セイレーンの城下町、アゼルとエーディンの用事に付き添うティルテュは、前を歩く二人の仲睦まじい姿を見ながら考えていた。
「どうしたの?ティルテュ」
くるりとアゼルが、彼に続いてエーディンが振り返り立ち止まる。
「あ、ううん。二人ともほんとに仲いいなぁって」
「あはは、今さらだね。うん仲いいよ」
にこりと互いを見合い微笑みあうアゼルとエーディン。途中から軍に加わったティルテュはアゼルとエーディンが付き合うに至った経緯を知らないので、軽く浦島状態なのだが、自分の知らないところでこの二人は絆を深め合ってきたのだろう。
「今日は付き合ってくれてありがとうティルテュ。おかげで助かったわ。お礼になにかごちそうするわ」
「え、そんないいよ。これから二人でゆっくりしたらどう? あたしはブラブラして帰るから」
手を振ってティルテュは二人とは別方向へと歩いていく。
二人に付き添ったのは頼まれたこともあるが、いい気晴らしになるかもと思ったから。
確かに気晴らしにはなったのだが、アゼルとエーディンの仲のよさに逆に嫌なことを思い起こされて切なくなってしまったのも事実。
自分が想う相手は、想ってくれるどころか嫌っている。そう相手にハッキリ言われたことがずんずん心を沈ませてくれる。こんな気持ちで街を歩いていても、楽しいなんて気持ちになれるわけでもない。
恋に悩む乙女がすがるものはなんだろうか? 神様だろうか?
ティルテュが足を向けた先は、小さなテント。そこに掲げられた看板に占いの文字。
占いでハッキリとダメと出たら、潔く諦めようかと思い、意を決して入る。
テントの中は狭く薄暗い。ここには初めてくる。小さな机と小さなイスが入り口側においてある。机の上には水晶球が一つあり、その向こうには占い師の老人が座っていた。
「悩めるお嬢さんや、よく来たのぅ」
老人の第一声にティルテュはどきりとなった。
「どうして悩んでいるって知ってるの?」
占いを頼る人間は大抵悩みを抱えているものなのだ。がティルテュは心を読まれた気がして驚いた。占い師にすすめられるまま椅子に腰掛ける。
「えっと、あたし…」
「恋の悩みかな?お嬢さん」
またまた言い当てられてどきっと顔を起こす。ティルテュが話すまでもなく、老人はそこの水晶をのぞいてみなされと指示した。言われるままティルテュは両手を膝に、身を乗り出して机の上の水晶を凝視した。水晶はゆらゆらと七色に輝きながら不思議な力を宿しているように見える。
「お嬢さんが想う相手はそこに見えてくるかい?」
すぐそばで発せられているはずの老人の声が、どこか遠い世界から響いてくるように聞こえる。
ティルテュは水晶の中に自分の姿を見た。顔を赤らめて、誰かを見つめているような表情。
「(だれ? その向こうにいる相手は…、もしかして…)」
水晶の中のティルテュが手を伸ばす、その先にいたのは、先日自分に冷たい態度で返してきたレックス。
「え、うそ!?」
信じられない気持ちで水晶を見ていたら、口づけを交わし、さらには裸で抱き合っている姿まで映る。
「きゃっ、うそっやだ!」
思わず手で顔を覆い、がたりと椅子を倒す勢いでティルテュは立ち上がった。
占い屋を出ると、一目散に城へと戻った。自室に戻るまでだれかに会った気がするがまともに覚えていない。
ベッドに潜り込んでも頭の中のバクバク音は鳴り止まなかった。
「(どうして? そんなことあるはずないのに、どうして…)」
キライだと言われたばかりなのに、思い切りはねつけられたのに、占いの結果が予想外で、なんだかいろんなものが爆発しそうな勢いだった。


「占いって当たるのかしら? でもたしかにハッキリ見えたし…。もし占いのとおりなら、あたしはレックスと結ばれるの?」
水晶に映ったあれを思い出して、顔が熱くなる。
そのことで頭がいっぱいだったからか、ふらふらと通路を歩くティルテュはなにかに正面からぶつかってしまい、どしりとしりもちをつかされた。
「きゃんっ、いったー…」
肩肘をつきながら体を起こしてすぐ、ぶつかったものに気づき「あっ」と声をあげる。ぶつかったのは今考えていた相手、レックス。ティルテュよりもはるかに背の高いレックスがしりもち状態のティルテュを見下ろしているから、いつも以上の迫力を感じる。
「フラフラしゃがって。邪魔だ」
鋭い眼差しに冷たい言葉。高い場所から降ってきたその言葉がぐさりとティルテュの胸に突き刺さる。
「ご、ごめんなさい」
思わず萎縮して謝罪した、しりもちをついたまま。
