「ああっ、リフさーん。助けてよー。」

山岳地の小さな村を通りかかった老人をある声が呼び止めた。
老人はその声のほうへ目をやると、大男が縄で縛られ、村人たちに囲まれていた。

「ダロスさん!」

それが自分の見慣れた相手と気づき、老人は急いで、その男の元へ近づいた。

「いったいどうしたのですか?私はタリスの僧侶リフ。アリティアのマルス王子の使いで参りました。

彼が何をしたのですか?」

マルスの名を聞き、村人たちはざわめいた。

「お坊様。この男は山賊ですよ。サムシアンにちがいないんです。」
ダロスを捕らえた村人たちはみな、誇らしげに言って胸をはった。

「だからー、誤解だって、ボクこんななりだけど、アリティア軍の一員なんだよー。」

「えーい、大嘘つくなっ。賊めがっ。」
と村の男にポカっと殴られ、わーわーとダロスはわめいたのだった。

その様子にリフは、ふー。とため息をついて言った。

「彼の言うことは本当ですよ。人を見た目できめつけないでくださいね・・。」

それを聞いた村人たちは、慌ててダロスの縄を解き、体についた土ぼこりを急いで払った。


「もー、酷い目に合ったよ。これからサムシアンを倒しにいこーって時に・・。」
とダロスがブチブチ言ってると、村長を名乗る男が、リフの前で膝をおとし、ふかぶかとおじぎをして、ひとつの斧を差し出した。

「いやー、すいませんわー。あのマルス様の使いの方だとは思いもせず、無礼をお許し願いたい。

おわびといってはなんですが、どうぞこの斧をお持ちください。」
そう言って村長が差し出した斧は、今までみたこともない、実に不気味なものであった。
刃の部分はどす黒く、また赤くも見えた。両刃になっており、先端は日本刀のように鋭くとがっていた。
さらに意味不明で不気味な装飾が施され、ただならぬ気を放っていた。僧侶であるリフは直感的にこれは手にしないほうがいいと感じとった。

リフが断ろうとした寸前、その斧を手にしたのはダロスだった。

「ちょーどよかった。鉄の斧がもうボロボロで。しかしこれ、かっこいいねー。」

かっこいいか?と村人たちは思ったが、だれも口にしなかった。

「さー、リフさん。早くいこーよ。みんなに遅れをとっちゃうよ。」

口笛ふき、ごきげんなダロスがリフを促した。スキップで村を出るダロスの後を追った。
二人が村を出るのを見送ると、村長はニヤリと笑い、呟いた。


「厄払い成功じゃ。」





急な山道をダロスとリフの二人は登っていた。年老いたリフをダロスは気遣いながら、確実に進んでいく。

ここはオレルアンの国境近い山岳地帯で、高く鋭くそびえ立つその山は人間に牙を向ける悪魔のようにも見えた。
その上そこには悪名高い山賊団サムシアンのアジトもあることから、デビルマウンテンと呼ばれ、恐れられていた。

ダロス達は人々を苦しめてきたサムシアンを一掃すべく、オレルアンへと向かうマルス達とは別行動をとっていたのだ。
ごきげんなダロスとは対照的に、リフは硬い表情をしていた。
さきほど立ち寄った村で譲りうけた不気味な斧がずっと気になっていた。ダロスの背中に背負われたその斧は、妖気の様なものを放っていた。
できることなら手放すのが一番だが、手持ちの武器はダロスの持つ「鉄の斧」のみ。しかもボロボロで、後一回の衝撃で壊れそうなところまで来ていた。ダロスは村で購入しようと思っていたが、その村に武器屋はなかった。そこで山賊と間違えられるトラブルに合ったわけだが。そこで手にしたこの斧。他に武器はないし、僧侶のリフは戦えないので、ダロスにその斧を捨てろとは言えなかった。


