵たちにもダロスは気持ちを見せた。奴隷同然だったとはいえ、世話をしたダロスにとってはできることなら傷つける道は避けたい。
出会った頃からかわらない、お人よしともいえるダロスのありかたに、リフは嬉しそうに微笑んだ。

命からがら火の谷を越える事ができたダロスたちだが、ダロスの受難は終らなかった。マルスの旅に同行し、その旅が今までにないほどの過酷な旅になるなど、ダロス想像もつかなかったろう。だがどんな苦難も乗り越えていける気がした。かけがえのない大切な仲間たちと一緒なのだから。そして、新たな出会いもまたダロスのかけがえのない絆となるのだろう。

「そういえばさっきの子は、だれだっけ?」
それはまた別の話。



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