フンと鼻息をとばして、レックスはすたすたと通り過ぎていった。一気に熱が冷めたような感覚。お尻から冷えていくのではなく、心の中が冷たく現実に染められていくそれは、浮かされた想いが沈められていく状態。


占い屋に行ってから一週間が経つが、あれからティルテュの周りに特別変化はなかった。
レックスとの関係も変わらず、気まずく距離を置いた状態で、挨拶すらまともに交わせないほどだ。
「はー…」
通路の窓から上半身を乗り出して、どこを見るでもなく遠い目で、ティルテュは長い溜息を吐いていた。
「占いなんて、やっぱり当てにならないのかな…というより、あれって」
あたしの妄想という幻想が見えていただけなのかも…、そんな結論が見えていた。
「どうしたのティルテュ? なにかあった?」
ぼーとしていたティルテュはふいに思いがけず声をかけられてわたわたと慌てる。気がつくとすぐ横にいたのはアゼルだった。
「あ、アゼル。ううん、別になんでもないよ。あれ?あたし変だった?」
みんなといる時は顔に出ないよう明るく努めていたつもりだったが。
「もしかしてさ、またレックスのやつがなんか言った?」
「え…」
「やっぱり」
しょーがない奴だよね。と呆れながらアゼルがつぶやく。
「あいつが何言おうがさ、気にすることないよ。あいつ捻くれてるからさ、本心とは裏腹な行動とっちゃうんだよね」
「そうかな。レックス、他の人にはそんなに酷くないよ? わかるもん、見てるから。あたしに対しては全然違うって。何度も言われたし、わかってるんだけどね、嫌われてるって」
自分で言って凹んでくるティルテュに、「あは」となぜか笑うアゼル。
「そうだよね。ティルテュは特別だからさ」
そう言って笑うアゼルにティルテュはさらにぐさりと傷つく。どうして笑うのだろうアゼルは。結構酷い…。
「特別嫌われてるってことでしょ。いるだけで不愉快になるレベルなんでしょ。わかってるもん」
涙目になっていたティルテュに気づいて、アゼルが「あー、そっちじゃなくってー」と付け加える。
「あいつがティルテュに特別いじわるなのはさ、ティルテュが好きだからなんだよ」
「ううんいいの。あたしに気を使わなくていいよアゼル。あたしもうキッパリ諦めるから。もういいの」
ブンブンと首を横に振り続けるティルテュに、アゼルは「あー、だから違うって」と続ける。
「あいつはガキの頃からティルテュが好きなんだよ。もうバカがつくくらいひねくれているから、正反対の態度とっちゃうだけの不器用者なの。ティルテュは今でもレックスのこと好きなんでしょ?なら諦めることなんてないんだからさ。めんどくさい奴だけどさ、あいつにはティルテュしかいないんだ」
「ほんとう…に?」
「そうだよね、むかつくよね、普通ならさいくら好きな相手でもあんな態度とられ続けたら。ドMじゃない限り傷つくよね。ティルテュの気持ちもわかるよ。でもボクはあいつの親友長年やってるからさ、あいつの気持ちもわかるんだ。ボクとしてもティルテュはレックスと上手くいってほしいんだ。あいつのひねくれっぷりも相当だから大変かもしれないけど、ティルテュ頑張ってくれないかな?」
「…うん」
勇気を振り絞ったたびに傷ついたことで臆病になっていた。ある一定の距離を保って、機嫌を損ねないように、下手に関わらないで、だけどそのことでまた気に病む自分にうんざりしていた。
アゼルの言うとおりレックスが本当に自分を好きなのなら、心を開いてくれれば、この想いを諦めなくてもすむ。
もう少しがんばってみよう。ティルテュはそう誓った。


「あ、あのレックス。…食事の後でちょっといいかな? 話したいことがあるの…」
夕食時の食堂で、ティルテュはレックスに話しかけた。「…ああ」と無愛想な返事が返ってきて、すぐに背を向けティルテュとは離れた席へと向った。とりあえずはほっとしながら、ティルテュもまた席に着き食事を取り始める。
早く食事をすませたいと思いつつ、緊張のあまり時間を遅らせたい気持ちもあり、手の動きが止まりがちになる。目が合うのが怖いと思いつつ、レックスの反応が気になってちょこちょこ視線を向けてみる。気がつくとレックスの隣にはアゼルが腰掛けていた。なぜか目が合ったのはアゼルのほうで、なにか意味ありげに瞬きサインを送ってきた。
なにか二人が会話をしているようだが、ここからは聞き取れない。
「(なに話してるんだろう。気になる…)」
二人の様子を遠目から見ていたら、今度はレックスと視線がかち合い、慌てて目をそらしてスープをこぼしてしまった。