「見えてきたよ。あれがサムシアンのアジトだね。けっこー立派だね。

でも負けないよ。なんかこの斧があれば絶対負ける気しないんだよね。」

ダロスは背負っていたその不気味な斧を手にし、にやりと笑った。ダロスの身に危険が起きないよう、リフはじっと見守った。

いざアジトへ攻め込まんとした時、二人の頭上から危険が降ってきた。


「リフさーん。伏せてっ!」

ダロスが叫びながら斧を振る。
上から降ってきたのはサムシアンの二人だった。刀を振りかざし、襲い掛かってきたのだが、いち早く気づいたダロスの素早い判断で、その敵を倒すことができたのだった。
地面に伏せっていたリフは戦いが終わったと気づくと、ゆっくりと起き上がった。

そこでリフは信じられないものを目にした。
目の前にサムシアンの顔。首から下は、三メートル離れた場所にあった。もう一人も同じ状態であった。
信じられなかったのはそれをダロスがやったということだった。
相手が悪人であれ、人の優しいダロスがここまで無惨な殺し方をするのは・・。

いくらリフを守るためであったにせよ。まさか、あの斧の仕業なのか?

リフが不安に感じ、ダロスへと目をやった。立ち尽くすダロスの手に握られたそれは怪しく紅く輝いて、その怪しい輝きはダロスの体へと伸びていた。それを目にし、やはりこれは危険なアイテムだと悟ったリフはすぐにその斧を捨てるよう、ダロスに言った。

「なに言ってるんだよ。こんなすげー斧、初めてだよ。やっぱりこの斧ひとつで充分だね。」

そう言って、斧を見つめるダロスの目は、尋常ではなかった。

やはりこの斧は呪われている。持ち主を魅了し、破壊破滅をもたらす、悪魔の斧・・、デビルアクス!!

返り血を拭きもせず、ダロスは館の中へと向かった。ショックのあまり、しばし呆然としていたリフは、ハッとし、急いでダロスの後を向かった。最悪な事態自分の全法力をしぼってでも、ダロスを救わなければならない。しかし、その保障はなかった。


館の中は慌しくなった。仲間が惨殺されるのを目撃した男がサムシアンの頭領である「ハイマン」にその様子を告げたのだった。その男はまるで鬼のようだったと震えながら言った。

「なんでそんな危険な奴の侵入を許した?おいっ、ナバールはどーしたっ?」
「あ、実に言いにくいことなんですが・・。」
なんだはっきり言え。とハイマンはますますいらいらを募らせた。


「ナバールの奴は、ペガサスに乗った美少女に口説かれて、その娘についてっちゃいましたー。」

「な、なにーーっっ??!」

ナバールはハイマンが雇っていた凄腕の傭兵なのだが・・。こんな時にいないのではまったく雇った意味がなかった。いいなー、ナバールの奴とぶつくさぼやいている部下にハイマンは怒鳴った。

「早く守りを固めろー。いいか、絶対にぶち殺してやれ。サムシアンに歯向かうバカ共には絶対死だ。」

部下たちは急いで武器を手にし、身構えた。ハイマンは地下の財宝部屋へと向かった。そこで財宝をかき集め、身震いした。この男武器を手にするわけでもなく、そこで身を潜ませた。このハイマンという男、でかい図体で凶悪な面構えのわりに、かなりの臆病ものだった。

「くっ、来たぞ。」
男たちは刀を抜き、戦闘態勢に入った。怪しげな気を放ちながら、ダロスが現れた。その手には、ついさっき殺した賊の血がこびりついたままのデビルアクスがあった。

「ううっ、くっそーーっ。」
なかばやけ気味の賊たちは一斉にダロスへと襲い掛かる。数にして20対1。いくら鬼のような男であれ、この数では勝ち目はない。かに思われたが、悲鳴を上げたのはダロスではなかった。

まず最初に飛び掛った二人の首が勢いよく吹っ飛ぶ。その首が賊の一人の顔にぶつかり、その男は凍り付いてしまった。ダロスの豪腕から振り下ろされる斧戟はすさまじく、それにデビルアクスの力が加わり、鬼神が乗り移ったようにさえ見えた。ショックを受けるのは賊たちだけでなく、ダロスの後についてきたリフもだった。
返り血で体中真っ赤に染まりながらもその腕からは、常に振り下ろされる斧。さらに雄たけびをあげるその顔はリフのよく知る、ダロスには見えなかった。

「がはーーっ。」次々と倒れていく賊たち、中には恐ろしさのあまり、失神、失禁するものもいたが、そんな敵意を失ったものにも、ダロスの斧は容赦なく、とんだ。

これはマズイ、そう感じたリフは杖をかまえ、法力を高めていった。そのチカラをデビルアクスに向けて放ったが、まったく効果なく、ダロスの暴走は続いた。

「なんてことだ。このままではダロスさんは・・。」斧に飲み込まれ、死んでしまうかもしれない。あの斧を壊すことができればいいが、リフにその力はない。
絶望に打ちひしがれるリフだった。周囲の賊たちをみな倒し、静かになった。ダロスの目はギラギラとし、息はとても荒かった。疲労のせいではなく、それは興奮によるものだった。

ダロスは、地下室へと歩みだした。敵はもういないのでは?と思ったリフだったが、重大なことに気づいた。

「大将がいなかった!」

急に静かになった室内をハイマンは感じ、おそるおそる財宝の影から顔をのぞかせた。
そんなハイマンの目の前に太く逞しい、男の両足があった。見上げるとそこには、鬼神と化したダロスが立っていた。ハイマンの目の前は真っ白になり、頭の血がすべて下へと向かって流れていく気がした。

「ギャアアああああーーーーーーーーっっっっっ!!!!!」

ハイマンのこの世のものとは思えない、悲鳴がデビルマウンテン中に響いた・・。





急いでリフは地下室へと踏み込む。ハイマンは絶命していた。ダロスは?ダロスへと目をやると、ダロスはただ立ち尽くしていた、その手にはあの悪魔の斧。振り向き、リフへと目をやるダロス。
次のターゲットは自分なのか、リフは覚悟を決めた。

自分の死は怖くはない。
それ以上の悔いは、ダロスをこの斧から救ってやれなかったことだ。こんなことなら、斧を捨てておけばよかった。サムシアン討伐は他の者にまかせてもよかったのだ。いまさら後悔しても遅いのだが・・。静かに目を閉じ、神の御許に向かう覚悟を決めた時、バーン、と激しい音がしたかと思うと、デビルアクスの刃は粉々に砕け散り、ダロスの手からスルリと落ちた。

「ん。」

びっくりしてリフはおもわず目を見開いた。ダロスはというと、なにごと?という表情でぼーっとしていた。リフは慌ててダロスの傍へと近づいた。

「ダロスさん?大丈夫ですか?」

「へ?なにが?」

いつものようにマイペースな口調で、おだやかな表情をしているダロスを見て、リフはほっとした。
ダロスはついさっきとは別人のように、目をくるくるさせてた。どうやら暴走中の記憶はないみたいだ。

しかし、なぜ斧は壊れたのか。このデビルアクス驚くほど強度が弱かったらしい。そんなとこで、リフは救われたのだ。

「うわっ、見て、リフさん。これすっごい財宝だよ。」

部屋いっぱいに広がる財宝に驚くダロスに、リフはおもわず、つっこみそうになる。

その財宝の上で絶命しているハイマンは見えないのか?と。


「ぬぅおーーっ。すごい量の財宝じゃー。でかしたぞ。お主ら。」

そう言ってリフの後ろから、マルスのじいであり、アリティア軍の軍師である、モロドフが現れた。そして、財宝をかき集めだした。ハイマンは蹴飛ばされた。呆然とするふたりにモロドフは怒鳴った。

「なにしとんじゃ。ほれ、集めんかいっ。これらは大事な軍資金になるんじゃからな。」

必死に袋につめるモロドフをダロスも手伝おうと、しゃがみこんだ。

「うわーっ。なにこれー?血ーー?なんでー?」
いまごろダロスは全身の返り血に気がついた。そんなダロスを見て、リフはふふっ。と笑ったのだった。


                         END