もたつきながら食事を終えたときに、すでにレックスの姿は食堂にはなかった。待ってくれているとは思わないが、しかとされたのかと凹みそうになる。
「ティルテュ。レックスなら部屋にいるよ。あいつ待ってるから行ってやってくれる?」
アゼルの声にはっとして顔をあげる。
「う、うん。わかった」
短い返事で返して、ティルテュはレックスの部屋があるフロアへと向った。
待ってくれている。アゼルの言うとおりなら、レックスはティルテュの告白を待ってくれているということなのか。このまま気まずいまま諦めようとしていた。だけど、もう少しあがいてみようと誓った。アゼルの言った事が事実なら、このまま諦めたら後悔する事になるし、もしアゼルがティルテュを励ます為についた嘘だったとしても、ハッキリと答えを聞いてからのほうが、ちゃんと気持ちの区切りになると思ったから。
本当にダメならダメで距離をおく覚悟をしていた。
レックスの部屋の前に来て数分が経過していた。ノックしようと手を挙げては、叩く手前で固まってしまう。
次に深呼吸したら…、と何度目かの誓いを立てたとき、思いがけぬ相手の登場に予定を狂わされる。
「お、ティルテュじゃないか。こんなとこでなにやってんだい?」
「ひゃあ!! ぶ、ブリギッド」
予想外の相手が通りすがったことにティルテュは慌てた。自分の部屋のフロアではないし、ここは独身男性ばかりの部屋が連なるフロアだった。そこで挙動不審な態度は怪しがられておかしくない。というか、お前こそなにしているんだと…、しかし空気読まない女と噂のブリギッドには無意味な質問でしかないのである。
「あ、えと別に…ちょっと、その」
上手い言い訳が浮かばずうろたえていると、後ろの戸が突然開いて部屋の主が現れた。
「あっ、レックス」
現れたレックスは、戸の前にいたティルテュの腕を強引に引いて、ブリギッドをギンと睨みつけては「うるさい熊女!邪魔だ」と乱暴な言葉を放つ。
「なんだと?小僧がッッ」
と負けぬ闘気を放つブリギッド。
「ちょっちょっと二人ともケンカはダメだよ! レックスもそんないい方しちゃだめだよ。傷つくよ」
「え、全然」
けろっとブリギッドが答える。暴言はかれてなにおぅとムキになったのは傷ついたからではないらしい。
「そ、それよりもレックス…腕…」
レックスに掴まれたままの腕を指してティルテュが指摘する。
「そうだ、その手を離しな! ティルテュはあたしの嫁になるんだからな!」
ええ?とティルテュが目を丸くする。そんな話は初耳だ。というかブリギッドのことだから冗談で言ってるだけかもしれないが。他の言いかたはないのかとティルテュがあきれるが、レックスのほうは「ふざけんな」とケンカ腰に返す。なんなんだ?この二人は。
「こいつは俺の女だ!」
「え、えええっ!?」
今度はレックスの発言に目を丸くするティルテュ。
「え、まじで? なんだよ、それなら先に言えっつーの。あたしゃー当て馬かよ」
ぶひゃひゃと一人でツッコミ納得しながら、「これからお楽しみタイムだったんだな。悪かったね邪魔して」じゃーなとヒラヒラと手を振りながら陽気なリズムで去っていくブリギッドを見送りながら、混乱気味のティルテュは立ち尽くしていた。
「入れ」
すぐ上から響いてきたその声にはっとして我に帰る。レックスに腕を引かれ部屋に入る。
「話があるんだろ?」
こちらを見ないでそう言うレックスに、ティルテュは不安の波音にどくんと震える。なにを信じればいいのか。今はとにかく決着をつけなければと、このもやもやな不安をどちらにしても消し去りたい。意を決する。
「レックスが好きなの! しつこいって自分でもわかってるの。これで最後にする。だから、ほんとのこと聞かせて」
沈黙が怖い。言葉を途切れさせないようにティルテュは口を動かす。
「キライならハッキリキライって言って。それならここでこの想いを捨てていくから。迷惑だって思うなら…」
なにも答えないレックスにティルテュの胸は不安にきゅうと潰されそうになる。どうして答えてくれないのだろうと涙が滲みそうになるその顔に影が落ちる。ハッと顔を上げたティルテュの顔とレックスの顔が重なり、唇が触れ合った。
「!? あっ」
突然のことに驚きティルテュは後ろによろけ扉に背中をぶつける。今起こったことを把握しきれていない混乱気味のティルテュの顎を掴んで、再びレックスが口付ける。
「んっ!」
びくんと体を震わせるティルテュの肩をレックスが掴む。数秒固まっていたティルテュは激しく体を揺らしてレックスから離れるとへたりと腰をついた。
「こんなことしないで。ちゃんと答えてよ」
震える唇からこぼれる声も震えていた。どうしてこうも伝わらないのだろう。涙交じりの声だが強い想いを秘めた言葉を告げる。
「…アゼルの奴から聞いたんだろう」
表情変えずにレックスが答える。「違うの」とプルプルと首を振るティルテュ。そうじゃないのに。
「ちゃんとレックスの口から聞きたいの。そうじゃなきゃ、百パーセント信じられないよ」
「好きだ」
膝をついてティルテュを見下ろすレックス、表情には冷たくも見えるほど緩みなどなかった。ただそれは本当に冷酷だからではなく、不器用だから、表情を作ることなんて出来ない。オマケに口数も少ないから、きっと伝えたいことを上手く伝えられない。こうして今まっすぐに自分を見てくれていることが、ティルテュにとって妙な感じだった。
「…ほんとう…に?」
「じゃあどう言えばいいんだ? 俺はアゼルのやつみたいに鳥肌立つようなことなんて言えるわけねぇ」
「あ、違うの。そのずっと嫌われているって思っていたから、だからちょっと信じられない気持ちもあって…。
ごめんね、言った側から」
訊ね返したことで傷つけたと思い、慌てて弁解した。立ち上がり、顔を隠すように手でかきながら、レックスは「いや」と返した。
「俺が…悪かった。ずっと、お前が欲しかったのに、認めたくなかった。情けなくなりそうだから、否定したかった」
「レックス…」
ティルテュは立ち上がり、そっとレックスの顔を覆う手へ手を伸ばす。そこには眉間にしわ寄せたレックスの顔があった。
「あたし、諦めなくていいんだよね? あたしレックスの…その恋人になれる?」
真っ赤な顔で見上げるティルテュを見つめ返しながら「ああ」とレックスが不器用な返事で返した。
「よかった。嬉しい…」
やっと想いを確認できて、緊張のためかティルテュの体は足からがくがくと震えがきていた。震えるティルテュの体をレックスが抱き上げた。その向かう先がベッドだとわかると、慌てて足をじたばたさせた。
「あ、あの、だいじょうぶだから。足ちゃんと動けるから」
歩けるから降ろして、と懇願した。
「そんなに…イヤか」
拗ねたような凹んだようなレックスのセリフに、慌ててティルテュは「そうじゃなくって、その今日は…いっぱいいっぱいだから…」と。現状で心臓バクバクで、脳内まっしらけになりそうなほど正常じゃなかったから、これ以上の触れ合いは勘弁してほしかった。


あれから数日後、セイレーンの城下町を歩くティルテュがいた。先日占ってもらったあの占い屋をちょっとのぞいてみようかなと思い、占い屋の前まできた。
「おっ、ティルテュじゃないか。なにやってるんだ?買い物か?」
「あ、レヴィン。んー、ちょっとね」
ティルテュに声をかけてきたのはレヴィンだった。真昼間の城下町を素顔で歩くシレジアの王子は民衆の中に溶け込みすぎていた。オーラがないともいう…。
ちらりとティルテュが視線を向けた先にレヴィンもなるほどーと気がついた。
「占い屋かー。女ってほんと占いとか好きだよなぁ。占いですべてわかるなら、占い師はこんなちんけな商売やってないだろー」
「でも、結構当たってる時あるよ。あたしの場合…そうだったし」
なにかを思い出したのか、顔を赤らめながらそう言うティルテュ。「ほんとかなー。偶然が重なっただけじゃないのかー」とレヴィンはうさんくさそうな目でつぶやいた。
「占いを信じ込みすぎるのもどうかと思うけど、でも占いの結果が行動のきっかけになることってあるよ。
ためしにレヴィンも占ってみれば? 恋の運勢とか」
「いーよ、その手のは。なんかいやーな予感するし。それよりも占ってくれるんなら2Gくじが当たるかどうかにしてもらおうかな」
がさごそとレヴィンが懐からくしゃくしゃになった紙切れ(くじらしい)を取り出して「にへ」と笑った。
「やめときな。そこの占いはインチキだよ。大損こくだけだ」
「ゲッ」とレヴィンは固まった。乱暴な口調のうさんくさい婆さんにまた絡まれた。これ以上絡まれるのは気分が悪いので、「じゃあ」とティルテュに手を振ってささくさと逃げていった。
「はっはっは、それでいーんだよ」
怪しげな老女は豪快に笑ってなぜか満足げな様子で人波にまぎれていった。
「そんなことないと思うけどな…」
ぽつりとつぶやいてティルテュもまた占い屋にくるりと背を向けて歩き出した。


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2009/3/21